本の悪魔

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本の悪魔

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むかしあるところに本好きの男がおりました。

彼の趣味は本を読むこと。

たのしいとき、つらいとき、いつも本が彼の心を豊かにしてくれるのでした。


しかし彼は本ばかり読んで、学校の勉強についていけなくなっていきました。

彼は日夜憂悶し、学校へいくのがつらくなりました。

あるとき、深夜に目が覚めると彼の前に黒い影が現れます。

「うわぁぁ!」

彼は驚いて声をあげました。

しかし、その黒い影からはとても優しい雰囲気を感じます。

まるで何年も一緒に過ごしてきた友人や家族のような雰囲気を感じさせました。

黒い影は本の悪魔でした。

彼の心をたのしませ、辛い時には支え、価値観や行動の指針にまで影響を与えることもある存在。

ずっとそばにいたのですが、このとき彼は、はじめてその存在を実感したのでした。

悪魔がいいます。
「なにかつらいことがあるんじゃないか?僕は君を助けるためにここにきたんだ」

男は重病人が医者に縋るような面持ちで事情をはなしました。

悪魔は言います。

「いや、まだまだ。本をみてみろ。勉強ができなくたって後に大きなことを成し遂げた人はたくさんいるだろう?」

悪魔は男を励ますように語りかけました。

そうして男はまた本を読み耽けるようになっていったのでした。

彼はとうとう落第してしまい、学校にも通わなくなっていきました。

自分の人生に何が起こってるかすら理解できない男に、本の悪魔が現れ、彼を励まします。

「過去に偉大なことを成し遂げた人物には、若い頃は学校から落第した者も多い。これはきっと君の人生を波瀾万丈にする良い刺激になるよ」

男は学校を辞めました。

しかし、彼の心には希望があふれておりました。

本の悪魔の励ましがあったからです。

これからなにがあっても本の悪魔さえいれば、自分と境遇の似た人や心に響く物語を紹介してもらえて、支えてくれると信じていたからでした。


「よし、これからなにをしてやろう!大きな事、人にはできないことをしてやるぞ!」

男は、さっそく本の登場人物のように他とは異なる境遇に身を置き、他とは異なることに挑戦しようとするのでした。

「よし。過去の偉大な人物というのは往々にして見聞を広めたものだ。俺も世界中をみてまわろう」

男はそう思いたつと、外の世界への案内所に向かったのでした。

案内所の係員がいいました。

「見聞を広めるのも大事だが、アンタはそれにふさわしい実力をもった証明書はもっているのかね?」

「いえ、もっていません」

「それでは、外の世界を案内することはできない」

しょぼくれていると、一人の親切そうな
男性が寄ってきます。

「うちの案内所なら外の世界を証明書なしに案内することができるが…どうかね?」

「はい!お願いします」

彼は嬉々として渡された書類にサインを書いて、多額のお金を支払いました。

しかし、いくらたっても相手から連絡がこない

男はだまされたのでした。

「実力なしに外の世界をみてまわるなんて、できっこなかった。俺は大変なことをしてしまった」

彼はお金もなくなり、ついには犯罪を犯してしまいました

世間の人々から逃げるように彼は部屋にとじこもり、助けを求めて本を読みます


「まだまだ!本をみよ!犯罪をおかして世間から笑われものになっても、偉大なことを成し遂げた人物はいるぞ!」

彼は本の悪魔のように自分を奮い立たせます。

「まだまだ…」
「まだ…まだ…」

彼の目には涙がつたいました

男は必死に自身と同じ境遇の人物や救ってくれる物語を本の中で探します

「これは違う…」
「これも…違う…」

いつしか本の登場人物たちですら、自分と遠い存在に感じてきたのです。

本の悪魔が現れました。

「おい!助けてくれよ!いつもみたいに、たすけて…たのむ…」

悪魔はにやにやと不気味な笑みを浮かべるだけで何も言いません。

彼は唯一の支えであった本を読む気力さえなくなってしまい、逃げることすらできなくなってしまいました。

周りの人達は着々と歩んでいました。

たった一人、彼を置いて。

男は言いました。

「俺は生きていない」
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