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第一部最終回第038話 祖父の手紙
しおりを挟む僕はゴクリと唾を飲み込んだ後、一歩書斎机へ進み出る。そして、ステラから託された鍵をそっと引き出しの鍵穴に差し込む。鍵はサイズが合わないことは無く、すんなりと鍵穴に収まる。
僕は一先ず呼吸を整えた後、ゆっくりと鍵を回す。
カチャリッ
小さな金属音が鳴り響く。やはり、ステラが託されていた鍵はこの書斎机の鍵だったのか…
僕は恐る恐る引き出しの取っ手に手を伸ばし、確かめるような手つきで引き出しを引いてみる。
ススゥ…
僕は目を丸くする。あれだけ頑なに開こうとしなかった引き出しがいとも簡単に開いたのだ。
そして、開け放たれた引き出しの中には、大きな茶封筒とその上に白封筒が一通置かれていて、その白封筒には、『この引き出しを開けた者へ』と記されていた。
そのあて名書きに少し驚き、僕は同じように引き出しの中を覗き込んでいたステラと幸ちゃんに振り返る。すると、二人は目で頷きので、僕はその白封筒に手を伸ばす。
封筒には今時珍しい蝋封がされており、ご丁寧に白封筒の下には開封するためのペーパーナイフまで用意されていた。
僕はそのペーパーナイフを手に取り、丁寧かつ慎重に封筒を開封する。そして、中から便箋を取り出して広げる。
祖父が最後に残したと思われる手紙は英語ではなく日本語で書かれていた。
「いいかい…皆で読むよ…」
僕は皆に向き直り確認をとると、皆、無言でコクリと頷く。僕は皆の反応に、手紙を皆に見えるように広げて読み始める。
『この手紙を見付けた者へ…
この手紙が読まれているという事は、既に私はこの世にはいないのであろう…
だが、この手紙を見付けた者は、正式な手段でこの手紙を見付けた事を願う。
私は12年前、最愛の妻、静香を失った後、生きる気力を失い、
私も静香の元へ旅立とうと考えていた。
だが、そんな私を止める人物が現れた…それがステラだ。
どこの誰か分からない、この英国生まれに見える少女は、自殺しようとする私を必死に止めてきた。
私は流石に子供の前で自殺することは出来ず、せめて最後にこの少女を親御さんの所へ送ってあげようと考えたが、ステラは普通の人間ではなかったのだ。
他の人には見る事ができず、写真にも写らない。この家の敷地から離れる事も出来なかったのだ。
最初は私が気がおかしくなって、幻でも見ているのかと考えたが、
ステラは私が作った料理を食べたり、亀を捕まえてきたりした。
そして、私の手には確かにステラの温もりが感じられたのだ。
私はいつしか、ステラと共に暮らしたいと考えていた。
だが、この場所で生涯を終えたい我儘を通してきて、息子世生からの幾度にもわたる孫たちとの同居の進めを断りってきたこの私が、そんな事を許されるのかと考えた。
しかし、私は世生や孫の八雲や恵美の代わりにステラを可愛がることにした。
それは一人で生きる寂しさをステラが紛らわせてくれた事への恩返しだと思った。
ステラとの日々は私にとって楽しい日々であった。だが、そんな楽しい日々にも終わりがやってくる。
私の体は病に犯されていたのだ。
私はこの手紙を書き記した後、病院へと向かうが、もし、病を完治してこの家に戻ってこれたのなら、世生たちにステラの事を伝えようと思う。
私はステラとの暮らしの中で、彼女が何者であるのか分かっていた。
でも、私にはそんなこと、どうでもよかった。
しかし、私の死後ではそんな事は言ってられない。
私がこの場所でしか生きられなかったように、
ステラもまた、この場所でしか生きられない存在だから…
ステラの正体は英国の古来より語り継がれている、家に住まう妖精シルキーだからだ。
この手紙を読んだ者にお願いする。
どうか、この土地と家を処分せずに、ここで私の孫娘に等しいステラと一緒に暮らして欲しい…
