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08 どこまでも
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「遠足か。はは、違いない。ずいぶん遠出の遠足だがな」
快活に鏡太郎が笑う。
紀里はおにぎりをかじる手を止めて、鏡太郞の右側から訊ねた。
「俺たち……これからどうするんだ?」
「それはおまえしだいだよ。おまえがどうしても帰りたくないって言うんなら、またブローカーに頼んで逃げるだけだし、もしすべてを知りたいんなら……」
と、鏡太郎は横目で紀里を見やった。
「あの女の子の言うとおり、俺たちの星に戻るしかない。俺はどっちでもいいよ。おまえの好きなほうで」
「そんな、無責任な……あんた、全部知ってるんだろ?」
「そりゃあな。でも、いくら俺が口で説明したって、おまえは信じられないだろ? 現に、今だって信じてない」
「それは……」
「記憶が戻ればいいんだが、今はそれを待ってやれる余裕はない。とりあえず、今のおまえはどうしたいんだ?」
その質問に答えるのを、紀里は少しためらった。
だが、鏡太郎の視線に屈して、吐き出すように口に出した。
「昨日までの生活に戻りたい」
鏡太郎は金色の目を見張ったが、苦く笑って正面に向き直った。
「残念だが、それだけは無理な相談だ。俺たちの家はもうあの子の仲間に占拠されてるだろ。今あそこに戻るのはわざわざ捕まりにいくようなもんだ。それとも、それが望みか、紀里?」
「わかんねえよ。何もかも、わけがわからねえよ」
紀里は癇癪を起こして、自分の頭を掻きむしった。
「ただ、俺は俺のわからない理由で、誰かの思いどおりにされるのは絶対に嫌だ」
そう言ったとたん、なぜか鏡太郎が声を立てて笑い出した。
紀里はぎょっとして肩を震わせた。
「な、何だよ?」
「いや、何……そうだな、うん、そのとおりだ。俺も同感だよ、紀里」
何だか馬鹿にされているような気がしたが、今の紀里に頼れる者はこの鏡太郎しかいない。文句を言いたいのをじっとこらえていると、鏡太郞が軽い口調でとんでもないことを提案してきた。
「それじゃあ、紀里。あの星に戻ってみるか? あの女の子とは別便で」
「どうやって!?」
「来たときと同じように、船に乗ってだよ。それにしてもブローカーの奴、なかなか来ないな。五分以内に来いって言ったんだけどな」
鏡太郎は愚痴りながら紀里の左手首を引っ張り、腕時計を覗きこんだ。
そのときだった。
何かが、紀里の意識の中に飛びこんできた。
「親父!」
おにぎりを投げ捨てて鏡太郎を抱き寄せたのは、ここにいてはまずいと感じたからだ。
――とにかくどこかへ!
強くそう思った瞬間、紀里は鏡太郎を抱いたまま、コンビニの駐車場の端に投げ出されていた。
そして。
つい先ほどまで煌々と明かりが灯っていたコンビニは、まるで巨人に押しつぶされたかのように地面にめりこんでいた。
「おい……」
さすがの鏡太郎も、それ以上言葉が出てこない。
紀里も同じだったが、今はそれどころではなかった。
逃げなくては。とにかくここから離れなければ。
「逃がさないわよ」
まるで紀里の心を読んだかのように、少女の声が闇に響いた。
「いえ。逃げたらあなたの逃げた先が、みんなあの店のようになる。それでもよければどこへでも逃げなさい。私はどこまでもあなたを追う」
気がつけば、崩壊したコンビニの前に、あの少女が立っていた。
今朝、初めて会ったときと同じように、パーカーのポケットに両手を突っこんでいる。
ただ一つ、彼女の額を覆っているものが、バンダナから金属製の額当てのようなものに変わっていた。
「俺一人のために……あの店を壊したのか?」
呆然と、紀里は呟いた。
「あの店には人もいたんだぞ? まさか、一緒に……」
少女は訝しげな顔をしてから、何の感慨もなさそうにこう言い放った。
「当然でしょ」
一瞬、紀里は気が遠くなった。
怒りだ。しかし、紀里は今までこれほど激しい怒りを覚えたことがなかった。
「この……!」
我を忘れて少女を睨みつけた。と、鏡太郎を抱いていた紀里の腕が急に軽くなった。
