宇宙の戦士

邦幸恵紀

文字の大きさ
上 下
9 / 20

08 どこまでも

しおりを挟む
「遠足か。はは、違いない。ずいぶん遠出の遠足だがな」

 快活に鏡太郎が笑う。
 紀里はおにぎりをかじる手を止めて、鏡太郞の右側から訊ねた。

「俺たち……これからどうするんだ?」
「それはおまえしだいだよ。おまえがどうしても帰りたくないって言うんなら、またブローカーに頼んで逃げるだけだし、もしすべてを知りたいんなら……」

 と、鏡太郎は横目で紀里を見やった。

「あの女の子の言うとおり、俺たちの星に戻るしかない。俺はどっちでもいいよ。おまえの好きなほうで」
「そんな、無責任な……あんた、全部知ってるんだろ?」
「そりゃあな。でも、いくら俺が口で説明したって、おまえは信じられないだろ? 現に、今だって信じてない」
「それは……」
「記憶が戻ればいいんだが、今はそれを待ってやれる余裕はない。とりあえず、今のおまえはどうしたいんだ?」

 その質問に答えるのを、紀里は少しためらった。
 だが、鏡太郎の視線に屈して、吐き出すように口に出した。

「昨日までの生活に戻りたい」

 鏡太郎は金色の目を見張ったが、苦く笑って正面に向き直った。

「残念だが、それだけは無理な相談だ。俺たちの家はもうあの子の仲間に占拠されてるだろ。今あそこに戻るのはわざわざ捕まりにいくようなもんだ。それとも、それが望みか、紀里?」
「わかんねえよ。何もかも、わけがわからねえよ」

 紀里はかんしゃくを起こして、自分の頭を掻きむしった。

「ただ、俺は俺のわからない理由で、誰かの思いどおりにされるのは絶対に嫌だ」

 そう言ったとたん、なぜか鏡太郎が声を立てて笑い出した。
 紀里はぎょっとして肩を震わせた。

「な、何だよ?」
「いや、何……そうだな、うん、そのとおりだ。俺も同感だよ、紀里」

 何だか馬鹿にされているような気がしたが、今の紀里に頼れる者はこの鏡太郎しかいない。文句を言いたいのをじっとこらえていると、鏡太郞が軽い口調でとんでもないことを提案してきた。

「それじゃあ、紀里。あの星に戻ってみるか? あの女の子とは別便で」
「どうやって!?」
「来たときと同じように、船に乗ってだよ。それにしてもブローカーの奴、なかなか来ないな。五分以内に来いって言ったんだけどな」

 鏡太郎は愚痴りながら紀里の左手首を引っ張り、腕時計を覗きこんだ。
 そのときだった。
 何かが、紀里の意識の中に飛びこんできた。

「親父!」

 おにぎりを投げ捨てて鏡太郎を抱き寄せたのは、ここにいてはまずいと感じたからだ。
 ――とにかくどこかへ!
 強くそう思った瞬間、紀里は鏡太郎を抱いたまま、コンビニの駐車場の端に投げ出されていた。
 そして。
 つい先ほどまで煌々こうこうと明かりが灯っていたコンビニは、まるで巨人に押しつぶされたかのように地面にめりこんでいた。

「おい……」

 さすがの鏡太郎も、それ以上言葉が出てこない。
 紀里も同じだったが、今はそれどころではなかった。
 逃げなくては。とにかくここから離れなければ。

「逃がさないわよ」

 まるで紀里の心を読んだかのように、少女の声が闇に響いた。

「いえ。逃げたらあなたの逃げた先が、みんなあの店のようになる。それでもよければどこへでも逃げなさい。私はどこまでもあなたを追う」

 気がつけば、崩壊したコンビニの前に、あの少女が立っていた。
 今朝、初めて会ったときと同じように、パーカーのポケットに両手を突っこんでいる。
 ただ一つ、彼女の額を覆っているものが、バンダナから金属製の額当てのようなものに変わっていた。

「俺一人のために……あの店を壊したのか?」

 呆然と、紀里は呟いた。

「あの店には人もいたんだぞ? まさか、一緒に……」

 少女はいぶかしげな顔をしてから、何の感慨もなさそうにこう言い放った。

「当然でしょ」

 一瞬、紀里は気が遠くなった。
 怒りだ。しかし、紀里は今までこれほど激しい怒りを覚えたことがなかった。

「この……!」

 我を忘れて少女をにらみつけた。と、鏡太郎を抱いていた紀里の腕が急に軽くなった。
 はっとして振り向くまでもなく、鏡太郎の居所はわかった。
 少女の背後にあるコンビニのれきに押しつけられていたから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

