邪霊駆除承ります萬探偵事務所【シャドウバン】

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第六章

『男達の世界』#25 インプリの逆襲

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 ホテルまでは、タクシーに乗らないで電車を利用して帰った。
 シズルの近くの駅からは元町まで二駅、そこからさらにホテルまでは徒歩で十分ほどかかる。
 タクシーなら30分程度で済む。
 つまり早くホテルに着きたくなかったのだ。

 別れ際の廻戸の言葉が尾を引いていた。
 俺の中で、今回の依頼をきっかけに、今までうやむやのままで通り越してきたものを整理しておくべきだという気持ちが膨れ上がっていた。

 例えばヤクザどもとの腐れ縁や、オカルト探偵という看板に代表される俺の生き方等だ。
 その中には当然、ヒアとの関係も含まれるはずだった。
 俺はヒアに会うまでに、それを少し考えておこうと、ホテルを少し迂回して港の方に回り込んだ。
 間近な距離に、夜空に鈍く光る金属製の鼓みたいな神戸タワーが見えていた。

 神戸タワーはそれほど高さがない上に、照度を落としてあるので華やかさが不足している。
 今の俺の気分とマッチしていた。
 それに風の中に雨の匂いが混じっていた。
 どこか遠くの海上で雨が降っているのだろう。
 海風がそれを運んで来るのだ。
 何もかもが、重たい夜だった。

 突然、物陰から太い腕が伸びてきて、俺ごと闇へと連れ込んだ。
 俺は、口を革手袋で覆われた大きな手のひらで覆い被され、しかも圧倒的な力で羽交い締めにされていたので、後ろも振り向けなかった。

 しかし俺には、俺の背後にいるのがインプリである事が瞬時に判った。
    シズルで感じた気配だ。
 それにこんな獣じみた凶暴なオーラを身体中から発散する男はそうざらにはいない。

 インプリは俺の首筋をざらっとした舌で舐め上げた。
 「死の接吻」。
 昔見たマフィア映画を思い出しただけで嫌悪感は感じなかった。
 第一、ものを考える時間はなかったのだ。
 俺はそのあと直ぐにインプリによって意識を落とされていた。


 気が付いた時、俺は真っ暗な闇の中にいた。
 瞼があがらなかった。
 瞼だけではなかった。
 顔中に何か奇妙な圧迫感があった。
 それに口も開かず、口の中に何かチューブのようなものを押し込まれているのが判った。

 状況判断が急速に戻ってきた。
 俺は今、手足を縛られた上、椅子に座らされているのだ。
 戒めはきつい。
 ロープで括られている感触があったが、それはまるで接着剤で固定して在るようだった。
 力の強いインプリの仕業だった。

「質問に答えろ。嘘を付くとこうなる。窒息死だ。」
 不明の闇の壁の向こうから不明瞭な声が聞こえた。
 零だろうか?
 いや零ならこんな危険は犯すまい。
 彼なら何もかも安全な状況で俺達の前に顔を出すはずだ。
 だとしたらやはり声の主はインプリという事になる。

 息が急速に苦しくなる。
 酸欠の朦朧とした意識に、あるポルノ雑誌の写真が浮かび上がってきた瞬間、俺は全てを理解した。
 俺はディシプリンラバーマスク、つまり折檻用マスクを装着されているのだ。
 これの安っぽい奴なら悪戯心を起こして、その手が好きな友人宅で一度被って見たことがある。
 あんなちゃちな物でも相当な密着感があったのだ。

 俺の頭のイメージの中では、俺が今、強制的に装着されているディシプリンラバーマスクは車のタイヤほどの厚みがあった。
 凶暴なほど黒く、分厚いゴムで出来た頭蓋骨と、その口の部分から飛び出した飴色のゴムチューブ。
 今、俺は唯一の空気の供給元であるチューブの開口部を、インプリに閉じられているのだった。
 インプリの声が隔離された感じで聞こえるのも耳に張り付いた分厚いラバーのせいだ。

 俺は空気を求めて激しくチューブを吸った。
 勿論その先はインプリが握りつぶしている筈だ。
 それでも一時、空気がか細く流れ込んでくれる。
 インプリが、釣り人が魚のあたりを知る為に、竿を調整するように、空気の流入を制御し始めたのだろう。

