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第3章 追加検証
1 競馬場で検証
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記念すべき初回の検証会場は、日曜日の競馬場だった。
天候はあいにくの雨だった。しかも、傘を使うか使わないか迷ってしまうような、中途半端な降りの雨だ。
片手がふさがってしまうのを嫌った新藤は、折りたたみの傘は広げずに、駅から集合場所まで歩いていくことにした。
新藤は人と会うときには、約束した時間の五分前には必ず待ち合わせ場所に到着しているようにしている。今回は初めて行く場所だったので、かなり余裕をもって出かけた結果、集合予定時刻より十五分も早く現場に着いてしまった。
だが、そんな新藤より先に、待ち飽きたような顔をした佐京が、やはり傘を差さずに立っていた。
「俺、時間間違えてないよな?」
開口一番、新藤は佐京に確認した。
「間違えていない」
そう答えてから、佐京は自分の腕時計を見て、手に持っていた黒い手帳に何やら書きこみはじめた。
どうやら、そこに今回の検証に関するあらゆる記録を書き留めるつもりらしい。今の到着時刻から起算されそうな気がして、新藤はあわてて付け加えた。
「ああ、一応言っとくけど、始業時刻は約束した時間でいいからな」
「わかった」
手帳に目を落としたまま佐京は答えたが、精算のときには再確認しておこうと新藤は心の中の手帳に書きこんだ。
「で、佐京。今日のこれからの予定は?」
佐京は今度は競馬新聞を取り出すと、よどみなく以下のような予定を語った。
まず、自分が必ずギャンブルに勝つことを新藤に知らしめるために、新藤とは三メートル以上距離をとって馬券を購入し、二連単で三レース連続で当ててみせるという。ちなみに、普段の佐京は面倒くさいので、一点買いしかしていないそうだ。確かに佐京にとってギャンブルとは、趣味ではなく特技なのかもしれない。
次に、新藤を連れて馬券を買い、新藤をそばに置いた状態でレース観戦をしたらどうなるか、これも三レース連続で試してみる。
最後に、馬券は佐京一人で購入、レース観戦のときだけ新藤をそばに置いた場合と、それとは逆に、新藤を連れて馬券を購入し、レース観戦のときには新藤から三メートル以上離れた場合とを、一レースずつ試す。
「何つーか……理科の実験みたいだな」
「まったくだ。というわけで、最初の三レースが終わるまでは、俺から三・〇八メートル以上離れていろ。終わったら携帯で連絡する」
それなら自分はその三レースが終わってから来てもよかったんじゃないかと新藤は思ったが、来ればその時間分だけ金になる。これもまた仕事のうちだと割り切って、しばらく佐京と別行動をとることになった。
新藤が競馬場に来たのは、実はこれが初めてだった。が、やはりここで賭け事を楽しむ気にはなれないなと、今月ようやく二十歳になった新藤は改めて思った。
佐京にも言ったとおり、新藤はもともとギャンブルが好きではなかった。そんな彼があのパチンコ屋でバイトをしていたのは、自分のアパートのすぐ近くで、他のバイトより時給がかなりよかったからである。
そのパチンコ屋の支配人に、先日バイトを辞めたいと申し出たら、あっさり了承されてしまった。やはり自分にパチンコ屋は向いていなかったのかもしれない。
何となくうらぶれた感じの男たちと一緒に喫煙所で煙草を吸っていると、携帯電話にメールが届いた。新藤にメールをよこすような相手といえば、三浦か自分の妹くらいしかいない。たぶん妹だろうと思って携帯電話を見たところ、なんと佐京からだった。
もう呼び出しかとあわててそのメールを開いてみれば、二つの数字が三行にわたって並んでいるだけの、まるで暗号のような文面だった。
「何じゃこりゃ」
思わず呟いてから、もしかしたらこれは、これから始まる三レース分の佐京の予想なのではないかと思い当たった。
それならそうと一言書き添えてくれればいいものを、数字だけしか送って寄こさないというところが実に佐京らしい。
新藤は苦笑いすると、佐京のギャンブル運がいかほどのものか、高みの見物を決めこむことにした。
