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第6章 強い女 ダラガン、我が故郷
第34話 アレグザンダーとリプリー
しおりを挟む柳緑達が眠っているソファのある居間に、アレグザンダーがやって来た。
「おはよう!」
その声は極めて明るかったが、アレグザンダーの目の下には、くっきりと隈が出ていた。
誰の目にも彼が睡眠不足なのは明らかだった。
「大丈夫?アレグザンダー?あまり寝てないんでしょ。」
「いやね、リプリーに会ったらどう説明しょうって、考え始めたら眠れなくなってね。」
「酒でも飲めば良かったのに、俺達のが幾らでもあるだろう。」
柳緑がなにげなくそう言った。
「いやー、いくら何でもそれはね。私は飲み過ぎる。二日酔いで作戦決行ってわけにはいかないだろう?ところで、朝飯食っていくか?まだ時間はタップリあるだろう?実は黙っていたが、とっておきのコーヒー豆があるんだ。君たちが来るちょっと前に街で偶然見つけた。食べ物の方は、武器と違ってまだある所にはあるもんだ。最近の食品保存技術はすごいぞ!それでも賞味期限は、ちょっとオーバーしてるけどな。…贅沢だろう?良い感じの日の朝に、飲もうと思っててね。それが今日だ。いつもの料理で申し訳ないが、飯を食ったら、そのコーヒーを飲もう。」
「いいね。いいね。飲もう、飲もう!ご飯だって、アレグザンダーが作ってくれたのは、毎日、毎朝、真昼、毎晩、全然、OKだよ!」
花紅がはしゃいだように言った。
アレグザンダーがキッチンカウンターに入り込んで、いつもように料理をし始めた。
「ねえ柳緑。アレグザンダーがさっき言った事、嘘だよ。」
花紅が小声で言う。
「僕は、って、プロテク寄りの僕だけど、柳緑が寝てる間、ずっと周囲を監視してるじゃん。それで判ったんだけど、アレグザンダーは、昨日の夜、自分の寝室から出ていってる。直ぐに帰ってくると思ったけど、一晩中、ずっとだよ。まあ僕の探査距離では、彼が何処に行ったかまでは判らないけど。」
「いいじゃないか、ほっておいてやれよ。俺は奴が、この後、ちゃんと動いてくれればそれでいい。それにお前が、その時、俺を起こさなかったのは奴の動きが俺達にとって、脅威じゃないって判定したからなんだろ?」
「それは、そうだけどさ。なんか引っかかるんだよね。あっ、言っとくけど、これ彼を仲間として認めた上の話だからね。」
「判ってるよ、そんな事は。アレグザンダーは良い奴だ。」
「おーい花紅君。皿運ぶの、少し手伝ってくれないか?」
キッチンカウンターから聞こえるアレグザンダーの声は、いつもにまして晴れやかだった。
・・・・・・・・・
柳緑達はカブで、スタジアム近くの奴隷村の裏手に回り込んだ。
道案内は、もちろんアレグザンダーの役目だ。
敵に発見されない為に、迂回路を使ったから、カブでも徒歩の数倍の時間がかかった。
プロテクを完全装備した柳緑一人なら、カブがなくても軍城に忍び込めたが、アレグザンダーがいて、おまけにジャンヌ・リプリーという女性をこれから同行させるとなったら、カブの使用は必須だった。
柳緑は奴隷村エリアの外れにある、藪の中にカブを突っ込みそれを隠した。
そこからはスタジアムからの監視領域になる為、徒歩にならざるを得ない。
アレグザンダーを先頭に、柳緑達は奴隷村を構成するプレハブ兵舎が立ち並ぶ真裏に、忍び込んだ。
「ここだよ。ここがリプリーのいる場所だ。彼女は奴隷の中でもVIP扱いだから、ここに一人でいる。」
アレグザンダーがあるプレハブ兵舎の裏側の壁にへばり付くようにして言った。
「壁は笑うほどペラペラだ。俺が焼き切るから、あんたは直ぐに中に入って、交渉しろ。俺は中から壁をもう一度修復する。あんたの交渉が上手くいくまで、誰にも気付かれたくない。」
「まるで丁寧な泥棒だな。」
「知ってるか。丁寧じゃない泥棒の事を強盗っていうんだぜ。俺は強盗はやらない。」
そういった柳緑は、すでに右手首から万能マニピュレーターを出して壁を焼き切り始めている。
人が通れる穴が確保されるまで、あっというまだった。
その穴から、アレグザンダーがプレハブ兵舎の中に飛び込んでいく。
アレグザンダーの姿を見た女性が驚いたように口に手を当てた。
叫び出さないのは、侵入者が知人だと判ったからだろう。
