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プロローグ
#00 自転車女
しおりを挟む撮影中、現場ににたまたま通りかかる通行人が邪魔になる時がある。
一番問題なのは子どもで、彼らは遠慮がないから思ったことをすぐ口にするし、こちらに絡んで来る時もある。
逆に、おおかたの大人はこちらの側を通過する時も眉をしかめて通り過ぎるか、無関心を決め込むのが普通だ。
だから意外と撮影の邪魔にはならない。
大人だとまあ激しい方のリアクションでも、こちらを大袈裟に振り返ったり、ヒソヒソ話をする程度だ。
……これが普通の撮影ならピースサインの映り込みくらいまではあるのかも知れないが、、何分撮影内容がエロだから、、反応すると自分まで変態だと周囲に思われるという気になるのだろう。
それは人前で堂々とキスをするサカッた若い衆だってそうなのだ。
カメラの力って凄い。
いやエロの力か?羞恥の力か?
・・・・・・ソレが立ち止まった。
正確に言うとソレは自転車に乗っていたから、停止して振り返ったと言った方がよいのか。
ソレの見た目は、身体の線が崩れ初めているけれど30前後の女性だろう、こっちと同じくらいの歳だ。
彼女が数メートル離れて自転車を止め、こちらを振り向いたのが見えのだ。
そしてその後どういう訳か、彼女はこちらに背中を向けたまま、首を180度回転でギギと振り向きぴくりとも動かないのだ。
勿論、こちらだって彼女の事をじっと観察していた訳じゃない。
撮影相手の娘と絡みながら薄目を開けると、そんな彼女の状況が時々こちらの視界に入るという程度なのだが、ただでさえ恥ずかしい路上でのディープキス、、気持ちが覚めてしまうと、何も出来なくなる。
そう、その女はさっきからぜんぜん動かないのだ。
こちらの方は彼女が気になり過ぎて変な風に緊張して来くるし、次はアタシが相手の娘(オモチちゃん)の鼻を舐める段取りになっていたので、その二つが重なって思わず変な緊張感で吹きだしそうになった。
『オモチは鼻をこちらの口で覆い含んで、小鼻や穴を舐めてやると凄く可愛いく反応する』
でも今は、やばいよ。きっとエロ顔じゃなく、アタシの顔はゆるんで映っているって、、。
それにしてもなんなのあのオンナは、ひょっとして頭がオーバーワーク気味のレズかなんかなの?
参加したいんならここのカメラマン件、現場監督(ってか仕切り)に言えば、、なんでもアバウトな奴なんだからアドリブで、、とかなんとか考えている内に、正面にいたオモチちゃんの顔がずれ、自転車女の振り返った顔が一瞬だけ鮮明に見えたのだ。
『……、…、…、!』
・・・・ようやくその自転車女は立ち去ってくれたんだけど、、世の中には"色んな奴ら"がいるんだなぁと、多少の恐怖感を持って再認識した一日になった。
それにしても今回の撮影では自分の二の腕が気になる!!!タップンタップンが好きな殿方もいるけれどやっぱし女王様は女豹のイメージ。・・それに化粧濃すぎたか?、、、まぁコレはOKね。元が判らんぐらい化けるのは好き。
この撮影が終了した帰り、大阪難波花月の少し入り込んだ裏通りを歩いていたら、知り合いの殿方に会った。
こっちは撮影用メイクの全てを落として、夜に向けてまだ化けていない昼下がりだったから、向こうは、アタシにまったく気が付かない様子。
化けると言えば殿方の方も化けていた。
普段の彼は、背が高くて彫りの深い顔をした家族思いのナイスガイで、さらにとても折り目正しい品行方正な立派な人なのだ。
おまけに剣道が趣味と来てる。
その殿方が、まるでやくざのような服装で、派手な格好をしたお水の若い女の子をつれて、やに下がりながら肩で風を切って歩いていたのだ。
四十代後半、分別盛り、、普段の見かけは浮気が余りに似合わぬ人なので、正直言ってアタシは彼の裏表に少し興奮してしまった。
ジェットコースターは「墜ちる恐怖」を楽しむ遊具だけど、それに似てる。
彼の姿を見て、ついつい引きこまれるのは、その堕ちる落差のせいだ。
「家族を裏切ってまで…墜ちてしまえ!」と心の中で呪詛の言葉を吐きながら、その実、アタシは彼の不実行為に興奮しているのだった。
………………………………………………………………
「これファッション的にはいまいちなんだけど、、、。」って前置きで、塁(ルイ)君が貸してくれたのがドーマクラブのオールド フェチビデオ。
こう云う代物をコレクションしてる所が塁君らしい。
