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第一部
11 さようなら
しおりを挟む僕は息も絶え絶えのにっこを見ていて、お母さんの車に潰された小鳥の事を思い出した。あの後、死んだ小鳥の事が気になって、何ていう種類の鳥なのか調べた。
あの鳥の名前はハクセキレイと言った。
白と灰色と黒の混じった、街中でもよく見かける鳥だった。僕はそれまであの鳥の名前を知らなかった。
あの鳥は自然に死んでいない。お母さんの手で死んだ。
4匹の仔猫もお母さんの手で死んだ。
僕もにっこを殺す?
安楽死ってにっこは楽かも知れないけど、それは自然じゃない。
苦しいかも知れないけど、自然の死を選ぶ? 今際の際に苦しむ事を選ばせるのは残酷なのかな……。
「決めたか?」
僕は頷いた。
「安楽死はさせない。苦しくて辛くても自然を選ぶ。でも、僕も一緒にいる。にっこの最後の時まで……ずっと一緒にいる」
「分かった」
菱田さんはすぐににっこに熱を下げる注射を打った。そして点滴を首に刺した。
他にも薬の注射を一本打った。
「これで様子見だな」
にっこが乗っかってる診察ベッドの横に菱田さんは丸椅子を持って来てくれた。
自分も診察用の椅子を持って来て隣に座る。
にっこは安心して眠っているようだった。
「菱田さんありがとう」
「あ? ……ああ」
「ちょっとこっち向いて?」
「ん?」
僕は菱田さんの唇に自分の唇を押し当てた。
「これすると、お礼になるんでしょ? 僕からのお礼」
「……お前なぁ~……、伯父さんにはこんな事すんなよ?」
「伯父さんにはお礼をするようなこと、して貰って無いよ?」
「……そうか」
菱田さんは僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「そういえば、お前ここに来る事、母ちゃんに言ったのか?」
「ううん、お母さん、お姉ちゃんとケンカして部屋に閉じこもっちゃったから、僕何も言わないでここに来た」
「言わないとダメだろうが。電話してくるわ」
「お母さん寝てるかも知れない」
「寝てても出てくれるといいがな」
そう言うと菱田さんは受付の方の電話からお母さんに電話をしていた。
会話は遠くて聞こえないけど、話してる所を見るとお母さんは起きたっぽい。
「母ちゃんと連絡付いたぞ。にっこが今夜が山を迎えてるから泊まりになるって言っておいた」
「泊まってもいいの?」
「まぁ、厭じゃなければ? ただここに寝泊りだぞ? にっこを診ないとだからな」
「うん」
夕方の6時になってお腹が減った。お腹の音がぐ~っと鳴って菱田さんがちょっと待ってろとか言って、料理を作って持って来てくれた。
それを菱田さんの診察机で一緒に食べた。作ってくれたのは焼きそばだった。
ちゃんと野菜とお肉も入っていた。
「菱田さんて、料理上手だね」
「焼きそばなんて料理のうちに入らねぇって」
食事を食べ終えて菱田さんが食器を片付けてくれた。その後、にっこを聴診器で診ている。
「かなり心音弱ってるな……」
「……」
僕は丸椅子に座って、にっこが寝ている診察ベッドに頭を乗っけた。
診察ベッドは位置が高くて座ってる僕が頭を乗せるのに丁度いい高さだった。
菱田さんも診察ベッドに肘を付いて僕とにっこを見てる。
「ぶみゃぁあ~」
「にっこ!?」
にっこがいきなり大きな声で鳴いたから驚いた。
でも、大きな声で鳴いたのに急に静かになった。
「菱田さんにっこは!?」
「……もう意識が無い。まだ生きてはいるが……」
「にっこ……頑張れ! 帰っておいで! にっこ!」
「……」
菱田さんは聴診器でにっこの心臓の音を確かめた。
そして僕を見て首を振った。
「にっこは……死んだ。もう心臓も動いてない」
「嘘……まだ温かいよ? こんなにあったかいのに?」
「次第に冷たくなって硬くなる」
僕の目から涙がぽろぽろ零れた。
僕がお母さんにぶたれて酷い目にあうと、にっこはいつも『ぶみゃああ』ってだみ声で慰めてくれた。
眠る時もいつも傍にいてくれた。ぎゅっとするとあったかくて、外の匂いがした。
「にっこ……厭だよ。……僕をひとりにしないでよ……」
にっこの頭を撫でてもにっこは目を開かなかった。
僕の涙は止まらない。
「にっこは結構なじいさんだったんだ。歯や歯肉、毛並みを見るとな。長生きした方だよ。にっこの死を受け入れてやれ。お前がそんなに悲しんだら、にっこも心配で天国に行けないだろ?」
「僕が悲しむと天国に行けない?」
「ああ、お前の事が大好きだからな。にっこは。だから心配して、天国に行けなくなる。そんなの厭だろ? 笑って見送ってやるんだ」
「……笑えないよ」
「笑えなくても笑え。そしてさようならって、ちゃんと言うんだ」
「……」
僕はにっこの頭を撫でた。
「にっこ……さようなら」
うまく笑えたかは分からない。でも僕は笑うように努力した。
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