***
佐京からの携帯電話は、三レース目が終わったと同時にかかってきた。
『確認したか?』
いつも冷静なその声には、かすかに得意げな響きが含まれていた。
「ああ、確認した。おまえ、本当に当てられるんだな。どれくらい稼いだ?」
『今日は〝実験〟だから、一口ずつしか買っていない。たぶん、たいした金額にはならないな。それより、次のレースからおまえの出番だ。今すぐ馬券売り場前まで来い』
それだけ言って、佐京はさっさと電話を切ってしまった。
「おまえに言われなくても、とっくの昔にもう来てるよ」
切れた携帯電話に向かって毒づいていると、背後から「それは悪かったな」とつい先ほど電話で話したのと同じ声が聞こえた。
跳び上がって振り返れば、少しだけ不機嫌そうな顔をした佐京が立っていた。
「おまえ、俺がここにいるのわかっててかけてきただろ」
大人げないことをしているのを見られたせいもあり、逆ギレに近い形で怒鳴り返したが、佐京は別に怒りもあわてもしなかった。
「わかってたら最初からかけない。電話を切った直後に、おまえを見つけたんだ」
「……一応、さっき買った馬券見せてもらえるか?」
疑り深いなと嫌がられるかと思ったが、佐京は素直に先ほどの三レース分の馬券を新藤に差し出してきた。
先ほど佐京から送られてきた数字だけのそっけないメールと比較してみると、数字は完全に一致していた。ということは、これは当たり馬券ということになる。
「納得したか?」
「ああ。とりあえず競馬に関しては、三レース連続で当てられるというのはわかった」
憎まれ口を叩きながら佐京に馬券を返そうとすると、彼はそれを受けとる前に新藤の服をつかんで、馬券売り場の窓口へと強引に引っ張っていった。
「お、おい?」
「時間がないんだ。おまえにはこれから馬券購入からレースが終わるまで、ずっと俺の三メートル以内にいてもらわないと困る」
「買う馬券はもう決めてあるのか?」
「ある。おまえはずっと俺のそばにいるだけでいい」
――ほんとに楽なバイトだな。
佐京に引きずられるまま歩きながら新藤は思ったが、このバイトは続けようと思えばいくらでも続けられる種類のものだとはまだ気づけていなかった。
天候はあいにくの雨だった。しかも、傘を使うか使わないか迷ってしまうような、中途半端な降りの雨だ。
片手がふさがってしまうのを嫌った新藤は、折りたたみの傘は広げずに、駅から集合場所まで歩いていくことにした。
新藤は人と会うときには、約束した時間の五分前には必ず待ち合わせ場所に到着しているようにしている。今回は初めて行く場所だったので、かなり余裕をもって出かけた結果、集合予定時刻より十五分も早く現場に着いてしまった。
だが、そんな新藤より先に、待ち飽きたような顔をした佐京が、やはり傘を差さずに立っていた。
「俺、時間間違えてないよな?」
開口一番、新藤は佐京に確認した。
「間違えていない」
そう答えてから、佐京は自分の腕時計を見て、手に持っていた黒い手帳に何やら書きこみはじめた。
どうやら、そこに今回の検証に関するあらゆる記録を書き留めるつもりらしい。今の到着時刻から起算されそうな気がして、新藤はあわてて付け加えた。
「ああ、一応言っとくけど、始業時刻は約束した時間でいいからな」
「わかった」
手帳に目を落としたまま佐京は答えたが、精算のときには再確認しておこうと新藤は心の中の手帳に書きこんだ。
「で、佐京。今日のこれからの予定は?」
佐京は今度は競馬新聞を取り出すと、よどみなく以下のような予定を語った。
まず、自分が必ずギャンブルに勝つことを新藤に知らしめるために、新藤とは三メートル以上距離をとって馬券を購入し、二連単で三レース連続で当ててみせるという。ちなみに、普段の佐京は面倒くさいので、一点買いしかしていないそうだ。確かに佐京にとってギャンブルとは、趣味ではなく特技なのかもしれない。
次に、新藤を連れて馬券を買い、新藤をそばに置いた状態でレース観戦をしたらどうなるか、これも三レース連続で試してみる。
最後に、馬券は佐京一人で購入、レース観戦のときだけ新藤をそばに置いた場合と、それとは逆に、新藤を連れて馬券を購入し、レース観戦のときには新藤から三メートル以上離れた場合とを、一レースずつ試す。
