おっさん勇者は人生を心から楽しみたい 魔王退治したので残りの人生は旅と冒険と嫁探しの為に使わせてもらいます

nanomirian

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第1話 おっさん勇者、魔王退治した後、辺境へ逃走する

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 ダンジョンの最下層。地下40階。ここでは勇者と魔王の一騎打ちが繰り広げられようとしていた。

 周囲にはアークデーモンの丸焦げの遺体が8体ほど横たわっている。その内、3体ほどは体の半身が炭化しかけている。

 角の生えた男の掌から飛び出す閃光は放たれると同時に、30近くの光の弾となって彼を倒そうとする者に襲い掛かった。

 対する標的となった男は全身、白い鎧を装備しておりフルフェイスの兜を被っているせいか、顔は見えない。防御の姿勢をとることもせず、抜き身の剣をもったままだ。

 次の瞬間、男は閃光と爆発によって見えなくなった。

 爆発による衝撃波と轟音が地下40階層の魔王の玉座の間を満たしたが、それもすぐに消えた。

 何の反応も示さないまま、黙って立っている男の反応に違和感を感じたが、かなりの魔力を込めて放った攻撃魔法をまともに食らったのだから、無事でいられるわけがない。

 だが煙が晴れた後には、何の傷も受けていない男が平然と立っていた。

 「ば…馬鹿な。あれだけの攻撃魔法を受けても死なないどころか、傷一つないだと!? まさか絶対魔法防御壁を使えるのか!? ならばこれはどうだ!」

 とっさに腰から抜いた剣を同時に振りかぶり、剣風を巻き起こす魔王。

 それでも白い全身鎧の男にはただの強風でしかないようだった。一歩歩みを止めただけで何の痛痒も感じていないようだった。

 男に対する恐怖を無理矢理、理性で抑え込みながらさらに魔力を込めた剣風を何度も放つが、それでも結果は同じだった。 

 思わず狼狽する角の男に返答する代わりに彼は走り、一気に間合いを詰めてもっていた剣で突き刺した。

 (み…見えなかった。今度は短距離瞬間移動魔法か!?)

 この地方の全ての魔族の支配者である魔王の目にも男の動きを捉えることはできず、無様にも彼の胸に剣が刺さるのを許してしまった。

 魔王の胸元に刺さる閃光の剣はすぐに引き抜かれた。

 「グッ…ゴフォッ!」

 慌てて回復魔法をかけるが、予想していた通り治るスピードが遅い。あの光の剣のせいだろう。

 時間稼ぎの為に胸元に手を当てて回復魔法を使い続ける魔王デリミアスは、無表情に神剣を手にして佇んでいる人間の男を睨みつけたまま話し始めた。

 「ふ…ふふ、この魔王デリミアスをここまで追い詰めるとは。だが私は魔王! 例え殺してもいつか必ず蘇る存在だ。聖女も聖者も連れてきていないお前に私を封印できても、完全に滅ぼすことは…」

 「ではこれならどうかな?」

 初めて口を開いた全身、白づくめの甲冑を着た男が手を持ち上げた。

 それとほぼ同時に彼の背後に巨大な魔法陣が出現した。その魔法陣を構成する魔力の膨大なエネルギーは、魔術の門を叩く初心者でも感じることができるほどのレベルだった。

 魔法陣の上に現れた聖輝竜、うっすらと白く輝く光を全身から放出している姿は神々しく、吟遊詩人たちからホーリーシャイニングドラゴンと呼ばれている存在だった。

 「いかにお前でもこのドラゴンのブレスを浴びれば復活できないだろう。…というわけで頼むぞ、聖輝竜」

 デリミアスは咄嗟に全ての魔力を込めて、対魔法防御シールドを全身に展開するとそのまま逃げだした。

 もはや魔王としてのプライドもへったくれもなかった。あの白い鎧を着た男の言う通りだ。

 いくら魔王でも不老不死ではない。彼だけでなく八大魔王を浄化するのは聖者か聖女だが、完全に浄化するには相当な時間がかかる上に、複数の聖者か聖女が必要になる。そしてそれ以外に魔王を滅ぼせる例外。それがあの光を放つ竜だ。

