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第1章 仮説検証
3 約三メートル
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新藤が捜し回るまでもなく、佐京はとある台の前で玉を弾いていた。その足元にはすでに出玉の詰まったドル箱が何箱か積まれている。
新藤は同僚たちに挨拶してから、仕方なく佐京のそばへと向かった。
「……検証って何だ?」
体を屈めて、左京の耳許に小声で囁く。これなら少し離れたところに座っている客には聞こえないだろう。
佐京は正面を向いたまま、ぼそりと答えた。
「止まった」
質問の答えにはまったくなっていなかったが、佐京が何を言いたいのかは新藤にもわかった。
台を見やれば、案の定、玉は呑みこまれるばかりになっている。
「とりあえず、今から一足分ずつゆっくり俺から離れてくれ。俺が止まれと言ったらそこで止まれ。そこまでの歩数と足の大きさを掛ければ答えが出る」
新藤を顧みることなく、一方的に佐京は言い放った。
(いったいおまえは何様だ! 何で俺がそんなことしなきゃならねえんだよ!)
とっさに怒鳴り返したくなったが、その一方で、佐京がこれほど長くしゃべったことに驚いていた。
見かけによらず、低くてよく通る声をしている。だからというわけでもないが、新藤は無言で反転すると、言われたとおりにゆっくりと佐京から離れていった。
「止まれ」
騒々しいBGMやパチンコ台の電子音の中でも、不思議とその声は聞き取れた。
ぴたりと足を止めたとき、新藤はちょうど十一足分離れた場所に立っていた。
すぐに佐京の元へ駆け戻り、やはり小声で報告する。
「十一足分だ」
「あんたの足の大きさは?」
「二十八センチ」
「三百八センチ。――約三メートルか」
新藤は佐京の整った横顔を凝視した。この男は暗算も得意なようだ。
「三メートル。予想より長かったな」
独りごちると、左京はいきなり立ち上がり、今度は箱を持ってくれと新藤に命じた。
「何だよ何だよ何なんだよ。おまえ、いったい何様だ?」
とうとう耐えきれなくなって新藤は吠えた。
だが、佐京はまったく動じず、冷ややかに新藤を見返した。
「今は〝お客様〟だ。検証は済んだ。今日はもう帰る」
「だから、その検証ってのは何の検証なんだ? 言われたとおり協力してやったんだから、俺にもわかるように説明しろよ」
そう言い返しながらも、新藤はいつもよりははるかに少ない佐京のドル箱を両腕で抱え持った。
「ここのバイトは何時に終わる?」
佐京は新藤の質問にまともに答えたことがほとんどない。
内心、新藤はかなり苛ついていたが、なぜか佐京の問いには素直に答えてしまう。
「閉店までだから……十一時。店を出られるのは十一時半くらいになるな」
「なら、その頃にまたこの店の前に来る」
佐京は即答すると――この男には逡巡するということがないようだ――さっさとジェットカウンターのほうに向かって歩いていった。
「おい、それは……」
困ると続けたかったが、そのとき近くにいた先輩店員と目が合って、それ以上何も言えなくなってしまった。
「おい、新藤」
佐京がいつものように換金用の特殊景品と交換して、悠々と店を出て行った後。
先ほどの先輩店員が新藤を手招いて、不審そうに訊ねてきた。
「おまえ、あの客と知り合いだったのか? さっき、タメ口で話してただろ?」
――しまった。今の会話を聞かれたか。
そもそも、佐京には〝監視〟がついていたのだった。いくら苛立っていたからとはいえ、そんな男と対等に会話してしまったのは、あまりにも軽率すぎた。
「いや、まあ……昨日、俺の行ってる大学であいつを見かけて、同じ大学の奴だったってやっとわかったんですよ」
本当は同じ大学どころか同級生で、入学式のときから知っていたのだが、今さらそんなことは言えない。
