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 彼らにとっての最大の屈辱は、己の原形を暴かれることである。
 しかし、彼がそれを免れ得たのは、彼の同胞たちが寛容だったからではない。
 彼らには耐え難かったのだ――あの美しい幽魔王ゆうまおうを汚したのが、人ならぬものであるということが。彼らも同じ人ならぬものでありながら。
 それは幽魔王に対する、実に奇妙な、彼ら独特の心理だった。
 もともと、彼らは人でないことを恥じてなどいない。むしろ、誇りに思っている。それなのに、幽魔王という人の体を借りなければ人界にいられない存在の前では、常に己も人の姿をとろうとする。彼ですら、最後まで幽魔王に原形は見せなかった。
 無論、人ならば幽魔王を汚してもよい、というわけではない。もし万が一そんなことが起これば、彼らは己の名に賭けて、その人間に死の制裁を加えただろう。それほどに、彼らは幽魔王を愛していた。

「貴様のせいで、また我らの幽魔王が嘆いている」

 彼を取り囲む同胞九人――今はそう数えても差し支えあるまい――を代表して長が言った。〝我らの〟という言葉の中には、ひそかな優越感がこめられている。彼らのところには、まだ幽魔王がいるのだ。

「幽魔王が一人減れば、他の幽魔王はこれまで以上に魂を屠らねばならぬ。あれらが魂を屠ることをどれだけ厭っているか、知らぬとは言わせぬぞ。貴様は一人の幽魔王を死に追いやっただけでなく、残りすべての幽魔王をも苦しめたのだ。我ら妖魔王ようまおうにあるまじき罪、万死に値する」

 ――本当は、もっと別のことを問題にしたいんだろう?

 同胞の非難を聞きながら、彼は片頬に暗い笑みを刻んだ。
 彼がしたことは、彼ら――妖魔王の誰もが心の奥底で望んでいること。おそらく今、彼らの心を占めているのは、幽魔王を死なせた彼への怒りではなく、結果はともかく、幽魔王を抱くことができた彼へのどす黒い嫉妬と狂わんばかりの羨望だ。どの妖魔王もそうしたいと思いながら、幽魔王に疎まれるのが怖くてできずにいる。
 彼ら妖魔王が一人の例外もなく幽魔王に惹かれてしまうという事実は、彼ら自身にも謎であった。あえて言うなら、彼らの種族としての業か。彼らに近くて優しい精魔王しょうまおうよりも、遠くてつれない幽魔王のほうを盲目的に愛してしまうのだ。
 だが、彼らは知っている。幽魔王が決して自分たちを受け入れることはないことを。いつだって幽魔王が興味を抱くのは人間だけだ。人間ではない妖魔王は、幽魔王に触れることすらかなわない。ましてや、情を交わすことなど。
 彼の唯一の慰めは、幽魔王を、正確には幽魔王の体だけを、一時は自分のものにできたということだけだった。
 しかし、その代償はあまりにも大きかった。幽魔王はもう二度と彼に会わないために〈転生〉を拒否し、その魂を他の幽魔王たちに分け与えてしまった。
 その瞬間――幽魔王たちは知ってしまった。彼が幽魔王の一人に何をしたかを。そして、彼の幽魔王が死んだことを知った妖魔王たちは、その原因である彼を罪人としてこの場へと引き立てた。
 妖魔王全員が一堂に会すのは、年に一度の会合のときを別にすれば、幽魔王が減ったとき以外ない。だが、その中でも今回は格別深刻であり、重大なのだった。

 ――殺したいなら殺せばいい。

 投げやりに彼は思った。
 幽魔王が〝死〟を選んだ。そうと知ったとき、彼の心も死んでしまった。他に幽魔王はいても、彼が長い間見つめつづけた、あの幽魔王はもういない。彼の愛した、あの幽魔王は――

 ――この体はね、死んでいるんだよ。

 あの声も、もう聞けない。       
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