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第一章

17コモンの来襲 前編

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 今日はレイジェス様は執務室に篭って社交界の招待状の選別をしている。
私が社交界に行ってみたいと言ったから、晩餐会の中で私が行っても良さそうな所の招待状を選んでくれている。相当数の招待状が来ている様で目を通すだけで大変らしい。

 そうして放って置かれた私は暇なので前庭を散歩している。
まだ雪が残ってる前庭を白いウールのふわふわしたコートを着て散歩中だ。
このコートはレイジェス様が用意してくれた。

 ってか、よく考えたら私、ドレスやアクセサリーに部屋の家具一式とかお高いものを沢山買って貰っている。あんなに感動してくれるなら歌ぐらい一杯歌ってもいんじゃない? 減るもんじゃないし。

 あっ、そうだ! 曲作ろう! 歌詞付きで。
凄く喜んでくれそうな気がする!

 私は歌のフレーズを考えてみたりふんふふ~んとハミングしてみたりする。
なんだか気分が乗ってきて、くるくる廻りながら踊ったり歌ったり、セリフを言ったり一人ミュージカル状態になってる。

「アリアちゃん!」
「ぎゃっ!」

 目の前にコモン様がいた。

「あ、驚かせちゃった? ごめんごめん。今の何やってたの?」
「……一人ミュージカルです。ああ、恥ずかしい……どの辺から見てました?」
「最初から」
「声を掛けてくださいませ! お恥ずかしい所をお見せしましたわ」

 私は羞恥心で顔が熱くなった。

「いや、可愛かったよ。お芝居を見てるようだった」
「うぅ、ありがとう存じます」
「レイジェスは?」
「執務室で社交界の招待状の選別をしてらっしゃいます。使用人にお声掛けさせましょうか?」
「あ、すぐじゃなくていいよ、君とちょっと話をしたいから」
「レイジェスがいるとずっと君を独り占めしてるから、話もできないからね」

 コモン様が笑い、近くにあったベンチを勧める。

「わたくしみたいな子供とコモン様がお話する内容なんてあるのでしょうか?」

 コモン様が顎に手をやり、う~んと考える。

「初めて会った時はごめん、君とレイジェスのことからかって。本当に反省してるから許してくれ」

 と大真面目な顔でじっと見つめられた。

 リリーが気になるだけあって、見た目は美形なんだよね。
明るい金髪で肩より少し長い髪を銀色の細工のヘアカフスで一纏めにしている。
色白で瞳は薄い碧っぽい。さっぱりした顔だちで女の人に持てるだろうなって思う。ちなみに私のタイプじゃない。だってチャライし。

「許します……」
「ああ……良かった……」

コモン様はほっとした顔をした。

「あの、わたくしちょっと質問がございます」
「ん、なに?」
「エメラダ様が傷物になったと先日おっしゃってたじゃないですか? でも、レイジェス様は1回しか会ってなくてえっと、その……」
「ん?」

 恥ずかしい~!なんて言えばいいんだ。
子供がこんな質問していいの?

「……その、子供がこのような質問をして良いのか、わかりかねますが、お体の関係があったように思えないのですが……愛情もなさそうでしたし。それで傷つくって、二人の間にはやはり何かあったのかな……? と、もやもやしてしまって」
「ああ! そういうことか。二人は何も無いよ、それは保障する。傷が付くってのは貴族の経歴に傷が付くっていう意味。婚約も婚約破棄も、貴族の経歴に残るからね。体云々の話じゃないんだよ」
「そ、そうなんですか、良かった……」
「君はレイジェスが好きなの?」

 度直球で聞かれて戸惑う。好きかも? とは思うけど、好き! とはっきり言えるほど自信のある気持ちじゃない。
「大人の君になんて興味ないよ」って言われるのが凄く怖いから。
否定されても好きでいられる自信がないのは、好きじゃないってことなんじゃないかな? とか色々考える。

