【完結】死セル君。【三魔王シリーズ1】

邦幸恵紀

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 霊界の使者と直接会った魔族と精霊族はそれぞれ七体ずつで――精霊族は六体になってしまったが――二十四体には満たなかったため、監視者選びは実に円滑に進められた。足りない分は自分の気に入りの同族で補ったからである。
 彼もまた、そうして魔族の代表者に選ばれて監視者となった魔族の一員だった。
 監視者としての初仕事は、人間の器を得た霊界の使者の二十四の魂を一つ一つ見つけ出すことだった。
 魔族、精霊族それぞれの監視者は決まっていても、まだ誰がどの監視者と組むかははっきり決まっていなかった。精霊族は魔族以上に土地に縛られやすく、そうそう移住することはできなかったからである。
 そこで、精霊族はこう提案した。

 ――確かに、我らは縄張りの外ではなかなか力を発揮できないが、縄張りの中で起こった異状ならすぐにわかる。ならば、やみくもに使者を捜すのではなく、まず各地にいる精霊族全体にこのことを伝達し、使者らしき者を見つけたほうが早かろう。しかるのち、その近くの魔族の監視者が確認に行き、正真正銘使者その人であったら、その使者のいる場所あるいはその近辺を縄張りにしている精霊族が、そのままその使者の監視者となればよい。

 表向き、〝霊界の使者を監視すること〟が、魔族・精霊族共通の目的となっていた。そうである以上、この精霊族の提案は、精霊族にしては珍しいほど理に適ったものであったのだが、正直、魔族は抵抗を感じずにはいられなかった。彼らはできることなら精霊族抜きで使者を捜し出したかったのだ。
 だが、ここで下手に反対すれば、またなぜかと精霊族に問いつめられることになる。精霊族は魔族より力は弱いとはいえ、自然環境を思いどおりに変えることができる。その気になれば、使者が器とする人間が生きていけないようにすることもできるだろう。魔族は不本意ながらも精霊族の提案を受け入れることにしたのだった。

 ――おそらく、人間の赤子の中に潜りこんでいるのだろうよ。

 彼を監視者に指名した代表者は言った。

 ――もっと詳しい話を訊いておけばよかったと後悔しているが、あの場には精霊族もおってな。うかつなことは言えなかったのよ。精霊族には使者殿の監視のためだと言ってあるが、我らには精霊族の監視が仕事よ。精霊族が同族を消された腹いせに、使者殿の寝首をかかぬようにな。

 一応、説明はされたものの、彼にはいまいち納得のいかない仕事だった。
 人界の維持のために、人界における魔族・精霊族の数を減らしていかなければならないのだとは聞いた。そして、それに逆らえば、霊界の使者によって強制的に〝消滅〟させられてしまうのだということも。
 なるほど、その力は脅威だろう。しかし、警戒こそすれ、なぜ魔族は使者を精霊族から守ろうとするのか? 使者に直接会わなかった彼には、魔族がなぜそれほど使者に肩入れしなければならないのか、不可解でならなかった。
 その頃、人間は各地でようやく文化らしきものを持ちはじめたばかりだった。彼は釈然としないまま、精霊族からの情報を頼りに、時には人界の動物に化け、時には人間の姿を借りて、自分が監視すべき使者の魂を捜し求めた。
 だが、彼がようやく見つけ出したとき、〝十三番〟――便宜上、彼らは自分が監視者になった順番を使者にも当てはめることにしていた――は、すでにこの世に生まれ出ていた。
 ある部族の族長の末娘の息子だった。近づいても怪しまれぬよう、その部族の祭司を食い殺してすり替わった彼は、このとき初めて噂の霊界の使者を目にしたのだった。
 それは、年若い母親によく似た、実に美しい赤子だった。
 父親はいなかった。あえて言うなら使者自身か。あとで知ったことだが、使者は彼女に不老不死を与えることを条件に彼女の胎を借りたのだという。なお、この契約は以後も使者が〈転生〉するたびに交わされることになる。
 この赤子の父親が誰なのか、部族内ではいろいろ取り沙汰されていたが、母親は頑として口を割らなかった。使者の正体を明かさないことも契約の条件の一つだったからである。
 当然のこととはいえ、赤子は普通のそれとはかなり異なっていた。決して泣くことはなく、乳を飲むこともない。赤子を初めて手にした産婆は、その体のあまりの冷たさに死んでいるのかとさえ思ったそうだ。
 母親の胸に抱かれていた赤子は、彼と目が合った瞬間、少し笑った。
 今までになかったことなのか、母親も周囲の者も驚いていた。

 ――貴殿が私の担当の魔族か?

 赤子は思念で彼に問うた。

 ――そうだ。

 彼も同じ方法で答えた。

 ――まさか本当につけるとは。だが、人を殺めてなりすますのは感心せぬな。貴殿が監視者でなかったら消していたところだ。以後、二度とこのようなことはしないでもらいたい。

 思わず彼は顔をしかめた。なぜ人を殺したくらいで責められなければならないのだという反発よりも、なぜ魔族である自分ではなく人の側に立つのかという憤りのほうが強かった。人よりも自分のほうが使者に近いはずだ。しかし、彼はそれを今は人の赤子である使者には伝えなかった。

 ――わかった。もう二度としない。

 赤子は笑った。そのとき、彼も魔族の業を負ってしまった。
 赤子の使者と会った魔族の監視者が例外なく心に誓うこと。それをこのとき彼も誓ってしまった。

 ――この笑顔を見るためになら、何でもしよう。         
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