DIVA LORE-伝承の歌姫-

Corvus corax

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35.距離

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静寂だった救護室に空の裏返った声が響く。

「顔赤い…大丈夫?もしかして熱ある?」
「だ…だいじょう…ぶっ…!?」

もう次の瞬間には、空の額に徹の手が置かれ、手をはさんで徹の顔が近づく。

『まって…!まって!!…近すぎるっ!!』

急に縮まった距離に、なすすべもなく固まる空。
目を見開き顔を真っ赤にして、心臓の鼓動は聞こえるんじゃないかぐらいバクバク言っている。
徹が目を閉じて大きな手で自分の体温と空の体温を感じ、比べた。

「俺より…少し、高いかな…?ふむ…やっぱり帰ろう。俺送るよ」

そう言いながら徹は空から離れた。
突然の事で徹を見て固まったまま、言葉が出てこない空。
その様子を見て、少し徹も自分のしたことを照れ始める。

「あー…、えっと…ごめん。突然変なことして…」
「だい…じょうぶ…」

空がやっとの思いで声を出す。
少し徹も空もお互い顔をそらし、少し気まずい空間になってしまった。
その無言の時間がちょっとなのに、すごく長い時間に思える。

「姫歌…のこと、お願いします」
「あ…うん、大丈夫。白羽が話が終わって帰ってきたら、引き継ぐ予定だから。えっと…送るから、行こうか」
「は…はい」

その言葉に促され、二人で救護室を後にした。
廊下から玄関へ、そして外へ出る。
外へ出て時間を確認すると、もう門限ギリギリの時間になっていた。
このまま歩いていたら、門限を過ぎてしまう。

『仕方ない…、私がわがまま言って時間延ばしたんだから、減点くらい受けよう』

そう思っている空が少し速足に歩き出そうとすると、

「こらこら、まったまった」

徹がそう言いながら、空の手首を掴み停止させた。

【地球を守護せし宝珠よ、我と共に轟け、STAR!】

変身呪文を唱える徹。
ビジュアル系の黒い服に身を包んだ徹を、こんなに間近で見るのは空は初めてだった。

「かっこ…いい…」

入学式の時に見た姿とはまた違って、あの時より好きな気持ちがあるせいか、徹という存在が誰よりもかっこよく思えた。
と、それが思わず口から洩れてしまっていた事に気付くのに時間はかからなかった。

「うん…えっと、そう単刀直入に言われると俺もさすがに照れるわ…」
「…っ!?は…あ…私…ごめんなさ…何言って…」

顔を真っ赤にしている空が、慌てて顔をそらす。
だが門限まで時間がない。

「あー…ごめん、時間ないからちょっと失礼しますよっと…」
「えっ…、わっ!!?」

このままここにいるわけにもいかず、徹が空へ近づくとヒョイっとお姫様抱っこで抱き上げた。

「危ないから、首のところにでもつかまってて」

次の瞬間、徹が上空へと飛び上がり、空の驚いた声と一緒に、寮の方向へと空中を飛んでいく。
言われた通りに徹の首にしがみつく。
空中を飛ぶなんて言う初めての体験が少し怖くもあり、大好きな人の腕に抱かれている感触が非常に心臓にも悪い。
それでもこのひと時が、心がときめいて、愛おしくてたまらない。

『私…今…、すごく…先輩と近い…。すごく…幸せな気持ち…。このまま…時が止まってしまえばいいのに…』

そんな思いもつかの間、寮の出入り口の前あたりに徹が着地し、空をゆっくりとおろした。
今すぐに入れば、特に何も言われることなく、減点はないで済むだろう。

「ごめん、急に。でも時間なかったから…、これしか思いつかなくて」
「だ…大丈夫…です。ありがとうございます」
「うん、よかった」

早く寮の中に戻らないとという気持ちと、まだ徹の隣にいたいという気持ちが空の中で葛藤する。
俯く空に徹が声をかけた。

「空…?」

呼ばれた名前にはっとして見上げる。

「あ…えっと、嫌じゃなかったら…これから名前で呼んでもかまわない?」
「あ…はい!えっと…嫌…じゃ…ないです」
「俺の事も徹って、呼んでくれて構わないから」
「徹…先輩…?」
「うん、まぁ学校ではそれでいいや。ほら、時間時間。」
「あっ!ありがとうございます!私行きます…!」

『別に敬語じゃなくてもいいのになー…』

そう思いながら徹が、駆け足で入口へ走っていく空を見守る。
入り口の中に入る手前、空が一度止まり後ろを振り返った。
クエスチョンマークを付けて少し傾いた徹に、空が聞こえないくらいの小声で、また明日と言いながら手を挙げ左右に振った。
それに応えるように徹も手を振り、中に入って行った空を見送る。
前より少し縮まった距離に、二人とも心の中で温かさを感じながら、お互いの場所へと帰っていった。

——————————————————

空を送って戻ってきた徹が、救護室で白羽を待つ。
ほどなくして白羽がドアをノックして中へ入ってきた。

「すまん、大分待たせた」
「いいよ、結構長かったな」
「所長は理解と頭のキレのある人だからともかく、ほかの役員やら研究員を納得させるのに時間がかかった」
「おう、お疲れ」
「桜川の様子は…?」
「寝てる。しばらく起きないと思う。どうする?俺背負っておまえん家届けてもいいけど」
「まぁ、空飛べばすぐそこだからな。頼む」

徹が寝ている姫歌を背負う。
白羽が背負えるのであればそうするのだが、あいにく女性に触ることはできない。
こういう時に自分が女性を触れないという状態を、白羽は悔やんでいた。
毎回徹や楓真の世話にならなくてはいけないので、面倒をかけてしまうことが申し訳ないのだ。

「桜川さんも軽いなー」
「も…?」
「あぁ、さっき鴨頭草さんを送っていったときにちょっと時間なくてね。空飛んで送ってった」
「ふーん」
「白羽もいつか桜川さん抱っこできるようになるといいな?」
「…わからん。その日が来るかどうか…」

2人は救護室を後にし、空を飛んで白羽の家へ。
玄関で朴木と美津子が迎えてくれ、徹は姫歌を預けた。
何かあってもすぐ駆け付けれるようにと、朴木が客室へと姫歌を運ぶ。
白羽もその後に続き、少し休みながらずっと姫歌のそばに座っていた。

「魔物との戦闘もあったと聞きました。お疲れになったのでしょうね」
「あぁ…、たぶんまだ身体が慣れてないせいだと思う」

夜中に様子を見に来た朴木が白羽に声をかけた。

「白羽ぼっちゃまも最初は眠そうでしたね」
「そうだったな…。朴木、桜川の目が覚めたら何か食べれるように、用意しておいてもらえるか?」
「わかりました。白羽ぼっちゃまも、無理をせず私と交代で休まれてくださいね」
「ありがとう、朴木」

その日、姫歌はそのまま目を覚ますことはなく、白羽の家の客室で眠り続けた。

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