邪霊駆除承ります萬探偵事務所【シャドウバン】

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第九章

『春の祭典(大いなる犠牲)』#45: 夢獄の乱

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    セーフハウスでの一日目は、何事もなく過ぎた。
 一度阿木から、例のホットラインを使っての「何か用事はないか?」という連絡があった。
 ホットラインのテストも兼ねていたのだろう。

「そうそう、裏難波森関連の最新情報と言えば、樫議 那由他や鬼猿達とつるんでた河童って奴が、神戸の大物の一人息子に傷を付けたって大変な事になってる見たいだぜ。ほら、例の酔象川の川原のドンパチさ。なんと噛髪さんにまで、その大物から協力要請が来たらしい。」
「…協力要請って?」
「カタをはめに行くのに決まってるだろ。しかもその件に関係した奴らは、大小問わず全員焼け野原にしろ!って事らしい。あんたにとっては吉報だろ?これで樫議だって容易に動けなくなる。」
「神戸と大阪か…。」
     俺は最近起こった事に因縁じみたものを感じなんとなく嫌な予感がした。ヒアの顔がチラつく。
    それに俺が難波森夜城で聞いた鬼猿の噂話は半端なものではなかった。
    いくら相手がやくざ者だとしても、そう容易くやられる奴じゃないはずだ。

「まぁ今のあんたがそれを聞いても何とも出来ないがな。暫くそこで大人しくしてる事だな。」
     俺は電話がかかるまでに食べかけていたお手製のサンドイッチが紙皿の上でクタッとなって横たわっているをなんとなく眺めた。


 普段の俺なら、こんな巣ごもり生活なら、厚かましく阿木に食材を差し入れて貰って、料理三昧を楽しむ所だったが今は何をする元気もなかった。
 かろうじて作ったのは、玉子焼きを挟んだサンドイッチだけだった。
 いつもは美味く感じるはずのマスタードが妙に辛かった。

 あとはカップラーメンだけを啜っていた。
 それでも最近の即席麺は優秀で、以前のラーメン風スナック菓子に毛の生えた状態から、生麺に近い食感が出せるレベルまで来ている。
 それが、この貧しい食事の唯一の救いだった。
 ちなみにこの即席麺はノンフライ麺のジャンルに入るらしいのだが、これは麺を揚げていないだけでなく蒸してもおらず、切り出した生の麺をそのまま乾燥させているらしい。
 生麺を一気に乾燥させると、その美味しさを封じ込めることができ、それを茹でれば、また元の状態に戻るという仕掛けらしい。
 その乾燥の過程に秘密とやらがあるんだろうが、俺には判らない。
 ・・・こうやって見ると、この世の中、知らない事だらけだ。

 「阿木さんよう、あんたは何故、この倉庫の中に入ってこないんだ?」と訪ねたら、監視の死角を作りたくないからだという答えが返ってきた。
    その答えがこのホットラインの最後だった。

 俺は、倉庫の高い天井につけてある明かり取り用の小さな天窓を見て、その言葉を納得した。
 出入り口はドアしかなく、数少ない窓も、人の頭がかろうじて潜り抜けられるかどうかの大きさしかない。
 そして壁はきわめて頑丈で、防火・耐震にも優れているようだった。
 つまりこの倉庫は、要塞のようなもので、その中に人がいるなら、守る側の人間はその出入り口だけを監視していればいいのだ。
 それに俺だって、ここを見張ってもらうなら、あの二人の若者より百戦錬磨の阿木の方が良い。

 俺の日課は、一日中、この要塞における外部との接点であるテレビを見ることだった。
 もちろん情報収集の意味が大きい。
 難波森城のショッピングゾーンが、なんの前触れもなく、閉鎖されたと言うニュースが流れたのは、俺が此処に来てから三日後だった。

 肝心の居住区域が、どうなったのか知りたくて仕方がなかったが、そちらの方のニュースは流れていなかった。
 平常時でさえ、裏難波森はアンタッチャブルな居住区域だったが、俺の行為が噛髪のいう崩壊ドミノの最初の一枚なら、もうそろそろ、具体的な大きな異変が現れてもいい頃だった。
 つまりシュレディンガーの作った物騒な箱は、もう開けられているのだ。
 箱の中の猫が生きているのか、死んでいるのか、もう判るはずだった。



 俺は元来心根が弱いからなのか、1日中家の中に閉じこもっていると、夢見がよくなかった。
 そんな時は、こいつとは絶対に会いたくないと思っている奴が、夢の中に登場するもんだ。
    夢で出来上がった逃れられない監獄、夢獄の登場人物。

 そいつは神戸にいた、あの益増 零だった。
 俺がやっとこさ追い詰めた、神戸の皮剥き゚男。

 追い詰めただけで、奴の生死は未だに判ってはいない。
 俺としては、あの状況進展下で益増 零が生き延びるのは不可能だと思いたいんだが、奴の事だ、もしかしてと言う事はある。

