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4 忘我*

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 遺書など残すつもりは毛頭なかった。
 どうして残せるだろう? 毎夜のようにロボットを、それも青年型ロボットを犯す夢を見る自分に嫌気がさしました、とでも?
 ――いや、嫌気ではないのだ。これは嫉妬。夢の中で思いどおりに〝夕夜〟を犯せる自分への歪んだ嫉妬。現実には彼に従順な〝夕夜〟はいない。はるか東の小国で若林一人のためだけに存在している。
 だから、作りたかった。どうしても、彼一人の〝夕夜〟を。
 しかし、顔はすぐに真似できても、あの表情や動き、知能は、遠く及ぶべくもなかった。
 かわいそうな彼の妻は、彼が一心不乱に人間型ロボットを作ろうとする真の理由を知らず、あなたなら必ずできるわ、だからもっと体を大事にしてと労ってくれた。彼の仕事に理解のある優しい妻。だが、妻は知らない。彼が彼女を抱くとき、常に夢の中の〝夕夜〟が脳裏にあって、やはり〝夕夜〟のほうがいいと再確認しているのだということを。
 おまけに、夢で犯すごとに〝夕夜〟は艶めかしさを増し、喘ぎやよがり声を漏らすようになり、今では彼をくわえたままいかせることまでできるようになっていた。

 ――このままでは、おかしくなる。

 そう思ったすぐ後に、彼は自分を嘲笑った。

 ――〝おかしくなる〟だと? もう、とっくの昔におかしくなってるじゃないか。

 生きている以上、夢は見る。ならばもう、その夢を見ないように自分の命を絶つしかない。遺書など残さなくとも、自殺の原因なら世間や同業者たちが彼に都合の言いように決めてくれるだろう。そう、彼は自分の才能に限界を感じ、それゆえに絶望して自殺したのだ。そう思ってくれたらいい。彼の死後、一人残される妻のためにも。
 名残惜しいと思いながら、彼はようやく画面上から本物の〝夕夜〟を消し、そのデータごと、パソコン内のデータを完全に抹消した。
 彼が試作したロボットたちは、すでにすべて壊してある。そういえば、あの老工学者の破壊されたロボットたちには、みな頭がなかったそうだ。きっと、その男も作っていたのだろう。〝夕夜〟そっくりのロボットを。もしかしたら、彼と同じような夢も見ていたのかもしれない。若い自分でも辛いのだ。老いた身には猛毒だろう。
 それでも、あの狂った夢の中で、〝夕夜〟を犯しながら死ねたらどんなにいいだろうと彼は思う。こんな無骨な拳銃で自分で自分の口腔を撃つのではなく、いっそ〝夕夜〟に殺してもらえたら。絶頂の瞬間に、頭を撃ち抜いてもらえたら。

 ――ああ! 夕夜、夕夜、夕夜!

 こうして破滅に追いこまれても、それでも彼は〝夕夜〟を憎めない。〝夕夜〟が恋しくてたまらない。〝夕夜〟のもたらす破滅は、どうしてこんなにも甘いのだろう。死すらどうでもいいことだと思えるほどに。
 震える手で安全装置をはずし、銃口をくわえる。鋼の銃身は冷たく、一瞬彼を正気に返らせたが、ふと思いついて、これは夢の中でもまだ含んだことのない〝夕夜〟のアレなのだと自分自身に暗示をかけた。
 それは驚くほど効果的で、少し想像しただけで、彼のアレも充血しはじめた。そんな自分に呆れながら、しかし、彼は陶然と銃身を――偽りの〝夕夜〟を丹念に舌で愛撫した。
 そのうち我慢しきれなくなり、彼は片手で自分のズボンのファスナーを下げ、もう先走りまで流している己を握りしめた。
 最後の最後まで、何と自分は浅ましいのだと思いながら、彼はどちらもやめることができなかった。このまま引き金を引いたら、さぞや滑稽なことになるだろうと冷静に考える彼もいる。だが、これこそ自分の望んでいた終わり方ではないかと思ったとき、彼の最後の理性は消え去った。
 目を閉じた彼の頭の中では、〝夕夜〟は彼に自分の中心をくわえられ、大きく喘いでいた。『いや……』と口では言いながら、体はそうは言っていない。そういうところがまた彼にはたまらなかった。彼の口の中で〝夕夜〟は弾けんばかりに膨れ上がっている。同じように、彼の手の中にある彼自身も。
 二人同時に達するのだ。濡れそぼった自分を扱きながら、彼はその瞬間を心待ちにした。自分の精液が〝夕夜〟の上気した美しい顔を汚す瞬間を。〝夕夜〟の人工の精液が自分の口の中に飛びこんでくる瞬間を。
 あ、来る。彼は身震いした。駆け上ってくる。飛び出してくる。彼は涎を垂れ流しながら、拳銃の引き金に指をかけた。
 ――彼のモノから白濁した熱い液体が噴き出して、パソコンのディスプレイを汚した。
 同時に〝夕夜〟からは鉛色をした熱い固体が発射され、忘我の極みにあった彼の脳を撃ち砕いたのだった。

  ―了―
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