ニートシルキー ~僕とステラの不思議な生活~

にわとりぶらま

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第034話 朝の電話

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「ふぁぁぁ~」

 僕は大欠伸をしながら、朝食をとる為、一階に向かう階段を降りていく。

「おはよう、八雲殿、今日は眠たそうだな」

 幸ちゃんが朝食の準備をしながら僕に声を掛けてくる。

「あぁ、昨日は在宅の仕事をした後、調べ物をしてたからね、寝るのが遅くなったんだよ」

「なるほど、最近では家にいながら好きな時に仕事をする事ができるのだな? 便利な世の中になったものだ」

 座敷童なのに最新家電に詳しい幸ちゃんでも、流石に在宅ワークの知識はあまり無い様だ。僕は洗面所に向かい顔を洗ってからリビングへと戻る。

「あれ? ステラがいないね…」

 いつもなら、リビングのソファーの上でだらしなく寝ているステラの姿が見えない。

「あぁ、ステラなら、『漁師の朝は早い!』とか言って、今、外のテラスで漁をしておるぞ」

「えっ? ステラがこんな朝に?」

 言われた通りに外を見てみると、ステラがいつものペットボトルの罠を引き上げている。どうやら、昨日の幸ちゃんの豆アジの唐揚げを気に入って漁に励んでいるのであろう。

 うーん、海で漁をするところから、ステラがマーメイドって可能性もあるのかな? でも、どうなんだろ? 魚の様な尾ひれ姿は見た事無いし… アンデルセンの話では、声と引き換えに人間の足を手に入れたって書いてあったけど、ステラは時々うるさいほど喋るし、その線はないかな?

「あっ! 今日は少し大きな魚が入っている!!」

 テラスからステラの声が響く。

「でも、私の欲しいのは豆アジなんだよね… この魚…なんだか馬みたいな顔してるし気持ち悪い… ポイしちゃおうかな?」

 ステラはそう言って、おちょぼ口をした魚をマジマジと見た後、海へリリースしようとする。

「ちょっと待つのだ! ステラッ!!」

「えっ? さっちゃん、どうしたの?」

 突然、幸ちゃんが声をあげるので、ステラはおちょぼ口の魚を持ったまま振り返る。

「その魚は『カワハギ』と言ってとても美味な魚なのだっ! 捨てるなんて勿体ないっ!!」

 幸ちゃんが慌ててキッチンからテラスへと向かう。

「そうなの? でも、見た目が気持ち悪いよ?」

「見た目と美味さとは関係ないっ! ナマコはあんな姿でも美味いだろう?」

 そう言って幸ちゃんはステラの手からカワハギを奪い取る。

「えっ!? ナマコ!! あんな気色悪い物食べられるのっ!? 食べたらお腹を突き破って出てこない?」

「丸ごと食う訳なかろう… ちゃんと切って食べるから、腹を突き破ることなど無い。逆に普通の魚の方が寄生虫によって腹の中を這いずりまわられる事がある」

「うそ! 私、今まで何匹もお魚食べてきたよ… 私のお腹…寄生虫に食い破られちゃうの…!?」

 ステラは青い顔をしてお腹を押さえる。

「あくまで専門的知識を持たぬものが生食をした場合だ、ステラは…あの塩焼きにして食べておったのであろう? ならば大丈夫だ」

 幸ちゃんはステラのそう告げると、カワハギを持ってホクホク顔でキッチンに戻っていき、まな板に置いたと思うと、包丁をえらの所にザクリと刺す。

 その幸ちゃんの躊躇ない動きに、僕は思わず驚きの声を漏らしそうになる。現代っ子の僕では、あんなふうに魚を締める事なんてできない…

「これでしばらく血抜きをしておれば一先ずは良いな、ではその間に朝食にするか、八雲殿」

 幸ちゃんは満面の笑みで微笑みかけてくる。

「あぁ…そうしようか…」

 今日の朝食のメニューはほうれん草と油揚げのお味噌汁、きゅうりの浅漬け、鯖の塩焼きに卵焼きだ。僕が今まで電子レンジでチンした冷凍総菜をお皿に出しただけのものとは異なり、どれも食材に合わせたお皿や飾り付けがされて装われている。

