ひとりぼっちの魔王と分からず屋の勇者

にわとりぶらま

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第06話 誤解

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 魔王はここ最近、ずっとご機嫌であった。自分以外の存在がいる事が、自分が想像していた以上にここまで嬉しい事だとは思わなかった。

 勇者との二回目の遭遇から以降、勇者は数日おきにちょくちょく姿を現わす様になり、最初は数分の遭遇時間であったが、徐々にその時間は長くなり、魔王が一方的に話しかける状況には変わりないが、勇者と言葉を交わす機会も増えている。

 とは言っても、勇者の攻撃も回を経る度に徐々に巧みになってきているが、争うつもりのない魔王は、防御に専念しているので、命の危険に及ぶところにはまだ届いていない。

 逆に、戦闘能力を成長させている勇者を見て、魔王はその成長を喜んでいた。

 別に言葉を交わすだけが会話ではない、仕草や行動を通しても相手の意思を汲み取る事はできる。勇者は魔王を研究し、一度戻っては、私に対抗するための戦術を新たに整えてから再びやってくる。つまり、勇者は魔王という存在を観察して理解して、攻撃という手段であるが、相手を理解した上での返事をしてくれているのだと魔王は考えていた。

 その事が魔王を喜ばせていたのだ。例え会話の手段が攻撃であっても、魔王が防御に徹する限り、勇者はいづれ、どうしてそこまで防御に徹するのかと考えに至るはずだ。

 そこまで至れば、勇者の方から魔王に対しての質問や呼びかけがあるはずだ。

 そうすれば、私もその質問に応じて、互いをもっと理解できる。互いがそれぞれに理解を深め、それに応じて試行錯誤しながらも新たな対応を考える。

 これは変化だ。時には迷いつつも互いに変化し変われるのであれば、いずれお互いが噛み合う日が来るはず。それが何千分の一、何万分の一、何億分の一の可能性だとしても、ゼロではない。

 可能性が0だった一万二千年の孤独に耐え続けてきた魔王である。可能性がゼロではないのなら、どれぐらいの月日が掛かろうとも、勇者が魔王の手を取ってくれる日を待ち続ける事ができる。

 その希望がここ最近の魔王をご機嫌にさせていたのである。


 次に勇者はいつ来るのだろうか… 勇者が来たら、今度は何を話そうか… 勇者は今度はどんな技を見せてくれるのであろうか…


 魔王はそわそわしながら、魔王城跡地で勇者を待つ。そんな自分に気が付いて魔王はふっと笑う。


 これはまるで、『恋』でもしている様ではないか…


 魔王である自分が人族の勇者に『恋』? 一万二千年前にはあり得なかった状況である。だが、一万二千年という年月が魔王を変えた。時間を掛ければ、あれほど人族を憎んでいたこの自分でさえ、変わることが出来る。

 だから勇者も…いくらかかろうとも…時間さえかければ、変わってくれるはずである…


 そんな事を考えていた時、魔王の探知魔法が反応する。


 勇者だ! 勇者がやって来たのだ!


 魔王は勇者のやってくる方角の天を仰ぎ見る。するといつもの様に桜色の髪をたなびかせながらやってくる勇者の姿が見える。


「おーーーい!!! 勇者よ! 私はここだぁ!!!」


 魔王もいつもの様に勇者に手を振り声を上げる。

 そんな魔王に勇者いつもの様に突進攻撃を仕掛けてくる。勇者に手を振って声を上げている魔王の姿が一番隙がある状態だからだ。


 キィィィーーーン!!!