何なりとご命令ください

ブレイブ
SF
アンドロイドのフォルトに自我はなく、ただ一人、主人の命令を果たすためにただ一人、歩いていたが、カラダが限界を迎え、倒れたが、フォルトは主人に似た少年に救われたが、不具合があり、ほとんどの記憶を失ってしまった この作品は赤ん坊を拾ったのは戦闘型のアンドロイドでしたのスピンオフです

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

妹の身代わりの花嫁は公爵様に溺愛される。

光子
恋愛
  お母様が亡くなってからの私、《セルフィ=ローズリカ》の人生は、最低なものだった。 お父様も、後妻としてやってきたお義母様も義妹も、私を家族として扱わず、家族の邪魔者だと邪険に扱った。 本邸から離れた場所に建てられた陳腐な小さな小屋、一日一食だけ運ばれる質素な食事、使用人すらも着ないようなつぎはぎだらけのボロボロの服。 ローズリカ子爵家の娘とは思えない扱い。 「お義姉様って、誰からも愛されないのね、可哀想」 義妹である《リシャル》の言葉は、正しかった。   「冷酷非情、血の公爵様――――お義姉様にピッタリの婚約者様ね」 家同士が決めた、愛のない結婚。 貴族令嬢として産まれた以上、愛のない結婚をすることも覚悟はしていた。どんな相手が婚約者でも構わない、どうせ、ここにいても、嫁いでも、酷い扱いをされるのは変わらない。 だけど、私はもう、貴女達を家族とは思えなくなった。 「お前の存在価値など、可愛い妹の身代わりの花嫁になるくらいしか無いだろう! そのために家族の邪魔者であるお前を、この家に置いてやっているんだ!」 お父様の娘はリシャルだけなの? 私は? 私も、お父様の娘では無いの? 私はただリシャルの身代わりの花嫁として、お父様の娘でいたの? そんなの嫌、それなら私ももう、貴方達を家族と思わない、家族をやめる! リシャルの身代わりの花嫁になるなんて、嫌! 死んでも嫌! 私はこのまま、お父様達の望み通り義妹の身代わりの花嫁になって、不幸になるしかない。そう思うと、絶望だった。 「――俺の婚約者に随分、酷い扱いをしているようだな、ローズリカ子爵」 でも何故か、冷酷非情、血の公爵と呼ばれる《アクト=インテレクト》様、今まで一度も顔も見に来たことがない婚約者様は、私を救いに来てくれた。 「どうぞ、俺の婚約者である立場を有効活用して下さい。セルフィは俺の、未来のインテレクト公爵夫人なのですから」 この日から、私の立場は全く違うものになった。 私は、アクト様の婚約者――――妹の身代わりの花嫁は、婚約者様に溺愛される。 不定期更新。 この作品は私の考えた世界の話です。魔法あり。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

MIDNIGHT

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】 「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。 三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。 未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。 ◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。

謎の隕石

廣瀬純一
SF
隕石が発した光で男女の体が入れ替わる話

終末の乙女

ハコニワ
SF
※この作品はフィクションです。登場人物が死にます。苦手なかたはご遠慮を……。 「この世をどう変えたい?」  ある日突然矢部恵玲奈の前に人ならざるもの使いが空から落ちてきた。それは、宇宙を支配できる力がある寄生虫。  四人の乙女たちは選ばれた。寄生虫とリンクをすると能力が与えられる。世界の乙女となるため、四人の乙女たちの新たな道が開く。  ただただ鬱で、あるのは孤独。希望も救いもない幸薄の少女たちの話。

非武装連帯!ストロベリー・アーマメンツ!!

林檎黙示録
SF
――いつか誰かが罵って言った。連合の防衛白書を丸かじりする非武装保守派の甘い考えを『ストロベリー・アーマメント』と―― 星の名とも地域の名とも判然としないスカラボウルと呼ばれる土地では、クラック虫という破裂する虫が辺りをおおって煙を吐き出す虫霧現象により、視界もままならなかった。しかしこのクラック虫と呼ばれる虫がエネルギーとして有効であることがわかると、それを利用した<バグモーティヴ>と名付けられる発動機が開発され、人々の生活全般を支える原動力となっていく。そして主にそれは乗用人型二足歩行メカ<クラックウォーカー>として多く生産されて、この土地のテラフォーミング事業のための開拓推進のシンボルとなっていった。  主人公ウメコはクラックウォーカーを繰って、この土地のエネルギー補給のための虫捕りを労務とする<捕虫労>という身分だ。捕虫労組合に所属する捕虫班<レモンドロップスiii>の班員として、ノルマに明け暮れる毎日だった。

処理中です...