はっとして振り向くまでもなく、鏡太郎の居所はわかった。
少女の背後にあるコンビニの瓦礫に押しつけられていたから。
快活に鏡太郎が笑う。
紀里はおにぎりをかじる手を止めて、鏡太郞の右側から訊ねた。
「俺たち……これからどうするんだ?」
「それはおまえしだいだよ。おまえがどうしても帰りたくないって言うんなら、またブローカーに頼んで逃げるだけだし、もしすべてを知りたいんなら……」
と、鏡太郎は横目で紀里を見やった。
「あの女の子の言うとおり、俺たちの星に戻るしかない。俺はどっちでもいいよ。おまえの好きなほうで」
「そんな、無責任な……あんた、全部知ってるんだろ?」
「そりゃあな。でも、いくら俺が口で説明したって、おまえは信じられないだろ? 現に、今だって信じてない」
「それは……」
「記憶が戻ればいいんだが、今はそれを待ってやれる余裕はない。とりあえず、今のおまえはどうしたいんだ?」
その質問に答えるのを、紀里は少しためらった。
だが、鏡太郎の視線に屈して、吐き出すように口に出した。
「昨日までの生活に戻りたい」
鏡太郎は金色の目を見張ったが、苦く笑って正面に向き直った。
「残念だが、それだけは無理な相談だ。俺たちの家はもうあの子の仲間に占拠されてるだろ。今あそこに戻るのはわざわざ捕まりにいくようなもんだ。それとも、それが望みか、紀里?」
「わかんねえよ。何もかも、わけがわからねえよ」
紀里は癇癪を起こして、自分の頭を掻きむしった。
「ただ、俺は俺のわからない理由で、誰かの思いどおりにされるのは絶対に嫌だ」
そう言ったとたん、なぜか鏡太郎が声を立てて笑い出した。
紀里はぎょっとして肩を震わせた。
「な、何だよ?」
「いや、何……そうだな、うん、そのとおりだ。俺も同感だよ、紀里」
何だか馬鹿にされているような気がしたが、今の紀里に頼れる者はこの鏡太郎しかいない。文句を言いたいのをじっとこらえていると、鏡太郞が軽い口調でとんでもないことを提案してきた。
「それじゃあ、紀里。あの星に戻ってみるか? あの女の子とは別便で」
「どうやって!?」
「来たときと同じように、船に乗ってだよ。それにしてもブローカーの奴、なかなか来ないな。五分以内に来いって言ったんだけどな」
鏡太郎は愚痴りながら紀里の左手首を引っ張り、腕時計を覗きこんだ。
そのときだった。
何かが、紀里の意識の中に飛びこんできた。
「親父!」
おにぎりを投げ捨てて鏡太郎を抱き寄せたのは、ここにいてはまずいと感じたからだ。
――とにかくどこかへ!
強くそう思った瞬間、紀里は鏡太郎を抱いたまま、コンビニの駐車場の端に投げ出されていた。
そして。
つい先ほどまで煌々と明かりが灯っていたコンビニは、まるで巨人に押しつぶされたかのように地面にめりこんでいた。
「おい……」
さすがの鏡太郎も、それ以上言葉が出てこない。
紀里も同じだったが、今はそれどころではなかった。
逃げなくては。とにかくここから離れなければ。
「逃がさないわよ」
まるで紀里の心を読んだかのように、少女の声が闇に響いた。
「いえ。逃げたらあなたの逃げた先が、みんなあの店のようになる。それでもよければどこへでも逃げなさい。私はどこまでもあなたを追う」
気がつけば、崩壊したコンビニの前に、あの少女が立っていた。
今朝、初めて会ったときと同じように、パーカーのポケットに両手を突っこんでいる。
ただ一つ、彼女の額を覆っているものが、バンダナから金属製の額当てのようなものに変わっていた。
「俺一人のために……あの店を壊したのか?」
呆然と、紀里は呟いた。
「あの店には人もいたんだぞ? まさか、一緒に……」
少女は訝しげな顔をしてから、何の感慨もなさそうにこう言い放った。
「当然でしょ」
一瞬、紀里は気が遠くなった。
怒りだ。しかし、紀里は今までこれほど激しい怒りを覚えたことがなかった。
「この……!」
我を忘れて少女を睨みつけた。と、鏡太郎を抱いていた紀里の腕が急に軽くなった。
はっとして振り向くまでもなく、鏡太郎の居所はわかった。
少女の背後にあるコンビニの瓦礫に押しつけられていたから。
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