 勇者の剣の切っ先が魔王の防御結界と防御魔法に触れ、高い金属音を立てる。


「おぉ! 第一撃の鋭さが一段と増したな! 勇者よ!」


 まるで、我が子の鍛錬に付き合っている親のような口調で勇者を褒め称える。


「くっ!!」


 勇者はそんな魔王を切り払いのける様に剣を振るう。


「素晴らしい! 回を経る度に、その上達が手に取る様に分かるぞ!」


 魔王は体を捻らせ、時には防御魔法で勇者の攻撃を受け流しながら勇者に話しかける。

 だが勇者は終始無言で、時にはフェイントを織り交ぜ、時には魔王が無意識に防御の弱い側面を攻め続ける。


「おぉ! 自分でも気が付かなかったが、私にはこんな隙があったのだな! 私の知らない隙に気が付くとは、私の事をよく見てくれているのだな! 勇者よ!」


 勇者の隙をついた攻撃も紙一重で躱して、自分について理解を深めている勇者に、魔王は嬉しそうな顔をして話しかける。

 すると業を煮やした勇者は、魔王から少し距離を取り、以前の様に剣を魔王に向けて声を上げ始める。


「魔王! 私をおちょくって楽しいのかっ!!」


 勇者は眉を吊り上げる。


「いや、勇者が私の理解を深めてくれていることが嬉しくて楽しいのだよ!」


 魔王は再び勇者から話しかけてくれた事に喜びながら答える。


「嘘をつくな! どうせ、新たな獲物を見付けて舌なめずりするような楽しさであろう!」


 勇者は荒げた声をあげる。


「そんなことはない! 私は勇者がいてくれるだけでも嬉しいのだ!」


 魔王は告白でもしているような気持ちで勇者に訴える。


「また、そんな戯言を…」


「戯言ではない! 私は一万二千年もの間、人族を滅ぼした事を後悔し続けてきた… 一人…たった一人でだ… だから、一万二千年ぶりに現れた勇者の存在がとても嬉しいのだ! 分かってくれ! 勇者よ!」

 魔王は自分の気持ちを勇者に伝えたくて、必死に訴えかける。

 すると、勇者は疑いの目を魔王に向ける。


「魔王…お前は人族を滅ぼした事を後悔しているというのだな…? 己が犯した罪の重さを自覚して言うというのか?」


 勇者の魔王の目を突き刺す様に直視する瞳に、魔王は認める様に項垂れる。


「あぁ…している… 私がどれほどの許されざる大罪を犯したのかを… 私はこの一万二千年の年月を持って体験している…」


 魔王は勇者に懺悔するように答える。


「ふんっ」


 勇者は魔王の言葉に鼻を鳴らす。


「ならば、大罪を犯した贖罪としての死を何故受け入れない!!」


 魔王は勇者の言葉に、はっと顔をあげる。


「魔王! 命は命を持ってしか償えない事は分かるだろう! 何故、私に討たれて死なないのだ! 死ね!魔王!」


 勇者の言葉に魔王は直接脳を揺らされたような感覚に陥る。


 死ぬ?…勇者に打ち取られて私は死ぬ?…

 確かに勇者の攻撃を防御せず、そのまま胸を貫かれれば私は死ぬことが出来るだろう…

 そうだ…私は死を望んでいた… 一万二千年の孤独に耐えられず死を望んでいたはず…

 それなのに、私は何故、死を受け入れない…

 ここに私に死をもたらしてくれる勇者と言う存在がいるのに…

 どうしてだ…


 酩酊にも似た困惑の中、魔王の脳裏にある一つの答えがある事に気が付く。

 その事に気が付き、頭をあげてはっと勇者の顔を見つめる。

 そして、再び落ち込んだように顔を項垂れる。


「死ねない… 今は… 今は死ねない…」


 魔王はぽつりと呟くように答える。


「死ねないとはどういう事だ!! やはり、反省も後悔も…そして贖罪の念も嘘だというのか!」


 勇者はカチャリと剣を鳴らして、魔王に剣を向け直す。


「…嘘ではない… 嘘ではないんだ… だが…」

 
 魔王は勇者に背を向ける。


「…勇者よ…しばらく、一人にしてくれ… 考える時間が欲しいのだ…」


 魔王は勇者に振り返りもせずに背中を向けて答えると、そのまま勇者の前から消え去った…



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