字幕なし、ドイツ語(多分)が飛び交うビデオで、ここに登場するカップルがどんな関係なのかがつかめないんだけど、この二人が本気で仲がいいのは確か。ひょっとしたら本当の夫婦なのかも知れない。
内容は中年のカップルが繰り広げるラバーボンデージの世界。
日本でも明智伝鬼さんなんかが縄師で延々と女性を責めていくAVシリーズがあるけれど、あれのラバー版という感じ。
アタシには「縄」に反応する部分がないから、あんなんで何故感じるのって感じでピンとこないんだけど、ラバーフェチでない人にとってはこのビデオも同じ事なんだろうな、、、。
ラバーキャップやオールインワンとかラバー拘束具を重ね着させては脱がし、又、着せて、合間にラバーの上から身体を愛撫するだけだもんね。
でもこのビデオで繰り広げられるボンデージはかなりリアルで壷だった。
まず女性の方が拘束に逆らわないで協力的なのよね。
ラバーで拘束されるのが本気で好きみたい。
その癖、拘束されたまま放置されると、凄く恐怖感を感じるみたいでゴムの芋虫状態でビクビク身体をうねらせるの。まあこれって恐怖と快感が裏表にあるんだけどね。
男の方も愛情が深いって言うか、マジのラバリストなんだよね。これが。
ゴムで覆われた女性の身体をさも愛おしいって感じで撫でたり、マスクで覆われたつるつるの頭部を抱きしめたり。
でもなんといってもラバー拘束を解いた瞬間に「よく頑張ったね。」って感じで、女性にキスしてやる所がいいんだよね。
うらやましいなー。
お互いの性について深い所まで知り抜いていて、信頼の上でより快楽を高めていけるって一番、理想的じゃない。
そういう理想の性愛って、意外とノーマルなセックスよりアブノーマルな形態の方が探求しやすいんじゃないのかって最近思うのよね。
「いいよねコレ。塁君はファッションが古いって言うけど、アタシはそんなに思わないな、最近のフェチ物って思い付きを盛り込み過ぎて、エロさが減退してると思うのよね。」
「それ僕に対する嫌味ですか?」と塁君は言うが、別に拗ねてる訳ではない。
小日向塁はエロ爽やかな新進気鋭の映像クリエィターなのだ。
やや青みがかった黒い瞳と切れ長の目を持つ青年。
因みに、トナカイの目は夏は茶色っぽいが、冬には青っぽくなるそうだ。
極夜となる高緯度地域の冬の期間に物体を認識しやすくするための対応で、他の動物ではほとんど見られない変化なのだそうだ。塁君の瞳はそんな感じ。
こうやって彼とソファに並んで座っていると、バランスの取れた体型をしているので目立たなけれど意外に長身な人である。
「ところで前の撮影、苦労したでしょ?あの変な自転車女、邪魔だったんじゃない?」
とアタシは言って見たのだが、本音では塁君にアノ事を笑い飛ばして貰いたかったのだ。
「ああ、あの程度の地縛霊は力が弱いから、僕のカメラには映りませんよ。でもKさん、あれが良く見えましたね。僕はてっきり、Kさんは全然霊能のない人だと思いこんでた。」
塁君が霊能力の持ち主だという噂話は知っていた。
だから確認したのに…。
その塁君の言い様に、なんだか怒っていいのか怖がった方が良いのかよくわからない気持ちになった。
「じゃやっぱ、アレは幽霊なの…?!でも真っ昼間だったよ。」
「…幽霊ね…。成仏出来ない人間の霊を幽霊と呼ぶなら、違いますね。アレはあの地場に固着された単純な小霊気で、ある特定の条件が揃った時に召喚者に合わせた姿で出現するんですから。」
「じゃ、なに!?アタシ達がその塁君のいう召喚者だったって事なの?アタシはそんなのに祟られる様な事はした…いやあるけど、たいした事やってないって、ましてやオモチなんて。」
M女で人の良いオモチちゃんなんて、騙される事はあっても騙す事なんてあり得ない。
「いや、でも、まぁ…そうなりますかね。しかし出るだけで祟りもしないし、特に気にしなければ何も問題ないでしょ?」
塁君は事もなげに言う。
「………。あいつ、アタシ達の事、妬んでた…、。嫉妬に狂ってまんまるの黒い穴みたいな眼でアタシ達の事、睨んでたよ…。あんなのほっておいていいの?」
アタシは霊感はないけど昔から人間のそういう情感だけは良く判った。
「困ったな、僕は警察じゃないし…。それにあの程度のものはエネルギー量が少ないから、時間が経てば一定の放出を済ませて自ら消滅しますよ。兎に角、Kさんはこれからも大丈夫。僕が側にいるんだから。」
その時、アタシ・道間恵は、迂闊にも小日向塁が『これからも』と言ったことを気に留めないでいた…。
応援ありがとうございます!
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