 『おい。いくらなんでも突然召喚されて状況が理解できないのだが? 察する所…あの逃げている魔族を滅ぼせばいいのか?』

 「そのつもりだが…あの魔王もブレスに対する方法を使っているようだな。仕方ない。お前はそのまま目をつぶっていろ。俺があいつを倒すので死んだ後の浄化を頼む」

 と、言うなり聖輝竜の返事を待たずに、彼の背後にほぼ瞬時に回り込み尻尾を掴むと、そのまま持ち上げて魔王の方にぶん投げる。

 『ちょ、待て! まだ私はいいとは返事してな…』

 「ひ…嘘だ。こんな…」

 それが魔王の最後の言葉だった。見事なまでに聖輝竜の下敷きになってしまった。

 魔族はしぶといというのがこの世界での常識だ。これでもまだ生きているかもしれないと、少しずつ聖輝竜を持ち上げてみると、魔王は完全にぺしゃんこになって息絶えていた。

 「どうやら完全に死んでいるようだな。では聖輝竜。浄化を頼む。また復活してきて戦いを挑まれたらたまらないからな」
 
 『それは構わないが…。しかしこういう魔王退治というのはだな。普通は勇者が魔王と一騎打ちの末に倒すのがお約束ではないのか? なのに私を武器代わりにして圧殺しおって。この真実を知れば、世界中の吟遊詩人が泣き出すぞ?』

 「いいじゃないか。ちゃんと魔王は倒せたんだし。それよりも浄化だ。早くしてくれ」

 『全く…お前は相変わらず竜使いが荒いな。お前がドラゴン・ブレイカーでなければ即座に殺している所だぞ?』

 と、ブツブツと文句を一しきり言うと、聖輝竜はそのまま光炎のブレスを吐いて、魔王の遺体を浄化しておく。

 『これで数百年は大丈夫だろう。もっとも暗黒神達が新たな魔王を送り込んでくるだろうから八大魔王を完全に消し去ることは不可能。よってこういう魔王退治をしても、根本的な解決にはならんがな』

 ブレスを吐く口を閉じて、満足気に言う聖輝竜。

 よりによってドラゴンの体の下敷きなって死ぬという間抜けな死に方をした魔王には同情するが、すでに起きてしまったことにクヨクヨ悩むほど若くはない。

 「それでも数百年は魔族が少しでも大人しくなるならいいじゃないか。このまま何もしないでいると、魔族が活性化して、魔王同士の戦争になりかねないからな。俺達のした事は無意味じゃないさ」

 『まあ…寿命の短い人間ならそういう風に捉えるか。私にとっては今まで何度も繰り返してきたから虚しくなるのだがな。とにかくこれで今回の使命は達成した。私は早く帰って眠りたい。エイラス、お前も疲れているだろうから、拠点の小屋に戻って休むがいい。ではさらばだ』

 「あー。ちょっと待て。もしかしたらまた呼び出すかもしれないぞ? 実はこういう展開になりそうな感じが濃厚なんでな」

 と、素早く聖輝竜の背中に飛び乗ると、彼の耳元まで移動して何事かを囁きはじめる。

 『なるほど…。そういう事情なら仕方ないか。では私からも協力することにしようか。魔王退治をしたお前には好きなように生きてほしいからな。その程度の協力なら造作もない』

 「ではそういうことで。今夜はゆっくり休んでくれ。俺も帰ることにするよ」

 『つくづく人間という生物は見栄や体面というものにこだわる生物だな。もっとも全ての人間がそうではないところがまだ救いがあるというべきか。貴族や王族とやらは拘り過ぎるがドラゴンが干渉するのは良くないので、あまり我等ドラゴンには期待するでないぞ?』

 そう言うと、聖輝竜は魔法陣の上にゆっくりと移動していき、そのまま故郷の竜の山脈へと戻っていった。

 「御苦労さん。さて…俺も帰って寝るか。…あれ? 魔王ってデリミアスという名前だったかな? 依頼書には…やっぱり違う名前だな。顔も違うし…。まあ魔王退治したんだからいいか」

 彼は知らない。大陸最東端にあるダンジョンの最下層に存在する魔王ヨシュトリーカを退治するはずだったのに、何をどうやったのか大陸最西端にあるダンジョンの最下層にいる魔王デリミアスを間違って退治してしまったことに気づくのはかなり時間が経ってからだった。

