DIVA LORE-伝承の歌姫-

Corvus corax

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40.兄

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7月になった。
気温が上がり、暑いと感じる日も増え、学生たちも半袖が多い。
ただ学園内はエアコンが効いているので快適である。
姫歌達も新しいクラスに入り、少し馴染んだようだ。
学園内で今のところ姫歌を対象にしたいじめはあれから控えめになった。
今でもコソコソしている話し声は聞こえてはくるが、それ以上何かをしようとはしてこない。
減点になるからだ。
ミルカは相変わらず白羽に付きまとっている。
あのペンダントのことは姫歌に一言ビックリしたねなんて話をして終わりで、その後何もない。
どちらかと言うと白羽と一緒にいながら姫歌の様子を見ているに近い。
特に何もしてこないなら、姫歌も普通に過ごすだけなので、毎日やらなければならない事をやった。
あと20日もすれば夏休みだ。
平日最後の金曜日、Limeで白羽から皆に声がかかる。
「予定が合えば家に来て欲しい。11時くらいに。夏休みの計画を立てたい」
とのこと。
家に帰りながら姫歌が白羽に何か案があるのかと聞くと…

「兄貴が週末帰ってくる。夏休みだし、どこかに行くなら泊まれる場所の提供をお願いしようと思って。人数も確認しておきたいし、皆の意見が聞きたい」
「お兄さん、帰ってくるんだ!初めてお会いするんだよね…。ちょっと緊張する…。どんな方なの?」
「どんな………、まぁ…明るい人。営業やってるだけあって、人付き合いは上手だと思う」
「そっか、楽しみだな」

姫歌の頭でいろいろなことを妄想する。
『お兄さんも髪長めなのかな?髪の色白なのかな?身長は白羽くんとどっちが大きいんだろう?やっぱりお兄さんだし綺麗なのかな?顔とか似てるのかな』
と、考えながらいつの間にかじっと白羽を見つめていたらしい。

「桜川…、あんまり……じっと見られると…」
「えっ…?!あっ、ごめんねっ!?その、お兄さんと白羽くん似てるのかなとか、いろいろ考えてたら…」

照れながら姫歌が顔を逸らす。

「似て…はいるだろう。そりゃ兄弟だし…。まぁ、その答えは明日出るから」
「うん、そうだね」

その日姫歌は自分のベッドで、自分の存在を白羽の家族がどう紹介してくれるのだろうかと思いながら横になっていた。
『もしかしたらお兄さんに私の事話してたりして…?小さいころも知ってたり…?』
一番どっきりするのは、やはり白羽の祖母。
からかってくるので、恥ずかしいことを言われないだろうかと心配である。
でも今は姫歌自身も家族と言われるくらいよくしてもらっている。
少しからかわれても、ちょっと恥ずかしくても、家族ならなんとなくいいやという気持ちになる。
そんなことを思わせてくれる素敵な家族なのだから、きっと白羽のお兄さんも素敵な人なんだろうなと思いながら姫歌は眠りについた。

——————————————————

「ん…」

差し込む朝日で姫歌は目が覚める。
最近は目覚まし時計が鳴らなくて起きれるようになった。
規則正しい生活をしているおかげだろう。
いつものようにメイド服に着替え、支度をすませて本館に向かう。
もう起きて本館に向かう頃には、日が高くそれなりに気温も高い。
今日も暑くなりそうだなと思いながら、照り付ける日差しの中本館の玄関のドアを開けた。
キッチンへ向かおうと、正面にある休憩所のような場所を通り過ぎようとすると、見慣れない人が座って本を読んでおり目が合う。

「おぉ!」
「ひゃっ!?」

誰かがいると思っていなかった姫歌がびっくりした声をあげる。
白髪で紫色の目をした、白羽よりも長い髪を三つ編みにして垂らしているその人は、クスッと笑うと姫歌に話しかけてきた。

