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第3章 追加検証
2 実験結果
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「おまえ、わざとやってるんじゃないか?」
今日の勝敗結果を再確認した新藤は、そう問わずにはいられなかった。
「何のために?」
間髪を入れず佐京に切り返されて、新藤は返答に窮した。
確かに。わざわざ佐京がそんなことをしなければならない理由など一つもない。
実験結果は、これ以上はないくらいはっきりと出た。
新藤が佐京のそばに居続けた三レースは、すべてものの見事にはずれた。
勝つのが当たり前だった男が負けたのだ。かなりのショックを受けているのではないかとこっそり佐京の様子を窺ってみたが、このときはいつもと変わりないように見えた。
その後、佐京一人で馬券を購入して、レース観戦のときだけ新藤と一緒にいるパターンと、新藤を連れて馬券を購入し、レース観戦のときには新藤から三・〇八メートル以上離れるパターン――なんと佐京はメジャーを使って正確に計測し、新藤を自分からきっちり三・〇八メートル離れた場所に立たせた。周囲の好奇の目が非常に気になったが、これもバイトのうちだと思って耐えた――とを試してみたが、前者では負けて、後者では勝った。これには新藤だけではなく、佐京も驚いていた。
つまり、馬券購入時には、新藤がそばにいようがいまいが勝敗には関係がなく、レース中に新藤がそばにいるときだけ、佐京は負けるということになる。
「これって、卒論のネタにはならねえよなあ?」
冗談でそう言うと、佐京は真顔で答えた。
「小学生の自由研究のネタにはなるかもしれない」
「おいおい。小学生じゃ馬券は買えないだろ」
「それもそうだな」
もしこの場に三浦がいたら、それ以前におまえらはもう小学生じゃないだろうと突っこんでくれただろうが、あいにくここには新藤と佐京しかいなかった。
そして、競馬場を出る際、つい聞き逃してしまいそうになるほど、佐京はさらりと新藤にこう告げた。
「じゃ、次は競輪で検証するから」
***
現地解散とは言ったものの、よくよく考えてみれば、お互いそれほど離れた場所に住んでいないのだから、寄り道をしないで帰宅するなら、必然的に佐京と帰り道は一緒になる。
(やっぱり、大学前で集合・解散のほうがよかったか)
今さらながら新藤は後悔したが、今の条件に変更するように言い出したのは自分である。そのせいで、佐京は雇用契約書を作り直す羽目になり、本人は関係ないと言い張っていたが午後の講義を欠席した。もう一度元の条件に戻してくれとはとても言えない。
電車内での佐京は、例の黒い手帳を見つめたまま、ずっと黙りこんでいた。
おかげで、無理に話題を提供する必要もなくなり、新藤は非常に助かった。
今まで賭け事で一度も負けたことがないと豪語していた男だ。仮説は立証されたが、負けたこと自体はショックなのだろう。新藤自身も、ショックとまではいかないが、かなり複雑な心境に陥っていた。
ただ三メートル以内に立っているだけで、佐京の勝負運をなくしてしまう自分。三浦にはふざけて言ったが、本当に〝貧乏神〟なのかもしれない。
いや、もしかしたら、新藤は佐京以外の人間の勝負運も奪っていたのかもしれない。佐京のように常に勝つ人間はいないからわからなかっただけで。
「佐京、着いたぞ」
下車する駅の構内に電車が滑りこんでも、佐京がいっこうに動こうとしなかったので、新藤はあわてて彼の肩をゆすった。
「え、ああ……もう着いたのか」
佐京は我に返ったように手帳を閉じると、いつものバッグの中にしまいこんで立ち上がった。
明言はしていなかったが、今日はこの駅前で解散になるだろう。だが、改札口を出たところで、ふと佐京が新藤に訊ねてきた。
「おまえは自転車でこの駅まで来たのか?」
「ああ、そうだけど。おまえは?」
「歩いてきた。俺の家はここから歩いて五分ほどのところにある」
「そりゃ便利だ。一人暮らしか?」
「ああ、そうだ」
――家賃高そうだな。
反射的に新藤がそう考えたとき、佐京がまた問いかけてきた。
「新藤。これから何か予定があるか?」
「いや、別にないけど……何かあるのか?」
まだどこかに付き合えと言うのか。新藤は警戒して身構えたが、佐京は訝しげにそんな彼を見やった。
「用事がないなら、俺の家で今日の分を支払おうかと。俺の家ならコーヒー代もかからないぞ」
――そうだった。これバイトだったんだ。
不覚にも、新藤はすっかりそのことを忘れていた。
「もちろん行くよ。即金だったな」
