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18 生きてるぞ
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――テロリストではなく、レジスタンス。
鏡太郎に言わせると、そうなるらしい。
正直言って、紀里にはその二つの差がよくわからなかったが、とにかく彼らはロス・メデスに対して反抗しており、彼女の傀儡である政府を転覆させようとしているのだそうだ。
この星の陸地の三分の二が砂漠化してしまったのも、ロス・メデスが環境問題にはまったく配慮しなかったせいらしい。
『たぶん、そういうことには興味なかったんだろうよ』
いつだったか、鏡太郎が皮肉まじりにそう言った。
『地球的に言うなら、支配すれども統治はせず、だな。問題は、統治する人間を選ぶことすらどうでもいいと思っちまったとこだ。国民の幸福なんて、あの女は最初から全然考えてもいなかっただろうしな』
地球的に言えるなら、それは地球でもよくある話だろう。だが、地球にはロス・メデスのような存在はいなそうだ。たった一人で星一つ――地球とほぼ同じ大きさだそうだ。だから、住民も似ているんだろうと鏡太郎は言った――を支配している人間なんて、少なくとも紀里には思いつけない。
それとも、単に紀里が知らないだけで、実は地球にもそんな人間がいるのだろうか。もしいたとしたら、一般人の自分に知られていないという点で、ロス・メデスよりも賢い気がする。
しかし、紀里のもっかの悩みはこれだった。
「親父。俺はこれからどうしたらいいんだ?」
何度めかの移動先で、紀里はついに口に出した。
狭いながらも、鏡太郎と紀里には一室が与えられていて、周りにレジスタンスたちはいなかった。
鏡太郎によると、一行はレジスタンスの拠点の一つに向かっているらしい。移動には行商人がよく使うというごつい車を利用していたが、ろくに話もできないくらい乗り心地は最悪だった。
ただ、砂漠の真ん中で野宿はせず、今夜のように必ず一応屋根のある家に泊まる。住人とのやりとりを見るに、レジスタンス仲間の家のようだ。水はやはり貴重だとかで風呂には入れなかったが、濡れた布で頭や体を拭くくらいはできた。
そんなレジスタンスとの関係性を、鏡太郎は単に古い知り合い同士だと言い張るのだが、彼らの鏡太郎に対する態度を見るかぎり、とてもそうとは思えない。むしろ、レジスタンスの幹部の一人と言われたほうがよほど信じられる。
「どうって?」
紀里と同じく、簡素なベッドに腰かけている鏡太郎が、眠そうな顔で問い返す。
唯一、彼がVIPらしくなかったのは、あれからレジスタンスの料理番を引き受けている点だった。鏡太郎いわく、親子共々面倒を見てもらっているのに、何もしないままでは申し訳ない。
もちろん、レジスタンスたちは最初は固辞した。だが、鏡太郎の料理の誘惑には勝てなかったようで、目的地に着くまでの間という条件つきで承諾した。
おかげで、紀里は食生活には悩まずに済んだが、これからこの星で何をすればいいのかという問題に悩むことになったのだった。
「そりゃ、いつかはこっちに来なくちゃいけないとは思ってたけど、昔のことはいまだに思い出せないし……いったい何をしたらいいんだか……」
「おまえのしたいようにしたらいいさ」
あっさり鏡太郎は答えた。その他人事のような言い草に紀里はむっとした。
「親父、いつもそんなふうに言うよな。息子の人生、少しは真面目に考えてやろうとか思わないのか?」
「おいおい。おまえは誰かの思いどおりにされるのは嫌だったんじゃないのか?」
鏡太郎がにやにやして冷やかしてくる。まさに正論だったので、紀里は余計に腹が立った。
「わかった! 親父にはもう何も相談しない!」
そう怒鳴り散らして、ベッドに横になったのだが。
「何だ、相談か。それならそうと先に言えよ。俺はてっきり、おまえが俺に何か答えを求めてるんだと思ったよ」