「おはよう、うちのメイドさん?」
「は、はい。おはようございます」
「へぇ、可愛い子雇ったもんだ。誰の紹介?」
「え…っと、白羽…様です…」
「ほぉほぉ、白羽様ねぇ。名前は?」
「桜川姫歌といいます。あのっ、白羽様のお兄様ですか?」
「ご名答~。俺の名前は朋羽・クレーエ。よろしくね姫歌さん」
「よろしくお願いします!まだここへきてからあまり時間がたっておりませんが、精一杯やらせていただきます!」
「うんうん、俺はあまり帰ってこれないけど、朴木と一緒に頑張って。あ、おはようご主人」
「誰が主人だ…」

朋羽と姫歌が話していた近くの階段から白羽が降りてくる。
姫歌も一度白羽に挨拶をして、そのまま朝の支度があるからとその場を後にした。

「いつも様つけて呼ばれてるの?」
「そんなわけないだろ。兄貴がいたからだろうな」

姫歌が去った後、兄弟二人の会話が始まる。

「あの子が昔日本に来た時に出会った子なんでしょ?」
「あぁ」
「ふぅん…。素直そうないい子じゃない」
「俺も俺でいろいろあるが、桜川も…相当苦労してると思う」
「ばぁちゃんがそんなこと言ってたな。まぁ、ここに住むことになった経緯もそんな感じだったし、うちにいることで姫歌ちゃんが少しでもくつろげるならそれでいいんじゃないか」
「兄貴がそう言ってくれると助かる」
「ま、俺ここの当主じゃないし、決定権はばぁちゃんにある以上特に文句はないよ。ばぁちゃんだって人は見てる」
「うちの家系男ばっかりだったし、母さんがドイツに行ってからは女性がいなかったから久しぶりに楽しそうだよ」
「そりゃ何より」

朝ごはんの支度を終わらせ、みんなで食べる。
久しぶりに会う兄に、白羽が少し嬉しそうにしていることが姫歌にとっては微笑ましかった。
朝ごはんを終えて落ち着くと自然とまた階段近くの休憩所へ集まる。
この場所はいわばこの家のリビング的な存在なのだ。
これから友達が来ることもあって、姫歌は一度自宅へ戻りメイド服から私服に着替えその休憩所へと戻った。

「今メイドじゃないんだから座ればいいのに」

そう白羽言われて、姫歌は自分が私服であることを思い出した。
本館にいるときはどうしてもメイド服の事が多く、なにかと直ぐ動けるように立っていることが多い。

「なんとなく落ち着かないな…。私服で本館あまりこないから」

そう言いながら白羽の近くに腰かける。
もうすぐ皆が来る時間だ。
近くにあったローテーブルから朋羽が紅茶を飲んでいる。

「たぶん姫歌ちゃんは知らないよね。今白羽は普通にしてるけど、日本に住むようになってから、学園生活に慣れるまで相当大変だったんだよー?」
「そう…なんですか?あ、でも白羽くんは女性にはほぼ触れられないっていうのは聞いてますけど…」
「そうだね、それだけでも大変な事だったんだけど、女性に触れられない理解を得る事も大変だったし、そもそも白羽自身が他人と距離を置きがちだったんだ」
「・・・」
「誰にでも毒舌吐いててね、近寄るなって雰囲気バリバリだったんだよ。今こそSクラス第1位なんて言われてファンとかいたりするけど、そこに至るまではなかなかに他の人に迷惑もかけた」
「そうなんですね…」
「その頃から見たら考えられないくらい、今白羽の顔が穏やかだよ。学校楽しいんだね」
「・・・」

少し恥ずかしそうに顔を背ける白羽。
その顔は少し赤く、困ったように眉間にシワを寄せている。
あまり見ない白羽の表情に姫歌は《可愛い》という感情を抱いた。
ふと、とある事に気付く。
白羽が女性に触れられなくなった事を、兄なら何か知っているのではないか。
何でもいい、白羽の為に何か出来ることをしたい。

「朋羽さん、お聞きしたい事があります」
「うん、なんだい?」
「白羽くんが女性に触れなくなったのはいつからですか?」
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