宇宙の戦士

邦幸恵紀

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06 借り物なんだよ

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 街灯の下で改めて見ると、鏡太郎は本当に綺麗な顔をしていた。
 瞳の色も黒から金に変わっている。表情や口調は以前のままだが、黙って真面目な顔をしていると、やはり紀里には別人のように思えてしまう。

「とりあえず、靴履きたいよなあ」

 そんな鏡太郎が自分の足を見下ろしてぼやく。
 紀里も家に上がってからあの少女と再会したので、鏡太郎と同様、靴を履いていなかった。かろうじて靴下は履いていたが、これで外を歩くのはかなりつらい。
 あの草原から山裾に向かって移動した紀里たちは、寂れた道路の端をてくてくと歩いていた。
 時折車は通るが人通りはまったくない。人家の光のように見えたのは、電柱に取りつけられた街灯だったのだ。

「財布だけは持ち歩いてたんだけどなあ。今度から靴もそうするか」
「どんな靴だよ」

 呆れて紀里は突っこんだが、鏡太郎はとんちゃくしなかった。

「あー……ツッコミスリッパとか? まあ、そいつはいいや。紀里、ここがどこかはわかったぞ」
「え?」

 まったく想定外のことを言われて、紀里は本気で驚いた。

「どうやって? どっかに住所でも書いてあったのか?」
「ああ。……電柱」

 鏡太郎が人差指で指した先を見上げて、紀里も納得した。
 なるほど。そこには住所の書かれたプレートが張りつけられていた。

「でも、親父。これだけじゃどこかってわかんないだろうが」
「わかるぞ。ここには一度来たことがある」
「いつ!?」

 再び紀里は驚く。落ち着いて考えてみれば、紀里の知らない場所を鏡太郎が知っていても何の不思議もないのだが、紀里の中では鏡太郎が知っている場所は自分も知っていることになっていた。

「んー? 正確にいつかってのは覚えてないが、そもそも、おまえが一度も行ったことない場所に飛べるわけがなかったんだよ。とりあえず、ここだったらな、この先に一軒、コンビニがあったはずだ。問題は今が何時で、そのコンビニが二十四時間営業かどうかだが」
「そうだ! それだ!」

 今さらながら、紀里は自分が訊き損ねていた重要なことを思い出した。

「どうして俺たち、今ここにいるんだ? 家からここまで、どうやって来た?」
「おいおい。本当に今さらだな」

 からかうように鏡太郎は笑ったが、もうはぐらかされるのは嫌だ。
 紀里の表情でそうと察したのか、鏡太郎は苦笑いして頭をかいた。

「どうやって……か。まあ、その説明は一言で済むんだけどな」
「じゃあ、何だよ?」
「おまえが、いわゆる超能力者だからだ」

 紀里の反応は、一拍遅れた。

「何?」
「だから、超能力者。業界用語で瞬間移動テレポートっていうのか? それでここに飛んできたんだよ」
「……冗談だろ?」
「いくら俺でも、ここまでたちの悪い冗談はつかないな」
「だって……ええ、ちょっと待てよ! そんなマンガみたいな話があるかよ!」

 紀里は混乱して、自分の頭を抱えた。

「気持ちはわかる。普通は信じられないよな。でも、今はだまされたと思って信じとけ。今の俺たちの対抗手段は、おまえのその力しかない」
「……親父は?」
「俺? 俺はごく平凡な一般人だよ。薬なしじゃ自分の容姿も変えられん。おまえがうちにいる間だけ薬が効いているように調整してたんだが、今日はあのお嬢ちゃんに突撃されたもんだから、すっかり切れちまったよ」

 ぶつぶつ言いながら、鏡太郎は自分の滑らかな頬を撫でた。

「あの髭も?」
「いや、あれは付け髭。なかなか似合ってたろ?」
「それはまあ……いや、そうじゃなくて! 俺は……俺たちは、いったい何なんだ? 何がどうしてどうなって、こんな状況になってる?」
「それを順番に説明していくと、とんでもなく時間がかかるから、とりあえず紀里、コンビニに向かって足を動かさないか?」

 冷静にそう返されて、紀里は毒気を抜かれた。

「え……あ、うん」
「じゃ、歩こう」

 鏡太郎は肩にかけた紀里のリュックサックを持ち上げ直すと、足早に歩き出した。少し遅れて紀里も続く。
 そういえば、夜に鏡太郎と外を歩くのはずいぶん久しぶりだ。最後に歩いたのはいつだったか。確かにあったはずなのに、なぜか思い出せない。

「紀里……さっき、俺たちは何かって俺に訊いたな?」

 昔の記憶を掘り返そうとしていると、突然、鏡太郎が口を開いた。

「実はそれも一言で答えられる。ようするに俺たちは、この星の人間じゃないんだ」

 思わず足を止めそうになったが、鏡太郎はどんどん歩いていくので、紀里はやむなく歩きつづけた。

「じゃあ……その……俺たちは、宇宙人だってこと?」
「地球人だって宇宙に住んでるんだから宇宙人ってことになると思うが……まあ、そういうことだ。で、あの女の子は、おまえを連れ戻すために、わざわざ俺たちの星から追いかけてきたんだよ。ご苦労なこった」
「どうして? 俺はいったい何をしたんだ?」
「別におまえは何もしちゃいないさ。むしろ、被害者だ。だからおまえを連れてここまで逃げてきたんだが……こうして探しにきたってことは、向こうも余裕がなくなったってことだな」
「……ごめん、親父。話がさっぱりわからねえ」

 何だか悪い夢を見ているようで、紀里は自分の頭を抱えた。

「だから最初に言っただろうが。順番に説明していくと、とんでもなく時間がかかるって。おまえの記憶も一緒に戻ってりゃ難しいことは何もなかったんだが……暗示が強すぎたのかな。予想外のアクシデントだ」
「暗示? そういや親父、あのとき俺に何か言っただろ? あれから俺、おかしくなったんだ」
「悪かったな。でも、あのときはああするしかなかった。あの女の子に拉致られたくなかったらな」
「……あの子、また俺たちを追ってくるのか?」
「くるな。間違いなく。おまえももうわかってるだろうが、あの子もおまえと同じ超能力者だ。潜在能力ならおまえのほうがはるかに上だろうが、今のおまえは基本的に〝向井紀里〟のままだからな。まともにやったら、あの子にはかなわないだろう。俺たちができるのは、せいぜいこの地上を逃げ回ることくらいだ。それもいつまで続けられるかわからんが」

 それからしばらく、二人の会話は途切れた。
 何もかも、信じられないことばかりだった。こうして鏡太郎と夜道を歩いている今でさえ、まるで夢の中のように現実感がない。
 今朝までは――あの金髪の少女に会うまでは、紀里はまあまあ平凡な日本の高校生だった。
 それなのに、今は若い男の姿に変わってしまった父親に、おまえは超能力者で、自分たちは地球人ではないのだと言われている――

「親父……」
「ん?」
「俺たち……いつ、地球に来たんだ?」

 鏡太郎はすぐには答えなかった。そのこと自体が紀里の予想を肯定しているようで、紀里の不安はさらに強まった。

「三年前だ」

 鏡太郎の回答は、唐突で決定的だった。

「おまえの中にある、それ以前の記憶は……借り物なんだよ、紀里。おまえのその名前も。もちろん、俺の名前もな」
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