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第10話 デス
2 冷
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買い物は駅近くの中規模スーパーですることにした。
夕飯時を過ぎていたせいか、客は少なかったが、そのほとんどは雅美を見たとたん、大きく目を見張っていた。
生活感あふれるスーパーの中で、案の定、雅美は見事なまでに浮き上がっていた。まるで砂漠に連れてこられたペンギンのようだ。さしずめ、鬼頭はその飼育員か。雅美は鬼頭の少し後ろを、物珍しそうな顔をして歩いていた。
このスーパーに入るのは初めてだが、商品の置き場所はどこも同じようなものだ。早く終わらそうと思えばそうすることもできた。しかし、鬼頭はあえてそうせず、雅美の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
「酒でも買ってやろうか?」
必要なものをあらかた買い物カゴの中に入れた後、酒類を置いてある棚の前でそう声をかけると、雅美は少し首を傾けてから、いらないと答えた。
「荷物になるから嫌だ」
外を歩いているときの雅美の両手は、たいていの場合、コートのポケットの中にしまわれている。雅美が手――特に右手を外に出しているときは、何か異常事態が起こったときだ。たとえば、幽霊や人外の者に遭遇したときとか、怪奇現象が起こったときとか。逆に言えば、雅美が両手をしまっているときは、安全な状態なのである。
「じゃ、俺の分買うか。雅美、どれがいい?」
「あんたが飲むんだろう?」
雅美は呆れたような顔をしたが、結局、棚を覗きこみ、あんたはビールがいいんだろうと言いながら、コートのポケットから左手を出して、どういう基準で選んだのか、金色の缶ビールをつかんだ。
「なら、これで」
鬼頭としては、それをそのまま自分の提げているカゴの中に入れてくれればよかったのだが、雅美は鬼頭の胸の前に差し出している。
いくら雅美相手でも、自分の手で受け取らないと失礼か。そう考えた鬼頭は、右手でビールを取ろうとした。
と、そのつもりはなかったのだが、肝心の缶ビールではなく、雅美の手のほうをつかんでしまった。
鬼頭はとっさに離そうとしたが、ある事実に気がついて、左手で缶ビールを取り上げた後、改めて雅美の手を握り直した。
「な、何だ?」
珍しく、雅美は動揺して自分の手を引き抜こうとしたが、その力は鬼頭の手を振り払えるほど強くはなかった。
「おまえの手……どうしてこんなに冷たいんだ?」
透けるように白い雅美の手を、鬼頭は呆然と見下ろした。
こうして触れているのも辛いほど、雅美のこの手は冷たい。ともすれば、冷蔵庫で冷やされていた缶ビールのほうがまだ温かいのではなかろうか。
「どうしてと言われても……俺はこれが普通だから……」
鬼頭に手を握られたまま、言いにくそうに雅美が答える。
「普通? これで? まるで氷みたいだぞ」
正直、これ以上触れていられなくて手を離すと、雅美はもう鬼頭に触られたくないと言わんばかりに、すぐに左手をコートのポケットの中に戻してしまった。
「おまえ、冷え性か?」
そう言ってはみたものの、雅美の手の冷たさは、冷え性という言葉では片づけられないほど尋常ではなかった。
「まあ……そのようなものだ」
雅美はばつの悪そうな顔をして曖昧にうなずいた。自分の体温の異常な低さを気にはしているらしい。
そんな雅美をしばらく眺めてから、鬼頭は雅美の肩を軽く押した。
「雅美。ここを出たら、また少しつきあってくれ」
雅美は驚いたように、鬼頭を振り返った。
「どこへ?」
「デパート」
「は?」
雅美はあっけにとられたようだったが、それ以上は何も訊かなかった。
ちなみに、二人のこの一連のやりとりは、周囲の目をすっかり奪っていたが、本人たちはそのことにはまったく気づかないまま、そのスーパーを後にしたのだった。
夕飯時を過ぎていたせいか、客は少なかったが、そのほとんどは雅美を見たとたん、大きく目を見張っていた。
生活感あふれるスーパーの中で、案の定、雅美は見事なまでに浮き上がっていた。まるで砂漠に連れてこられたペンギンのようだ。さしずめ、鬼頭はその飼育員か。雅美は鬼頭の少し後ろを、物珍しそうな顔をして歩いていた。
このスーパーに入るのは初めてだが、商品の置き場所はどこも同じようなものだ。早く終わらそうと思えばそうすることもできた。しかし、鬼頭はあえてそうせず、雅美の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
「酒でも買ってやろうか?」
必要なものをあらかた買い物カゴの中に入れた後、酒類を置いてある棚の前でそう声をかけると、雅美は少し首を傾けてから、いらないと答えた。
「荷物になるから嫌だ」
外を歩いているときの雅美の両手は、たいていの場合、コートのポケットの中にしまわれている。雅美が手――特に右手を外に出しているときは、何か異常事態が起こったときだ。たとえば、幽霊や人外の者に遭遇したときとか、怪奇現象が起こったときとか。逆に言えば、雅美が両手をしまっているときは、安全な状態なのである。
「じゃ、俺の分買うか。雅美、どれがいい?」
「あんたが飲むんだろう?」
雅美は呆れたような顔をしたが、結局、棚を覗きこみ、あんたはビールがいいんだろうと言いながら、コートのポケットから左手を出して、どういう基準で選んだのか、金色の缶ビールをつかんだ。
「なら、これで」
鬼頭としては、それをそのまま自分の提げているカゴの中に入れてくれればよかったのだが、雅美は鬼頭の胸の前に差し出している。
いくら雅美相手でも、自分の手で受け取らないと失礼か。そう考えた鬼頭は、右手でビールを取ろうとした。
と、そのつもりはなかったのだが、肝心の缶ビールではなく、雅美の手のほうをつかんでしまった。
鬼頭はとっさに離そうとしたが、ある事実に気がついて、左手で缶ビールを取り上げた後、改めて雅美の手を握り直した。
「な、何だ?」
珍しく、雅美は動揺して自分の手を引き抜こうとしたが、その力は鬼頭の手を振り払えるほど強くはなかった。
「おまえの手……どうしてこんなに冷たいんだ?」
透けるように白い雅美の手を、鬼頭は呆然と見下ろした。
こうして触れているのも辛いほど、雅美のこの手は冷たい。ともすれば、冷蔵庫で冷やされていた缶ビールのほうがまだ温かいのではなかろうか。
「どうしてと言われても……俺はこれが普通だから……」
鬼頭に手を握られたまま、言いにくそうに雅美が答える。
「普通? これで? まるで氷みたいだぞ」
正直、これ以上触れていられなくて手を離すと、雅美はもう鬼頭に触られたくないと言わんばかりに、すぐに左手をコートのポケットの中に戻してしまった。
「おまえ、冷え性か?」
そう言ってはみたものの、雅美の手の冷たさは、冷え性という言葉では片づけられないほど尋常ではなかった。
「まあ……そのようなものだ」
雅美はばつの悪そうな顔をして曖昧にうなずいた。自分の体温の異常な低さを気にはしているらしい。
そんな雅美をしばらく眺めてから、鬼頭は雅美の肩を軽く押した。
「雅美。ここを出たら、また少しつきあってくれ」
雅美は驚いたように、鬼頭を振り返った。
「どこへ?」
「デパート」
「は?」
雅美はあっけにとられたようだったが、それ以上は何も訊かなかった。
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