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13 ロス・メデス
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ここよ、と少女が言ったのは、しばらく歩いた先にあった、両開きの扉の前でだった。
取っ手らしきものは見当たらないから、おそらく自動ドアなのだろう。どうしたものかと少女を窺うと、少女はドアの横の壁に手を当てた。スイッチも何もなかったはずなのに、ドアは音もなく開いた。
室内は紀里が想像していたほど広くはなかった。だいたい高校の教室くらいだろうか。
部屋の壁は緋色の布で隠されていて、その前にはやはり少女と同じ服装をした若者たちが数人、間隔を置いて立っていた。
そして、部屋のいちばん奥。床より一段高くなったその場所に、誰かが座っていた。
――知っている。
紀里の心臓が跳ね上がった。
自分は、この人物を知っている。
二十代前半くらいの若い女だった。
光り輝くような金色の髪を、床を覆うほど長く伸ばした、夢幻のように美しい女。
ギリシア神話の女神を思わせる淡い水色の薄物をまとった女は、やはり緋色の椅子の肘掛けに寄りかかり、宝石のような青い目でじっと紀里を見つめていた。
額には少女たちと同様、金色の額当てがあったが、もっと細くて装身具のようだった。
『待たせたな』
厳かに女が口を開いた。少女たちは一斉に頭を垂れたが、紀里だけは女を――レアの支配者たる女を凝視しつづけた。
低めのその声に聞き覚えはない。が、それでも知っていると紀里は思った。
しかし、紀里はそれに気をとられるあまり、重大なことを見落としていた。
それまで少女が使っていた言葉は日本語だったが、このとき女が使ったのは日本語ではなかった。
『と言っても、おまえは私を覚えていないのだったな。改めて名乗ろう。我が名は〝ロス・メデス〟。今おまえの周りにいる者たちは〝サーヴ〟という。私直属の部下だ』
「俺をどうするつもりだ?」
機械的にそう問うと、横にいた若者たち――サーヴが牽制するように紀里を睨みつけた。だが、少女は驚いたような眼差しを紀里に向けていた。紀里本人に自覚はまったくなかったが、いま紀里が使った言葉もまた日本語ではなかったのだ。
立体映像のロス・メデスは――本当にここにいて、座っているようにしか見えないのだが――特に気分を害した様子もなく、鷹揚に答えた。
『どうもしない。おまえがするはずだったことを、果たしてもらいたいだけだ』
「何を?」
『ある〝化け物〟を殺してもらいたい』
そのとき、ロス・メデスの白い顔に、自嘲のようなものがかすかに浮かんだ。
『そもそも、おまえはそのためだけに作られたのだ。だが、おまえはそれを拒否し……逃げた』
「……どういうことだ?」
『そういうことだ。ここへ来い、〝向井紀里〟。そして、おまえのなすべきことをなせ』
――行っては駄目だ!
反射的に、そんな思いが突き上げた。
自分は、この女と会ってはいけない。
ここから逃げ出したい。そう思ったとたん、あの激痛が紀里を襲った。
思わずうずくまりかけたが、これ以上ここにいたくなかった。自分を道具のように扱おうとする人間たちのところには。
「俺は……あんたなんか知らない……知らない奴の言うこと、何で俺がきかなきゃならねえんだよ!」
痛みを振り切るように絶叫した。と、紀里を拘束していた銀のブレスレットが粉々に砕け散り、紀里はその場から消え失せていた。
「飛んだ?」
ありえないことだった。サーヴたちは今の今まで紀里が立っていた空間を呆然と見つめていたが、すぐに我に返って紀里の後を追おうとした。
『よい。今は追うな』
ロス・メデスが悠然と部下たちを止める。
「し、しかし……」
『追わずとも、この星にいるかぎり、あれは必ずやってくる』
ロス・メデスはうっすらと笑い、肘をついた。
『すべての始まりの場所――この〝ディアス〟へな』
* * *
気づいたとき、紀里は熱い砂の中に埋もれていた。
――気絶しないでよかった。
心の底からそう思ったのは、体を覆う砂があまりにも熱かったからだ。実際のところ、砂が熱かったからすぐに意識を取り戻せたのだったが。
ふらつきながらも立ち上がり、体についた砂を払い落としながら周囲を見渡すと、白い太陽に照らし出された茶色い乾いた砂しかなかった。
どうやら、砂漠のど真ん中に飛んでしまったらしい。こうも砂だらけだと、本当にここがレアとかいう星なのか、それともまだ地球なのか、まったく判別がつかない。
いずれにしろ、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。せっかく逃げ出せたのに、このままでは日干しだ。