「たぶん……好き? なのかしら? わたくし、まだ子供なので大人の難しいことはよくわからないのです。ただ、レイジェス様といるとほっとするというか、暖かい気持ちになります。これは好きということですか?」
「正直、俺にも人を好きになるなんて気持ち、わからないんだよね。いや、わからなかったって言うべきか」

 コモン様が言葉を切って私を見つめる。
寒いのか鼻の頭が少し赤い。

「君と会ってさ、凄く心が和むんだ。そんなに話してないのにね? 不思議だ。俺も暖かい気持ちになるんだよ。君の傍にいるだけで」
「コモン様は多くの女性達と、その、……恋愛してたとレイジェス様から伺いましたけど? 今までの恋愛ではそういう気持ちにならなかったのですか?」

 コモン様は腕を組んで何やら考えている。

「俺がしていた恋愛はどちらかというとゲームみたいな物だったから。言うと軽蔑されちゃいそうだけど」
「ゲーム?」
「例えば狙った人妻を落とすとか、友人の恋人を奪うとか。ターゲットにした女性を落とすまで口説くとかね。他にも色々やったな。女を落とした時は達成感があるけど、ただそれだけで……今みたいに胸が温かくなるような感覚は無かった」

 それを聞いて私の眉間に皺が寄る。

「最低ですわね」
「ほんと、そうだよね……」
「でも、気付いたのなら今度は間違えなければ良いと思います」

 コモン様が私の方を振り向いた。

「君はエメラダの話を聞いて処女性についての見解で傷ついたか聞いたんだろ?」
「え、そうですけど……?」
「貴族の女はさ、経歴はごまかせないけど、体はいくらでも誤魔化せる」
「ん? それはどういう意味でしょうか?」
「子供に直接的な話していいのか? レイジェスに怒られそうだ。ヤツに言わないでくれよ?」
「内容によっては」

 コモン様は本当に話しても良いのか悩んでいた様子を私に見せていたけど、結局教えてくれた。

「貴族の女は一度寝て処女じゃなくなっても、何度でも処女って言うのさ。経歴は書類に残って管理されるけど、体は経歴に残るわけじゃないからね。だから処女だと嘘をついて何人もの男と寝てる女は、自然と友人から耳に入ってくる。皆、穴兄弟さ? 笑えるだろう? エメラダも婚約者のレイジェスがいても遊びまくってたし、俺も誘われた。もちろん俺は断った。レイジェスの事は大切な友人と思っているからね。ただ……、そんな女が凄く多いんだ……貴族の女ってのは」

 コモン様はどこか諦めた様な表情で言った。
吐息の曇りで掻き消えたその表情は一瞬だった。

「処女性なんてあったもんじゃない。だから君がエメラダの処女性について傷ついたんじゃないか? って聞いてきたとき、最初意味がわからなかったよ」

 私は驚いて目をぱちぱちさせた。

「わたくしは唯一人の人を永遠に愛するのが普通だと思ってました」

 コモン様が愕然として私を見ている。
そして微笑んだ。

「君は高潔で美しい」

 私はその言葉の意味が分からなくて首をかしげた。
「何をしている!」と遠くから声が聞こえた。
レイジェス様がベンチに駆け寄ってきた。

「よぅ! レイジェス、遊びに来たぜ。泊めてくれよ!」
「君に貸す部屋はない。それより、何を話してた?」

 と私に聞いてくる。なんか責められているみたいな感じ。

「しいて言うなら……人としてのあり方について? お話していました」
「まぁ、君の言うとおり、人として根本的な所だよね。そういう風に考えられるなんて、君本当に8歳なの?」

