宇宙の戦士

邦幸恵紀

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09 商売上手

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「親父!」
「動かないで!」

 とっさに駆け寄ろうとした紀里に、少女は鋭く叫んだ。

「そこから一歩でも動いたり力を使ったりすれば、今度はあの人が瓦礫の下敷きになるかもしれないわよ?」
「き……」

 鏡太郎が何か言おうとしたが、目には見えない力で押さえこまれているのか、端整な顔は歪んだままだった。
 紀里は拳を強く握りしめ、力まかせにアスファルトを殴った。普通ならおお怪我けがを負っているところだが、紀里は無傷でアスファルトのほうがへこんだ。

「何が目的だ?」
「最初から言ってるでしょ。あなたを連れ戻しにきたの。素直に応じてくれれば何もしないとも言っていたはず。逃げたあなたが悪いのよ」

 少女は紀里に歩み寄ると、パーカーのポケットから何かを取り出して、紀里の前にしゃがみこんだ。

「これは?」
「あなたの力を抑える道具よ。これ以上犠牲者を出したくなかったら、一つずつ両手首にはめて。もし逆らったら……あの人がどうなるかわかってるわね?」

 紀里は少女をにらんだが、鏡太郎を人質にとられていては何もできない。
 少女の手のひらの上にある、二つの銀色のブレスレットのようなものをつかむと、乱暴に自分の両手首に通した。
 と、紀里の手首より少し上の位置で、左右のブレスレットが同時に締まった。手に持ったときにはアルミのように軽かったのに、一気に体が重くなった。

「いい子ね。最初からこうしてくれればよかったのに」

 見た目は紀里と同年代の少女は満足そうに笑い、紀里の腕をつかんで一緒に立ち上がらせた。

「約束どおり、あの人には何もしないわ。というより、何もできないのよ」

 少女は鏡太郎を振り返ると、うやうやしく頭を垂れた。

「それではご子息は返していただきます。ごきげんよう」

 紀里の腕を引いて少女が飛んだ。紀里は反射的に鏡太郎を見ようとしたが、すぐに視界は闇にふさがれてしまった。

 * * *

「これはこれは。ひどい有り様で」

 少女が紀里と共に消えてから数分後。
 鏡太郎のすぐ近くで、人を食ったような若い男の声がした。

「てめえ……今まで隠れて様子見てやがったな?」

 瓦礫に埋もれるように座っていた鏡太郎は、思いきり顔をしかめてその声の主を見上げた。
 ダークスーツ姿の、一見サラリーマンのような男だ。だが、その両眼は真夜中にもかかわらず黒いサングラスに覆われていた。

「失礼な。たった今到着したばかりですよ。……と言いたいところですがご名答。おっしゃるとおりです。いくら私でも、女帝の親衛隊員相手にまともに戦いたくありません。それに、そんなことをして私に何のメリットがありますか?」

 男が黒手袋をはめた手を鏡太郎に差し出す。しかし、鏡太郎はそれを無視して自力で立ち上がった。

「ああ、そうだろうよ。そのかわり、間に合わなかったんだから、約束の特別料金はなしだ」

 男は少しだけ残念そうな顔をしたが、黙って肩をすくめるだけに留めた。

「それで。これからいったいどうなさるおつもりで?」
「もちろん、息子の後を追っかけるつもりだよ」
「あの女帝に勝てるとお思いか?」

 鏡太郎は元コンビニの瓦礫の山に合掌がっしょうしてから、男を振り返った。

「勝ってほしいのは、おまえらのほうだろ」
「…………」
「まあ、勝とうが負けようが、俺は息子を取り戻せればそれでいい。こういう別れ方は自立とは言えねえよな」
「ごもっとも」

 男はぼそりと呟いてから、実は……と切り出した。

「約束にはありませんでしたが、私の独断で、この店にいた人間を店が崩れる寸前に飛ばしておいたんですがね……」

 もったいぶった調子で、紀里たちがいた場所からは見えにくい駐車場の隅を指さす。
 そこには、あの店長とアルバイトが魚河岸うおがしのマグロのように転がっていた。
 鏡太郎はあわてて駆け寄って屈みこむと、二人が外傷もなくただ失神しているだけなのを確認し、ほっと息を吐き出した。

「どうです? これでも特別料金はいただけませんか?」

 いつのまにか後を追ってきていた男に問われ、鏡太郎はにやりと笑った。

「やるね。商売上手」
「恐れ入ります」
「じゃあ、今すぐ船の手配もできるよな?」

 男は一瞬言葉に詰まったが、溜め息をついて答えた。

「あなたがそうお望みなら。我が君」
「その呼び方やめろ。むしが走る」
「これは失礼しました。嘘はつけない性格なもので」

 まったく悪いと思っていなそうな声で男は謝罪し、鏡太郎の手を取って立ち上がらせた。

「それでは、さくさく仕事を進めましょう」

 男がそう言ったと同時。
 二人の姿はその場から消えた。
 あとに残されたのは、数時間後にくしゃみをして目覚めることになる、店長とアルバイトだけだった。
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