1 / 48
第1話 ミッドナイト
1 歩道橋
しおりを挟む
理由はなかった。
ただ何となく、会社からまっすぐ家に帰る気にはなれなくて、鬼頭和臣は一度も歩いたことのない歩道橋の上にいた。
三月も半ばとはいえ、夜はやはり寒い。それなのに、どうしてこうも帰りたくないのか、我ながら不思議だった。
家に帰っても誰もいないから――というのは理由にはならないだろう。今夜だけでなく、ずっと以前からそうだったのだから。それに、誰かと一緒にいたいわけでもないのだ。
自分でもよくわからないまま、鬼頭は歩道橋の欄干の上に両腕を乗せ、煙草をふかしながら、眼下を流れるヘッドライトとテールランプの河をぼんやりと眺めていた。
それは唐突だった。
「あんた」
「え?」
反射的に鬼頭は振り返った。
闇に白い顔が浮かんでいた。
「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」
「……未成年に説教される筋合いはないが」
驚いたのもつかのま、鬼頭は冷ややかに言い返した。そこに立っていたのが、まだ高校生くらいの少年だったからだ。
ただし、車のライトに照らし出されたその顔は、まるで作り物のように整いきっていた。黙っていれば、美少女でも通用しただろう。ハイネックの黒いコートを着ているので、ただでさえ白い肌がことさら目につく。
しかし、鬼頭は美醜にはあまりこだわらない質だった。鬼頭自身、長身で彫りの深い顔立ちの、充分美男子の範疇に入る男だったのだが、会社の女子社員たちに陰で〝歩く理想〟と呼ばれていることには、いまだに気づけずにいる。
「説教じゃない」
少年は否定した。だが、意外と低い声にも人形のような顔にも感情の色はない。
「忠告だ」
しばらく、鬼頭は固まっていた。が、「そりゃ結構なことで」と言い捨て、立ち去ろうとした。
本来、鬼頭は寛容なほうなのだが、どういうわけか、この少年に対してはそうなれなかった。ゆえに、少年の言葉を真剣に受けとめることなどできるはずもなかった。
「忠告を無にするのか?」
少しは苛立ってくれればまだ可愛げがあるものを、少年の声はあくまで平坦である。
「俺も一つ忠告してやろうか?」
鬼頭は足を止め、肩越しに少年を見た。
「早くうち帰って寝ろ」
言いざま、足早に歩道橋を後にした。
一人残された少年は、面食らったような呆然としたような顔をしていたが、やがて口だけ笑みの形を作った。
「馬鹿が」
少年の低い冷罵は、車の走行音に掻き消された。
ただ何となく、会社からまっすぐ家に帰る気にはなれなくて、鬼頭和臣は一度も歩いたことのない歩道橋の上にいた。
三月も半ばとはいえ、夜はやはり寒い。それなのに、どうしてこうも帰りたくないのか、我ながら不思議だった。
家に帰っても誰もいないから――というのは理由にはならないだろう。今夜だけでなく、ずっと以前からそうだったのだから。それに、誰かと一緒にいたいわけでもないのだ。
自分でもよくわからないまま、鬼頭は歩道橋の欄干の上に両腕を乗せ、煙草をふかしながら、眼下を流れるヘッドライトとテールランプの河をぼんやりと眺めていた。
それは唐突だった。
「あんた」
「え?」
反射的に鬼頭は振り返った。
闇に白い顔が浮かんでいた。
「真夜中にはあまり出歩かないほうがいい」
「……未成年に説教される筋合いはないが」
驚いたのもつかのま、鬼頭は冷ややかに言い返した。そこに立っていたのが、まだ高校生くらいの少年だったからだ。
ただし、車のライトに照らし出されたその顔は、まるで作り物のように整いきっていた。黙っていれば、美少女でも通用しただろう。ハイネックの黒いコートを着ているので、ただでさえ白い肌がことさら目につく。
しかし、鬼頭は美醜にはあまりこだわらない質だった。鬼頭自身、長身で彫りの深い顔立ちの、充分美男子の範疇に入る男だったのだが、会社の女子社員たちに陰で〝歩く理想〟と呼ばれていることには、いまだに気づけずにいる。
「説教じゃない」
少年は否定した。だが、意外と低い声にも人形のような顔にも感情の色はない。
「忠告だ」
しばらく、鬼頭は固まっていた。が、「そりゃ結構なことで」と言い捨て、立ち去ろうとした。
本来、鬼頭は寛容なほうなのだが、どういうわけか、この少年に対してはそうなれなかった。ゆえに、少年の言葉を真剣に受けとめることなどできるはずもなかった。
「忠告を無にするのか?」
