DIVA LORE-伝承の歌姫-

Corvus corax

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63.楓の気持ち

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お風呂に入りさっぱりしてコテージに楓が戻ると、男性陣以外はまだお風呂から帰ってきていないようだ。
ソファに座る顔が火照っている白羽の隣にいた楓真が、クスクスと笑っている。

「なんかあったの…?」

そう聞く楓に楓真は青春だと答えた。
お風呂でのぼせたのかくらいに思う楓。
本当はもっと大変な事が起きていたのだが、その時の楓は知る由もなかった。
その後暫くして、空や凄く気まずそうな姫歌がノアと一緒に帰ってくる。
白羽と顔を合わせるなり、2人とも顔が真っ赤で、そのままなんとかご飯を食べているような状態だった。
初々しいというか、早くくっつけばいいのにと思う。
楓にとって2人が羨ましくも見えた。
でも今日、変な修道服の男性に絡まれ、もしかしたらあのまま何か失っていたかもしれないと思うと心が痛い。
楓真が来てくれて、助けてくれたから何とかなった。
それと同時に、自分の大切な物を奪われそうになって初めて、楓真以外の誰かにあげるなんて絶対に嫌だとも思うようになった。
この気持ちはきっと、自分が今まで気づきそうで気づかなかったもの。
楓真の事を好きだという感情だった。
今更この感情の事を伝えたらどんな反応をするのだろう。
でも、今日助けてもらった事もあり、ちゃんとお礼が出来るといいなと思う楓。
今ご飯を食べ終わった後、みんな部屋に戻っている。
わざわざ呼び出すのも悪いかなと、少し辺りを散歩し始めた。
月明かりに照らされた池が見える場所へ差し掛かる。
夜の静寂の中で虫の鳴き声がよく聞こえる。
池がよく見えるベンチを見つけ座った。
暫くそこで景色を眺めていると、遠くから足音が聞こえる。
その足音は徐々に自分の方へ近づいてきている。
月明かりに照らされて、夜だけれど明るい景色の中から現れたのは、見慣れた人。

「楓真…」

姿を確認した楓がベンチから立つ。
近くに立った楓真は何も言わずに楓を抱きしめた。

「…!…ふう…ま?」
「探した」
「えっ…」
「今日あんなことがあったんだから、少しは私に護衛くらいさせて欲しい」
「心配…してくれたの?」
「じゃなかったらここまで探しに来ないよ」

嬉しかった。
自分の事を心配して探しにきてくれたなんて。
でもいつもの楓真なら抱きしめるなんて事はしない。
それだけ今日の出来事は楓真にとっても大きい事だったのだろうか。

「楓真…ごめんね、心配かけて」

夜の風に当たって少し冷えたのだろうか、楓真の体温が暖かく感じた。
ゆっくり楓真が楓を離す。
すると持ってきていた小さな紙袋を楓に見せ渡した。

「これ…何?」
「開けてみて」

そう言われ、楓真が小さなライトで照らしてくれる中、紙袋から箱を取り出し、着いていた飾りのリボンと包装紙を取る。
中から出てきた箱を開けるとそこにあったのは…

「楓真…これ…」
「ずっと…あの店で見てたから、欲しいのだと思って、こっそり買ってきたんだ」

商店街のショーウィンドウに飾られていた、楓真と同じ瞳の色の、オルゴール付きの宝石箱。
白羽と楓真がトイレに行くから先にバスに戻っていて欲しいと言ったあの時に、実はこっそりと楓のために買っていてくれたらしい。

「うそ…だって…この宝石箱結構高くて…」
「でも、欲しかったんでしょ?」
「そう…だけど…私のために…」

自分のために楓真が買ってくれた宝石箱。
心が暖かくて切ない。
もう楓も、その宝石箱を見て迷うことはやめた。

「これね…楓真と同じ瞳の色だったから…、だからずっと見てて…だから欲しくて…」
「楓…」
「今更…こんな事言うのは…恥ずかしいけど…、私…楓真が…好き…。ありがとう、この宝石箱…大事にするね」

実は自分から付き合って欲しいと言うつもりだった楓真が、豆鉄砲をくらった鳩のようにキョトンとしながら顔を赤らめている。

「…まいったな…、私から気持ちを伝えようとしていたのに、先を越されてしまった…」

少し手を額にあてて、ふぅ…とため息をついた。
気持ちを切り替えて楓を見つめ直す。

「…楓真…」
「私も楓が好きだよ。ずっと前から…」
「ずっと…?」
「私が弓道の大会で全然成績が出なかった時、楓がつけてくれた前髪の髪留め。少し不器用な縛り方だったけれど、これがあったから私は集中できるようになった。楓が傍にいてくれる気がしていたから」

まだ思春期で背も伸びきっていなかった14歳頃、感情の起伏も激しく、上手く行かない事ばかりで悩んでいた楓真を、いつも楓は傍で見ていた。
気持ちのコントロールが難しく、試合にも集中出来ずミスが続き凹むこともあった。
そんな時に支えてくれたのが楓で、お守りとして髪留めをつけてくれたのだ。
不思議とそれをつけて望んだ試合にて、今までの記録を更新するほどの成績になる。
髪留めの効果だったと楓真は今までも大事にしているのだ。

「もしかして…その時から…ずっと?」
「そう…だね。それまでも大切な人だったけれど、その日…私は初めて楓が好きだと気づいたんだ」

少し申し訳ない気がしてきた。
自分が好きだと確信を持ったのは今日だ…。
もっと早く気持ちに正直になっていればよかった。

「私…今日、変な修道服の人に襲われて…、初めて…楓真じゃないと…嫌だって思った。大事なもの取られそうになってから気付くなんて…遅いかも知れないけど…」
「そんな事ないさ、私はどちらにしろ…ずっと楓と一緒にいるつもりだったし、今回楓が言わなかったとしても、私は伝えるつもりがあったからね」
「…ということは…私は今日から…正式に彼女…」
「うん、そうだよ」
「…なんか…あんまりかわらないというか…いつも通りのような…」
「そう思う?」
「だっていつも通りに楓真は隣にいるし…気持ちの変化というかは少しあったけど…、そのくら…い…んんっ?!」

それは違うよと言うように、楓真が楓の唇を塞ぐ。
初めての感触、触れてから伝わる柔らかさ、温かさ、そして…今まで隣にいただけの、幼馴染から恋人へ変わった瞬間。

「これでも…同じ?」

顔が熱い。
困ったような顔をする楓…、その表情は楓真もあまり見ない顔で、変化があった事が伺える。

「同じじゃ…ない」

楓真はそのまま楓を抱きしめた。
隣にいるだけと、身体が触れ合う事は全く違う。
ふざけてつつきあったりする事はあれど、この触れ方は、相手を大事にしたい、大好きだよと伝えるためのスキンシップ。
誰でもいい訳では無い、特別な人だからこそ出来ること。
楓真の腕の中がこんなに幸せに思える場所なんて、今まで知らなかったなと楓は思いながら、2人は暫くの間に抱き合って過ごした。

「そろそろ帰ろう…、みんなの所に」

そう言いながら楓真は立ち上がり楓に手を差し伸べる。

「うん」

楓も迷うことなくその手を取る。
ぎゅっとお互いに握って…恋人繋ぎをして。
今度は同じ隣でも、全然違う…特別な人。

「ねぇ楓真…」
「…ん?」
「……大好き」

勢いに任せてそのまま腕に抱きついて、少し歩きにくいのに嬉しくて。
クスクスと笑い合いながら、2人はみんなが待つコテージへ帰って行った。
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