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03 とにかく飛べ
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「親父……!」
紀里は青くなって鏡太郞を見上げた。
しかし、鏡太郎は驚いた様子もなく、普段どおりの飄然とした表情で、リビングのテレビの前に立っている少女を眺めている。
先ほどの〝ヘンな外人の女の子〟だ。
だが、彼女はいったいどこから侵入したのだろう? この家に出入口は玄関しかなく、そこには今の今まで紀里がいた。もちろん、誰も紀里の横をすり抜けて家に上がったりはしていない。
「悪いが、ここは土足厳禁なんだ」
それが鏡太郎の少女に対する第一声だった。紀里は思わず腰砕けになった。
「親父! 今はそれどこじゃないだろ!」
「何を言うか。掃除してるのは俺だぞ? そんなら、今度からおまえが全部やれ」
「親父……だから、それどこじゃないって……」
何だか言い返すのも馬鹿馬鹿しくなってきた。この非常時にもふざける性格はどうにかならないものか。
「それは失礼」
しかし、少女はいささかも動じず、悠然と微笑んだ。
「でも、用さえ済めば、私はすぐに退散します。――彼をこちらに引き渡して。そうすれば、あなたには何もしません」
「だとさ。おまえ、行くか?」
鏡太郎が紀里を振り返る。紀里はあわてて首を横に振った。
「行かねえよ! 何でんなこと真面目に俺に訊くんだよ!」
「いや、一応おまえの意思を尊重しとこうと思ってな。……というわけで、こいつはそちらに行く気はないそうだ。そしたらどうする? お嬢さん」
「そういうときは、仕方ありませんね」
少女はわざとらしく溜め息をつくと、パーカーのポケットから右手を出し、手のひらを紀里たちに向けた。
「力ずくでも来てもらいます」
「親父……」
「どうやらここでの生活は、これでおしまいになりそうだ」
少女を見すえたまま、鏡太郎は小声で紀里に囁いた。
「紀里。今から俺の言うことをよく聞け。絶対聞き漏らすな。わかったな?」
真剣な鏡太郎の様子に、紀里はただ黙ってうなずいた。
「よし。じゃあ聞け。ここから逃げるぞ、×××××××!」
そのとき、確かに鏡太郎は何かを口にした。だが、それは紀里の耳に入ったのにもかかわらず、記憶には残らなかった。
日本語ではなかった。名前のような。呪文のような。でも、いつかどこかで聞いたことがある。
そう思った瞬間。紀里の頭の中は真っ白になった。
「何をした!?」
遠くで少女が叫んでいる。
「魔法が解ける呪文だよ。いつか君みたいな迎えが来たときのための」
悠々とそれに答えているのは鏡太郎か。
と、呆然と立ちつくしていた紀里の腕を、おそらく鏡太郞が強引に引っ張った。
「どこでもいい! とにかく飛べ!」
「飛ぶ? どうやって!?」
わけがわからないながらも紀里は怒鳴り返した。視界もおかしくなっていて、目の前にいるはずの鏡太郎の顔がぼやけて見えない。
「そんなの俺が知るか! まあ、とりあえず、おまえが今いちばん行きたいところを思い浮かべてみろ! そうすりゃどこかには行けるだろ!」
何だよそりゃあ! と叫び返したくなるのをこらえて、紀里は今自分がいちばん行きたいところを考えてみた。
――あそこに……
誰かが暗い夜空へ向かって、白い指を指している――
あそこだ。
紀里は強く願い、そして意識を失った。
紀里は青くなって鏡太郞を見上げた。
しかし、鏡太郎は驚いた様子もなく、普段どおりの飄然とした表情で、リビングのテレビの前に立っている少女を眺めている。
先ほどの〝ヘンな外人の女の子〟だ。
だが、彼女はいったいどこから侵入したのだろう? この家に出入口は玄関しかなく、そこには今の今まで紀里がいた。もちろん、誰も紀里の横をすり抜けて家に上がったりはしていない。
「悪いが、ここは土足厳禁なんだ」
それが鏡太郎の少女に対する第一声だった。紀里は思わず腰砕けになった。
「親父! 今はそれどこじゃないだろ!」
「何を言うか。掃除してるのは俺だぞ? そんなら、今度からおまえが全部やれ」
「親父……だから、それどこじゃないって……」
何だか言い返すのも馬鹿馬鹿しくなってきた。この非常時にもふざける性格はどうにかならないものか。
「それは失礼」
しかし、少女はいささかも動じず、悠然と微笑んだ。
「でも、用さえ済めば、私はすぐに退散します。――彼をこちらに引き渡して。そうすれば、あなたには何もしません」
「だとさ。おまえ、行くか?」
鏡太郎が紀里を振り返る。紀里はあわてて首を横に振った。
「行かねえよ! 何でんなこと真面目に俺に訊くんだよ!」
「いや、一応おまえの意思を尊重しとこうと思ってな。……というわけで、こいつはそちらに行く気はないそうだ。そしたらどうする? お嬢さん」
「そういうときは、仕方ありませんね」
少女はわざとらしく溜め息をつくと、パーカーのポケットから右手を出し、手のひらを紀里たちに向けた。
「力ずくでも来てもらいます」
「親父……」
「どうやらここでの生活は、これでおしまいになりそうだ」
少女を見すえたまま、鏡太郎は小声で紀里に囁いた。
「紀里。今から俺の言うことをよく聞け。絶対聞き漏らすな。わかったな?」
真剣な鏡太郎の様子に、紀里はただ黙ってうなずいた。
「よし。じゃあ聞け。ここから逃げるぞ、×××××××!」
そのとき、確かに鏡太郎は何かを口にした。だが、それは紀里の耳に入ったのにもかかわらず、記憶には残らなかった。
日本語ではなかった。名前のような。呪文のような。でも、いつかどこかで聞いたことがある。
そう思った瞬間。紀里の頭の中は真っ白になった。
「何をした!?」
遠くで少女が叫んでいる。
「魔法が解ける呪文だよ。いつか君みたいな迎えが来たときのための」
悠々とそれに答えているのは鏡太郎か。
と、呆然と立ちつくしていた紀里の腕を、おそらく鏡太郞が強引に引っ張った。
「どこでもいい! とにかく飛べ!」
「飛ぶ? どうやって!?」
わけがわからないながらも紀里は怒鳴り返した。視界もおかしくなっていて、目の前にいるはずの鏡太郎の顔がぼやけて見えない。
「そんなの俺が知るか! まあ、とりあえず、おまえが今いちばん行きたいところを思い浮かべてみろ! そうすりゃどこかには行けるだろ!」
何だよそりゃあ! と叫び返したくなるのをこらえて、紀里は今自分がいちばん行きたいところを考えてみた。
――あそこに……
誰かが暗い夜空へ向かって、白い指を指している――
あそこだ。
紀里は強く願い、そして意識を失った。
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