 
 勇者は国から逃げて嫁探しの旅に出る

 次の日、故国のレイシュタイン王国に戻ったドラゴン・ブレイカーことエイラスを待っていたのは、王宮への招待だった。

 彼が拠点にしている街外れの小さな家に、王宮からの使者が豪華な馬車に乗って出迎えに来たので、素直に乗って王宮へ行き、そこで王様とご家族の全員と上級貴族の面々から熱烈な歓迎を受けてしまった。

 誰がどうやったのかは知らないが、エイラスが魔王退治をした事は誰かが監視していたらしく、たった一夜で世界中に知れ渡っているということを知って、エイラスはその風の精霊術師を殴ってやりたくなる衝動をこらえるのに必死だった。

 「魔王退治、おめでとうございます!」

 「エイラス様! ドラゴンを懲らしめるだけじゃなくて魔王退治も成し遂げるなんてすごいですわ!」

 と、まあこんな感じで王侯貴族からワラワラと周囲を囲まれて賞賛の嵐。

 だが当のエイラスは少しも嬉しくなかった。どうせ今までのドラゴン・ブレイカーのように自分の家やその勢力に取り込もうとするための見え透いた芝居にしか見えなかった。

 もちろんエイラスは国王アーランと一緒にバルコニーに出て、手を振って国民に挨拶することも忘れなかった。

 そして昼近くになっていい加減彼にアプローチしてくる貴族の娘達を営業スマイルであしらって、彼の周囲の人が少なくなってきた頃に、アーランの前に跪いた。

 「陛下。勇者の暗殺についてお伺いしたい事がございます。今回の魔族討伐の任に当たっていた勇者ガリアスについてその仲間達とガリアスの家族についてどのような処置をとられるおつもりでしょうか?」

 「む…。その事か。実はな…。あまりにも突然の出来事だったので、まだガリアスの仲間達についての処遇は決まっておらん。家族についてはもちろん責めるつもりはないが…。居心地が悪くなって王都には住んでいることはできなくなるのは間違いないだろうな。

 余はガリアスの家族についてはもちろん罰を与えるつもりはないが、ガリアスに近い仲間達には半年ほど謹慎処分を下すつもりだ」

 「陛下。相手は狡猾な魔族です。ガリアスも始終、仲間が付き纏っていては落ち着くこともできなかったでしょうから、あまり彼等を責めないでもらいたいのです。現に魔王は私がガリアスに代わって退治したのですから。

 私はガリアスを守り切れなかった仲間達や、彼を失った家族の苦しみがよくわかります。世間は彼等に対して冷たく接するでしょう。それこそ真冬の風のように。

 ですからもしも私に魔王討伐の報酬を与えてくれるのでしたら、どうかガリアスの仲間達と遺族に恩情を与えてあげてください。聞けばガリアスには幼い弟妹がいるとのこと。ならば彼等が成長した時に、彼等にふさわしい仕事につくことができるようにしてもらえないでしょうか」

 すると周囲にいる重臣や貴族、貴婦人達からざわめきが起き始めた。

 「何と謙虚な…」

 「すばらしいですわ。本来なら問題のあるドラゴンだけを狩り、ドラゴンの調査をするだけでよかったのに、魔族とも戦わないといけなくて大変ですのに。それなのに勇者の仲間達とご家族を労わるなんて…」

 と、貴婦人や貴族達から賛嘆の呟きが聞こえてくる。

 「魔王退治をしておきながら自身は何も望まず、今は亡き勇者の仲間と家族を案ずるか。ドラゴン・ブレイカーエイラスよ。そなたこそ真の勇者である。…よろしい。ならばガリウスの仲間達には今まで通り冒険者を続けるように言っておこう。

 そしてガリウスの弟妹にも、成人となった時には望みの職業に就けるように配慮するが、彼等の能力や教養が劣っている場合はその限りではない。…ああ、わかっておる。そんな目で見ないでくれ。その場合でも可能な限り彼等にふさわしい仕事に就けるように配慮することを約束しよう」

 「ありがとうございます。陛下。これで私は何の憂慮を抱かずとも旅に出られます」

 微笑を浮かべながら立ち上がると、エイラスはバルコニーの方に手をかざした。

 すると次の瞬間、空中に巨大な魔法陣が出現し、そこから光輝くドラゴンが出現した。

 最初は悲鳴や叫び声が聞こえたが、聖輝竜は歴代のドラゴン・ブレイカーの乗り物として有名だったので、すぐにドラゴン出現の恐慌は収まった。

 あっという間にエイラスはバルコニーを飛び越えて、聖輝竜の背中に着地した。

 「それでは陛下。皆さま。私はこれから竜族と魔族の調査の旅に出ます。名残惜しいですが、このまま王都にいては魔族の暗躍に対処できません。現に勇者が一人暗殺されています。私は勇者ガリウスのような犠牲者を出さない為に行かなくてはなりません」

