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第6話 ドランカー
2 深刻化(※分煙化前)
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「煙草くさい」
案内された席につくなり、ぼそりと雅美が呟いた。
「文句は言わないはずだろ」
実は鬼頭もそう思っていたのだが、同意するのも悔しくて、つい揚げ足を取ってしまう。
「文句じゃない」
別に怒ったふうもなく、雅美は淡々と反論した。
「ただ、状況を言葉にしただけだ。……すごいな。まるで霞みたいだ」
何をとぼけたことをと鬼頭は思ったが、雅美は煙草の煙の立ちこめる店の中を物珍しげに見回している。それを見て、鬼頭は初めてあることに思い至った。
「もしかして……おまえ、こういうとこ初めてか?」
「ああ」
かすかに雅美は首肯する。
「普通、〝未成年〟は一人では入らないだろう。こういう場所には」
「……そりゃそうだな」
これには鬼頭もそう言うしかなかった。案外、雅美にも常識がある。
夕飯をおごると言ったものの、雅美をどこに連れていくか、鬼頭はかなり悩んだ。雅美はたぶん、そこらへんのラーメン屋でも文句は言わなかっただろうが、いくら何でも、それはあんまりというものだろう。
さんざん悩んだあげく、鬼頭はふと、雅美にアルコールを飲ませたらどうなるんだろうと思いついた。法律上、未成年に酒を飲ませてはならないが、戦前生まれなら未成年ではないだろう。今のところ未確認情報だが。
とにかく、そんなろくでもない思いつきから、鬼頭は同僚と何度か来たことがある、この大衆居酒屋を選んだのだった。
クーラーのよくきいた店内は、会社員やら大学生やらで混み合っていたが、鬼頭たちはその狭間の二人掛けのテーブルに、何とかつくことができた。
洒落たカクテルバーの一つも知らないわけでもなかったのだが、そんなところへ自分が雅美を連れていくのは、どう考えてもおかしい気がした。ましてや、高級レストランなど論外だ。
今夜の食事の目的は、会話や雰囲気を楽しむことではなく、あくまで空腹を満たすことにある。そう自分に言い聞かせて、鬼頭は卓上のメニューを手に取った。
「じゃあ、雅美。何でも好きなもの頼めよ。約束どおり、今夜は俺がおごるから。……雅美?」
鬼頭が目を上げると、雅美は深刻そうに眉をひそめていた。まるで、生きるべきか死ぬべきか、である。
「どうした? 金のことなら心配しなくていいぞ? 自分で言うのも何だが、金にはそんなに不自由してないから」
「いや……そうじゃなくて……」
言いにくそうに、雅美は自分の額に手をやった。これほど歯切れの悪い雅美を見るのは初めてかもしれない。
「じゃあ、何だ? やっぱりここは嫌なのか?」
「そうじゃない。どこでも同じだ。最初に言っておけばよかったんだが……」
そう言って、観念したように目を伏せる。
「俺――食べられないんだ」
「は?」
意味がよくわからなかった。
「それって……何だ? おまえ、ダイエットでもしてるのか?」
「それは食べたいのを我慢して食べないんだろう。俺のは違う。必要ないから食べられないんだ」
鬼頭はメニューを手に持ったまま、まじまじと雅美を見た。
雅美はといえば、相変わらず気まずそうに顔をそむけている。
「必要ないって、何か食べなきゃ生きてけないだろ。……まさか、おまえ吸血鬼――」
つい身構えると、雅美はいくぶん気を悪くしたように顔をしかめた。
「確かに俺は夜行性だが、日の光を浴びても灰にはならないぞ」
「あ、そういやそうだった」
雅美に言われて、先月初めて日の下で彼を見たことを思い出す。にしても、何も食べずにいられるなど、普通の人間だったらありえない。
