宇宙の戦士

邦幸恵紀

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「さて。じゃあ、話をするか。どっちが先だ?」
「当然、親父からだ」

 紀里は捕らえられて逃げ出してきただけだ。鏡太郎のほうがはるかに不明点が多い。
 地球からどうやってここに来たのか。この男たちはいったい何者なのか。どうして鏡太郎に崇拝の眼差しを向けるのか。

「俺か? 俺は単純にして明快だ」

 ブラックコーヒーのようなものを飲みながら、鏡太郎はにやりと笑った。

「おまえを追って帰ってきた。おまえが連れこまれそうな基地に当たりをつけて、その近辺の知り合いに、おまえらしき人間を見かけたらすぐに連絡をくれと触れ回った。おまえが会ったあの少年はこの町の人間じゃないが、俺の知り合いの知り合いでな。信じられないくらい綺麗な男に会ったと興奮した様子で話してくれたそうだ。最初はてっきり女だと思ったそうな」
「まあ……この頭じゃな……」

 紀里は自分の長髪を掻き乱した。好きで伸ばしたわけではないから邪魔くさくて仕方がない。できるものなら、床屋でばっさり切ってもらいたいくらいだ。

「頭のせいだけじゃないと思うが……ま、いいか。それで、俺はその知り合いから連絡を受けて、急遽きゅうきょこの町に飛んできたってわけだ。大変だったぞ。と言っても、大変だったのは俺を連れてきたテレポーターだけだが。三百キロを連続で飛ぶのはさすがに応えるらしい。もう当分呼んでくれるなと怒って帰っちまった」
「テレポーター?」
「テレポートできる人間のことだ。おまえだってそうだよ。まあ、おまえができるのはテレポートだけじゃないが。……この星では、超能力者自体はさほど珍しい存在じゃないんだ。ある学者は、この星の全人口の半分は、何かしらの超能力を持っていると推定している。ただし、地域差、能力差が非常に激しい。いるところにはおまえクラスの能力者がゴロゴロいるし、いないところにはまったくいない。ここらへんはいないほうだな。だから、ロスの基地が近くにある」
「親父は、あの女を知ってるのか?」

 意外に思ったが、この星の人間なのだから知っているのが自然だろう。
 鏡太郎はげんそうに片眉を上げた。光の加減のせいか、地球にいるときには金色をしていた鏡太郎の瞳が、今は濃茶色に見える。

「あの女って……ロス・メデスに会ったのか?」
「会ったっていうか……映像に、だけど」
「おまえに何を言った?」
「……俺は、ある〝化け物〟を殺すためだけに作られた道具だって。ここへ来て、おまえのやるはずだったことをやれって」

 ロス・メデスの台詞せりふを思い出しながら、途切れ途切れに答える。
 それを聞いた鏡太郎は、彼にしては珍しいほど嫌悪感をあらわにした。

「相変わらず、デリカシーゼロだな」
「知ってるのか?」
「少なくとも、おまえよりは」
「何者なんだ?」
「うーん……一言で説明するのは難しいな」

 鏡太郞は苦笑して、コーヒーもどきを啜った。

「かつては、ある国の皇帝の座についていたこともある。今は隠居の身だが、それでもあの女はこの星全体の支配者だ。ただ支配するだけのな」
「よくわかんないけど……ようするに、この星でいちばん偉い奴ってこと?」

 鏡太郎の曖昧すぎる説明に紀里は首をひねった。
 地球でいったら、どこの誰に該当するのだろう。――某大国の大統領? だが、さすがに地球全体は無理そうだ。

「まあ、思いっきり乱暴に言えばそういうことになるな。支配者イコール偉いって公式が成り立つんなら」
「じゃあ、そんな〝偉い人〟が、どんな〝化け物〟を俺に殺せって言うんだよ?」

 苛立って吐き捨てるように言い返すと、なぜか鏡太郎が傷ついたような顔をした。
 彼に八つ当たりしたわけではなかった。紀里はあわてて弁明する。

「いや、俺はそんなことするつもりないから、どうだっていいんだけど!」

 鏡太郎はあっけにとられてから、少し笑った。
 何か言おうと口を開きかけたとき、今まで護衛のように部屋の隅に立っていた男――紀里にマントを手渡した男が近寄ってきて、鏡太郎に声をかけた。

「ロード」

 ――ロード。
 これもどこかで聞いた。何度も呼んだ。
 鏡太郎はすぐに男を見た。まるでそれが自分の名前であったかのように。

「そろそろ、移動したほうがよろしいかと」
「そうか。今度はもっと落ち着いて話ができる場所がいいな」

 鏡太郎は男と同じ言語で答えると、粗末な椅子から立ち上がった。

「紀里。悪いがまた移動だ。詳しい話はそこでしよう」
「そりゃかまわないけど……」

 そもそも自分はどこに行く当てもない。
 しかし、男たちがライフル銃(のようなもの)を持っているのを見たときから、紀里の頭には〝テロリスト〟という言葉が浮かんでいた。そして、鏡太郎はそんな男たちに敬語を使われるような存在なのである。

「親父……」
「ん?」
「親父の本当の名前って……〝ロード〟っていうのか?」

 男たちの案内に従って裏口から外へ出ようとしていた鏡太郎は、驚いた様子で紀里を振り返った。

「思い出したのか?」
「いや、さっきそう呼ばれてたろ、親父」

 紀里はそう答えたが、鏡太郎がそんな訊き方をしてくるということは、〝ロード〟が自分の本名であると認めたようなものだ。
 だが、〝向井紀里〟でなかった頃をいまだに思い出せない紀里は、その名前にかなりの違和感を覚えた。顔だけ見れば〝向井鏡太郎〟よりも〝ロード〟のほうがずっと似合っているのに。
 そんな紀里の心情を見抜いたのか、鏡太郎は笑って紀里の肩を叩いた。

「言っただろ。おまえが〝紀里〟なら、俺は〝鏡太郎〟だよ」
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