少しは苛立ってくれればまだ可愛げがあるものを、少年の声はあくまで平坦である。
「俺も一つ忠告してやろうか?」
鬼頭は足を止め、肩越しに少年を見た。
「早くうち帰って寝ろ」
言いざま、足早に歩道橋を後にした。
一人残された少年は、面食らったような呆然としたような顔をしていたが、やがて口だけ笑みの形を作った。
「馬鹿が」
少年の低い冷罵は、車の走行音に掻き消された。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完結】虚無の王
邦幸恵紀
キャラ文芸
【現代ファンタジー/クトゥルー神話/這い寄る混沌×大学生】
大学生・沼田恭司は、ラヴクラフト以外の人間によって歪められた今の「クトゥルー神話」を正し、自分たちを自由に動けるようにしろと「クトゥルー神話」中の邪神の一柱ナイアーラトテップに迫られる。しかし、それはあくまで建前だった。
◆『偽神伝』のパラレルです。そのため、内容がかなり被っています。
【完結】永遠の旅人
邦幸恵紀
SF
高校生・椎名達也は、未来人が創設した〈時間旅行者協会〉の職員ライアンに腕時計型タイム・マシンを使われ、強引に〈協会〉本部へと連れてこられる。実は達也はマシンなしで時空間移動ができる〝時間跳躍者〟で、ライアンはかつて別時空の達也と偶然会っていた。以来、執念深く達也を捜しつづけたライアンの目的とは。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
宝石ランチを召し上がれ~子犬のマスターは、今日も素敵な時間を振る舞う~
櫛田こころ
キャラ文芸
久乃木柘榴(くのぎ ざくろ)の手元には、少し変わった形見がある。
小学六年のときに、病死した母の実家に伝わるおとぎ話。しゃべる犬と変わった人形が『宝石のご飯』を作って、お客さんのお悩みを解決していく喫茶店のお話。代々伝わるという、そのおとぎ話をもとに。柘榴は母と最後の自由研究で『絵本』を作成した。それが、少し変わった母の形見だ。
それを大切にしながら過ごし、高校生まで進級はしたが。母の喪失感をずっと抱えながら生きていくのがどこか辛かった。
父との関係も、交友も希薄になりがち。改善しようと思うと、母との思い出をきっかけに『終わる関係』へと行き着いてしまう。
それでも前を向こうと思ったのか、育った地元に赴き、母と過ごした病院に向かってみたのだが。
建物は病院どころかこじんまりとした喫茶店。中に居たのは、中年男性の声で話すトイプードルが柘榴を優しく出迎えてくれた。
さらに、柘榴がいつのまにか持っていた変わった形の石の正体のせいで。柘榴自身が『死人』であることが判明。
本の中の世界ではなく、現在とずれた空間にあるお悩み相談も兼ねた喫茶店の存在。
死人から生き返れるかを依頼した主人公・柘榴が人外と人間との絆を紡いでいくほっこりストーリー。
午後の紅茶にくちづけを
TomonorI
キャラ文芸
"…こんな気持ち、間違ってるって分かってる…。…それでもね、私…あなたの事が好きみたい"
政界の重鎮や大御所芸能人、世界をまたにかける大手企業など各界トップクラスの娘が通う超お嬢様学校──聖白百合女学院。
そこには選ばれた生徒しか入部すら認められない秘密の部活が存在する。
昼休みや放課後、お気に入りの紅茶とお菓子を持ち寄り選ばれし7人の少女がガールズトークに花を咲かせることを目的とする──午後の紅茶部。
いつも通りガールズトークの前に紅茶とお菓子の用意をしている時、一人の少女が突然あるゲームを持ちかける。
『今年中に、自分の好きな人に想いを伝えて結ばれること』
恋愛の"れ"の字も知らない花も恥じらう少女達は遊び半分でのっかるも、徐々に真剣に本気の恋愛に取り組んでいく。
女子高生7人(+男子7人)による百合小説、になる予定。
極力全年齢対象を目標に頑張っていきたいけど、もしかしたら…もしかしたら…。
紅茶も恋愛もストレートでなくても美味しいものよ。
デリバリー・デイジー
SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。
これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。
※もちろん、内容は百%フィクションですよ!
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる