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第一章

プロローグ #02

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 ヒアのトップスは、最近見た藤巻が着てた様なオフタートルのニットなのだがそれは、両肩から生地がぎりぎり滑り落ちるか落ちないかといったデザインだった。
 ヒアは自分の着ているものに落ち着かないのか、しきりに肩口を引き上げるが、盛り上がった胸やほっそりしたウエストを強調する身頃に対し、袖はかなりゆったりしているので、ヒアの細い腕ですぐ遊んでしまう。

 ヒアが普段女装時に着てるのは、ピンクだのフリルだのリボンだのと可愛らしさを前面に押し出したモノだが、今日は胸があるので極めて大人しめな色合いにさせていた。
 俺の見立て通り、身体の線を見せつけるデザインの割に下品さのない、見た目だけは清楚なヒアにふさわしい「女の子」ができあがっていた。

「かーわいいなー、ヒアちゃん」
    そう言って、ぴったりとしたセーターの上から形の良い乳房をつつくと、ヒアは恥ずかしそうに身をよじらせて逃げようとした。
「ぃやあ……っ!」
 この触感と過敏反応では、そうと知らなきゃ俺でも偽物とは分からないだろう。
 貧乏探偵家業の俺にとっちゃ偽乳は正直安い買い物ではなかったが、ここまでで十分元は取れそうだ。

「…じゃあ、ちょっとお出かけしようか?」
「ん、ぁ…………え?」
 胸板への刺激に喘いでいたヒアの顔が固まる。
 気付かないふりで、俺はにっこり笑ってうなずいた。

「せっかく可愛いカッコしたんだから、ヒアちゃんと一緒に外行きたいなあ、俺。第一、それがヒアの望みだったんだろ?」
     いや分かっている、そんな事を望んでいるのはヒアに取り憑いた強欲婆ぁの怨霊だって事は、、俺は狡いクズ男なのだ。
    それにヒアには、街で実地訓練的にパイロキネシス能力の調整をしてやる必要があった。
     モノを燃やすのは己が生命の危険を感じた時か、真に憎むべき相手と対峙した時だけだ。
      一々、興奮したからといって発火の触媒になられては困るのだ。

「あの……こ、この、まま?」
「何か問題でもあるのか?」
 あくまで疑問形ではあるが、ヒアに決定権がないことは二人とも…ヒア自身が熟知している。
「………ない、です…」
 そんなわけで、俺は誰もが羨む美乳彼女を連れて家を出た。

 4WDに乗って、以前、この遊びで使ったのとは、また別のカラオケボックスへ。
    車の中にヘビーローテで流れているのは最近の俺のお気に入り、ボブ・マーリーの"No Woman, No Cry"だ。
    いや別にユアへの当てつけではない。
    それじゃまるで俺が性的マイノリティーに対する抑圧者みたいじゃないか。
    俺は単純にレゲエが好きなだけだ。


 腕を組んだヒアとドアをくぐると、二組五人ばかしが、会計だか案内待ちでフロアに居た。
 カップルと、中学生の三人連れ。
 受付で名前を書いてから、俺の貸してやったダウンジャケットにピンクのマフラーを巻いたヒアの頬が上気しているのに今さら気付いたようなふりで声をかける。

「暖房暑い?上着脱げよ」
 そのせいではないことや、上体を動かせばかえって辛い目に遭うことは分かりきっているだろうに、腕を離し優しい彼氏面した俺に言われて渋々ヒアはうなずいた。

 本人的にはたかが「ただの胸パッド」で自分が感じてしまうとは、"僕は夢にも思っていなかった"って設定なのだろう。
 わざとヒアの胸に触れた腕を揺すったり動かしたりする度に、不自然に息を詰めつつもヒアは一言も発さなかったのだ。
 自分自身の羞恥心が災いして、さらなる責め苦を味わってしまうヒアが哀れで哀れで…普段自分が尻に敷かれている立場の逆転を考えると非常に楽しい。

 のろのろとマフラーを外し黒いジャケットを脱ぐと、ヒアの可愛らしい顔に、先ほどからこちらをチラ見していた男が目を見張るのが分かった。
 まあ大人しそうな顔して上着脱いだら昔の小○栄子みたいな乳が出てきちゃったら、凝視しちゃうのが男の性だろう。
 おまけにその持ち主が、色白できゃしゃな美少女とくれば、それこそそれなんて理想的エロ物体ってわけだ。
 連れの彼女に訝しい目で見られ、慌ててつつも未練がましく男が店を出て行く。

 しかし今度は中学生達がチラ見してきた。
 顔から先に見たヒアも胸から先に見たヒアも、結局はヒアに釘付け。
 当の本人はといえば、俺と並んでソファにかけたはいいが上着を前に抱えてはそれにたわむ乳房が、横に置いてもぷるるんぷるんするし、それと周りの目が気になる。
 ガキの不躾な視線にヒアが気付かないわけがない。
 結局、ヒアは膝下ロングブーツまで生足の腿に上着を置き、両手をその上に乗せた。
 足の冷たさは和らいだだろうが、今までなかった膨らみに勝手が違うのか、肘を曲げたり伸ばしたりと落ち着きがない。
 その度に編み上げリボンが窮屈そうな、はち切れそうなニセ乳がうねる。
 「わぁ…」と丸聞こえの感嘆の声をあげる彼らに負けないよう、俺はつとめて無神経にヒアの顔を覗き込んだ。

「…ブラ、小さかったかな?」
「……っ!…」
「可愛い巨乳お姉さん」に夢中になってたガキどもの目がそこに集中したのか、ヒアは視線をさまよわせ結局俺を睨みつける。
 カッと赤らめた目元と潤んだ瞳は、羞恥のためだけではない。
「な、なに言って…っ」
『バスティエンジェルス』の吸着力はなかなかのようで、絞り出す声は上擦り掠れていた。

 ヒアの声は、真っ最中ん時の喘ぎ声みたいだった。
 もう少し楽しみたい気もしたが、部屋に案内された中学生に続き、受付から名前を呼ばれたので、俺はビクンと肩を震わせるヒアの腕を引き立ち上がった。

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