 その益増零がニヤニヤ笑いながら、俺の前に立っていた。
 亡霊みたいなものなのか?どっちにしても夢の中だから、そんな区分に意味はないのだが。
 だが、夢獄の中の存在だから、すべての言動に油断がならない。

「よう、涙目のオッチャン。那由他からは、上手く逃げおおせそうかい?」
 涙目のオッチャンか、その言いぐさにムカついたが、相手が一見美少年風の益増零だと、そう言われても俺の場合、冴えない中年の風体だから仕方がない。
 素敵なチョイ悪だって、オヤジはオヤジだ、美少年に敵うはずがない。
 それに下手に感情を露わにすると、コイツは直ぐにそれにつけ込んでくる。

「零。お前、爺さんに追い詰められて死んだんじゃないのか?」

「冗談言うな。俺がお前みたいなポンコツにチクられたくらいでやられる訳がないだろう。つまりお前はまだ、あの女装小僧のピンチは救えてないってことだ。ヒアって言ったっけ?お前みたいな頼りない上司だか恋人だかを持つと苦労するよな。相変わらず行方不明のままなんだろ?女装小僧の可愛い耳元でさ、俺がお前に取り着いてる悪霊を弐角慈恵を使って払ってやる、って言いたかったんだろう?いや、今の状況じゃとても無理だな。無理。そらに最近、鬼猿の野郎までウロチョロしだしたらしいな。可愛いヒアちゃんは、お前の元には怖くて戻れないってさ。」
 零が嬉しそうに言う。

「お前、鬼猿の何を知ってる?」
「別にぃ、大した事は知らないな。」
 零は、カメラの前でポーズを付けるみたいに、自分の手の指先で頬から首筋をなぞりながら顎を上げて見せる。
 悔しいがゾッとする程、綺麗な仕草だ。
 だが、俺はその偽りの美しさを叩き潰したかった。

「おっと、そんなに睨むなよ。俺と奴とは何の関係もないし、お前とは一度は寝た間柄なんだから、知ってりゃ、奴のことは洗いざらい教えてよるよ。その方が、お前の苦しむ確率が高くなるからな。、、いや、やっぱりアイツはあまり相手をしない方がいいかもな、、。この俺が言うくらいなんだから、判るよな?奴は、なんでもかんでも直ぐに壊して、それで全てを、お仕舞いにするタイプだ。跡には皮一枚残らない。俺とは、そこが違う。」

 一度は寝た間柄?・・噓だ。そんな事実はない。第一、俺はお前と面識すらない筈だ…。
 これも夢獄の存在である零の挑発の一つに違いない。
 いちいち反応していてはこちらの身が、いや心がもたない。

「鬼猿は今、ヒアとどういう関係にあるんだ?お前は?」
「ヒアとは今んとこ何も関係ないさ。俺とは昔絡んだ事はある。ただあの時は俺達がやってる事を、黙って笑いながら横で見てた。しかし最後の最後に、黙ったまま、ボロボロになったあの女子高校生に小便をひっかけやがった。あれにはさすがの俺も驚いたぜ。後で俺の仲間の一人が、奴にその理由を聞いたそうだが、鬼猿はこう答えたそうだ。」
 仲間?菅達の事か、、垂迹、奴ならまだ人の心が少しは残っていそうだから、そう聞いたかも知れない。

「理由?理由なんてない。ただ小便がしたかったからだ、とよ。ホントに、そんな感じだった。ひょっとすると鬼猿は俺より、タチが悪いかも知れんな。」
 クククッと零は笑った。
 俺は、とうとう切れた。

「ざけんなっ!」
 俺は零に飛びかかったが、その時にはもう、零の姿は綺麗にかき消えていた。


・・・・・

     セーフハウスでの4日目、阿木からの連絡がない。
 定時連絡と取り決めた訳ではなかったが、阿木からは朝方と夕刻に二度連絡が入るようになっていた。
 それがないのだ。

 不安になった俺はスマホをとりあげ、それをしばらく見つめた。
 こちらからかけてみるか。
 アイコンをタッチしようとする指先が止まった。
 なぜか、嫌な予感がした。

 その時、俺が居る建物の外部から乾いた破裂音が続け様に聞こえた。
 俺は弾かれたように、テーブルの上に置いてある拳銃を掴むと、それを腰のベルトに差し込んだ。

 倉庫の中には、隠れる場所はなかった。
 ただ真四角な敷地が、所々、簡易パネルでパーティションが切ってあり、後付のユニットバスやら、炊事場が壁際にあるだけなのだ。

 俺はテーブルの上にあった雑多なものを腕でなぎ払うと、テーブルを横向きに倒し、それを盾代わりにした。
 一応、盾を向ける方向は、ドアがある壁面にした。
 ただし、その頑丈なドアを打ち破れる外敵なら、四方のどの壁からでも此方に侵入できる筈だった。

 俺は、阿木から与えられていた注意事項をもう一度思い起こすために、自分の視線をユニットバス横のパーテーションに置かれてある消火器に飛ばす。
 そして、その上の壁にぶら下げてあるガスマスクにも。