「うわぁ~ まるで料亭か小料理屋の食事のようだね、凄いよ幸ちゃん」

「昔の日本の家庭料理とは、こういったものが当たり前だった…今の日本では皆忙しすぎてちゃんと準備をする暇がないだけだ」

「なるほど…」

 僕の母はアメリカ人なので、こういった色とりどりのお皿を使った和食が出る事はなかったが、ベーコンエッグやサラダなどをちゃんと出していてくれた事を思い出す。

「なにこれ! この焼き魚美味しいっ! 私と一緒で塩で焼いただけなのにどうしてこんなに美味しいの!?」

 塩サバを一口食べたステラが驚きの声を上げる。とりあえず、僕たちが作っていた豆アジの塩焼きと幸ちゃんの作る塩焼きとを同列に比べるのは良くないと思います…

「焼く前にパラパラと塩を振るだけではなく、事前に塩を振って時間をかけて馴染ませておるからな、こういった手間を掛ける事で料理は美味しくなるのだ」

「うん、この卵焼きも美味しいね、僕が一度作った時は上手く巻けなかったし、旨味もこんなに無かったな…」

「何事も経験やコツが必要なのだ。八雲殿も練習をすれば上手くできるようになるぞ」

 玉子焼きにしてもきゅうりの浅漬けにしても、今までの僕は卵は焼いただけ、きゅうりは切っただけだと思っていたが、経験やコツを掴んでひと手間かける事でここまで味が変わるとは思っていなかった。

「ところで幸ちゃん、さっきの魚はどうするの?」

「あぁ、カワハギの事か、あれは煮てよし、焼いて良し、唐揚げも刺身も何をしても美味しい魚だからな… どうせならとれたて新鮮という事でお昼に刺身でもしてみるか」

「えっ? 幸ちゃん、刺身までできるの?」

「あぁ、先日のホームセンターで刺身包丁も買って来たからな、一度切れ味を試してみたいと思っていた所なんだ」

 そう言えば、先日のホームセンターで幸ちゃんは色々高そうな包丁を買いそろえていたからな… ステラが元々家にあった包丁をダメにしていたとは言え、何本もあんな高い包丁を買いそろえるなんて、僕には信じられない光景であった。

 しかも、砥石も幾つか買いそろえていたな… 包丁を研ぐなんて考えもしなかった…

「さっき、とった魚、そんなにいい魚なの?」

 ステラがきゅうりの浅漬けをもきゅもきゅと食べながら聞いてくる。

「あぁ、美味くて良い魚だぞ」

 幸ちゃんが答える。するとステラが目を輝かせて僕に向き直る。

「じゃあ、今日の分の漁のお駄賃は弾んでくれる?」

「八雲殿、何の事だ?」

 ステラのその様子に幸ちゃんも尋ねてくる。

「あぁ、ステラには普通にお小遣いを上げるのではなく、お魚を獲った功績によってお小遣いを上げる事にしているんだよ」

「なるほど、そういうことか、ならば今日のカワハギの駄賃は私が支払おう、今後の食費に関しては私が出すつもりでいたからな」

「えっ? さっちゃん、いいの? いくらになるの?」

「そうだな…ステラは子供だからあまり高額を渡す事は出来ないが、きょうのカワハギなら500円程だしてやろうか」

 ステラと同い年に見える幸ちゃんがステラを子供扱いするとは…

「えっ!? 500円!? 500円も出してくれるの!?」

 ステラは提示された500円に驚いて目を丸くする。

「その反応…子供相手に出し過ぎたか…まぁ、ステラがやる気になってくれるのなら良かろう… 後で500円を渡そう」

「わーい! でもその500円は八雲に渡しておいて、後でプリペイドカードにしてもらうから♪」

 幸ちゃんはステラの反応にくすくすと微笑む。

「八雲!! こうなったら私、本格的に漁に取り組もうと思うんだけど! もっとペットボトルの飲み物を買ってきて!」

 ステラが鼻息を荒くして言ってくる。

「ははは、ステラの漁のお陰で毎回の食事に魚が困らなくなりそうだね…でも、漁に使うのがペットボトルか…」

 その時、僕のスマホの着信音が鳴り響く。

 スマホを取り出して、画面を見てみると父からの着信であった…

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