 ギクっとする。本当は……と声に出そうとしてもでなかった。
やっぱり言の葉制限で成人してることは言えないっぽい。

「見た目のままの子供です」

 レイジェス様が私を抱き上げ頬を触る。

「ほら、こんなに冷たいではないか。コモンも来るならさっさと入れ。話なら中でしろ。二人とも風邪を引く」

 私達はお屋敷に入った。
玄関に入るとリリーが私のコートを脱がして持って行った。皆で談話室に行く。


「で、君達が話していた内容を聞こうか?」

 とめちゃめちゃご機嫌ななめなレイジェス様。
私とコモン様はお互い目を合わす。
どうしたものかな? と思い私から話してみることにした。

「レイジェス様、この世界では一人の方をずっと愛するというのは非常識なのでしょうか?」

 え? とレイジェス様がぽかーんとした顔をした。

「お、俺は非常識なんて言ってないよ?」
「でも、びっくりしたような、呆れたような顔をされてましたよ? コモン様」
「どういう事だ? コモン」
「コモン様は悪くないです、わたくしが色々質問してショックを受けただけです」

レイジェス様の眉間に皺が寄る。

「端折って語られても何もわからぬ。最初から話せ」
「元々はわたくしがレイジェス様とエメラダ様にお体の関係があると思ったのが原因です」
「か、から? え? 何を言っている! あるわけないだろうが!!」

 コモン様があちゃーって顔してる。コモン様がこめかみを押さえながらレイジェス様の肩を叩く。

「違うんだ、アリアちゃんの常識の中ではあの話の仕方だと誤解されるんだ」
「は?」

 私はいつもの長椅子に座っているレイジェス様の膝に上った。レイジェス様の頬を両手で包みしっかりとその瞳を見つめる。

「わたくしがさっきコモン様としたお話しを、これからしてもコモン様を叱らないでくださいませ。約束してくださる?」
「……内容によるが約束しよう」

 私は深呼吸をした。

「わたくしは貴族に経歴の書類があると知らなかったのです。だからエメラダ様が婚約破棄されて傷ついたと聞いて、蜜花を喪失したのかと思ったのです。体の関係があって捨てたのならそれは酷いなと思って」
「ちょ、ちょっと待て待て、私はそんな男ではない!!」
「ええ、それはコモン様に伺いました。貴族の経歴に書類として傷がついただけだと」
「そうか……分かれば良い」

 レイジェス様は胸を撫で下ろした。

「けれど、コモン様が言うには体はいくらでも嘘をつけるとおっしゃって……それがショックだったのです」
「どういう意味だ? コモン」

 コモン様はばつが悪そうに、レイジェス様の耳元に小声で所謂貴族の女の事を言った。途端にレイジェス様の眉間に皺が寄る。

「わたくしは一人の方と決めたらその方を永遠に愛するものと思ってましたし、蜜花はその方に捧げるものだと思ってましたから。皆さんそうだとずっと思ってたのです。だから……そうじゃないと分かってショックで……この世界ではそれが普通なのですか? わたくしの考え方がおかしいのでしょうか?」

 私はしょんぼり顔になった。

「コモーン……子供に要らぬ事を!!」
「コモン様を叱らないと約束しましたでしょ?」

 とレイジェス様の頬をぺちぺちする。
レイジェス様は私を抱きしめてキスをした。
しゅわしゅわなキス。

「君が傷ついたということはよく分かった。まぁ、確かに貴族にそういう女は多い。だが、全てではない。君が良く話すリリーがそんな女に見えるか? サーシャやセレネはどうだ?」

 私は暫く考えてみた。

「そんなふしだらな女性には見えません。ただ、リリーはコモン様が良いという話を聞いていると殿方に騙されそうで心配してしまいます」
「え、なんで、そこで俺!?」
「私が思うに、自分がそうならなければいいだけだ。君がそんな女になると到底思えないが……自分自身が貞淑でいること。大事なのはそこであろう? 他の者まで貞淑にさせようなど、到底無理な話だ。君は君のありたいようにあれば良い」

 レイジェス様が言いたいのは結局自分は自分、他人は他人てことなのかな?
って思って聞いた。そうか……。まぁ、そうだよね。自分の蜜花は守れても、他の人の蜜花まで守れないの当たり前だ!