だが、人間離れしているのは、以前からわかっていたことでもある。今さらそれが一つや二つ増えたところでどうということもない。むしろ、いかにも雅美らしいと納得さえしてしまう。
「じゃあ、おまえにとっては、食事に誘われても迷惑なだけなんだな」
嫌味でも何でもなく、鬼頭は思ったままを口にした。
食事は物を食べるだけでなく、親睦を深める役目も果たす。食べられないというのは、そういう意味でかなり致命的かもしれない。
「そんなことはない」
とんでもないとでも言いたげに雅美は目を見張った。以前の雅美だったら、〝ああ、迷惑だ〟とでも答えていただろう。
「俺のほうこそ、まともに食べられれば……紅茶なら、普通に飲めるんだが……」
「紅茶?」
あまりに意外で、思わず復唱した。
「ああ。俺が口にするのは、それくらいのものだ」
「紅茶ねえ……」
似合うような、似合わないような。人の生き血をすすっていると言われたほうが、しっくりするような。
「まあ、そういうことなら仕方ないけど……あ、そうだ。おまえ、酒は? やっぱりダメか?」
そういえば、レストランや食堂でなく、ここを選んだ目的はそれだった。しかし、雅美が紅茶以外口にできないと知った以上、それも無駄骨になりそうである。
まったく、それならそうと、最初からそう言ってくれればいいものを。もっとも、本当にそう言われていたら、もはや鬼頭に誘う場所はなかったが。
「酒?」
一応すまないと思っていたのか、ずっとうつむいていた雅美が顔を上げた。
「ああ、それなら飲める。基本的に液体なら」
「そりゃよかった。じゃあ、何飲む?」
「アルコールなら何でもいいが……あんたにまかせる」
「まかせるねえ……」
頬杖をつきながら、鬼頭はメニューと雅美の顔とを見比べていたが、だんだん考えるのが面倒になってきた。
「とりあえず、ビールにしとくか」
雅美からの異論はなかった。
――おいおい、飲んでるよ。
というのが、ビールジョッキを傾けている雅美を見た鬼頭の心の中の第一声だった。
重いジョッキをプラスチックのおもちゃのように軽々と持ち上げ、真顔でビールを水のように飲んでいる。
しかも、ちょっと口をつけた程度にしか見えなかったのに、雅美がジョッキを置いたときには、中身はもう三分の一くらいになっていた。
「雅美……」
「何?」
「いや……うまいか?」
無理やり笑顔を作って訊ねる。
「まあ、飲めないことはないな」
などと言いながら、雅美はまたジョッキに優美な唇をつけた。
「おまえ、酒は強いのか?」
「強いと思ったことはないが、飲むのは嫌いじゃない」
「そうだろうな……」
嫌いでジョッキは空けられまい。
「でも、ビールを飲んだのはこれが初めてだ。日本酒やワインなら昔飲んだが」
「昔って、どれくらい?」
雅美は少しの間、煙る天井を見上げた。
「忘れた」
本当か嘘かはわからなかったが、鬼頭もあえて訊きたくなかった。雅美の〝昔〟は、本当に〝昔〟のような気がする。
「鬼頭さんは?」
「え?」
「酒は……好きなのか?」
「俺はそんなに。飲まなきゃ飲まないでいられるな」
それを裏づけるように、鬼頭は自分のために頼んだ肴を口に運んでいたが、ふと雅美を見ると、空になった自分のジョッキをじっと見つめていた。
「もしかして……まだ飲みたいのか?」
「え……ああ、できたら」
雅美が遠慮しなかったことに、鬼頭は内心驚いた。こいつ、本当に酒好きだぞと思ったが、物が食べられないなら好きなだけ飲ませてやろうと考えた。どれくらい飲めるものなのか見てみたいという好奇心もある。
「じゃあ、頼んでやるよ。しかし、おまえ、全然顔に出ないな。ほんとに酔ってないのか?」
「自分ではそのつもりだ」
静かにそう答える雅美は、ビールを飲む前と少しも変わっていない。白い肌は依然として白いままだし、しゃべりもしっかりしている。だが、なぜか鬼頭は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