確かにそういうところもあった。しかし、素直にそうと認めるのも悔しい。紀里は無言でベッドから上半身を起こした。
「でもまあ、俺が言えることは同じなんだけどな。――今のおまえが何をしたいか。それによっては、レジスタンスと別行動をとる」
「何をしたいって言われても……」
そう。それがいちばん困るのだ。紀里は思わず頭を掻いた。
今いちばん何をしたいかと言えば、やはり地球へ帰って、鏡太郎と二人、元どおりの生活をしたい。
だが、それはもうかなわない。今のところ、ロス・メデスからの追っ手は現れていないが、もし地球に帰れば、すぐにあの金髪の少女が紀里を見つけ出すだろう。そして、何のためらいもなく無関係な人間を殺す。
「俺……やっぱり昔のことはそんなに思い出したいと思ってないし……」
我ながら不思議なのだが、今の〝向井紀里〟としての記憶が借り物だとしても――ブローカーから買ったのだと鏡太郎は言った――本当の記憶を取り戻したいとはあまり思っていないのだ。
以前、話の流れで鏡太郎にそう漏らすと、例によって思い出したくないから思い出したくないんだろうと身も蓋もないことを言われてしまった。紀里の過去は鏡太郎がよく知っているはずなのに、それとなく訊いてみても同じ論理ではぐらかされてしまう。
ただ、断片的に残っている記憶から、自分がまだ幼いとき、星空の見えるどこか寒い場所で鏡太郎に拾われたのだろうという推測はしている。
もしかしたら、そのときにも鏡太郎は、紀里に何をしたいかと訊ねたのかもしれない。過去の自分はそれに何と答えたのだろう。助けてほしいとでも言ったのだろうか。
「ただ、あの女に〝殺せ〟と命令されるのがものすごく嫌だ。あいつは俺をこの星に連れ戻すために、人間二人殺して、親父も人質にしたんだぞ?」
実行者はあの少女だが、彼女の上司はロス・メデスだ。
ロス・メデスへの怒りと同時に、自分があそこにいたせいで彼らは殺されてしまったのだという罪悪感が紀里の胸を焼いた。
しかし、鏡太郎は何かを思い出したような顔をすると、人差指で自分の頬を掻いて、あーそれなんだがと言った。
「うっかり言い忘れてた。あのコンビニの店員二人だがな。……生きてるぞ」
「……え?」
あわてて振り向くと、鏡太郎がばつが悪そうに肩をすくめていた。
紀里があの人間たちのことをそれほど気にしているとは思っていなかったようだ。失礼な話である。
「何で……運よく隙間に入りこんでたとか?」
「いや。あのとき、ブローカーと待ち合わせしてただろ? そいつがおまえと同じ能力者でな。コンビニが倒壊する前に、あの二人を外へ飛ばしてた。ほんとに嫌な野郎だよ。金にならないからって黙って見てやがった」
「……本当に?」
信じられなくて、紀里は鏡太郎をじっと見すえた。
「俺を慰めようとか考えて、都合のいい嘘ついてるんじゃないのか?」
「俺は、殺された人間がまだ生きてるなんて、そんな罰当たりな嘘はつかない」
きっぱりと鏡太郎は言い切った。
「ちゃんとあの二人は生きてる。だから、そんなに気に病むな」
「親父……」
「とにかく、今は寝ようぜ。どうせまたすぐに移動だ。寝られるときに寝とかないと」
鏡太郎は大あくびをすると、倒れるようにベッドに横になり、シーツを被って寝てしまった。
「本当に、あんたは大物だよ……」
紀里は苦笑して呟いたが、九割以上本音だった。
昼はあれほど暑いのに、夜は信じられないくらい寒くなる。紀里もシーツをめくって、日向の匂いのするベッドの中へと潜りこんだ。
地球ではあれほど寝起きの悪かった紀里だが、レジスタンスと行動を共にするようになってからは、小さな物音で目が覚めるようになった。
成長したのか。それとも、ここでは安心して眠れないだけなのか。
(とにかく、親父のそばから離れないようにしないと)
それはもはや強迫観念に近かった。
自分が不安だからということもある。だが、不完全ながらも超能力を持つ自分がいれば、いざというとき鏡太郎を守れると思うのだ。
