宇宙の戦士

邦幸恵紀

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16 これを着てください

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「俺の勘も捨てたもんじゃないな」

 鏡太郎は得意げににやにやと笑った。
 周りにいる男たちと同様、薄汚れた白い服を着ているのに、鏡太郎一人が浮き上がって見える。

「ロスの基地に近い町を重点的に張ってたのさ。おまえ、さっき水場で少年と遭遇しただろ。あの少年が見慣れない格好をした銀髪男と会ったと報告してきてね。すぐにおまえだとピンときた。で、おまえだったらこの町に飛んでくるんじゃないかと思って、今まで捜させてたんだ。おまえ、意外とかくれんぼがうまいな」

 ――どうしてここに鏡太郎が?
 紀里は何も言えないまま、呆然と鏡太郎を見つめていた。
 あの少女は鏡太郎を地球に残してきたと言っていた。あれは嘘だったのか?

「信じられないか?」

 紀里の表情を見て、鏡太郎はばつが悪そうに苦笑いした。

「まあ、普通は信じられないよな。でも、ここで悠長に立ち話してるわけにもいかないんだ。今の追いかけっこで警察に通報した奴がいるかもしれない」

 そう言うと、鏡太郎は傍らにいた男をちらりと見やった。
 まだ若そうなその男は、心得たようにうなずいて、仲間の一人から大きな白い布を一枚受け取り、紀里の前に差し出した。

「これを着てください」

 紀里は大きく目を見張った。
 鏡太郎は日本語で話していた。だが、今この男が使った言葉は日本語ではなかった。それにもかかわらず、紀里にはその意味がわかった。
 このとき、ようやく紀里は今の自分が日本語以外の言語――つまり、この星の言語を日本語と同じように使えていることに気づいたのだった。

「おまえの外見は目立ちすぎるんだよ」

 しかし、紀里は日本語しかわからないと思っている鏡太郎は、男の行動の意図を日本語で説明した。

「このへんの人間はみんな黒髪だ。外国人も滅多に来ない。とりあえず、それを着て頭と顔を隠せ。そのまま移動するぞ」

 紀里は黙ってうなずき、男から布を受け取った。広げてみると、フードつきのマントのようだった。
 気がつけば、周りにいた男たちは消えており、残っていたのは鏡太郎と紀里に布を渡した男だけになっていた。

「なるべく、裏通りを歩いていきましょう」

 紀里の髪が完全に隠れたのを見届けてから、男は鏡太郎に囁いた。
 鏡太郎は軽くうなずいてから、紀里の腕をつかんで引いた。

「近くにアジトがある。そこで話そう」

 一杯の水をどうやって得ようかと悩んでいた紀里にとっては、実にありがたい展開である。
 欲を言うなら、最初から鏡太郎が姿を見せてくれれば、あんな無駄な運動をしなくて済んだのだが。

「話の前に、飯食えないかな……」

 紀里がそう呟くと、鏡太郎は同情したように眉をひそめた。

「かわいそうに。飯も満足に食わせてもらえなかったのか」
「いや、一応食わせてはもらってたけど。はっきり言ってうまくなかったんだ」
「そりゃ、フランス料理のフルコースは出ないだろうな」
「いくら俺でもそんな高望みはしないよ。でも、せめて何が材料かはっきりわかるもんが食いたかった」

 と、鏡太郎は噴き出して、紀里の後頭部を叩いた。

「合成食を食わされてたのか。確かにあれはまずいよな。俺も苦手だ。わかったわかった。大したもんは作れないが、あれよりはましなもんを食わせてやるから」

 快活に笑う鏡太郎は、紀里の知るいつもの〝父〟だった。
 どんな困難に直面しても、そんな状況に陥った我が身を嘆く前に、どうすればそこから抜け出せるかを考える。
 そう思ったとき、ふとこの〝父〟というのはどちらの鏡太郎なのだろうという疑問が湧いた。本来の〝地球人〟向井鏡太郎か。それとも、この〝異星人〟向井鏡太郎か。
 だが、紀里はすぐに考えるのをやめた。
 こんなこと、悩んでみてもしょうがない。地球人だろうが異星人だろうが、今ここにいる鏡太郎が自分の〝父〟なのだ。
 過去がどうあれ。未来がどうあれ。

 * * *

 アジトは町の中心から外れた場所にあったが、外観はごくごく普通の民家にしか見えなかった。
 その家の前で、紀里にマントを差し出した男が何事か呟くと、粗末な扉が少しだけ開いた。どうやら合言葉を言わないと中に入れないらしい。
 まるで忍者みたいだと思って見ていると、男に早く入れと手招きされた。紀里は鏡太郎の後に続いて急いで入った。
 さして広くもない家の中には男たちが三人いた。しかし、彼らの手にはこれまで紀里がこの星では見かけなかったものがあった。
 ライフル銃――のようなもの。
 そんな物騒な家の中で、鏡太郎は平然と、昼飯にしてはかなり遅く夕飯にしては少し早い食事を作った。
 時間と材料がないから、缶詰を使った簡単なものしかできないと鏡太郎は言っていたが、それでも香辛料のきいた具だくさんのスープと、近所で買ったという固くて香ばしいパンとの組み合わせは、あの基地で食べさせられた代物と比べれば、雲泥うんでいの差があった。
 ついでに言うと、男たちもちゃっかり便乗していて、紀里以上に感激した様子で口を動かしつづけていた。

「腹はふくれたか?」

 満足して腹を叩いた紀里を見計らったように、鏡太郎が声をかけてきた。当然日本語である。
 鏡太郎自身は何も食べずに、紀里や男たちの給仕をしていた。男たちは恐縮した様子だったが、それでもおかわり要求は取り下げなかった。おそらく、彼らも普段ろくなものを食べていないのだろう。

「うん、うまかった。ごちそうさまでした」

 鏡太郎に注意される前に、紀里はすばやく両手を合わせた。
 紀里にそうしつけた鏡太郎は呆れたように笑い、コーヒーに似た香りを放っている金属製のマグカップを紀里に差し出した。

「これは地球でいうコーヒーのようなもんだ。まあ、体の形が似てればこうも似るってこったな。おまえはブラックでよかったんだよな?」

 紀里は言われるままうなずき、鏡太郎の手からそのマグカップを受け取った。
 中にはやはりコーヒーとしか思えない濃茶色の液体が入っている。おそるおそる飲んでみたが、味もやはりただのブラックコーヒーとしか思えなかった。
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