一転して俄然行く気になった新藤を見て、佐京は呆れたような顔をしたが、こういう男だから金で雇うしかなかったのだとわかっていた彼は、結局何も言わなかった。
今日の勝敗結果を再確認した新藤は、そう問わずにはいられなかった。
「何のために?」
間髪を入れず佐京に切り返されて、新藤は返答に窮した。
確かに。わざわざ佐京がそんなことをしなければならない理由など一つもない。
実験結果は、これ以上はないくらいはっきりと出た。
新藤が佐京のそばに居続けた三レースは、すべてものの見事にはずれた。
勝つのが当たり前だった男が負けたのだ。かなりのショックを受けているのではないかとこっそり佐京の様子を窺ってみたが、このときはいつもと変わりないように見えた。
その後、佐京一人で馬券を購入して、レース観戦のときだけ新藤と一緒にいるパターンと、新藤を連れて馬券を購入し、レース観戦のときには新藤から三・〇八メートル以上離れるパターン――なんと佐京はメジャーを使って正確に計測し、新藤を自分からきっちり三・〇八メートル離れた場所に立たせた。周囲の好奇の目が非常に気になったが、これもバイトのうちだと思って耐えた――とを試してみたが、前者では負けて、後者では勝った。これには新藤だけではなく、佐京も驚いていた。
つまり、馬券購入時には、新藤がそばにいようがいまいが勝敗には関係がなく、レース中に新藤がそばにいるときだけ、佐京は負けるということになる。
「これって、卒論のネタにはならねえよなあ?」
冗談でそう言うと、佐京は真顔で答えた。
「小学生の自由研究のネタにはなるかもしれない」
「おいおい。小学生じゃ馬券は買えないだろ」
「それもそうだな」
もしこの場に三浦がいたら、それ以前におまえらはもう小学生じゃないだろうと突っこんでくれただろうが、あいにくここには新藤と佐京しかいなかった。
そして、競馬場を出る際、つい聞き逃してしまいそうになるほど、佐京はさらりと新藤にこう告げた。
「じゃ、次は競輪で検証するから」
***
現地解散とは言ったものの、よくよく考えてみれば、お互いそれほど離れた場所に住んでいないのだから、寄り道をしないで帰宅するなら、必然的に佐京と帰り道は一緒になる。
(やっぱり、大学前で集合・解散のほうがよかったか)
今さらながら新藤は後悔したが、今の条件に変更するように言い出したのは自分である。そのせいで、佐京は雇用契約書を作り直す羽目になり、本人は関係ないと言い張っていたが午後の講義を欠席した。もう一度元の条件に戻してくれとはとても言えない。
電車内での佐京は、例の黒い手帳を見つめたまま、ずっと黙りこんでいた。
おかげで、無理に話題を提供する必要もなくなり、新藤は非常に助かった。
今まで賭け事で一度も負けたことがないと豪語していた男だ。仮説は立証されたが、負けたこと自体はショックなのだろう。新藤自身も、ショックとまではいかないが、かなり複雑な心境に陥っていた。
ただ三メートル以内に立っているだけで、佐京の勝負運をなくしてしまう自分。三浦にはふざけて言ったが、本当に〝貧乏神〟なのかもしれない。
いや、もしかしたら、新藤は佐京以外の人間の勝負運も奪っていたのかもしれない。佐京のように常に勝つ人間はいないからわからなかっただけで。
「佐京、着いたぞ」
下車する駅の構内に電車が滑りこんでも、佐京がいっこうに動こうとしなかったので、新藤はあわてて彼の肩をゆすった。
「え、ああ……もう着いたのか」
佐京は我に返ったように手帳を閉じると、いつものバッグの中にしまいこんで立ち上がった。
明言はしていなかったが、今日はこの駅前で解散になるだろう。だが、改札口を出たところで、ふと佐京が新藤に訊ねてきた。
「おまえは自転車でこの駅まで来たのか?」
「ああ、そうだけど。おまえは?」
「歩いてきた。俺の家はここから歩いて五分ほどのところにある」
「そりゃ便利だ。一人暮らしか?」
「ああ、そうだ」
――家賃高そうだな。
反射的に新藤がそう考えたとき、佐京がまた問いかけてきた。
「新藤。これから何か予定があるか?」
「いや、別にないけど……何かあるのか?」
まだどこかに付き合えと言うのか。新藤は警戒して身構えたが、佐京は訝しげにそんな彼を見やった。
「用事がないなら、俺の家で今日の分を支払おうかと。俺の家ならコーヒー代もかからないぞ」
――そうだった。これバイトだったんだ。
不覚にも、新藤はすっかりそのことを忘れていた。
「もちろん行くよ。即金だったな」
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