寝つきのよさでは紀里も自信がある。常夜灯がわりのランプが点された部屋で、紀里は目を閉じ、すぐに眠りについた。
鏡太郎に言わせると、そうなるらしい。
正直言って、紀里にはその二つの差がよくわからなかったが、とにかく彼らはロス・メデスに対して反抗しており、彼女の傀儡である政府を転覆させようとしているのだそうだ。
この星の陸地の三分の二が砂漠化してしまったのも、ロス・メデスが環境問題にはまったく配慮しなかったせいらしい。
『たぶん、そういうことには興味なかったんだろうよ』
いつだったか、鏡太郎が皮肉まじりにそう言った。
『地球的に言うなら、支配すれども統治はせず、だな。問題は、統治する人間を選ぶことすらどうでもいいと思っちまったとこだ。国民の幸福なんて、あの女は最初から全然考えてもいなかっただろうしな』
地球的に言えるなら、それは地球でもよくある話だろう。だが、地球にはロス・メデスのような存在はいなそうだ。たった一人で星一つ――地球とほぼ同じ大きさだそうだ。だから、住民も似ているんだろうと鏡太郎は言った――を支配している人間なんて、少なくとも紀里には思いつけない。
それとも、単に紀里が知らないだけで、実は地球にもそんな人間がいるのだろうか。もしいたとしたら、一般人の自分に知られていないという点で、ロス・メデスよりも賢い気がする。
しかし、紀里のもっかの悩みはこれだった。
「親父。俺はこれからどうしたらいいんだ?」
何度めかの移動先で、紀里はついに口に出した。
狭いながらも、鏡太郎と紀里には一室が与えられていて、周りにレジスタンスたちはいなかった。
鏡太郎によると、一行はレジスタンスの拠点の一つに向かっているらしい。移動には行商人がよく使うというごつい車を利用していたが、ろくに話もできないくらい乗り心地は最悪だった。
ただ、砂漠の真ん中で野宿はせず、今夜のように必ず一応屋根のある家に泊まる。住人とのやりとりを見るに、レジスタンス仲間の家のようだ。水はやはり貴重だとかで風呂には入れなかったが、濡れた布で頭や体を拭くくらいはできた。
そんなレジスタンスとの関係性を、鏡太郎は単に古い知り合い同士だと言い張るのだが、彼らの鏡太郎に対する態度を見るかぎり、とてもそうとは思えない。むしろ、レジスタンスの幹部の一人と言われたほうがよほど信じられる。
「どうって?」
紀里と同じく、簡素なベッドに腰かけている鏡太郎が、眠そうな顔で問い返す。
唯一、彼がVIPらしくなかったのは、あれからレジスタンスの料理番を引き受けている点だった。鏡太郎いわく、親子共々面倒を見てもらっているのに、何もしないままでは申し訳ない。
もちろん、レジスタンスたちは最初は固辞した。だが、鏡太郎の料理の誘惑には勝てなかったようで、目的地に着くまでの間という条件つきで承諾した。
おかげで、紀里は食生活には悩まずに済んだが、これからこの星で何をすればいいのかという問題に悩むことになったのだった。
「そりゃ、いつかはこっちに来なくちゃいけないとは思ってたけど、昔のことはいまだに思い出せないし……いったい何をしたらいいんだか……」
「おまえのしたいようにしたらいいさ」
あっさり鏡太郎は答えた。その他人事のような言い草に紀里はむっとした。
「親父、いつもそんなふうに言うよな。息子の人生、少しは真面目に考えてやろうとか思わないのか?」
「おいおい。おまえは誰かの思いどおりにされるのは嫌だったんじゃないのか?」
鏡太郎がにやにやして冷やかしてくる。まさに正論だったので、紀里は余計に腹が立った。
「わかった! 親父にはもう何も相談しない!」
そう怒鳴り散らして、ベッドに横になったのだが。
「何だ、相談か。それならそうと先に言えよ。俺はてっきり、おまえが俺に何か答えを求めてるんだと思ったよ」
確かにそういうところもあった。しかし、素直にそうと認めるのも悔しい。紀里は無言でベッドから上半身を起こした。