 ガリウスが魔族によって暗殺された事を言うと、さすがに王といえどエイラスを止めることはできなかった。

 「わかった。それでは王都の防衛は我々に任せろ。相手が高位魔族であろうと関係なくあぶり出して、必ず始末してくれる。エイラス。お前は竜族と魔族の調査と大変だがお前なら成し遂げられると信じているぞ」

 目尻に涙を浮かべる王に、少し罪悪感を抱きながらもエイラスは丁寧に一礼してから、聖輝竜に向き直ってから、昨夜話していた通りに王都から離れた人気のない場所まで飛ぶように合図した。

 ゆっくりと頷いた聖輝竜はそのまま南東へと飛んでいく。

 王都が遠ざかっていくと、エイラスは聖輝竜の背中に座り込んであくびをした。

 「ふわ~ぁあ。これでやっと自由になれた。それじゃ聖輝竜。適当な所で下してくれな。このまま飛んでいるんじゃ目立って仕方ないからな」
 
 『この馬鹿者が。私がただ空を飛んでいるだけだと思ったのか? ちゃんと姿を消しながら飛んでいたし、魔力も抑えていたから、そう簡単には追跡されることはない。わかったらそろそろ下りる準備をしろ』

 その言葉が終わるとほぼ同時に、聖輝竜は降下しはじめていく。

 『それと魔王を退治したからといっていい気になるなよ? 魔王退治できたのはお前が聖属性の武具や防具をもっていたのでお前にとっては相性がよかったからということに他ならない、ということを忘れるなよ? また昔のように魔族の放った火炎嵐に突っ込んでいって火傷を負ったりするという無様な姿は晒すでないぞ?』

 心配しているのか、こき使ってくれたお返しなのかわからないが、聖輝竜はエイラスの過去の汚点の一つを話し始めた。

 「わかっているって。ドラゴンの魔術とブレスや特殊能力などは無効化できても、魔族の魔法や特殊能力までは無効化できない。だから慎重に行動しろ、だろ? もう100回以上聞いたから大丈夫だって。俺にだって学習能力というものがあるんだからな」

 『その学習能力とやらは聞いただけでは発揮されず、実際に貴様が痛い目に遭うという体験をしないといけないようだがな。どうしてこうも勇者というのは自分勝手で目上の者の言葉を聞こうとしないのか…』

 着陸して無事に背中から下りたエイラスを見て、嘆かわしいといわんばかりに首を左右に振って、軽くため息をつく聖輝竜。

 彼にとっては軽いため息だが、それでも豪風となって周囲の木々に茂る木の葉や実を吹き飛ばしていく。

 『それではさらばだ。せいぜい貴様の…嫁探しだったか? それがうまくいくことを祈っているぞ』

 これ以上は関わりたくないといわんばかりに聖輝竜はエイラスを見ないで、そのまま飛び去ってしまった。

 やっと行ってくれたとエイラスは小さくなっていく聖輝竜の姿を見て微笑を浮かべた。

 聖輝竜はとにかく心配性なのか、ドラゴン・ブレイカーにやたらと説教や小言を言ってくる。

 それが悪意ではなく善意でやっているのだからタチが悪い。あんなのが側にいたら毎日のようにあーしろ、こうしろとか、ガミガミとうるさくて嫁探しはおろか、ドラゴンが本当に悪さをしていないかどうかの調査どころじゃないし、魔族の調査もうまくいかなくなる。向こうから離れてくれて助かったとエイラスはやっと一人になれた解放感に心底喜んでいた。

 それから20分後。エイラスはゴーレムの馬を収納袋から出して、のんびりと街道を移動していた。

 だが彼は知らなかったのである。ドラゴン・ブレイカーが魔王退治をした事で光明神と暗黒神の両方から注目されているという事態になっていた事に…。

 そして彼はこれから神々の勧誘という生き地獄を味わうことになることに気づいていなかった。

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