上 下
3 / 25

3.偽装夫婦

しおりを挟む
なんだろう、この人の近くにいるとなんだか安心できる。
今までいろんな男性にお目にかかったが、気を緩ませてしまう人はシズハにとって初めてだった…。

「私と名前が似ているのですね」
「そうですね、1文字しか違いませんね」
「あの…それで…、ララシュト国までつくのにどれくらいかかるのでしょう」
「軽く1ヶ月くらいは見ていただきたく…。内陸部にあります故、少し歩かねばなりませんし…」
「そうなのですね…。私…何分外に出るのが初めてなので…いろいろとご迷惑をおかけしてしまいそうで…」
「把握しておりますよ、ソラさんから聞いております」
「えっ…あ、ソラと知り合いなのですか?」
「私が初めて泊まった宿でお世話になりました。その後もあの島で少し生活する為の知識も教えていただいたので、お礼に壊れてしまったオルゴールを直してから島を出る形になりました」
「そうだったのですね…」

嬉しかった。
ソラと面識があったなら、今後会話するのも少し楽そうだ。

「シズハ様からもらったオルゴール、とても大事にされていましたよ」

今はもう、すぐには戻れない。
それでも、その話を聞いて心が温かくなった。
突然の別れとなってしまったソラは、心配してくれるだろうか…。
そして、いつかまた会うことができるだろうか…。
シズハはそんな事を思いながら、船の進行方向とは逆を眺めた。

「大丈夫です、きっとまた会えます。私もソラさんに遊びに行くと約束しましたから」
「はい…。その時は是非一緒に行ってくださいね」

船は進み、さらに3時間が経過した頃、前方に小さな島と、明かりが見えてきた。
今乗っている船よりも3倍くらい大きな船だ。
シラハに手を引かれ、渡し板をゆっくりと渡り切る。
と同時に船は沈んだ。

「ホントに連れてきちまうとは…さすが王子」
「王子と呼ばないでくれ…、国が滅んだのは100年くらい前だ」

出迎えてくれたのは少し小柄の髭を生やした中年男性。
どうやらシラハの仲間のようだ。

「いいだろー!生き残った一族はみんな、今の国王より、クレーエ家が国として復活してくれる事を望んでるんだ」
「反逆分子として処刑されたらどうするつもりだ…」
「おおっと、すみません…こっちだけで話をしてしまった。この方が例の?」
「あぁ、タクタハ国の姫君だ」
「お初にお目にかかります、シズハ・リティエルと申します」
「……偶然か?」
「何がだ…」
「名前が似てる」
「偶然だ」

迎えてくれた中年男性は、カロッソという名前らしい。
話も程々に船内に入ると、座り心地の良さそうなソファや綺麗なテーブルが見え、乗ってきた小さな船よりも快適そうだ。

「2人とも、正装から着替えて行った方がいい。その格好目立つからな」
「シズハ様、お部屋をご用意してあります、そこで着替えられてください」
「わかりました」

通された部屋にはふかふかのベットと、1人がけ用のソファにティーテーブル、絵画なども飾り付けてあった。
そして壁にはシズハが着るための服が掛けられている。
黒と白の清楚な雰囲気の、町娘をイメージする衣装。
これはシラハが選んでくれたものだろうか…?

『こんなにラフな服を着るのは初めてかも…』

袖に手を通す。
着心地も良く、いつも着ているドレスよりも軽い。
姿見で自分の姿を確認した。

『似合ってる…かな』

着替え終わり、ドキドキしながら部屋を出てテーブルがある場所へ向かう。
見るとシラハも着替え、貴族とは思えない街中によくいるような男性になっていた。
でも顔立ちが綺麗なのは変わらない。

「おぉ、服装が変わると町娘と言われればそのままだな」
「素朴な服ですが、それでもお綺麗です」
「…似合ってますか…?」
「えぇ、とても」

なんだか嬉しい。
新たな自分を見れた気がした。

「よし、じゃ飯の時間にしよう。姫様のお口に合うか分かりませんが、用意しましたんで、食べてってください」
「ありがとうございます」

用意された食事は、パンとお肉、サラダとスープだった。
十分だ。
食事も終盤になった頃、今後の事を話し合う。

「旅をするなら王女だとバレたらまずい、そこはどうするんだ」
「私外に出るのが初めてで…分からない事だらけです…」
「人見知りで話すのが苦手という設定でいくのはどうだろう…」
「なるほど、では人に接する時はあまり喋らないように致しますね」
「それだけじゃない、関係性が曖昧なまま旅をするにも不都合が多い。連れとの関係を確認されたり、変なやつに巻き込まれた場合に対処する術は必要だろう」
「ふむ…それも一理あるな…」
「どういう…ことでしょう」
「これからララシュト国へ着くまでの間、2人は夫婦として過ごすのさ」
「……えっ、ええっ?!」

実際に夫婦になる訳ではない。
あくまでも偽装だ。
それでも利点は多い。
結婚しているかしていないかで、手を出してくる人は確実に減る。
一般常識がない人間はそんなのはお構いないが、それでもワンクッションあるだけでも危険は減るのだ。

「シズハ様が嫌で無ければ…」
「あ…あの…、私でよければ…」

シラハの容姿は綺麗で好みだ。
性格はまださほどわかってはいないが、一緒にいて嫌な感じはない。
少し戸惑いはあるが、嫌ではないので受ける事にした。

「じゃ呼び方も外行きでいこう、旦那様と呼んでいれば、シラハ様も名前からいろいろ聞かれる事も減るだろう」
「よ…よろしくお願いします、旦那様…」
「……あぁ…」

なんとなく照れくさい。
偽装とわかっていても、何かを期待している自分がいる。
それは実はシラハも一緒で、案外嫌ではなさそうだ。

「よし、そうなってくれると俺は読んでいてね、実は指輪も用意してある…」

そう言うと、カロッソは近くの棚から宝石箱を取り出し、中から指輪を抜き取った。
まずはシズハのほうに、シラハの指輪を。
受け取ったシズハはゆっくりとシラハの指にはめた。
今度はシラハが受け取った指輪をシズハにはめる。
まるで2人だけの結婚式をあげているような気持ちだった。

「はい、コレで今日から2人は晴れて夫婦でーす」

偽装だとわかっていても、そう言われたら少し意識してしまう。

「まぁ別に、タカノリ国王が心変わりして、妻にならない可能性だってあるんだから、その時はシラハ様の本当の嫁になったっていいんだぞ?」
「話をあまり広げないでくれ」
「あくまでも可能性の話だろう」
「それはそれとして、今日はそろそろお疲れでしようし、休まれてください」
「あとは俺が運転して陸地まで届けます、これから大変な旅になるし、休める時に休んでください」
「…は、はい」

そう言われシズハは着替えた部屋に戻る。
1日でいろいろな事が変わりすぎた。
そして左手薬指にはめられた指輪を眺める。

『なんだろう…この気持ち、心が温かくて…なんだか嬉しい。それに…私の、旦那様~…!』

出会い方はなかなかにないものだが、自分の結婚という言葉や、旦那様と言う言葉に憧れはあった。
偽装だとしても、その言葉を発せれる事が特別に感じた。
とは言え、1ヶ月後くらいにはこの関係も終わってしまう。
この先どうなるか分からないが、きっといい旅になる事を願ってシズハは床についた。
しおりを挟む

処理中です...