邪霊駆除承ります萬探偵事務所【シャドウバン】

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第六章

『男達の世界』#28 脈打つ打擲

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   俺は、港の倉庫街に通じる道に入り込む手前で国道26号線の渋滞に捕まってしまったタクシーから降り、走り出した。
 酸欠で頭がガンガンしたが、今起こりつつある問題の対処に失敗すると、その痛みを感じる頭部さえ失う可能性があった。
 走った。
 小学校の運動会以来の真摯さで。

 昨夜、俺が監禁されていた貸倉庫の前には、黒塗りの車が3台止まっていた。
 俺が近づくと、車の中から品のない男どもが、わらわらと湧いて出てきた。
 中の一人が俺の肩を掴む。

「廻戸から聞いていないのか!俺は轟だ!」
「失礼しました。」
 おおよそ、そんな言葉からは縁遠い男の顔から血の気が引く。
 廻戸の名を出すだけでこれだ、廻戸はそうとう組の中ではいい顔らしい。

 男が先に立って、俺の為に倉庫の分厚い子扉を開けた。
 血の濃い匂いと、硝煙が混じり合った匂いが俺の鼻を打った。
 全速力で走り続けていた俺の胃は悲鳴を上げそうになった。
 俺は吐き気を、無理矢理押さえつける。

 俺は、昨夜俺自身が閉じこめられていた部屋に入って、自分の目を疑った。
 部屋中が、重油のようなもので浸水していると思ったのだ。

 俺の意識が、目の前に展開されているのが、文字通り「血の海」だという事を拒否しているのだ。
 その血の海の中には、益増の組員が3人、のたうち回っていた。
 彼らが沈んでいる血の海の何分の一かは、彼ら自身のものなのだろう。

 一応、彼らは止血されていた。
 もっともその止血材料は、零達のプレイに用いられるであろうゴムチューブだというのが皮肉だったが、、。

 そして俺が、この部屋で探し求めていたメダイヨンが、倒れている彼らの間にインプリのライダースーツと共に無造作に転がっていた。
 俺はそれを目の端で確認してから、俺が本来視線を向けなければならない場所に意識を無理矢理集中した。

 昨日、俺が座らされていた部屋の真ん中の拷問椅子には、ゴムシートが被らされており、その背後に注射器を持った痩せた男、その前には真っ赤なワイシャツを着た廻戸がいた。
 廻戸が、ゆっくりこちらを振り返る。
 顔にも赤いものが付いている。
 ワイシャツもそうだ。
 元は白いものが、血で赤いのだ。
 俺は、これ程大量で無意味に流された血を見たことがなかった。

「廻戸さん…あんた、大丈夫なのか、、?」

「御冗談を、、。私に血を流せられるのは、後にも先にも会長だけだ。これは返り血ですよ。それより早く、あなたの仕事を始めてやって下さい。こいつらを早い目に病院にいかさないとね。」
 廻戸の視線が、血の海でうごめいている組員達に注がれる。
 インプリも、相当な抵抗をしたのだろう。

「なんで俺を待つ必要があるんだ!こいつら、俺と関係ないだろ!早く行かせてやれよ!」

「あなたを待たせていた訳じゃない。与えられた仕事が終わるまで戦線離脱を許さないというだけの話だ。特に素人のチンピラ一人にやられるような屑どもには、責任というものを身体で覚えさせるいいチャンスだ。」

 廻戸は血だらけの右手を挙げた。
 初めは全てが真っ赤だったので、その右手に何かが握られているのかが判らなかった。
 血が流れ落ちると、赤く尖ったものは、巨大なサバイバルナイフの実体を見せた。

「こいつら、これでやられたんですよ。勿論、奴があなたから奪った拳銃にも多少は手こずりましたがね。菅の奴は銃弾をあまり手に入れられなかったらしい。それが幸いした。、、、ドク。もうかまいませんよ。」

 廻戸の言葉に、拷問椅子の後ろの男が反応した。
 どうやら彼は「ドク」と呼ばれる者らしい。
 彼が医者だとは思いたくなかった。
 接診で、得体の知れないウィルスが移りそうな、そんな男だ。

 そのドクが、例の拷問椅子に掛けてあるラバーシートをめくり上げだ。
 その下から、人体模型が現れた。
 ラバーストッキングを履いた、左上半身が赤剥けの巨大な人体模型。
 それはグロテスク過ぎて、俺はしばらくの間、自分が本当は何を見ているのかが判らなかった程だ。
 ドクが心配げに、廻戸の顔色を伺っている。

「さあ轟さん。やる事をやるんだ。私はこいつを見てると普通ではいられなくなる、、。」

 俺はインプリにシートが被せてあった理由を理解した。
 これは俺を驚かそうという趣向ではないのだ。
 俺が到着するまでに、廻戸が「イってしまわない」ように、自分からインプリを視覚的に遮断していたのだろう。

