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21.まだ奥がある

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作業を終えた馬車がキンネに帰還し、シラハの姿が見えない事にシズハは動揺を隠せない。
オロオロとした様子で困っていると、そこへジャスティーニが現れ経緯をシズハに説明した。
作業を早く終わらせるために、戻らずに作業を進めていることを知り少し心配になったものの、次の日自分も呼ばれており近くに行ける事が分かった時は安心したようだ。
キースという現場を管理している責任者がいて、休憩室や寝る場所そして食料もちゃんとあるらしい。

『でも…私が作業場に行ってできる事ってなんだろう…?』

シズハは何をするのか知らされておらず来るようにとだけ言われたため、自分が何の役に立つのだろうかと考えていた。
力仕事は役に立たなそうだが、当てはまるとすれば洞窟の中を照らせることと、大地や環境から魔力の流れを把握できることだ。
だがそれはシラハにも披露していないものだった。

『考えていてもしょうがない…明日行ったら旦那様に直接聞いてみよう』

その日シズハは自分のやらなければならない事を終わらせ、早めに寝床に入った。

次の日、ジャスティーニのエスコートでシズハは馬車に乗り込む。
ジャスティーニ以外のおじさん達からは動きやすい服の方がいいと言われたが、持っているのは踊り子の衣装を借りているのと、普段着の町娘のような格好の衣装しかない。
持ち合わせていないものは仕方ないので、町娘の格好で馬車に乗り込んだ時、ジャスティーニに残念そうにされた。

「どうして残念そうにしてるんですか?」
「そりゃあ!だって、ほんの少しだけだけど…踊り子の衣装で来てくれるって淡い期待を抱いていてだよ?」
「でもあの衣装は貴重なので、借り物ですし破きでもしたら怒られてしまいます」
「そ…それはそうだ」

正論を言われ黙るジャスティーニだったが、踊り子に至近距離に近付くのはご法度なので、合法的にどうにか見れないかと考えていたらしい。
そんな事を考えていたとシラハにわかったらきっと殺されるかもしれないので、これ以上は黙っておくことにし、シズハと一緒に目的地へと向かった。

「あぁ、来てくれたか。道中大丈夫だったか?」

首にタオルを巻きながら先程まで作業をしていただろうシラハが馬車とシズハ達を迎え入れてくれた。

「はい、私は大丈夫です。旦那様もちゃんとお休み取られてますか?」
「心配ない、夜はちゃんと休んでいる」
「それで…早速ですが、私がお役に立てそうな事はなんでしょう?」

シラハはシズハを昨日から掘削していた地底湖のある洞窟の反対側へ繋がる場所へと案内した。
少し壁を隔てているが、壊してしまえばファルズ達と一緒に来た洞窟へと繋がっている。
あの時はもうすでに地底湖の水位は下がってきており、まだ開通していない水路工事が水位を下げているとは思えない。

「明かりが足りないんだ…。俺はそういう魔法の類は得意じゃないし、シズハほど明るくできる人も他に知らない。だからこの作業場を照らしてくれないだろうか?」
「わかりました。そういう事であれば任せてください!」

シズハが呪文を唱え光を放つ。
杖から放たれた光は上空へ上がり、淡い光から太陽のように輝く強い光を放った。
直接ずっと見ていたら目がチカチカになってしまうが、これで作業もしやすくなるだろう。
空間が明るくなったことで地形の把握がしやすくなり、あたりを見回してシラハは状況を確認している。
ファルズと一緒に見た地底湖のほうは大きな空間があって、塞がれた穴があった。
その塞がれた穴から出ていただろう水は、今シラハ達がいる空間の方に流れてきており、下に見える地底湖の片割れに流れ込んでいる。
本来はこの流れ出ている水を水路に繋げ、キンネまで運んで使う予定だった。
しかし、その工程が完了して水位が減っているのなら理解できるが、今はまだ未開通、減っている理由にはならない。
辺りを探索していたシラハが、空間の端に大きな岩がゴロゴロと流れ込んでいるような地形を発見する。