「雅美。もう駄目だと思ったら、自分でやめろよ。酔っぱらいの面倒見るのは嫌だからな」
「ああ、わかってる」
別段、うるさそうな顔もしないで雅美はうなずいた。その様子を見る限りでは、雅美はまったく素面のようである。
しかし、世の中には、酔っても一見素面に見える人間がいる。もしかしたら、雅美もそのタイプかもしれない。
(ほんとに大丈夫かな)
そう思いつつも、鬼頭は近くを通りかかった店員にビールの追加を頼んだ。
ほどなく、ジョッキが届けられる。雅美はそれを先ほどと同じように持ち上げると、先ほどよりも速いペースで、あっという間に飲み干してしまった。
「おい……」
鬼頭はあっけにとられたが、雅美はまだ物足りなそうに空になったジョッキを見ている。
「雅美。出よう」
特に理由はなかった。ただ、鬼頭の直感がそうしたほうがいいと言っていた。
「もう?」
驚いたように雅美は目を見開く。
「あんた、半分も飲んでないじゃないか。それに、飯も食べるんじゃなかったのか?」
「いや……俺ちょっと気分悪くて……また今度、ゆっくりとな」
我ながら苦しい言い訳をして、鬼頭はさっさと伝票をつかんだ。
「俺のせいか?」
小首をかしげてそう訊ねてくる。鬼頭はあわてて手を振った。
「いや、違う違う! おまえは関係ないんだ! 全然気にするな!」
「でも……俺がジョッキ二杯も飲んだから……」
「それは関係ない。ただ、俺がもうここから出たいんだ」
少し強引すぎたかと思ったが、雅美は鬼頭の真意を窺うようにじっと見つめると、彼よりも先に椅子から立ち上がった。
「雅美……」
「あんたがそう言うんなら」
ひそやかに雅美は言った。
「ここを出れば、気分はよくなるんだな?」
――それはつまり、まだ俺を帰すつもりはないということか?
とっさにそう思ったが、もちろん口になど出せない。鬼頭は曖昧に微笑むと、たぶんなと答え、そそくさと会計を済ませに行ったのだった。
案内された席につくなり、ぼそりと雅美が呟いた。
「文句は言わないはずだろ」
実は鬼頭もそう思っていたのだが、同意するのも悔しくて、つい揚げ足を取ってしまう。
「文句じゃない」
別に怒ったふうもなく、雅美は淡々と反論した。
「ただ、状況を言葉にしただけだ。……すごいな。まるで霞みたいだ」
何をとぼけたことをと鬼頭は思ったが、雅美は煙草の煙の立ちこめる店の中を物珍しげに見回している。それを見て、鬼頭は初めてあることに思い至った。
「もしかして……おまえ、こういうとこ初めてか?」
「ああ」
かすかに雅美は首肯する。
「普通、〝未成年〟は一人では入らないだろう。こういう場所には」
「……そりゃそうだな」
これには鬼頭もそう言うしかなかった。案外、雅美にも常識がある。
夕飯をおごると言ったものの、雅美をどこに連れていくか、鬼頭はかなり悩んだ。雅美はたぶん、そこらへんのラーメン屋でも文句は言わなかっただろうが、いくら何でも、それはあんまりというものだろう。
さんざん悩んだあげく、鬼頭はふと、雅美にアルコールを飲ませたらどうなるんだろうと思いついた。法律上、未成年に酒を飲ませてはならないが、戦前生まれなら未成年ではないだろう。今のところ未確認情報だが。
とにかく、そんなろくでもない思いつきから、鬼頭は同僚と何度か来たことがある、この大衆居酒屋を選んだのだった。
クーラーのよくきいた店内は、会社員やら大学生やらで混み合っていたが、鬼頭たちはその狭間の二人掛けのテーブルに、何とかつくことができた。
洒落たカクテルバーの一つも知らないわけでもなかったのだが、そんなところへ自分が雅美を連れていくのは、どう考えてもおかしい気がした。ましてや、高級レストランなど論外だ。