我ながら苦しい言い逃れだと思ったが、案の定、その男はうろんな目を新藤に向けた。新藤は愛想笑いをしながらそそくさと立ち去った。
おそらく、あの男は新藤が佐京と同じ大学の人間だったことを――そして、それを今まで新藤が黙っていたことを、他の店員にはもちろん、支配人にも話すだろう。それほど佐京はこの店では〝有名人〟だったのだ。
(ここはもう辞め時だな)
また新たにバイト先を探さなければならない面倒を考えて、新藤の憂鬱はさらに重くなった。
新藤は同僚たちに挨拶してから、仕方なく佐京のそばへと向かった。
「……検証って何だ?」
体を屈めて、左京の耳許に小声で囁く。これなら少し離れたところに座っている客には聞こえないだろう。
佐京は正面を向いたまま、ぼそりと答えた。
「止まった」
質問の答えにはまったくなっていなかったが、佐京が何を言いたいのかは新藤にもわかった。
台を見やれば、案の定、玉は呑みこまれるばかりになっている。
「とりあえず、今から一足分ずつゆっくり俺から離れてくれ。俺が止まれと言ったらそこで止まれ。そこまでの歩数と足の大きさを掛ければ答えが出る」
新藤を顧みることなく、一方的に佐京は言い放った。
(いったいおまえは何様だ! 何で俺がそんなことしなきゃならねえんだよ!)
とっさに怒鳴り返したくなったが、その一方で、佐京がこれほど長くしゃべったことに驚いていた。
見かけによらず、低くてよく通る声をしている。だからというわけでもないが、新藤は無言で反転すると、言われたとおりにゆっくりと佐京から離れていった。
「止まれ」
騒々しいBGMやパチンコ台の電子音の中でも、不思議とその声は聞き取れた。
ぴたりと足を止めたとき、新藤はちょうど十一足分離れた場所に立っていた。
すぐに佐京の元へ駆け戻り、やはり小声で報告する。
「十一足分だ」
「あんたの足の大きさは?」
「二十八センチ」
「三百八センチ。――約三メートルか」
新藤は佐京の整った横顔を凝視した。この男は暗算も得意なようだ。
「三メートル。予想より長かったな」
独りごちると、左京はいきなり立ち上がり、今度は箱を持ってくれと新藤に命じた。
「何だよ何だよ何なんだよ。おまえ、いったい何様だ?」
とうとう耐えきれなくなって新藤は吠えた。
だが、佐京はまったく動じず、冷ややかに新藤を見返した。
「今は〝お客様〟だ。検証は済んだ。今日はもう帰る」
「だから、その検証ってのは何の検証なんだ? 言われたとおり協力してやったんだから、俺にもわかるように説明しろよ」
そう言い返しながらも、新藤はいつもよりははるかに少ない佐京のドル箱を両腕で抱え持った。
「ここのバイトは何時に終わる?」
佐京は新藤の質問にまともに答えたことがほとんどない。
内心、新藤はかなり苛ついていたが、なぜか佐京の問いには素直に答えてしまう。
「閉店までだから……十一時。店を出られるのは十一時半くらいになるな」
「なら、その頃にまたこの店の前に来る」
佐京は即答すると――この男には逡巡するということがないようだ――さっさとジェットカウンターのほうに向かって歩いていった。
「おい、それは……」
困ると続けたかったが、そのとき近くにいた先輩店員と目が合って、それ以上何も言えなくなってしまった。
「おい、新藤」
佐京がいつものように換金用の特殊景品と交換して、悠々と店を出て行った後。
先ほどの先輩店員が新藤を手招いて、不審そうに訊ねてきた。
「おまえ、あの客と知り合いだったのか? さっき、タメ口で話してただろ?」
――しまった。今の会話を聞かれたか。
そもそも、佐京には〝監視〟がついていたのだった。いくら苛立っていたからとはいえ、そんな男と対等に会話してしまったのは、あまりにも軽率すぎた。
「いや、まあ……昨日、俺の行ってる大学であいつを見かけて、同じ大学の奴だったってやっとわかったんですよ」
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