MIDNIGHT

邦幸恵紀

文字の大きさ
上 下
31 / 48
小話 ここはどこの細道じゃ

賢人様の路地裏じゃ

しおりを挟む
 彼の住居は狭くて暗い路地裏である。
 いつからここにいるのか、自分でもわからないが、特に不便はない。
 薄汚れたビルとビルとの挟間にあるため、人は滅多に訪れない。たまに猫や鼠が通りすぎるくらいだ。その動物たちも壁を背にして座っている彼に気づくことはない。
 しかし、そんな彼のもとに、月に一、二度、一見人間のようなものがやってくる。
 否。彼にとっては〝人間のようなもの〟だが、彼以外の人間の目には、高校生くらいの少年に見えているだろう。冬も夏も黒いコートを着ていて、愛想の欠片もないが、漆黒の髪と黒目がちの瞳をした、白皙の美少年ではある。
 だが、彼はその正体を知っているので、うっかり見惚れることはあっても、惚れることはない。今度は何を訊きにきたんだと上目使いで見上げるだけだ。
 この一見美少年は、見かけによらずと言うべきか、見かけどおりと言うべきか、ある種の領域についてはよく知っているが、彼を含む一般人が当たり前に知っていることをほとんど知らない。
 そういうことを教えてくれる人間も身近にいないのか、その方面で困ると、いつも彼に訊きにくるのだ。
 いつだったかは、マンションの入居方法について訊ねられた。一応、もう通用しないかもしれないぞと断って教えたのだが、その後も訪ねてきたところを見ると、彼の常識はまだ非常識にはなっていなかったらしい。
 そして、今夜もまた、その一見美少年が現れた。
 以前よりも表情が柔らかくなり、その分さらに美しくなったように思うが、それについて触れたりはしない。藪蛇になりそうな気がする。

「今日は何だ?」

 もはや挨拶の言葉も交わさない。ぶっきらぼうにそう訊くと、一見美少年は彼の前に屈みこんだ。

「携帯電話はどうしたら手に入るんだ?」
「は?」

 意表を突かれて、彼は一見美少年を見つめ返した。一見美少年の表情は真剣である。本気で自分に訊ねているようだ。

(おいおい。そんなことも知らないのかよ)

 改めてこの一見美少年の世間知らずぶりに呆れたが、この存在に頼られるのは悪い気はしない。彼はいつものように、自分の知っているやり方はもう通用しないかもしれないぞと前置きしてから、自分の知っているかぎりのことを教えた。

「なるほど」

 一見美少年はメモを取らない。記憶力には自信があるらしい。彼の話を聞き終えると、いつも礼がわりに煙草を一本置いていく。これの入手方法も彼が伝授した。
 さすがに火はつけていってくれないが――確かに、ここで火をつけたら、あっという間に火事になりそうだ――口にくわえられるだけで満足だ。

(たぶん、煙草の煙を吸ったら、俺はここにはいられなくなるんだろうなあ……)

 自分の胸を撫でながら、四角く区切られた夜空を見上げる。
 心臓に穴は開いているが、穴を開けた物はない。それを使って誰がこの穴を開けたのか、それすらあやふやになりつつある。というより、意識的に忘れようとして忘れてしまったのか。かといって、ここに留まりたいとも願っていなかったと思うのだが。

(ま、いいか)

 こんな男に一般常識を請う物好きもいるのだ。それだけでもうここにいる意味はある。
 彼はいつものように胸の穴の中に煙草を押しこむと、一見美少年が訪ねてくるまでしていたように目を閉じた。
 いつも目を開けた瞬間に跡形もなく消えてしまう夢の続きを見るために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】虚無の王

邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/クトゥルー神話/這い寄る混沌×大学生】 大学生・沼田恭司は、ラヴクラフト以外の人間によって歪められた今の「クトゥルー神話」を正し、自分たちを自由に動けるようにしろと「クトゥルー神話」中の邪神の一柱ナイアーラトテップに迫られる。しかし、それはあくまで建前だった。 ◆『偽神伝』のパラレルです。そのため、内容がかなり被っています。

【完結】永遠の旅人

邦幸恵紀
SF
高校生・椎名達也は、未来人が創設した〈時間旅行者協会〉の職員ライアンに腕時計型タイム・マシンを使われ、強引に〈協会〉本部へと連れてこられる。実は達也はマシンなしで時空間移動ができる〝時間跳躍者〟で、ライアンはかつて別時空の達也と偶然会っていた。以来、執念深く達也を捜しつづけたライアンの目的とは。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

宇宙の戦士

邦幸恵紀
SF
【SF(スペースファンタジー)/パワードスーツは登場しません/魔法≒超能力】 向井紀里《むかいきり》は、父・鏡太郎《きょうたろう》と二人暮らしの高校一年生。 ある朝、登校途中に出会った金髪の美少女に「偽装がうまい」と評される。 紀里を連れ戻しにきたという彼女は異星人だった。まったく身に覚えのない紀里は、彼女の隙を突いて自宅に逃げこむが―― ◆表紙はかんたん表紙メーカー様で作成いたしました。ありがとうございました(2023/09/11)。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

たまごっ!!

きゃる
キャラ文芸
都内だし、駅にも近いのに家賃月額5万円。 リノベーション済みの木造の綺麗なアパート「星玲荘(せいれいそう)」。 だけどここは、ある理由から特別な人達が集まる場所のようで……!? 主人公、美羽(みう)と個性的な住人達との笑いあり涙あり、時々ラブあり? なほのぼのした物語。 大下 美羽……地方出身のヒロイン。顔は可愛いが性格は豪胆。 星 真希……オネェ。綺麗な顔立ちで柔和な物腰。 星 慎一……真希の弟。眼光鋭く背が高い。 鈴木 立夏……天才子役。 及川 龍……スーツアクター。 他、多数。

処理中です...