DIVA LORE-伝承の歌姫-

Corvus corax

文字の大きさ
上 下
24 / 143

23.新しい家

しおりを挟む
 目が覚めた時、感じたのは身体の重さだった。いつもよりもだるくて目を開けるのも億劫だった。目が腫れているのか瞼も重く感じる。

「ソフィ様、お目覚めになりましたか?」

 声をかけてきたのはティアだった。ぼ~っとしている頭にもう朝なのかとがっかりした。まだ身体が起きていないのかすっきりしないからもう少し寝ていたかった。

「おはよう、ティア。もう朝だよね」

 まだ早いと言ってくれないかと思いながら身体を起こそうとした。外は明るいし日も高くなっているからこれ以上寝ているわけにはいかない。今日だって会議だ何だと予定がびっしり詰まっているから。

「ご気分はいかがですか?
「う~ん、何だか身体も頭も思いかも……目も……」

 腫れぼったいしと言おうとして一気に気まずさが身体の底から湧き上がってきた。最後の記憶を思い出して、恥ずかしさに気が遠くなりそうだった。泣いているのを皇子にあやされたなんて……あり得なかった。しかも膝の上という羞恥プレイ……
 でもそれ以上に気まずかったのが、皇子が私を好きだと言っているのを知っているのに、他の男の人を想って泣いた自分だった。しかも皇子もそのことに気付いていたはず……あり得ない。失礼にもほどがあり過ぎる……どんな顔をして会えばいいのか……

「どうしよう、ティア……」
「どうなさいました、ソフィ様?」
「私、殿下に凄く失礼なことを……」

 いくら皇子がデリカシーに欠けるとは言ってもあれは失礼過ぎる。謝って済む話ならいいけれど、そういう問題じゃないし……頭を抱えたけれど打開策が思い付かない……

「ソフィ様、もう少しお休みになっては?」
「え? でも……」
「今日は一日お休みください。殿下からもそのように伺っていますわ」
「……殿下から?」

 休みってどうして? 別に熱もないし休む理由がない。即位まで三か月しかないから一日どころか半日だって無駄に出来ないのに。

「や、休んでいられないわ。もう時間がないのよ。今日だって大事な会議があるし……」
「大丈夫だって。それよりも休んでおけ」

 最後まで言い切る前に割り込んできたのは、皇子の声だった。何時の間に部屋に入ってきたのか。それに女性の寝室に勝手に入って来るなんて……

「な、な、なんで……」
「ああ、朝の会議が終わったから様子を見に来たんだ。気分はどうだ?」
「え、っと、悪くは……」
「ならよかった。食欲は? 今から昼食だが一緒に食べるか?」
「お昼……」 

 もうそんな時間だったのか。それじゃ、昨日の夕方からずっと寝ていたってこと?

「ソフィ様、どうなさいます? 食欲がないならスープだけでも……」
「そ、そうね。それでお願い。ティア、着替えたいわ」
「かしこまりました。殿下、外へ」
「ああ、わかった」」

 食欲がないのはこの状況のせいじゃないかと思ったけれど、皇子に早く外に出て欲しくてそう答えた。夜着姿で髪もぼさぼさなのだ、こんな姿を見られるのは勘弁してほしい……



 着替えて寝室を出るとテーブルには二人分の食事が並んでいた。当然のように皇子が膝を叩くので仕方なくそちらに向かい、膝ではなくその隣に腰を下ろした。

「何でそこに座る?」
「スープだとこぼしてしまいそうなので」
「気にするな」
「私が気に病みます」

 恥ずかしくて顔を合わせたくないのに、向こうからやって来て有無を言わさず勝手に部屋に入って来るから逃げようがない。呆れもあってかさっきの気まずさは幾らか薄まっていた。それでも顔を合わせるのが恥ずかしい。正面ではなく隣に座れたのはよかったかもしれない。申し訳ない気持ちはあるのに、自分の失態を思い出して返事が固くなってしまう。どう話しかけていいのかわからなくて、黙々とスープを口に運んだ。

「あの……午後からの会議には出ますから」
「出なくていい」

 一刀両断されて何だか突き放された気がした。そんなわけじゃないだろうに。

「でも……」
「今日は休め。その顔で人前に出たくないだろう?」

 それはこの腫れた目のことだろうか。確かにこれだと冷やしても間に合わない気がする。でも、仕事を放り出すわけにはいかない。

「それでも、もう三月しかありませんから」
「一日くらい休んでも困らないから心配いらない。それよりも休め」
「でも……」
「叔父上からも了解を得ているし、謝罪された。あんなことがあったのに無理をさせたと」
「え?」

 皇弟殿下から謝罪されるようなことなどあっただろうか。

「謝罪って、どうして……」
「襲撃事件の後、一日休んだだけだっただろう? 火急の案件があったとは言え一日だけの休みで公務に出すなど非常識だと周りから声が上がった」
「周りから……」

 それって誰のことなのだろう。ティアたちだろうか。

「でも、それを言ったら殿下も……」
「俺とじゃ体力が違うだろ。鍛え方も」

 そう言われてしまうと反論出来なかった。確かに皇子の言う通りから。

「明日からまた忙しくなるんだ。今日はゆっくりしていろ。後でティアに菓子を出して貰え」
「お菓子……」

 何だろう。お菓子で釣れるとか考えていないよね? そう思ったけれど口にはしなかった。皇子なりに考えてくれたのだろうからそれを茶化すのは失礼すぎる。

「……どうした?」

 黙り込んだ私に王子が眉を顰めた。紅玉のような瞳が真っ直ぐこちらに向いていた。ただこっちを見ているだけなのに何だかドキドキしてきて、頭がぼうっとしてくる。そのせいだろうか……

「殿下は……私の何が気に入ったんですか?」

 絶対に聞けそうにないことがさらっと口から出ていた。殿下の目が大きく見開かれて、そこでようやく我に返った。

「な、何でもないです! わ、忘れて下さいっ!」

 顔から火が噴出しそうとはこういうことなのか。それを感じながら寝室に逃げようと立ち上がったけれど、間一髪遅かった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

処理中です...