「レイジェス様! わたくし、納得いたしました! ありがとうございます!」

 私は嬉しくなってレイジェス様に抱きついた。
レイジェス様はぽんぽんと頭を叩いた。

「君達くっつき過ぎだよ! 目の毒だよ!」

 とコモン様が呆れている。ふふっと私が笑う。




 私達は昼食を食べていた。オーティスが声を掛けてくる。

「姫様、注文してたリバーシが届きましたのでお部屋に置いておきました」
「ありがとう存じます」
「ほぉ、あれができたのか?」
「まだ出来上がりではありません、色をぬらなければ」
「色塗りも頼めば良かったろうに」
「何故か自分でやらなくてはという変な使命感に燃えてしまったんです。謎ですわ」
 レイジェス様が私を見てクスリと笑う

「一人で64枚も塗るのか?」
「まさかっ! サーシャやリリーにも手伝っていただきます」
「あ、俺も手伝うよ? どうせ暇だし!」
「ありがとう存じます」

私はにこっと笑った。




 食事を終えて自分の部屋にリバーシを取りに行って、談話室に戻ってくる。
色付けを何でしようか考えていて暖炉に目が行く。お茶を入れてるオーティスにリリーとサーシャを呼んでもらう。

「二人には使ってない暖炉から煤を集めて欲しいのです。少しでいいですよ」

 といってレイジェス様に板の方に焼印みたいな魔法で8×8の線を作れないか聞いてみる。

「魔方陣で作ろう。」

 と言って紙に何か書き留めている。
二人が煤を持ってきてくれたので雑巾に煤をちょっとつけて伏せて置いた駒の表面をこする。すると少し黒っぽくなる。こんな感じでやってください。とお願いした。大変かな?と思ったけどあっといまに終わった。煤の色つき具合が良かったからだと思う。丁寧に拭いたから駒の煤部分に触っても黒くならない。

「出来た!!」
「レイジェス様は? 出来ました?」
「ほら」と渡された。焼印で模様みたいになってる!
「凄い! ありがとうございます!!」

 レイジェス様の頬にちゅっとした。
ぽんぽんと頭を触られる。
リリーとサーシャが後片付けをしてくれた。

「それで、これはどうやって遊ぶのだ?」
「まず、白2つと黒2つをここに置きます。で、先攻か後攻かを決めます。先攻の人が黒で、敵の駒を自分の駒で挟むと裏返しにして自分の色にします。これを交互に順番にやって最後のマスまでやったら数を数えて多い方が勝ちです」
「単純だね」
「そう思うでしょ? コモン様。わたくしとやってみます?」
「絶対俺が勝つ!」
「そうはさせませんわ!」
「私は取り合えず見ていよう」

 私が先攻で黒をコモン様が後攻で白をやった。最初コモン様ががっつりとってたけど結局最後に大逆転で私の勝ちだった。
レイジェス様は何やら分析しながら私達の勝負を見ていた。

「え~! 何これ!」
「ふむ、なるほどな」
「もっかい! もう一回やろうよ!」
「レイジェス様とおやりになったらいかがです?」
「レイジェスじゃ勝てる気がしないよ!?」
「わたくしも勝てる気がまったくしません」
「私は相手はどちらでもよいぞ?」

 レイジェス様がいい笑顔だ。

「では、わたくしが挑戦いたします!」

 先攻はレイジェス様だった。あ~もう後攻負けたぁ! と思ったらレイジェス様が途中でミスした! これチャンスじゃない?
と思って押せ押せで攻めたらまさかの勝利!!

「奇跡ですわ! わたくし勝ってしまいました!」

 レイジェス様は非常に落ち込んでいらっしゃるようだ。

「不本意だ……」とぶつぶつ言っている。
「アリアちゃんて賢いよね!」とコモン様。
「これは凄く賢いぞ? 私も驚いた」

 とレイジェス様が褒める。

「いえ……わたくしなどとても……」

 そう言うと、君はもっと自分を評価するべきだと叱られた。
そのあとレイジェス様とコモン様でリバーシをしたけどコモン様はなかなか勝てなかった。

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