DIVA LORE-伝承の歌姫-

Corvus corax

文字の大きさ
上 下
47 / 143

46. 欲しいもの

しおりを挟む
校庭の四方八方からカニが湧き出す。
それはまるで本体が自分の居場所を悟られないようにしている行動に見えた。
カニ達が全部本物で巨大化するとしても、それを生み出している本体はもっと魔力が強いはずだ。
生き物であればすべてにおいて、魔力は存在する。
それを開花できるかどうかは個々の能力と、きっかけ、個人差がある。
例えばそれが植物であったとしても、長年生きているのであれば力を持ち、周りの植物たちに影響を与えたり、1年中花が咲き誇ることもあるのだ。
そんな大きな魔力を持った植物存在が近くにいれば、自分の魔力の存在も隠すことができる。
姫歌はきっと本体がそうなのだろうと考え、学園内にいるだろう存在を探していた。
個々の魔力を読みとることは、誰にでもできることではない。
訓練しても習得は相当な時間を要する。
Sクラスで戦闘慣れをしている徹ですら、ある程度しかわからない。
それだけ読み取ることは難しく、繊細で、素質と技術が必要なのだ。
姫歌がそれができるのは、山奥で師匠だった祖母に戦いも読み取りも訓練されたからだ。
祖母も読み取りができたため、姫歌はそれを受け継いだ形になる。

『本体…どこだろう…』

学園内、しかも校庭が見える範囲に集中し本体を探す姫歌。
桜の木、梅の木、楠木…。
学園の歴史も長く、その敷地内にある木々たちもさそこそこな魔力を秘めている。
と、校庭の隅に1本だけ柵に囲われて大事にされているイチョウの木をみつける。
樹齢はとても古く、500年は経過しているようだ。
魔物が現れるずっと前から、このイチョウの木は見守ってくれている。
魔力も大きい。
ふと、イチョウの木の魔力に重なるように、流れの違う魔力を感じた。
太い枝の上から、校庭を見下ろすように居座っているのは、まさしくカニの形をしている。

「いた…あそこだ…」

——————————————————

「……ぐうっ!」

重い拳、下がらないスピード、失われていく自分の体力。
はぁはぁと息を切らしながら、苦しそうにする徹にレオが笑う。

「たいしたことねぇなぁ、この学園も。俺たちに対抗しようと思ってココがあんだろ?それなのに強いのはお前だけか?」

わかって言っている。
徹以外に自分の相手ができる人間がいないのだと…。

「まぁ…今は…いないだろうが…、俺だって簡単にお前にやられるつもりはねーよ」

ふっ…と笑いながら返す徹に、また容赦なく繰り出される攻撃。
それでも頑張ってついていく徹と、目を光らせながら打撃攻撃を繰り出すレオ。
ぶつかり合う2人が、小休止で距離を取る。

「お前…名前は何という」
「んなもん聞いてどうするんだよ…」

息の荒い徹にレオが問う。

「お前はもうすぐ消えるのだから、せめて俺の頭で覚えてやろうと思ったのさ」
「はぁ?」
「何…そろそろお疲れの頃合だよなぁ?俺なりに早く終わらせてやろうって優しさよ。くぅー!俺って良い奴ー!」

そう言うとレオが力を入れ、内側から魔力を解放する。
身体は膨らみ、目は赤く光り、毛は逆立つ。
一回り大きくなったレオは、フウゥーと息を吐きながら徹を睨みつけた。
と、次の瞬間……

「ぐあっ…!」

一瞬だった、自分の前にレオが移動した事すら分からなかった。
懐に入られレオからの強烈な打撃をくらい、徹が吹っ飛ばされ、校舎に激突した。
勢いよく叩きつけられた身体で、校舎の壁がひび割れる。
その衝撃で徹は肩と頭を負傷した。
もし変身していなければ即死していただろう。

「徹先輩!」

アリーナを抜け出して物陰から様子を伺っていた空が、吹っ飛ばされた徹を見て叫ぶ。
心配でいてもたってもいられず、徹のそばに駆け寄る空。
変身していて軽減されているとは言え、その衝撃はかなりのものだったらしく、徹は頭から出血していた。

「…空…どうして…ここに…」
「ごめんなさい…でも、じっとしていられなくて…」
「ここは…危ない。早く避難しないと…」

そう話しているうちに徹が危険を察知し、素早くテレポートする。
そのテレポートの直後、繰り出されたレオからのパンチは、勢いよく壁にぶつかり、更に校舎のひび割れを広げた。

「ちっ…逃げやがって」

レオが悔しそうに唾を地面に吐き捨てている。
徹がテレポートした先は屋上だった。
姫歌が屋上のメンバーを守るために張ったバリア、その中へ空を避難させようと考えたのだ。
ゴホゴホと咳き込んだ徹がその場に現れるとすぐ、救護班が徹に回復魔法をかけるが、まだ未熟な故回復は遅く、回復量もそこまで多くないようだ。
今にも泣き出しそうな顔で、空が徹を見ている。
目の前で好きな人が血を流し戦っている現状を見るのは空にとっては初めてで、何も出来ないでそこにいる自分が悔しくて仕方ない。

「ここに居れば大丈夫、ここから動かないで」

そう徹が空に告げる。

「まだ…戦うの?そんな状態…なのに…」

本当なら行かないでと言いたい。
もう苦しそうに血を流している徹を見たくなかった。
空は涙を流しながら徹の手を握りしめて伝えた。
でも心の中では空も、きっと今戦えるのは徹にしか出来ないのだろうと分かっている。

「他にSクラスの奴いないしね、俺がやるしかない。先生も皆も戦ってる。戦えない人達を守るのが俺の仕事だ。それに…」

徹が空を見つめて微笑みながら言う。

「最近守りたい人が増えた」

それは他の誰でもない、徹から空に向けての言葉だった。
目を見開いて驚いたような表情をする空。

「徹…せん…ぱ…」
「大丈夫、簡単にやられたりしないし、ちゃんと帰ってくる。応援、してくれる?」
「うん…」
「じゃ…応援ついでに、1つほしいものがあるんだけど」
「…何?」

直後、自分の身に起きた事を空は直ぐに理解する事ができなかった。
視界に入りきらない程近い、目の前にある徹の顔。
自分の唇に伝わる徹の柔らかな唇の感触と体温。
一瞬の事だった。
徹が離れて少年のように、にひっと笑いながら屋上から飛び降り去っていく。
その頃に、空はようやく理解する。

「うそ…、キス……」

顔を真っ赤にしながら、自分の顔を手で覆い隠し固まる。

『…こんな…時に、……ばか』

タイミングが些かびっくりしたものの、徹が欲しいと願ったものが自分であったことに、嬉しさと恥ずかしさが込み上げた。
そして固まっていたのは空だけでなく、回りにいた学生達も同じだった。
きっと学園で噂になるのだろう、姫歌と同じように。
でも今はそれを心配している場合ではない。
徹はまた戦うために飛び降りて行った。
空は顔に当てていた手を開き、真剣な顔をして立ち上がる。

『徹先輩はみんなの為に頑張ろうとしてくれてる。それなら私も…自分に出来ることがしたい。サポートしたい…、応援の声を…届けたい!!』

空の気持ちに反応して、身につけていたマイストーンが光る。

「この感覚は…」

内側から力が溢れてくる、頭が冴え渡り、自分の身体が覚醒しようとしているのがわかった。

【地球を守護せし宝珠よ、我と共に轟け、Loudspeaker!】

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

処理中です...