 廻戸を知らぬ者には、それは単純で無意味な行為のように思えるだろうが、彼の「ぶっ飛びぶり」を知っている俺には納得できた。
 俺は急いで、まるで映画の中のモンスターのようになっているインプリの膝元にかがみ込んだ。
 驚いた事にインプリのたくましいペニスは激しく勃起していた。

「零をどこに誘拐したんだ?」
 俺は、出来るだけ部屋中のみんなに聞こえるように大声でどなった。

「聞こえないのか?俺は、お前が零を監禁したのを知っている!組の人間は零を救いたいんだ!え。零をどこに隠した?」

 俺の質問に、血だらけのインプリの顔と、廻戸の顔のそれぞれに、一瞬衝撃が走った。

 頼む、インプリよ、いや菅よ。
 俺の書いた筋書きにのっかってくれ。
 お前が全ての罪を被るのだ。
 お前は、どのみち助かりはしない。
 、、確かに、お前が俺の策に乗ったからといって、零が助かるかどうかは判らないが。

 いや、実の所、俺は零が俺の知らない所で始末される事を望んでいる。
 俺は最低野郎だ。
 しかし、俺の筋に乗れば、少なくともお前は、この凍り付いた苦痛の時間を前に進める事は出来る。
 それに零にも、生き延びるための、かすかなチャンスは生まれる筈だ。

 廻戸は、彼の右手奥くに待機していた無傷の組員に、カメラを撮る仕草をして見せた。
 これからの出来事は、廻戸にとっても重要な筈だった。
 一方、インプリの方は、恐ろしい勢いで様々な状況判断をしているに違いなかった。
 先ほどまで、睨むことしか知らなかったインプリの視線が何度か揺れた。

「ドク、もう一本、注射だ。」

「しかしこれ以上は。」

「あんたは医者だったんだ。こいつには何をしても、しなくても、もう生き延びるチャンスがないのは判っている筈だ。だったら、それを打ってやれ。一応、それで与えられるのは覚醒と痛みだけじゃないようだしな。」

 廻戸が諭すようにドクに言う。
 俺はどこかでその薬の話を知っていた。
 インプリのペニスの勃起はそれで説明がついた。
 強烈すぎる痛みは、被験者を失神させる。
 だが、痛みを和らげれば拷問としての効果が弱い。
 痛みを遮断するのではなく、痛みの質を変えないまま、それを違うモノに転換する自白剤があるのだという。
 それが漏出してSMプレイにも使われるらしい。
 インプリにもそれが使われ続けていたようだ。

 見れば判る。
 誰が、自分の皮膚をナイフで剥がされ、その上から、圧着力の高いラバーを着せられる事に耐えられるだろうか。
 ドクはおそるおそる、インプリの腕に注射針を差し込んだ。

 廻戸が、まだ皮膚の残っているインプリの左脇腹の側面に、浅くサバイバルナイフの切っ先を潜り込ませると、俺に目で合図を送ってきた。
 尋問を再開しろという事らしい。

「零を誘拐したのは、菅、お前だろう?」
 インプリは、はっきりと頷いた。
 痛みから逃れるためではない。

「どこに監禁してる?」
「言うつもりはない。」
 驚いた事にインプリが言葉を発した。

 部屋中の視線が、インプリの口元に集中している。
 恐らく今までインプリは、信じられないほどの苦痛に対して悲鳴さえ上げず、廻戸の常軌を逸した激しい拷問に耐え続けて来たのだろう。
 現に、廻戸のナイフは、こうしている間にも、インプリの皮膚を剥ぎ取り始めている。
 インプリの喉の奥で、悲鳴が遠くの雷鳴のようにごろごろと鳴り響いていた。
 俺は廻戸の手を止めながら、もう一度質問した。

「ならいい。質問を変えよう。お前が、女達を殺したんだな?」
「そうだ。」

「零を無理矢理手伝わしたんだな?」
「そうだ。」

「東京の女もやったのか?山崎優希だ。」
「、、、、」
 インプリの沈黙。何かを計算している。
 しかし廻戸は、その「沈黙」を待てない。
 インプリの胸に残った表皮を、力任せに剥ぎ取ってしまう。
 インプリはまさに、絶叫をかみ殺した。
 食いしばった歯が根こそぎ折れるのではないかと思った。

「そうかい。そうやって何時までも、我慢しテロ、、。」
 廻戸が下を剥いて何かをつぶやいたが、その声も、その表情も判然としなかった。
 俺はそれらが判らなかった事に感謝した。
 誰だって悪魔は見たくない。

「轟さん。ちょっと後ろに下がってくれますか。ドク、このお嬢さんに、もう一度あのブラジャーを付けてやってくれ。証拠品の一つにと思ってたんだがな。こんな赤剥けの裸じゃ恥ずかしいだろう。」
 先ほどまでとは打って変わった、空気が凍ってしまうような廻戸の冷静な声。