「何つーか……理科の実験みたいだな」
「まったくだ。というわけで、最初の三レースが終わるまでは、俺から三・〇八メートル以上離れていろ。終わったら携帯で連絡する」
それなら自分はその三レースが終わってから来てもよかったんじゃないかと新藤は思ったが、来ればその時間分だけ金になる。これもまた仕事のうちだと割り切って、しばらく佐京と別行動をとることになった。
新藤が競馬場に来たのは、実はこれが初めてだった。が、やはりここで賭け事を楽しむ気にはなれないなと、今月ようやく二十歳になった新藤は改めて思った。
佐京にも言ったとおり、新藤はもともとギャンブルが好きではなかった。そんな彼があのパチンコ屋でバイトをしていたのは、自分のアパートのすぐ近くで、他のバイトより時給がかなりよかったからである。
そのパチンコ屋の支配人に、先日バイトを辞めたいと申し出たら、あっさり了承されてしまった。やはり自分にパチンコ屋は向いていなかったのかもしれない。
何となくうらぶれた感じの男たちと一緒に喫煙所で煙草を吸っていると、携帯電話にメールが届いた。新藤にメールをよこすような相手といえば、三浦か自分の妹くらいしかいない。たぶん妹だろうと思って携帯電話を見たところ、なんと佐京からだった。
もう呼び出しかとあわててそのメールを開いてみれば、二つの数字が三行にわたって並んでいるだけの、まるで暗号のような文面だった。
「何じゃこりゃ」
思わず呟いてから、もしかしたらこれは、これから始まる三レース分の佐京の予想なのではないかと思い当たった。
それならそうと一言書き添えてくれればいいものを、数字だけしか送って寄こさないというところが実に佐京らしい。
新藤は苦笑いすると、佐京のギャンブル運がいかほどのものか、高みの見物を決めこむことにした。
***
佐京からの携帯電話は、三レース目が終わったと同時にかかってきた。
『確認したか?』
いつも冷静なその声には、かすかに得意げな響きが含まれていた。
「ああ、確認した。おまえ、本当に当てられるんだな。どれくらい稼いだ?」
『今日は〝実験〟だから、一口ずつしか買っていない。たぶん、たいした金額にはならないな。それより、次のレースからおまえの出番だ。今すぐ馬券売り場前まで来い』
それだけ言って、佐京はさっさと電話を切ってしまった。
「おまえに言われなくても、とっくの昔にもう来てるよ」
切れた携帯電話に向かって毒づいていると、背後から「それは悪かったな」とつい先ほど電話で話したのと同じ声が聞こえた。
跳び上がって振り返れば、少しだけ不機嫌そうな顔をした佐京が立っていた。
「おまえ、俺がここにいるのわかっててかけてきただろ」
大人げないことをしているのを見られたせいもあり、逆ギレに近い形で怒鳴り返したが、佐京は別に怒りもあわてもしなかった。
「わかってたら最初からかけない。電話を切った直後に、おまえを見つけたんだ」
「……一応、さっき買った馬券見せてもらえるか?」
疑り深いなと嫌がられるかと思ったが、佐京は素直に先ほどの三レース分の馬券を新藤に差し出してきた。
先ほど佐京から送られてきた数字だけのそっけないメールと比較してみると、数字は完全に一致していた。ということは、これは当たり馬券ということになる。
「納得したか?」
「ああ。とりあえず競馬に関しては、三レース連続で当てられるというのはわかった」
憎まれ口を叩きながら佐京に馬券を返そうとすると、彼はそれを受けとる前に新藤の服をつかんで、馬券売り場の窓口へと強引に引っ張っていった。
「お、おい?」
「時間がないんだ。おまえにはこれから馬券購入からレースが終わるまで、ずっと俺の三メートル以内にいてもらわないと困る」
「買う馬券はもう決めてあるのか?」
「ある。おまえはずっと俺のそばにいるだけでいい」
――ほんとに楽なバイトだな。
佐京に引きずられるまま歩きながら新藤は思ったが、このバイトは続けようと思えばいくらでも続けられる種類のものだとはまだ気づけていなかった。
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