そして、息子の世生、孫の八雲や恵美に一緒に暮らせなくて済まないと伝えて欲しい…
願わくば、この手紙を読んだものが、もう一方の孫である、八雲や恵美である事を臨む…
ジョージ・ウェストモーランド・ファイン』
手紙を読み終えた時、僕は手紙を持つ手がわなわなと震えていた事に気が付く。ここには祖父の人生最後の願いと、そして父さんや僕、妹恵美に対する謝罪の言葉が記されていた。
「ジョージ…ジョージ…」
ステラはその大きな瞳から、ぽたぽたと大粒の涙を流していた。
「ジョージは本当に静香を愛していたのだな… ここは静香とジョージが出会って恋に落ちた場所だからな…」
幸ちゃんも瞳を潤ませながらそう語る。
僕は、引き出しの残されていた大きな茶封筒に手を伸ばす。
そして、中に収められていた書類を取り出す。
それはずっと探し続けてきた、この家と土地の権利書である。
「じーじ…ちゃんとじーじの思いは受け取ったよ… 僕がじーじの思いは引き継ぐから…」
僕は幼い時の祖父の呼び方で、祖父ジョージに話しかけた。
………
……
…
「ただいま~」
僕は家の中に入ると、リビングの二人に呼びかける。
「八雲~ おかえりぃ~♪」
「お疲れ様だ、八雲殿♪」
いつものかわらぬ笑顔でステラと幸ちゃんが出迎えてくれる。
「八雲殿、それで手続きはどうだったのだ?」
幸ちゃんが食事の配膳をしながら尋ねてくる。
「あぁ、思ったより簡単に終わって、逆に拍子抜けしたぐらいだよ」
「しかし、相続税などは大丈夫だったのか?」
心配そうな顔で幸ちゃんが聞いてくる。
「あはは、家も土地も評価額が少なくて払わなくていいんだって」
支払わなくて良かったのだが、祖父の大切な家と土地が過小評価されている様で微妙な気分でもあった。
「そうか…そんな事もあるのだな… 四条家ではいつも大変そうだったが…」
幸ちゃんのいた四条家はいったいどれほどの資産を持っていたのだろう…
「八雲! 八雲! アレ買ってきてくれた?」
ステラが期待に目を輝かせて駆け寄ってくる。
「あぁ、買って来たよ、はい、プリペイドカード」
「やったー!! これで新しいゲーム買える~♪」
ステラは受け取ったプリペイドカードを掲げて喜ぶ。
「ところで、八雲殿、すぐに食事にするか? 今日のおかずは先日出し損ねたカワハギの刺身だぞ?」
「うわぁ! 凄い! ホントお店のお刺身みたいだね! でも、食事の前にやることがあるんだ」
「やる事とは?」
幸ちゃんが首を傾げて聞いてくる。
「ステラも幸ちゃんも僕についてきてくれる?」
「私も? いいよ」
「わかった、参ろう」
僕たち三人は階段を上がり、僕の自室へと向かう。
「さてと…」
僕はカバンから茶封筒を取り出す。
「八雲殿、それが新しい権利書か?」
「うん、そうだよ、そしてこれを引き出しの中に仕舞って…」
僕は更新したこの家と土地の権利書を書斎机の引き出しの中に入れる。そして、引き出しを閉じ、ポケットの中から黄金色に輝く鍵を取り出す。
カチリッ
僕は大事な権利書を無くしてしまわないように引き出しの中に入れて鍵をかける。
「よし…」
鍵が掛かった事を確認した僕はステラに向き直る。
「どうしたの? 八雲」
「ステラ、この鍵を再び預かってくれないか?」
そう言って、前とは逆に僕からステラに鍵を差し出す。
「わ、私が?」
ステラが目を丸くする。
「うん、そうだよ、この家と土地の大切な書類を僕とステラの二人が保管して、幸ちゃんにはその証人になってもらいたいんだ」
僕はステラと幸ちゃんの二人を見る。
「うん! わかった! 私、これからもこの家を守るっ!!」
「ふふふ、私で良ければいくらでも証人になろう」
二人は笑顔で答える。
「じゃあ、ステラ、鍵は頼んだよ」
僕はステラの手のひらにそっと鍵を置いて、その手のひらを閉じた。
~第一部完~
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