 それに伝染したようにドクと呼ばれた男が、震える手で、ポケットからゴム布を取り出す。
 知っている。
 あれはラバリスト達が愛好するラバー製のブラジャーだ。
 男でもこれが好きな奴がいる。
 この場所にあるという事は、零とインプリのプレイに何度か登場した代物だろう。
 ドクは、後ろからそのブラジャーをおそるおそるインプリの赤剥けの肌に当てる。
 自分のやる事に、びびっているのだ。

「ドク、しっかり付けてやれよ。緩いのは駄目だってさ。」
 インプリの顔が苦痛に歪む。

 廻戸が、インプリのラバーブラジャーに顔を寄せて、彼の舌を乳首にあたる突起部分に当てる。
 舐めるという程ではない。
 次に歯でそれを噛んだ。
 そしてゆっくり頭を引いて、口を開けた。
 ラバーがゆっくり伸びて、急激にインプリの筋肉が直にむき出した血だらけの胸にバツっっ!という音を立てて戻った。
 インプリの男根がまたビクンと跳ねる。
 俺は見かねて、廻戸の肩を引いた。

「止めろ!俺に代われ!質問を再開する、いいな。」
 インプリの前に屈んでいた廻戸が立ち上がって、俺に場所を空けた。
 廻戸は、これで喋る気になった筈ですよと、言いたげだった。

「山崎優希をやったな?」
「ああ、。」

「零がその女に惚れたからか、、。」
「ああ、、。だから、かっさらった。」

「今度も零に手伝わせたのか?」
「いや、、零は、、。今度は俺の言う事を聞かなかった。」

「それもあって、お前は組から零を遠ざけたんだな?」
「そうだ、、。」

 廻戸の手が俺の肩を引いた。
 どけという事らしい。
 俺には、もう退かない理由はなかった。
 俺が描いた、筋書き通りのことをインプリは喋ったのだ。

「今度は、俺からの質問だ。」
 廻戸はそう言いながら、腕を水平にドクの方に上げた。
 彼の手のひらは、ドクに何かを求めているように上を向いている。

 ドクは廻戸からの要求が、何なのかが判らずキョトンした表情をしていたが、やがてのろのろと、内ポケットから注射器を取り出し、いつでも打てる状態にしてから、まるで神器を置くようにそれを廻戸の手のひらの上に置いた。

 廻戸が左手をインプリの地肌の透けた坊主頭の頭頂に置いて、彼の頭の動きを殺した。
 ついで、廻戸は注射針をインプリの眼球の目の前に突きつける。

「お前と零との関係だ、、、。どちらが女をしてた、、?どちらがやられるんだ?」

『そんな事を聞いて、今更、何の意味がある。俺は前に言ったじゃないか。零が「従」で、山崎優希に走ったからインプリが優希を殺した事にしろと!』
 そして俺は思い当たった。

 今、廻戸がやっている事は、彼のプライベートな「質問」であり、「拷問」なのだと。
 インプリには、それが判っているのか、何も答えない。
 答えないどころか、その口元には嘲笑のゆがみさえあった。

 廻戸が、注射針の先端をインプリの眼球に刺し込んだ。
 それを受けてもインプリは頭を動かすそぶりどころか、瞬きさえしない。
 俺の背後で、廻戸の部下達がゲロを吐く音を立てる。
 血もでず、打突の音さえも聞こえぬ「拷問」だったが、廻戸の冷酷さと、インプリの凄まじい反逆心が俺達を打ちのめしていた。

「もう一度聞く。ケツにチンポを填められて、おんなみたいによがったのはどっちだ?」
「なんで聞く?この糞豚が、、、。」

 廻戸の親指が、注射器の底部をゆっくりと押し込み、注射器から離れる。
 注射器はインプリの右目に突き刺さったままぶらりと揺れた。

「零は、おんなにされたのか?どっちだ?」
「零さんの代わりに、益増の爺にケツを掘られている糞野郎に答える義務はない、、。」

 廻戸の顔に朱が射し、手が振り下ろされる。
 初めて見た廻戸の「取り乱し」だった。

 インプリの顔が瞬時に仰向いた。
 インプリに残された「歯」という名の唯一の武器を使うためだ。
 あっという間に、廻戸の指が食いちぎられている。

 廻戸は、その手をゆっくり自分の目の前にかざした。
 ひぃゆーっという甲高い笛のような音が、廻戸の口から漏れる。

 しかし廻戸も化け物だった。
 廻戸の中で「苦痛」は、瞬時に「怒り」に転換される。
 廻戸の左手に握られた拳銃がゆっくりと、インプリの顔面に向けられた。

「そうかい。判った。もう終わりにしようや。」
 廻戸の氷の声。
 インプリはどう猛に嗤って応えた。

 次の瞬間、インプリの頭頂部が欠け飛ぶ。
 2発目。
 3分の2の頭部が無くなる。
 3発目、そこで俺は気を失った。

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