「でもまあ、俺が言えることは同じなんだけどな。――今のおまえが何をしたいか。それによっては、レジスタンスと別行動をとる」
「何をしたいって言われても……」
そう。それがいちばん困るのだ。紀里は思わず頭を掻いた。
今いちばん何をしたいかと言えば、やはり地球へ帰って、鏡太郎と二人、元どおりの生活をしたい。
だが、それはもうかなわない。今のところ、ロス・メデスからの追っ手は現れていないが、もし地球に帰れば、すぐにあの金髪の少女が紀里を見つけ出すだろう。そして、何のためらいもなく無関係な人間を殺す。
「俺……やっぱり昔のことはそんなに思い出したいと思ってないし……」
我ながら不思議なのだが、今の〝向井紀里〟としての記憶が借り物だとしても――ブローカーから買ったのだと鏡太郎は言った――本当の記憶を取り戻したいとはあまり思っていないのだ。
以前、話の流れで鏡太郎にそう漏らすと、例によって思い出したくないから思い出したくないんだろうと身も蓋もないことを言われてしまった。紀里の過去は鏡太郎がよく知っているはずなのに、それとなく訊いてみても同じ論理ではぐらかされてしまう。
ただ、断片的に残っている記憶から、自分がまだ幼いとき、星空の見えるどこか寒い場所で鏡太郎に拾われたのだろうという推測はしている。
もしかしたら、そのときにも鏡太郎は、紀里に何をしたいかと訊ねたのかもしれない。過去の自分はそれに何と答えたのだろう。助けてほしいとでも言ったのだろうか。
「ただ、あの女に〝殺せ〟と命令されるのがものすごく嫌だ。あいつは俺をこの星に連れ戻すために、人間二人殺して、親父も人質にしたんだぞ?」
実行者はあの少女だが、彼女の上司はロス・メデスだ。
ロス・メデスへの怒りと同時に、自分があそこにいたせいで彼らは殺されてしまったのだという罪悪感が紀里の胸を焼いた。
しかし、鏡太郎は何かを思い出したような顔をすると、人差指で自分の頬を掻いて、あーそれなんだがと言った。
「うっかり言い忘れてた。あのコンビニの店員二人だがな。……生きてるぞ」
「……え?」
あわてて振り向くと、鏡太郎がばつが悪そうに肩をすくめていた。
紀里があの人間たちのことをそれほど気にしているとは思っていなかったようだ。失礼な話である。
「何で……運よく隙間に入りこんでたとか?」
「いや。あのとき、ブローカーと待ち合わせしてただろ? そいつがおまえと同じ能力者でな。コンビニが倒壊する前に、あの二人を外へ飛ばしてた。ほんとに嫌な野郎だよ。金にならないからって黙って見てやがった」
「……本当に?」
信じられなくて、紀里は鏡太郎をじっと見すえた。
「俺を慰めようとか考えて、都合のいい嘘ついてるんじゃないのか?」
「俺は、殺された人間がまだ生きてるなんて、そんな罰当たりな嘘はつかない」
きっぱりと鏡太郎は言い切った。
「ちゃんとあの二人は生きてる。だから、そんなに気に病むな」
「親父……」
「とにかく、今は寝ようぜ。どうせまたすぐに移動だ。寝られるときに寝とかないと」
鏡太郎は大あくびをすると、倒れるようにベッドに横になり、シーツを被って寝てしまった。
「本当に、あんたは大物だよ……」
紀里は苦笑して呟いたが、九割以上本音だった。
昼はあれほど暑いのに、夜は信じられないくらい寒くなる。紀里もシーツをめくって、日向の匂いのするベッドの中へと潜りこんだ。
地球ではあれほど寝起きの悪かった紀里だが、レジスタンスと行動を共にするようになってからは、小さな物音で目が覚めるようになった。
成長したのか。それとも、ここでは安心して眠れないだけなのか。
(とにかく、親父のそばから離れないようにしないと)
それはもはや強迫観念に近かった。
自分が不安だからということもある。だが、不完全ながらも超能力を持つ自分がいれば、いざというとき鏡太郎を守れると思うのだ。
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