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第5章 旅の道連れ 愚者達の世界
第31話 カブに乗る理由
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「『俺達に対する疑問』だって?今、君達への疑問から始めると言ったのかい?だったら、あのサイドカーの事だ。あの極めてチャーミングだが、この荒野を旅するには恐ろしく不適格なスーパーカブについてだ。私は一目見てアレが好きになり、アレに乗せてもらってから、アレがもっと好きになった。カブは実に平和な乗り物だ。君達は何故、あのカブに乗ってる?どうやって、あのカブを手に入れたんだい?」
アレグザンダーの表情が子どものそれに変わっている。
「、、、。やっぱり、変わってるな、あんたは。普通、俺達が旅をしてる理由だとか、俺のプロテクとか、花紅の事を根掘り葉掘り聞くもんだぜ。」
「コラプス後のこの世界を旅する人間は、どはずれた好奇心か野望をもってこの幻野を彷徨う。あるいは、どうしようもない事情か哀しみを背負って旅に出るものだよ。他に理由はない。そんなものを聞いてどうする?」
『君の場合は後者だろう』という風に、アレグザンダーは柳緑の顔を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。
「、、それに分野は違うが、私には多少、プロテクや花紅君のようなプログラムについての知識がある。花紅君は、非常にユニークな人工知能だ。君は花紅君を単純なホログラム・エコーだと思っているかも知れないが、彼はそんなもんじゃない。私も、花紅君のような守護天使的アプローチで人工知能を作りだした人物に興味はあるが……それより先に気になるのが、あのカブの事だ。だって正直言って君にとって、あのカブは移動手段としては足手まといになるだけだろう?君なら、もっと適切なのが手に入れられるだろうし、その方が、君にずっと似合ってる。」
先程まで酔に任せて減り続けているアレグザンダーの前ワイングラスが、ずっとそのままになっている。
「花紅の事はおいとくとして、あのカブについては、そう見えるかも知れないな。、、あのカブの元の持ち主は俺の友人だ。この旅に出る餞別だと言って俺に譲ってくれたものなんだよ。、、って、あんたは、そういう上っ面の話を聞きたい訳じゃなさそうだな。」
花紅が心配そうに、柳緑の横顔を見た。
柳緑が、カブの由緒を語ることが、柳緑の古傷に触れる事になるのではないかと危惧しているようだった。
「俺は昔、ある事情で心を病んでいた事がある。で、引き籠もりみたいな状態になってた。そんな時その友人は俺を気にしてくれて、毎日のように見舞いに来てくれていた。もちろん、俺は彼とは会ってない。なんせ、そういう病気だからな。人が信じられずに嫌いになってたんだ。いや人というより、自分自身と言った方が正しいな。しかしそんな俺でも、俺を面倒見てくれた爺さんやかかりつけの医者のお陰で、なんとか持ち直す事が出来た。でも、それと入れ替わるようにして友人がピタリと俺の元に来なくなっていた。そりゃ、凄く気になったさ。それにその頃、俺は街を出る事を考え始めていて自分の回りを整理しておこうと思ってたからな。である日、思い切って、その友人を訊ねたんだよ。」
柳緑はそこで一息ついた。
そして少し首を左右に振った。
もしかすると、柳緑は自分の心の病の原因となった自分の姉の死について、目の前のこの男に話さなかった事を少し後悔したのかも知れない。
「奴に会って、、、驚いたよ。奴は、両脚を失ってて車椅子に乗ってた。プロテクを着たまま暴漢に襲われたらしい。鍛冶屋は無茶苦茶だからな、、コラプスがあってもなくても、普通に暴力都市のままだ。、、単なる切断だけなら、今時の義足を付ければ、自由に動き回れる。、、けど奴の場合、それに加えて、下半身が完全に麻痺してたんだ。、、それでも奴は、途中で見舞いに行けなくなってゴメンなって俺に言いやがった。でも、こうやってお前が回復してて俺は嬉しいって、、馬鹿だろ、、。」
柳緑は少し声を詰まらせた。
「いや、なんとなくその友人と君との関係が良く判るよ。」
「俺は、その時、コイツの為ならなんでもしてやろうって気になった。でその時、聞いたんだ。お前、今一番何がしたい?どんな事でも俺が手伝ってやるって。そしたら奴は、昔やってたみたいに、あのカブにのってキャンプがしたいって言ったんだよ。で俺は、奴を車椅子ごとあのカブで外に連れ出すために、細工を始めたって訳さ。」