紀里はもう一度テレポートした。今度は水の中に突っこまないことを祈りながら。
取っ手らしきものは見当たらないから、おそらく自動ドアなのだろう。どうしたものかと少女を窺うと、少女はドアの横の壁に手を当てた。スイッチも何もなかったはずなのに、ドアは音もなく開いた。
室内は紀里が想像していたほど広くはなかった。だいたい高校の教室くらいだろうか。
部屋の壁は緋色の布で隠されていて、その前にはやはり少女と同じ服装をした若者たちが数人、間隔を置いて立っていた。
そして、部屋のいちばん奥。床より一段高くなったその場所に、誰かが座っていた。
――知っている。
紀里の心臓が跳ね上がった。
自分は、この人物を知っている。
二十代前半くらいの若い女だった。
光り輝くような金色の髪を、床を覆うほど長く伸ばした、夢幻のように美しい女。
ギリシア神話の女神を思わせる淡い水色の薄物をまとった女は、やはり緋色の椅子の肘掛けに寄りかかり、宝石のような青い目でじっと紀里を見つめていた。
額には少女たちと同様、金色の額当てがあったが、もっと細くて装身具のようだった。
『待たせたな』
厳かに女が口を開いた。少女たちは一斉に頭を垂れたが、紀里だけは女を――レアの支配者たる女を凝視しつづけた。
低めのその声に聞き覚えはない。が、それでも知っていると紀里は思った。
しかし、紀里はそれに気をとられるあまり、重大なことを見落としていた。
それまで少女が使っていた言葉は日本語だったが、このとき女が使ったのは日本語ではなかった。
『と言っても、おまえは私を覚えていないのだったな。改めて名乗ろう。我が名は〝ロス・メデス〟。今おまえの周りにいる者たちは〝サーヴ〟という。私直属の部下だ』
「俺をどうするつもりだ?」
機械的にそう問うと、横にいた若者たち――サーヴが牽制するように紀里を睨みつけた。だが、少女は驚いたような眼差しを紀里に向けていた。紀里本人に自覚はまったくなかったが、いま紀里が使った言葉もまた日本語ではなかったのだ。
立体映像のロス・メデスは――本当にここにいて、座っているようにしか見えないのだが――特に気分を害した様子もなく、鷹揚に答えた。
『どうもしない。おまえがするはずだったことを、果たしてもらいたいだけだ』
「何を?」
『ある〝化け物〟を殺してもらいたい』
そのとき、ロス・メデスの白い顔に、自嘲のようなものがかすかに浮かんだ。
『そもそも、おまえはそのためだけに作られたのだ。だが、おまえはそれを拒否し……逃げた』
「……どういうことだ?」
『そういうことだ。ここへ来い、〝向井紀里〟。そして、おまえのなすべきことをなせ』
――行っては駄目だ!
反射的に、そんな思いが突き上げた。
自分は、この女と会ってはいけない。
ここから逃げ出したい。そう思ったとたん、あの激痛が紀里を襲った。
思わずうずくまりかけたが、これ以上ここにいたくなかった。自分を道具のように扱おうとする人間たちのところには。
「俺は……あんたなんか知らない……知らない奴の言うこと、何で俺がきかなきゃならねえんだよ!」
痛みを振り切るように絶叫した。と、紀里を拘束していた銀のブレスレットが粉々に砕け散り、紀里はその場から消え失せていた。
「飛んだ?」
ありえないことだった。サーヴたちは今の今まで紀里が立っていた空間を呆然と見つめていたが、すぐに我に返って紀里の後を追おうとした。
『よい。今は追うな』
ロス・メデスが悠然と部下たちを止める。
「し、しかし……」
『追わずとも、この星にいるかぎり、あれは必ずやってくる』
ロス・メデスはうっすらと笑い、肘をついた。
『すべての始まりの場所――この〝ディアス〟へな』
* * *
気づいたとき、紀里は熱い砂の中に埋もれていた。
――気絶しないでよかった。
心の底からそう思ったのは、体を覆う砂があまりにも熱かったからだ。実際のところ、砂が熱かったからすぐに意識を取り戻せたのだったが。
ふらつきながらも立ち上がり、体についた砂を払い落としながら周囲を見渡すと、白い太陽に照らし出された茶色い乾いた砂しかなかった。
どうやら、砂漠のど真ん中に飛んでしまったらしい。こうも砂だらけだと、本当にここがレアとかいう星なのか、それともまだ地球なのか、まったく判別がつかない。
いずれにしろ、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。せっかく逃げ出せたのに、このままでは日干しだ。
紀里はもう一度テレポートした。今度は水の中に突っこまないことを祈りながら。
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