 阿木は、何度目かの電話の際、昔、要人を匿った時一度だけ催涙弾を此所に投げ込まれたことがあって、それからここの窓ガラスは強化ガラスに取り替えられ、ガスマスクも置かれるようになったのだと、俺に教えてくれていた。
 そして『俺達のような人間が、こういった場所に匿われている人間を奪取する時は、催涙弾も放火も何でもありなんだよ』と付け加えた。
 その時は、まるで戦場だなと笑って応対したものだが、、。
 まさか自分が、その立場に立つとは思っても見なかった。

 どう考えても、銃声としか思えないものが聞こえてから、その後は物音が途絶えている。
 普段から外からの生活音が聞こえてくるような場所ではなかったが、今は、強い風で草木がなびいたり、外れかけた戸井が傾ぐ音以外、動くモノの気配がまったく感じられず不気味な感じがした。

 それが俺を不安にしていた。
 スマホをかければ、外の様子は判るだろう。
 何事も無ければ繋がるし、繋がらなければ、何かが起こったという事だろう、、だが阿木が、息を潜めなければならないような状況下で、もしスマホが鳴ったら、あるいは着信音が切ってあったとしても、ちょっとした集中力の途切れが命取りになるような場面だったら、、。
 そんな想いが、俺の行動を遮っていた。
 しかも、そういう想いが、決して思い過ごしではないような気がしていたのである。

 突然、ドアチャイムが鳴った。
 口から心臓が飛び出しそうになるような動悸をかろうじて沈めた俺は、腰に挟んだ拳銃を抜き出し、それを前に突き出しながらドアに近づいた。
 玄関先を映し出す、インターホンモニターが光っている。
 誰かがいるのだ。
 俺はそれに顔を寄せた。

「誰だ?」
 モニターに大写しになった見覚えのある顔。
 そこには阿木の部下である青年の顔があった。

 だが俺はドアを開ける事もせず、その場にストンとしゃがみ込んだ。
 腰が抜けたのだ。
 そしてやがて激しく嘔吐を始めた。
 俺が床にはき出した吐瀉物は、ドアの方向へ広がっていく。
 床面は、その方向に緩い傾斜が在るのかも知れない。
 涙でかすむ目で、俺はなんとなく自分の吐瀉物の流れを眺めていた。

 今、俺の思考は停止している。
 人間の身体から切り離された生首の実物を初めて見たのだ。
 モニター越しに大写しされたソレが生首だと判ったのは、それを手で鷲づかみにしていた持ち主が、血まみれの首の断面をレンズに押しつけたからだ。

 ドアまで流れたどり着いた吐瀉物が、赤く色づき始めている。
 よく見るとドアと床の境目がどす黒く、赤く、濡れている。
 血だった。
 外側の玄関前に溜まった血が、こちら側に染み出しているのだ。
 俺は叫び出しそうになる自分の口を左手でふさぎ、さらに拳銃を握った拳で、それを押さえた。
 そうして、へたり込んだまま、後ろ向きに尺取り虫のように後ずさった。

『涙目探偵さんよ、やっぱ今度も涙目かい?でも失禁はしてないぜ、、普通、こういう場合はションベンとか漏らすんだろう?』
 俺の頭の片隅で、俺の皮肉な声が微かに聞こえる。
 やがてその声は、訳の分からないドス黒い怒りの色を帯びてくる。

 そのタイミングで、金属と金属が激しくぶつかり合う音が何度もなり響き、それと同時に、ドアの表面が山脈を上から見たような形で数筋盛り上がった。
 誰かが、大型のまさかりのようなもので、ドアを打ち破ろうとしているのだ。

 おそらくあの首も同じまさかりで、討ち取られたに違いない。
 あの無惨な切り口。
 鈍い刃先で、重さという衝撃だけで、数回に渡り打ち付けられ、頭部が切り離されたのだろう。

「ゴルワァっ!」

 意味をなさない言葉が、俺の口から雄叫びと共に吹き出し、両手で銃把を握り込んだ拳銃の引き金を指先が千切れるくらいの強さで何度も引いた。
 轟音と共に、弾丸がドアに向けて発射された。
 ドアの上に盛り上がったまさかりの跡の周辺に、丸いアナが瞬時に二つ空いて、そこから外界の光が差し込んでくる。

『全部、撃ち尽くさなかった、、。まだ俺はいける、、』
 銃を発射する時の衝撃が、現実感覚を引き戻しつつあるのか「見えない敵の恐怖」は、俺の中で和らぎ始めていた。

 既に、ドアの向こうにいて執拗にまさかりを打ち込んでいた筈の敵の気配は消えている。
 まるで敵には、倉庫の中にいる俺の行動が全て読めているように思えた。
 俺はふらつきながら立ち上がり、一旦ドアから離れ、倉庫の片隅に放置してあったガムテープを拾い上げ、それで穴の空いたドアを塞いだ。
 その時、その穴から外を覗きたい欲求に駆られたが、同時に、そんな事をした瞬間、鋭利な刃物を穴に突き立てられるような気がして、俺はそれを抑えた。
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