「それでサイドカーを付けたんだな?通りで、人が乗る単座にしてはかなりシートが大きいと思ったよ。でも良くカブにサイドカーなんか取り付けられたね。元から2輪のものを3輪にするのは、色々な技術や知識がないと、真っ直ぐ走らせる事すら難しい筈だ。」
「それは俺を面倒見てくれていた爺さん、、、いや師匠なんだが。彼に色々な技術を仕込まれたんだよ。今なら俺は、大衆普及型のプロテク程度なら一人で組み上げられる自信がある。カブをカスタマイズした時は、そっち方面の知識を仕入れるのと材料を調達する方に時間がかかっただけだよ。改造自体は、あっというまだった。で俺達は、カブに乗ってキャンプに出かけた。俺はプロテクを着てたから、友人の介護は朝飯前だった。クラブのシャワールームで、お互いのチンポを見せ合うほど気心も知れていたしな。下の世話も、俺がしてやったよ。そんなのは師匠でなれてたし。、、星が綺麗だった。コラプスが起こって、唯一良いことは空が晴れ渡った事だな。でキャンプが終わってから、俺は奴に持ちかけてみたんだ。俺はこの街を出て、旅に出るつもりなんだ、良かったらお前も一緒に来ないか?ってな。もし旅に飽きたら、その時は連れて帰ってやるし、旅先のお前の面倒は、全部俺がみてやるって。奴の両親は、海外出張先でコラプスに巻き込まれてる。あれに切り取られて消滅したんだ。それに世の中はもう無茶苦茶だ。つまり奴が、何をしようが、全然問題ないって、俺は思ってた。」
「思ってた?その友人の答えは、イエスじゃなかったのか?」
アレグザンダーが意外そうに言った。
「ああ、奴は俺は行けないと言った。行きたいけど、行けないってな。何故だと聞いたら、自分がこの家を出て行って、いなくなってたら、両親が帰ってきた時、困るだろう?親父もお袋も、この家に、自分が待ってるこの家に帰ってくるんだ。自分は、この家を長期間留守にするわけにはいかないんだって。、、俺は、もう何も言えなかったよ。」
「、、、そうか。」
アレグザンダーは目を伏せた。
「その代わりと言う訳でもないんだろうが、奴は俺に旅の餞別だと言って、奴のカブをくれた。ただし条件付きでな。」
「どんな条件だったんだ?」
「旅に出る時はサイドカーは付けておいてくれって。そうしたら、俺は自分の家を離れられないけど、いつでもお前の運転するカブの横に乗ってる俺の姿を想像できるってな。」
「、、、それで君はずっとあのカブに乗ってるのか?」
「ああそうだ。俺は見かけによらずロマンチストだろ?驚いたかい?」
「いや別に。、、、ああ、もうそろそろ、君たちの本題の方に戻ろう。君たちのお願いってのはなんだい?」
アレグザンダーは声を詰まらせながらそう言った。
アレグザンダーの表情が子どものそれに変わっている。
「、、、。やっぱり、変わってるな、あんたは。普通、俺達が旅をしてる理由だとか、俺のプロテクとか、花紅の事を根掘り葉掘り聞くもんだぜ。」
「コラプス後のこの世界を旅する人間は、どはずれた好奇心か野望をもってこの幻野を彷徨う。あるいは、どうしようもない事情か哀しみを背負って旅に出るものだよ。他に理由はない。そんなものを聞いてどうする?」
『君の場合は後者だろう』という風に、アレグザンダーは柳緑の顔を真っ直ぐに見ながら言葉を続けた。
「、、それに分野は違うが、私には多少、プロテクや花紅君のようなプログラムについての知識がある。花紅君は、非常にユニークな人工知能だ。君は花紅君を単純なホログラム・エコーだと思っているかも知れないが、彼はそんなもんじゃない。私も、花紅君のような守護天使的アプローチで人工知能を作りだした人物に興味はあるが……それより先に気になるのが、あのカブの事だ。だって正直言って君にとって、あのカブは移動手段としては足手まといになるだけだろう?君なら、もっと適切なのが手に入れられるだろうし、その方が、君にずっと似合ってる。」
先程まで酔に任せて減り続けているアレグザンダーの前ワイングラスが、ずっとそのままになっている。
「花紅の事はおいとくとして、あのカブについては、そう見えるかも知れないな。、、あのカブの元の持ち主は俺の友人だ。この旅に出る餞別だと言って俺に譲ってくれたものなんだよ。、、って、あんたは、そういう上っ面の話を聞きたい訳じゃなさそうだな。」
花紅が心配そうに、柳緑の横顔を見た。
柳緑が、カブの由緒を語ることが、柳緑の古傷に触れる事になるのではないかと危惧しているようだった。
