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「悪い」

 何を言おうかと悩んでいたのは、俺だけではなかったようだ。
 ちょうど辻田と入れ替わる形で俺の前に立った北条は、さっきまでの無表情が嘘のように困った顔をしてみせた。

「なかなか気に入ったのが見つかんなくて、何軒も店回ってたら、三限終わっちまって。それでもまだ四限があるからと思って大学来てみたら、いきなり休講だろ。あせったよ。でも、まだ終わったばかりだったから、この棟の外捜したんだけど見つかんなくて、まだ教室に残ってんのかもしれないと思って、一応見にきた。そしたら――まあ、そういうことだ」

 一息にそう言うと、北条は居心地悪そうに頭を掻いた。一応、俺に気を遣ってくれているらしい。かなり無骨ではあるが。
 しかし、ふと頭を掻く手を止めると、何の脈絡もなく、こんなことを言い出してきた。

「遠藤。手ェ出せ」

 何をする気なのかはわからなかったが、辻田ならともかく、北条なら〝妙なこと〟はしないだろう。俺は言われるまま、素直に北条に右手を差し出した。
 俺が手を出したのを確認すると、北条は上着のポケットの中から何かを取り出し、それを俺の手の上に慎重に置いた。

「俺の〝誠意〟だ」

 言葉をなくしてしまった俺に、北条はぶっきらぼうに告げた。

「だから――今度こそ返事くれよな!」

 そう言ったが早いか、北条は教室を飛び出していってしまった。その速さは先ほどの辻田に勝るとも劣らなかった。
 一人残された俺は、自分の手の上の青い布張りの小箱を呆然と眺めていた。
 この箱を見れば、中身の見当もだいたいつく。北条がまともな感覚の持ち主であればの話だが。
 覚悟を決めて、俺はその箱を開けた。
 まず目に入ったのは、甘い紫色だった。アメジスト。俺の誕生石だ。そして、それは瀟洒なプラチナリングにはめこまれていた。
 何を思うでもなく、俺はそのリングをつまみあげ、自分の左手の薬指にはめてみた。――ぴったりだった。
 このときになって、ようやく俺の頭は回転しはじめた。

 ――俺の誕生石は誕生日を知っているからわかるとして、指輪のサイズなんて、いつどうやって測ったんだ? それに〝誠意〟とは何だ? いったいどういうつもりで俺にこの指輪を寄こしてきたんだ? こんな見るからに女物の指輪じゃ、とても普段はめて歩けないじゃないか……

 そこまで考えて、俺は笑った。
 言葉だけじゃ信じられないと言われて、指輪をよこす北条の安直な発想に。
 それより何より、返事のことを考える前に、もうこの指輪をはめてしまっている自分自身に、俺は笑ってしまった。

 ***

 次の日。
 北条はいつもどおりに講義に遅刻してきた。
 そして今。
 北条は俺の前で、俺の作ったインスタントラーメンを嬉々として食べている。

  ―了―
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