今夜の食事の目的は、会話や雰囲気を楽しむことではなく、あくまで空腹を満たすことにある。そう自分に言い聞かせて、鬼頭は卓上のメニューを手に取った。
「じゃあ、雅美。何でも好きなもの頼めよ。約束どおり、今夜は俺がおごるから。……雅美?」
鬼頭が目を上げると、雅美は深刻そうに眉をひそめていた。まるで、生きるべきか死ぬべきか、である。
「どうした? 金のことなら心配しなくていいぞ? 自分で言うのも何だが、金にはそんなに不自由してないから」
「いや……そうじゃなくて……」
言いにくそうに、雅美は自分の額に手をやった。これほど歯切れの悪い雅美を見るのは初めてかもしれない。
「じゃあ、何だ? やっぱりここは嫌なのか?」
「そうじゃない。どこでも同じだ。最初に言っておけばよかったんだが……」
そう言って、観念したように目を伏せる。
「俺――食べられないんだ」
「は?」
意味がよくわからなかった。
「それって……何だ? おまえ、ダイエットでもしてるのか?」
「それは食べたいのを我慢して食べないんだろう。俺のは違う。必要ないから食べられないんだ」
鬼頭はメニューを手に持ったまま、まじまじと雅美を見た。
雅美はといえば、相変わらず気まずそうに顔をそむけている。
「必要ないって、何か食べなきゃ生きてけないだろ。……まさか、おまえ吸血鬼――」
つい身構えると、雅美はいくぶん気を悪くしたように顔をしかめた。
「確かに俺は夜行性だが、日の光を浴びても灰にはならないぞ」
「あ、そういやそうだった」
雅美に言われて、先月初めて日の下で彼を見たことを思い出す。にしても、何も食べずにいられるなど、普通の人間だったらありえない。
だが、人間離れしているのは、以前からわかっていたことでもある。今さらそれが一つや二つ増えたところでどうということもない。むしろ、いかにも雅美らしいと納得さえしてしまう。
「じゃあ、おまえにとっては、食事に誘われても迷惑なだけなんだな」
嫌味でも何でもなく、鬼頭は思ったままを口にした。
食事は物を食べるだけでなく、親睦を深める役目も果たす。食べられないというのは、そういう意味でかなり致命的かもしれない。
「そんなことはない」
とんでもないとでも言いたげに雅美は目を見張った。以前の雅美だったら、〝ああ、迷惑だ〟とでも答えていただろう。
「俺のほうこそ、まともに食べられれば……紅茶なら、普通に飲めるんだが……」
「紅茶?」
あまりに意外で、思わず復唱した。
「ああ。俺が口にするのは、それくらいのものだ」
「紅茶ねえ……」
似合うような、似合わないような。人の生き血をすすっていると言われたほうが、しっくりするような。
「まあ、そういうことなら仕方ないけど……あ、そうだ。おまえ、酒は? やっぱりダメか?」
そういえば、レストランや食堂でなく、ここを選んだ目的はそれだった。しかし、雅美が紅茶以外口にできないと知った以上、それも無駄骨になりそうである。
まったく、それならそうと、最初からそう言ってくれればいいものを。もっとも、本当にそう言われていたら、もはや鬼頭に誘う場所はなかったが。
「酒?」
一応すまないと思っていたのか、ずっとうつむいていた雅美が顔を上げた。
「ああ、それなら飲める。基本的に液体なら」
「そりゃよかった。じゃあ、何飲む?」
「アルコールなら何でもいいが……あんたにまかせる」
「まかせるねえ……」
頬杖をつきながら、鬼頭はメニューと雅美の顔とを見比べていたが、だんだん考えるのが面倒になってきた。
「とりあえず、ビールにしとくか」
雅美からの異論はなかった。
――おいおい、飲んでるよ。
というのが、ビールジョッキを傾けている雅美を見た鬼頭の心の中の第一声だった。
重いジョッキをプラスチックのおもちゃのように軽々と持ち上げ、真顔でビールを水のように飲んでいる。