『上手くやれよ、相棒。』
柳緑は心の中でそう思いながら、切り取った壁の一部をもう一度溶接しなおしている。
今度は少し時間がかかった。
「こっちに来てくれ、柳緑君。君を彼女に紹介する。」
アレグザンダーが抑えた声で呼びかけてきた。
出だしは上々だったのかも知れない。
ジャンヌ・リプリーは大柄の女性だった。
年頃はアレグザンダーと同等、がっしりと張った顎をのぞけば、相当な金髪美女だった。
「よろしく。俺は柳緑、そしてコイツは、花紅。」
柳緑はそういうなり、自分の隣に花紅を出現させた。
それぐらいで驚く様なら、このプラン自体が実行出来ないと判っていたからだ。
「凄い高性能のホログラムね。私、こんなの見たことないわ。」
「こんなのって、言わないでください。僕傷ついちゃいます。」
さっそく花紅が、人誑しに入っている。
「ごめんごめん、坊や。これからは花紅君って言うわ。でお二人さん、これからどうするの?」
全てが判っているような口調で、リプリーが言った。
もちろん、こんな短時間で、彼女が柳緑達の事情を理解できている筈はなかった。
それでもリプリーは、柳緑達と行動を共にすると言っているのだ。
「ねえアレグザンダー、彼女にどんな魔法をつかったの?」
アレグザンダーの側に近づき、自分の方に彼の身体を引っ張り寄せた花紅が彼に耳打ちした。
「魔法なんか使ってないよ。ただ輸送起立式発射機を盗み出したいから手助けしてくれって頼んだだけだ。…頼むのに少し時間をかけたが…。」
アレグザンダーが小声で答える。
「聞こえてるわよ、マッキャンドレス。それにあの輸送起立式発射機には名前があるの。ゴライアス・ジャベリン、憶えておいて。」
「巨人兵士の投げ槍か、いい名だな。」
そう言いながら柳緑は、兵舎の出入り口まで移動し、扉にあった覗き窓から外を観察し始めた。
「ここから迂闊に外に出て何か騒動を起こしたら、スタジアムから銃弾が雨あられと降ってくるな。」
柳緑が独り言を漏らす。
「その程度の対処法も考えないで、私を誘いに来たのマッキャンドレス?」
リプリーは柳緑ではなく、アレグザンダーに言った。
アレグザンダーは何故か、リプリーに圧倒されていて、口ごもっている
「彼を責めないでやってくれますか。彼をそそのかしたのは俺達で、俺達は大抵の事をぶっつけ本番でやりますからね。」
「なるほどね。何となくマッキャンドレスと貴方たちの関係性が見えてきたわ。で柳緑君、貴方のぶっつけ本番てのを聞かせて。」
「ここを裏から抜け出て、俺達の乗り物の所まで戻ります。後はその乗り物でスタジアムの正面玄関から正面突破して、中のフィールドまで一気に突入します。で、リプリーさん、あなたがゴライアス・ジャベリンに乗り込んで、それでスタジアムを脱出する。ゴライアス・ジャベリンは、ミサイルを積んでいるから、奴ら激しい攻撃は仕掛けて来ないでしょう?それで港の埠頭まで逃げ切る。その後の話は、アレグザンダーから聞いてるでしょ?」
「ええ、そこに、昔、彼がここから逃げ出すのに成功した穴があるんでしょ。それは彼から大昔に聞いたわ。一緒にその穴を使って、この世界からおさらばしようってね。…私、彼と二人でここを逃げる気はさらさらないけど、何か人助けになるならやるわよ。奴らの鼻を明かしてやりたいし、それにここで、大きな花火をあげたら、このブロックの連中だって少しは目が覚めるかも知れないしね。とにかく私は、いつまでも、ここで奴隷でいる積もりはないわ。」
柳緑は、この時、リプリーがアレグザンダーの依頼に応えたと言うより、彼女自身の思惑で、自分たちに協力するつもりになっているのを知った。
「オーケー!話が早い!じゃ、行きましょう!」
そういうと柳緑は再びマニピュレーターを取り出した。
「待って、又、穴を開ける必要はないわ。秘密の脱出口は、昔からここに作ってあるのよ。」
そういってリプリーは、先ほど柳緑が穴を開けた反対側の壁にある戸棚を力ずくで横にずらせて見せた。
「この事、最初から言ってよね。アレグザンダー。ホントはリプリーさんと余り仲が良くないんでしょ?」
花紅がアレグザンダーに突っ込むと彼は顔を真っ赤にした。
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