MIDNIGHT

邦幸恵紀

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第1話 ミッドナイト

1 歩道橋

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 理由はなかった。
 ただ何となく、会社からまっすぐ家に帰る気にはなれなくて、とうかずおみは一度も歩いたことのない歩道橋の上にいた。
 三月も半ばとはいえ、夜はやはり寒い。それなのに、どうしてこうも帰りたくないのか、我ながら不思議だった。
 家に帰っても誰もいないから――というのは理由にはならないだろう。今夜だけでなく、ずっと以前からそうだったのだから。それに、誰かと一緒にいたいわけでもないのだ。
 自分でもよくわからないまま、鬼頭は歩道橋の欄干の上に両腕を乗せ、煙草をふかしながら、眼下を流れるヘッドライトとテールランプの河をぼんやりと眺めていた。
 それは唐突だった。

「あんた」
「え?」

 反射的に鬼頭は振り返った。
 闇に白い顔が浮かんでいた。

「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」
「……未成年に説教される筋合いはないが」

 驚いたのもつかのま、鬼頭は冷ややかに言い返した。そこに立っていたのが、まだ高校生くらいの少年だったからだ。
 ただし、車のライトに照らし出されたその顔は、まるで作り物のように整いきっていた。黙っていれば、美少女でも通用しただろう。ハイネックの黒いコートを着ているので、ただでさえ白い肌がことさら目につく。
 しかし、鬼頭は美醜にはあまりこだわらない質だった。鬼頭自身、長身で彫りの深い顔立ちの、充分美男子の範疇に入る男だったのだが、会社の女子社員たちに陰で〝歩く理想〟と呼ばれていることには、いまだに気づけずにいる。

「説教じゃない」

 少年は否定した。だが、意外と低い声にも人形のような顔にも感情の色はない。

「忠告だ」

 しばらく、鬼頭は固まっていた。が、「そりゃ結構なことで」と言い捨て、立ち去ろうとした。
 本来、鬼頭は寛容なほうなのだが、どういうわけか、この少年に対してはそうなれなかった。ゆえに、少年の言葉を真剣に受けとめることなどできるはずもなかった。

「忠告を無にするのか?」

 少しは苛立ってくれればまだ可愛げがあるものを、少年の声はあくまで平坦である。

「俺も一つ忠告してやろうか?」

 鬼頭は足を止め、肩越しに少年を見た。

「早くうち帰って寝ろ」

 言いざま、足早に歩道橋を後にした。
 一人残された少年は、面食らったような呆然としたような顔をしていたが、やがて口だけ笑みの形を作った。

「馬鹿が」

 少年の低い冷罵は、車の走行音に掻き消された。
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