しかも、ちょっと口をつけた程度にしか見えなかったのに、雅美がジョッキを置いたときには、中身はもう三分の一くらいになっていた。
「雅美……」
「何?」
「いや……うまいか?」
無理やり笑顔を作って訊ねる。
「まあ、飲めないことはないな」
などと言いながら、雅美はまたジョッキに優美な唇をつけた。
「おまえ、酒は強いのか?」
「強いと思ったことはないが、飲むのは嫌いじゃない」
「そうだろうな……」
嫌いでジョッキは空けられまい。
「でも、ビールを飲んだのはこれが初めてだ。日本酒やワインなら昔飲んだが」
「昔って、どれくらい?」
雅美は少しの間、煙る天井を見上げた。
「忘れた」
本当か嘘かはわからなかったが、鬼頭もあえて訊きたくなかった。雅美の〝昔〟は、本当に〝昔〟のような気がする。
「鬼頭さんは?」
「え?」
「酒は……好きなのか?」
「俺はそんなに。飲まなきゃ飲まないでいられるな」
それを裏づけるように、鬼頭は自分のために頼んだ肴を口に運んでいたが、ふと雅美を見ると、空になった自分のジョッキをじっと見つめていた。
「もしかして……まだ飲みたいのか?」
「え……ああ、できたら」
雅美が遠慮しなかったことに、鬼頭は内心驚いた。こいつ、本当に酒好きだぞと思ったが、物が食べられないなら好きなだけ飲ませてやろうと考えた。どれくらい飲めるものなのか見てみたいという好奇心もある。
「じゃあ、頼んでやるよ。しかし、おまえ、全然顔に出ないな。ほんとに酔ってないのか?」
「自分ではそのつもりだ」
静かにそう答える雅美は、ビールを飲む前と少しも変わっていない。白い肌は依然として白いままだし、しゃべりもしっかりしている。だが、なぜか鬼頭は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
「雅美。もう駄目だと思ったら、自分でやめろよ。酔っぱらいの面倒見るのは嫌だからな」
「ああ、わかってる」
別段、うるさそうな顔もしないで雅美はうなずいた。その様子を見る限りでは、雅美はまったく素面のようである。
しかし、世の中には、酔っても一見素面に見える人間がいる。もしかしたら、雅美もそのタイプかもしれない。
(ほんとに大丈夫かな)
そう思いつつも、鬼頭は近くを通りかかった店員にビールの追加を頼んだ。
ほどなく、ジョッキが届けられる。雅美はそれを先ほどと同じように持ち上げると、先ほどよりも速いペースで、あっという間に飲み干してしまった。
「おい……」
鬼頭はあっけにとられたが、雅美はまだ物足りなそうに空になったジョッキを見ている。
「雅美。出よう」
特に理由はなかった。ただ、鬼頭の直感がそうしたほうがいいと言っていた。
「もう?」
驚いたように雅美は目を見開く。
「あんた、半分も飲んでないじゃないか。それに、飯も食べるんじゃなかったのか?」
「いや……俺ちょっと気分悪くて……また今度、ゆっくりとな」
我ながら苦しい言い訳をして、鬼頭はさっさと伝票をつかんだ。
「俺のせいか?」
小首をかしげてそう訊ねてくる。鬼頭はあわてて手を振った。
「いや、違う違う! おまえは関係ないんだ! 全然気にするな!」
「でも……俺がジョッキ二杯も飲んだから……」
「それは関係ない。ただ、俺がもうここから出たいんだ」
少し強引すぎたかと思ったが、雅美は鬼頭の真意を窺うようにじっと見つめると、彼よりも先に椅子から立ち上がった。
「雅美……」
「あんたがそう言うんなら」
ひそやかに雅美は言った。
「ここを出れば、気分はよくなるんだな?」
――それはつまり、まだ俺を帰すつもりはないということか?
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