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第9話 タクシー
3 全力で否定
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「どこまで?」
浅黒い顔をした白髪交じりの運転手は、愛想よく鬼頭に訊ねてきた。
鬼頭は雅美のマンションの住所を答えたが、それを聞いた雅美は驚いたように鬼頭を見た。
「先におまえの家に寄ったほうがいいだろ?」
「それはかまわないが……寄る?」
「俺はそのままうちに帰るよ。だから、俺が先乗るから」
「……わかった」
どこか残念そうな顔を雅美がしたような気がしたが、鬼頭はあえて気づかなかったふりをした。
「じゃ、発車します」
雅美が乗ったのを確認してから、運転手はタクシーのドアを閉め、静かに発進させた。
しかし、静かだったのは最初の数秒だけだった。
やれやれと鬼頭がシートに身を沈めたとき、運転手はいきなり爆弾発言をぶちかましてきた。
「お客さんたち、恋人同士?」
思わず、鬼頭はシートからずり落ちそうになったが、即座に全力で否定した。
「違いますッ!」
そんな鬼頭とは対照的に、雅美は顔色ひとつ変えずに腕組みをしていた。肯定もしないが、否定もしない。馬鹿馬鹿しいから何も言おうとしないのか。――違っていてもそうだと思いたい。
「第一、こいつこんな顔してるけど、男ですよ!」
「いや、それはわかってましたけどね」
運転手はしれっと恐ろしいことを言った。
「でも、今時はもう、珍しくも何ともないでしょ」
それを皮切りに、運転手はかすかに訛りのある共通語で世間話をしはじめた。しゃべるのが好きなタイプの運転手らしい。
雅美は鬼頭以外の第三者がいるときには寡黙になってしまうので、必然的にその相手は鬼頭がしなければならず、そのため運転手が一度も無線のマイクに触れなかったことには、最後まで気づけなかった。
「向こうでね、漁師やってたんですよ」
話はやがて運転手の身の上話に及んだ。
「でもね、それで食っていけなくなって、私一人こっち出てきて、運転手やってるんですわ。帰れるのは盆と正月くらいです。女房と娘二人いましてね。いやー、うるさいうるさい。でも、こうして離れてると、それが無性に懐かしくなるときもありますよ。面と向かっては言えないけどね」
「はあ……そうですか」
別に雅美と会話したかったわけでもないが、運転手の身の上話を聞きたかったわけでもなかった鬼頭は、疲れた笑いを返すしかなかった。
「早く帰れるといいですね」
浅黒い顔をした白髪交じりの運転手は、愛想よく鬼頭に訊ねてきた。
鬼頭は雅美のマンションの住所を答えたが、それを聞いた雅美は驚いたように鬼頭を見た。
「先におまえの家に寄ったほうがいいだろ?」
「それはかまわないが……寄る?」
「俺はそのままうちに帰るよ。だから、俺が先乗るから」
「……わかった」
どこか残念そうな顔を雅美がしたような気がしたが、鬼頭はあえて気づかなかったふりをした。
「じゃ、発車します」
雅美が乗ったのを確認してから、運転手はタクシーのドアを閉め、静かに発進させた。
しかし、静かだったのは最初の数秒だけだった。
やれやれと鬼頭がシートに身を沈めたとき、運転手はいきなり爆弾発言をぶちかましてきた。
「お客さんたち、恋人同士?」
思わず、鬼頭はシートからずり落ちそうになったが、即座に全力で否定した。
「違いますッ!」
そんな鬼頭とは対照的に、雅美は顔色ひとつ変えずに腕組みをしていた。肯定もしないが、否定もしない。馬鹿馬鹿しいから何も言おうとしないのか。――違っていてもそうだと思いたい。
「第一、こいつこんな顔してるけど、男ですよ!」
「いや、それはわかってましたけどね」
運転手はしれっと恐ろしいことを言った。
「でも、今時はもう、珍しくも何ともないでしょ」
それを皮切りに、運転手はかすかに訛りのある共通語で世間話をしはじめた。しゃべるのが好きなタイプの運転手らしい。
雅美は鬼頭以外の第三者がいるときには寡黙になってしまうので、必然的にその相手は鬼頭がしなければならず、そのため運転手が一度も無線のマイクに触れなかったことには、最後まで気づけなかった。
「向こうでね、漁師やってたんですよ」
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「でもね、それで食っていけなくなって、私一人こっち出てきて、運転手やってるんですわ。帰れるのは盆と正月くらいです。女房と娘二人いましてね。いやー、うるさいうるさい。でも、こうして離れてると、それが無性に懐かしくなるときもありますよ。面と向かっては言えないけどね」
「はあ……そうですか」
別に雅美と会話したかったわけでもないが、運転手の身の上話を聞きたかったわけでもなかった鬼頭は、疲れた笑いを返すしかなかった。
「早く帰れるといいですね」
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