宇宙の戦士

邦幸恵紀

文字の大きさ
上 下
1 / 20

プロローグ

しおりを挟む
 その子供は、たった一人で、満天の星を見上げていた。
 肌寒い、あるものといえば奇怪な形をした岩山と乾いた砂しかない荒野で、凍りついたようにうずくまっていた。
 ――たった一つの目的のために生み出され、その目的が果たせなかったために見捨てられた哀れな子供。
 強い好奇心といくばくかの哀れみから、彼はその子供に声をかけた。

「星が、好きなのか?」

 しかし、子供はわずかに肩を動かしただけで、彼を振り返らなかった。
 すでにこの子供は、未知のものに対する好奇心も警戒心も失ってしまっているのだ。あるいはもうこの世に自分を害せるものはないのだとたかをくくっているのか。
 だが、彼はめげずに言葉を継いだ。

「俺も星を見るのは好きだ。どんなことも、馬鹿馬鹿しく思えるようになるからな。でも、おまえはそうじゃないんだろう?」

 子供は何も言わなかった。相変わらず、目を合わせようともしない。
 怒りは起こらなかった。子供がそうなるのも無理はないと思った。
 何も見ない。何も聞かない。
 誰もここから自分を救い出してはくれないのだから。

「あそこに、行きたいか?」

 ほんの思いつきで彼は言った。
 彼の悪い癖だ。子供と違い、特別な力は何も持たずに生まれてきたのに、なぜか他人の急所を知らないうちに突いてしまう。これで起こさなくてもいい面倒をいくつも起こしている。
 このときも、あれほど何の反応も見せなかった子供が、初めて彼を見た。
 白銀の髪。こんの瞳。精巧だが生気のない整いきった顔。最先端のロボットでさえ、これほど空虚な表情をしていないだろう。

「行きたいのか?」

 もう一度、念を押すように訊ねる。
 今までどおり、子供が何も言わなければ、彼はこの場を立ち去るつもりだった。意志表示をしない子供を連れ出すほど、彼は慈善家おせっかいではない。

「――行きたい」

 たどたどしい口調ではあったが、確かに子供はそう言った。
 そして、汚れた細い指で、頭上の星空を指した。

「あそこに……行きたい」

 子供が指さした方向に目をやりながら、彼は苦笑していた。
 気まぐれと言いつつ、最初からそのつもりで自分はここに足を運んだのかもしれない。立場は違えど〝作り出された〟という点で、子供と彼はよく似ている。

「了解、わかった」

 子供は指を下ろして、彼を見上げた。その顔には、初めて表情らしきものが浮かんでいた。
 驚き。戸惑い。困惑。
 子供は、彼がどういうつもりでそう言ったのか、図りかねているのだった。

「望みどおり、おまえをあそこに連れていってやるよ」

 それは、子供を作り出したものに対する反逆を意味していた。しかし、彼に子供の居場所を漏らした時点で、すでにそのことは予測されていたのではないかという気がする。
 誰かの思惑どおりに動かされるのはしゃくに障るが、それが自分の意志と一致するうちはおとなしく従っておいてやろう。とりあえず、今はここからこの子供を連れ出してやりたいのだ。

「幸い、船乗りにはツテがある。そいつをだまくらかせば、何とかなるだろう。どうだ? 俺と来るか?」

 彼は子供に手を差し伸べた。子供はあっけにとられたようにその手を見つめていたが、やがておずおずと手を伸ばし、つかんだ。
 ――冷たくて、小さい手だった。

「なら、決まりだ」

 彼は子供の手を握って、強引に立たせた。声は出さなかったものの、子供は目を大きく見張っていた。今まで、こういう立たされ方をされたことがなかったらしい。
 立たせてみると、子供の背丈は、彼の腰ほどまでしかなかった。
 こんな子供に、彼らは〝殺人〟を強要したのだ。――いや。あれはすでに〝人〟ではないのかもしれないが。そして、だからこそこの子供は、生み出されたのかもしれないが。

「じゃあ、行くか……」

 子供の名前を呼ぼうとして、彼はこの子供には名前すら与えられていなかったことを思い出した。

「そうだな……まず、おまえの名前を決めなくちゃな……」

 子供の手を引きながら、彼は砂地を歩き出した。
 子供も、引かれるまま歩き出す。

「そういや、自己紹介がまだだったな。俺の名前は――」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

MIDNIGHT

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/外面のいい会社員×ツンデレ一見美少年/友人以上恋人未満】 「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」。 三月のある深夜、会社員・鬼頭和臣は、黒ずくめの美少年・霧河雅美にそう忠告される。 未成年に説教される筋合いはないと鬼頭は反発するが、その出会いが、その後の彼の人生を大きく変えてしまうのだった。 ◆「第6回キャラ文芸大賞」で奨励賞をいただきました。ありがとうございました。

【完結】悪魔の算段

邦幸恵紀
SF
【なんちゃってSF/タイムトラベル/異惑星/学生←教授(でも学生より年下)】 学生とその学生に執着する教授(注・学生より年下)の攻防とその結末。 ※一応、地球外の惑星が舞台ですが、話の内容とはほとんど関係ありません。

鋼月の軌跡

チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル! 未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...