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第2章
#08 : 夢見の風呂
しおりを挟む窓から月の光が射し込んでいる。
数はめっきり少なくなったが虫の音も聞こえる。
そして湯が揺らめく音。
先ほどの酔いが分解されていくのが判る。
ほろ酔い気分で湯に入るのも悪くはない。
贅沢な時間だった。
ガラス戸一枚向こうの脱衣場に人影が見えた。
守門の奴だろう、、。
又、俺を困らせて楽しもうという魂胆に違いなかった。
いや俺が相手を意識するから妙な気持ちになるのか? 男同士なのだ、…なんの問題もない。
『奴とチンチンの大きさ比べでもしょう』そう腹を括った瞬間、浴室の電気が消えた。
電源スイッチは更衣室にある。
守門の奴、悪戯が過ぎるというものだ。
それならば、こちらにも考えがある。
俺は湯船からあがって、鳥居の形をした桧の風呂いすに腰を下ろし「背中を流してくれるんなら、手早く頼む。身体を冷やしたくないんでな。」と言ってみた。
俺の背後で、蛇口をひねる音、手早く手ぬぐいに石鹸をこすり付ける音が聞こえた。
瞬く間に、俺の身体は泡だらけになった。
次に柔らかな肌が押しつけられてくる。
「おい、よせよ!! 守門。」
次に俺の脇の下に腕が差し込まれ、ヌメヌメとした手が俺の股間をまさぐってくる。
「てめ。。いい加減に」
「まだ判らない、、。」
艶やかな女の声だった。
そして俺の背中に押しつけられている丸い膨らみは、決して守門にはないものだった。
「暮雪、、さん。」
俺の尾てい骨あたりに、かすかなジャリジャリとした感触が擦り付けられて来る。
後ろから、俺の耳たぶを甘噛みしてくる暮雪さんの吐く息がたまらなく熱い。
「本物のオトコが欲しいの、、。」
暮雪さんの指が、散歩に飽きたように、俺のペニスの付け根まで降りてきて、尚、その下まで潜り込んでゆく。
桧の板と、肛門との隙間に指が滑り込んでくる。
アナルへの刺激なんて、いくらアダっぽい美貌の持ち主でも、田舎の純朴な若奥さんに出来る芸当ではなかった。
「 暮雪さん、一体、あなたは何者なんだ、、。」
だがその答えは暮雪さんからは返って来なかった。
「茂助がぎたド!!」
遠い廊下から、だみ声が響いてくる。
梅香婆さんの声だった。
「あっ。ハイ、、。今、直ぐ行きます。」
暮雪さんの声は、もう普通のものに戻っていた。
なんだか、さっきまでの瞬間が夢のようだった。
「続きは、自分でして下さいね。」
暮雪さんは、あっと言う間にいなくなった。
・・・続きねぇ、、、一体何の続きを俺にしろというのか、、、。
言っておくが、俺は据え膳喰わぬは男の恥とする男だ。
男と女の関係に関しては、倫理観の欠片もない。
そして中途半端に高ぶらされたものを、自分で抜くほど軟弱な人間でもない。
要するに俺は、性にがめつい男なのだ。
俺は半分頭を捧げた自分の逸物を眺めおろしながら、熱い湯を頭からかぶり据え膳の肌の感触を流し去った。
部屋に帰ると守門が、待ちかねたように、女の子が持つような『お風呂セット』を持って立ち上がった。
「遅かったじゃないか、男の長湯は嫌われるぞ。」
「おいおい、待てよ。風呂は後にしたらどうだ。茂助さんが来たそうだぜ。」
俺の言葉は少し、刺々しかったかも知れない。
「なに言ってんだよ。たった今、茂助さんの奥さんの具合が悪いから、今夜はこっちに来れないって連絡があったばっかだよ。」
Γ! 、、、それ、誰から聞いた?」
「梅香ばあちゃん。」
ばばぁめ、、。
腹が立つような、助かったような妙な気分だった。
俺は、守門が出ていった客間に、ひとりぽつんと胡座をかきながら部屋の窓を見た。
その先の夜にも、先ほどと同じ月の顔があった。
俺達が何処にいたって、昼間は太陽が、夜は月がすべてを見通しているのだ。
ただ俺達が、その事を忘れているだけだ。
俺は一瞬、馬の生皮にくるまれた少女が、月を目指して天空に駆け上がってゆくシーンを見たような気がした。
それで少しだけ嬉しくなり、俺は畳の上でごろんごろんと前回りをしながら、すでに敷かれてあった布団まで転げていった。
そして布団の上に大の字になってから軽く目を閉じた。
昨日の夜からの疲れが、気持ちよく感じられた。
………………………………………………………………………
夢を見てるのが 「判る」 夢がある。
今がそうだ。
俺はこの夢の中で 「一人の平凡な男」だった。
俺は夢の中の「不条理町」を、彷徨いながら町からの「出口」 を探していた。
ビジュアルでなぞるなら、キリコの絵なのだろうが、実際の町並みはどこかの発電所の敷地内のようで、漂白された味気ないむき出しのコンクリート塀だけで構成された街だった。
やはりどこにも 「出口」 はない、、。
俺は、闇雲に、ただただ不安だった。
だから俺は、その不安から逃れる為に又、「出口」を探し、"夢特有の裏切り"が支配する不合理な世界の中で徘徊するのだった。
そして俺は、この「不条理町」で、一人の女と出会った。
俺を誘惑してきたのは女の方だった・・・ 美しさと醜さが時と共に交互に入れ替わる、年齢さえも定かでない不思議な女だった。
俺は彼女に対して、乳房が大きいとか小さいとか、ほんの些細な肉体上の興味以外には惹かれるものを感じなかった。
が、結局、、俺は彼女の強引な誘惑に負けてしまったのだ。
お互いの舌を吸い合った。
女の舌はトロのような味がした、、。
だから、なのだろうか、、、。
俺は女の家につれて行かれ、彼女の両親に引き合わされた。
女の父親は、不安そうに俺の顔を見て 「私の娘をよろしく頼む」と言っ た。
だが俺の目には、この男がどうしても女の父親とは思えなかった。
宝塚歌劇の男役が付けるような奇妙に浮き上がった髭や眉、隠しきれない女性的な唇。
女と父親は、ほぼ同年齢に見えたからだ。
それにこの男は雰囲気も、何故か血縁以上の、娘との近似値を持っていた。
そういえば、この家に招かれてからあの女の姿が見えない、、。
父親と娘は同一人物なのかも知れなかった、、、。
夢は何かの啓示だというが、俺には、この夢が示す物語に心当たりがなかった。
なんだか他人に無理矢理、この夢を見せられているような感覚はあったのだが、、。
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