「俺は昔、ある事情で心を病んでいた事がある。で、引き籠もりみたいな状態になってた。そんな時その友人は俺を気にしてくれて、毎日のように見舞いに来てくれていた。もちろん、俺は彼とは会ってない。なんせ、そういう病気だからな。人が信じられずに嫌いになってたんだ。いや人というより、自分自身と言った方が正しいな。しかしそんな俺でも、俺を面倒見てくれた爺さんやかかりつけの医者のお陰で、なんとか持ち直す事が出来た。でも、それと入れ替わるようにして友人がピタリと俺の元に来なくなっていた。そりゃ、凄く気になったさ。それにその頃、俺は街を出る事を考え始めていて自分の回りを整理しておこうと思ってたからな。である日、思い切って、その友人を訊ねたんだよ。」
柳緑はそこで一息ついた。
そして少し首を左右に振った。
もしかすると、柳緑は自分の心の病の原因となった自分の姉の死について、目の前のこの男に話さなかった事を少し後悔したのかも知れない。
「奴に会って、、、驚いたよ。奴は、両脚を失ってて車椅子に乗ってた。プロテクを着たまま暴漢に襲われたらしい。鍛冶屋は無茶苦茶だからな、、コラプスがあってもなくても、普通に暴力都市のままだ。、、単なる切断だけなら、今時の義足を付ければ、自由に動き回れる。、、けど奴の場合、それに加えて、下半身が完全に麻痺してたんだ。、、それでも奴は、途中で見舞いに行けなくなってゴメンなって俺に言いやがった。でも、こうやってお前が回復してて俺は嬉しいって、、馬鹿だろ、、。」
柳緑は少し声を詰まらせた。
「いや、なんとなくその友人と君との関係が良く判るよ。」
「俺は、その時、コイツの為ならなんでもしてやろうって気になった。でその時、聞いたんだ。お前、今一番何がしたい?どんな事でも俺が手伝ってやるって。そしたら奴は、昔やってたみたいに、あのカブにのってキャンプがしたいって言ったんだよ。で俺は、奴を車椅子ごとあのカブで外に連れ出すために、細工を始めたって訳さ。」
「それでサイドカーを付けたんだな?通りで、人が乗る単座にしてはかなりシートが大きいと思ったよ。でも良くカブにサイドカーなんか取り付けられたね。元から2輪のものを3輪にするのは、色々な技術や知識がないと、真っ直ぐ走らせる事すら難しい筈だ。」
「それは俺を面倒見てくれていた爺さん、、、いや師匠なんだが。彼に色々な技術を仕込まれたんだよ。今なら俺は、大衆普及型のプロテク程度なら一人で組み上げられる自信がある。カブをカスタマイズした時は、そっち方面の知識を仕入れるのと材料を調達する方に時間がかかっただけだよ。改造自体は、あっというまだった。で俺達は、カブに乗ってキャンプに出かけた。俺はプロテクを着てたから、友人の介護は朝飯前だった。クラブのシャワールームで、お互いのチンポを見せ合うほど気心も知れていたしな。下の世話も、俺がしてやったよ。そんなのは師匠でなれてたし。、、星が綺麗だった。コラプスが起こって、唯一良いことは空が晴れ渡った事だな。でキャンプが終わってから、俺は奴に持ちかけてみたんだ。俺はこの街を出て、旅に出るつもりなんだ、良かったらお前も一緒に来ないか?ってな。もし旅に飽きたら、その時は連れて帰ってやるし、旅先のお前の面倒は、全部俺がみてやるって。奴の両親は、海外出張先でコラプスに巻き込まれてる。あれに切り取られて消滅したんだ。それに世の中はもう無茶苦茶だ。つまり奴が、何をしようが、全然問題ないって、俺は思ってた。」
「思ってた?その友人の答えは、イエスじゃなかったのか?」
アレグザンダーが意外そうに言った。
「ああ、奴は俺は行けないと言った。行きたいけど、行けないってな。何故だと聞いたら、自分がこの家を出て行って、いなくなってたら、両親が帰ってきた時、困るだろう?親父もお袋も、この家に、自分が待ってるこの家に帰ってくるんだ。自分は、この家を長期間留守にするわけにはいかないんだって。、、俺は、もう何も言えなかったよ。」
「、、、そうか。」
アレグザンダーは目を伏せた。
「その代わりと言う訳でもないんだろうが、奴は俺に旅の餞別だと言って、奴のカブをくれた。ただし条件付きでな。」
「どんな条件だったんだ?」
「旅に出る時はサイドカーは付けておいてくれって。そうしたら、俺は自分の家を離れられないけど、いつでもお前の運転するカブの横に乗ってる俺の姿を想像できるってな。」
「、、、それで君はずっとあのカブに乗ってるのか?」
「ああそうだ。俺は見かけによらずロマンチストだろ?驚いたかい?」
「いや別に。、、、ああ、もうそろそろ、君たちの本題の方に戻ろう。君たちのお願いってのはなんだい?」
アレグザンダーは声を詰まらせながらそう言った。
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