「これは…最近ここに流れ込んできたような新しい石や岩だな…。キースさん、この石や岩に見覚えは?」
「いや、そんなどこにでもあるような石と岩の事は気にとめていなかった。そもそも空間を照らすのにも限界があるから、認識したのは今回が初めてだ」

『この石と岩…それが流れてくるだけの空間が奥にあると想定できるが…探らせるか…』

「少し時間が欲しい、この奥に何かがあるなら調べたい。水位の低下と関係があるかもしれない」
「わかった、人手が必要なら手伝おう」
「シズハその明かり、どのくらい持つ?」
「そうですね…おそらく2時間くらいかと…。光度が落ちてくると思うので、そうしたらまた新しい光を投げれます」
「わかった。なら、掘削する時は後についてきて照らしておいてほしい。掘削機械を使うだけだが、見えたほうが把握しやすい」
「はい、わかりました。それと旦那様、おそらくこの石や岩の先にも地底湖と同じような大きさの湖があるかと思われます」
「…?どうしてそう思う?」
「先程光を上空に放つのと一緒に、自然から魔力を読み取ろうと少し探りを入れていたので…。そうしたら、この水がそちらの岩の方向に延びていて、大きな塊のように私には感じ取れたので、もう一つ地底湖があるのだろうと推測しました。少しここよりも下のほうだったと思います」
「そうか…シズハがそれを出来るとは知らなかった。だが、それができるのは俺が知っているだけでも一人しか知らないし、魔力の消耗も激しいはずだ。疲れたら無理せず休んでほしい」
「はい、お気遣いありがとうございます」

シラハは機械を組み立て掘削作業を開始する。
まずは転がっているどかせそうな石や岩を運び出し、大きなものは砕いていく。
エレクトラの調べでは、この奥に通路が30mほどで繋がっているらしい。
機械でやってしまえばさほど時間はかからないだろう。
そうして掘っているうちに、キースが作業員に呼び出されシラハ達と別れる。
10分もしないうちにキースは作業場に誰かを引き連れてやってきた。

「シラハ、作業中すまないが少しいいか?」

キースに呼びかけられ一度作業の手をとめて近寄ると、キースの横に160cmくらいの赤毛の少年が立っていた。

「紹介しよう、こちら今回の水路工事の出資者であり領主のディスフィア様だ」
「やぁ、僕はディスフィア、ディスフィア・マーニュ。掘削が驚くほど進んだって聞いたから、何があったのか気になって来てみたんだ。君たちかい?」
「初めましてディスフィア様、シラハ・クレーエと申します。隣にいるのが妻のシズハになります。今別の要件で洞窟を掘り進めている最中です」
「シラハ…と、シズハ…。そうか…ありがとうよろしくね。うーん…シラハ…どこかで聞いた名前のような…」

ディスフィアは少し考えたあと、何かを思い出したようにポン!と右手の拳を左手の手の平を叩いた。

「あぁ…あのゲシックト族の!ふむ…ここにいるには何か理由があるんだね?」
「実は今休暇中でして…妻と旅行をしているんです」
「なるほど、それなら納得。それで?進捗具合はどうなの?」

シラハは地底湖の水位が下がっていることの関連性があるのではないかと、流れ込んできただろう岩や石をどけて奥へ行こうとしているとディスフィアに告げる。
あまり時間がかからないならと、ディスフィアもその作業の様子を見ていくことになった。
幸い流れ込んで来ていた箇所は最初のほうこそ石や岩があったのだが、中は柔らかな土が殆どで1時間もしないうちに機械は止まる。
そして洞窟の中だと言うのに奥からは光が漏れ出していた。

「光…?洞窟の上に穴があるのか」

暗いところから外に出る時の真っ白な光に包まれて、目が慣れるまで少し時間がかかった一行は、目の前にある光景に目を疑った。

「凄い緑地…」
「それにほら…見てあそこ!あれは…ドラゴンだ!」
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