「俺が聞くことに答えるんだ。イエスなら首を縦に振れ、ノーなら横だ。」
『下らない事を考えやがって、そんな質問の仕方は、答える方より聞く方の頭が良くないと効率が悪いんだぞ』と心の中で悪態を付きながら、俺は激しく首を縦に振った。

「いい子だ。」
 ズボンの上からペニスをさすられる。
 冷や汗がでる。
 こんなマスクを持っているのだ。
 、、マスク自体は拷問用じゃない。
 インプリはこういう世界の住人なのだ。
 ハードゲイ。
 もしかしたらこれが零とインプリの接点かも知れなかった。

「益増組はどこまで知っている?」
 馬鹿野郎、こっちは口を塞がれているんだ、どうやってそんな事を、首の振り方だけで答えられるんだ。
 案の定、俺が反応出来ないでいるとインプリは、俺の命綱であるチューブの先端を完全に閉じた。
 完全な酸欠状態になる前に俺は首を激しく動かし「喋れるわけないだろうが馬鹿野郎!」と、きついゴムの張力に逆らってもごもごやった。

 インプリが自分の発問のミスに気が付いてそうしたのかどうかは判らないが、すれすれのタイミングで彼は空気を解放した。
 俺は、くらくらする頭で空気をストローからすすり上げた。

「質問を変える。お前は頭がわるそうだ。」
 インプリが嗤ったような気がしたが、折檻用マスク越しではそこまでは判らない。

「組は、零さんが、おんな狩りをしてる事を知ってるのか?」
 俺は頷いた。
 そして考えた。
 こうやって相手の尋問を受けることは、今の自分の立場から考えると、俺が相手側の内部事情調査をしているのと同じだということだ。
 ただし、それはこちらが生き延びている事が前提になるのだが、、。

「それを証拠立てるものを持っているのか?」
 俺はあの時に見た研究ノートようなものを思い出して頷く。
 インプリがそういう質問をするのは、零側にもそう言った物を重要視しているという事だ。

「お前を雇ったのは組長か?」
 益増組と益増会長の動きが完全に一致している訳ではないのだろう。
 俺は首を振った。
 彼らはまだ益増組の今度の動きが、組全体の総意ではなく会長個人レベルのものであるのを知らないらしい。

「組は、まだ山崎優希を探しているのか?あの東京から来た女だよ。」
 俺は飛び上がりそうになる。
 山崎優希という名前が出てきたからだ。
    東の広域暴力団・山崎組会長の一人娘にせて、皮剥ぎ男の餌食になった山崎優希。
 それは俺が、やっと廻戸から聞き出てていた名前だった。

 皮肉にも、もしこの調子でインプリが自ら、零と一緒に彼女に手を掛けた事を認めるような質問をし続けたら、俺はその時点で実質的な調査を終えられる訳だ。
 レコーダーがありさえすれば完璧な筈だ。
 俺の請け負った仕事は、零が造った「服」を手に入れる事だが、それは象徴的な意味に過ぎない。

 要は会長に最後の決断をさせるきっかけを作くれればいいのだ。
 廻戸の言った「物語作り」など、くそくらえだ。
 第一、会長自体からはそんな依頼は受けていない。

 しかし一瞬、俺はインプリに答えるのを躊躇った。
 廻戸の口調からすると、益増組は山崎優希の生存を信じていて、彼女をまだ探しているらしい。
 だが俺はそれを会長からはっきり聞いた訳ではないのだ。
 つまり会長はまだ、迷っている。
 組組織自体は、益増零の処置について、半周後ろを走っているのだ。

 俺は遅れて首を縦に振った。
 インプリの居住まいが微妙に変わったような気がした。
 俺の返答の遅れを察知して「構えた」のかも知れなかった。

 俺はこの時に、自分が生死の瀬戸際に立たされている事を、もう一度思い起こした。
 インプリは、尋問の形を借りて、この奇妙な拷問を楽しんでいるのに過ぎないのだ。
 彼なら廻戸と同じように「人」を何時でも殺せる。

 再び俺の中で、ディシプリンラバーマスクの作りだした闇が、死の闇に変化し始めた時、何処かで、窓ガラスが割れる音がした。

 続いてパンパンという乾いた炸裂音が連続して聞こえた。
 それらの音は、「聞こえ」に半分以上ラバーという遮蔽のかかっている俺には、どこか遠いところでの出来事のように思えたが、俺の前に屈み込んでいる筈のインプリにとってはそれどころではなかったらしい。
 インプリの気配が急速に沈んでいく。
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