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第5章 旅の道連れ 愚者達の世界
第30話 大草原のヒモ的生活とテロメア解
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「、、、そうだな。それに実際の問題は、コラプスが何故起こったかじゃないと思うんだよ。その時、人間が何をしたかだ。」
アレグザンダーは自分の中の昔の記憶をまさぐるような表情を見せて言った。
「、、まったくだ、それはその通りだ。」
柳緑が深く頷いた。
「コラプスの後、人々はそれぞれの思惑で、世界の変化を読み取り自分がどう生き延びるのかを必死になって考えた。この都市でも、この問題に一番早く、そして最も正解に近い答えに辿り着いて、しかもそのプランを苛烈に進められる力を持った人間達がいたんだ。」
「皮肉な事にここじゃそれが、ERAシステムズの企業軍だった……て事だな。」
「彼らの動きは速かった。まずは、お膝元のERAシステムズ社自体を武力で制圧した。私はその時、社を逃げ出したんだよ。まずは街に逃れた。でも街の住民達は、既に暴徒化し始めていた。企業軍のように統率がとれておらず、しかも個人的な欲望のままに動くから、彼らの方がタチが悪かったくらいだ。彼らの中には、人殺しをまるで狩りのように楽しむ輩がすくなからずいた。私は都市の闇の中を逃げ回ったよ。一度は自衛の為に、銃を手にしようとしたが止めた。私はそんな事が出来る人間じゃないんだ。それに今度は、暴徒化した市民と企業軍との戦いが始まりかけてた。都市から出来る限り遠くに逃げる必要があったんだ。だから私は港に向かった。海に出れば、なんとかなるかもと考えたんだよ。」
「そこであの出入り口を見つけたんだね。」
花紅が腑に落ちたように言った。
「見つけたというより、全くの偶然だ。私は港に身を潜めながら、予め目を付けておいた損傷の少ない小型ボートに乗り込む機会を伺っていたんだ。この頃は既に、暴徒の群れは港にまで達していたからね。彼らの目当ては、倉庫の中の荷だったり大型船の積み荷だったが、もちろん、非力な人間を見つけたら目的は直ぐに狩りに変わるんだ。で私は、彼らが眠っている筈の夜明け前に計画を決行する事にした。小型ボートが繋いである艀まで、埠頭を脚がちぎれるんじゃないと思える程走った。でも駄目だった。後ろから銃弾が飛んできた。彼らが楽しもうとせず、本気で撃ってたなら、私はその時、死んでいただろう。でも彼らは射的を楽しむ積もりで私を狙ってた。射撃の腕を競い合うかのように、ワザと私の身体すれすれを狙うんだ。多分、耳とか、服の端とか、そういうのを順番に削り取ろうとしてたんだろう。でもいつかは誰かが、彼らのゲームに終止符をうつ。私は無我夢中で走りに走った。で気がついたら私はあの大草原にいたってわけだ。」
「今の話だと、あんたは着の身着のままに、あの世界に転がり込んだんだろう?相当苦労した筈だよな。」
「ああ、だから私は、元の世界に帰る時の為に、自分が出てきた場所を必死になって頭の中に叩き込んだ。」
「あの草原は、どこもかしこも似たようなもんでしょ。よく憶えられたね?」
「その為に私は転がり出た場所からほとんど動かなかった。まわりの光景が私の頭の中に焼き付くまで、朝も昼も夜もそこにいた。遠くに見える山並みの稜線、星の位置、太陽の位置、手がかりは、少なかったけどね。」
「直ぐに戻るって手もあっただろう?アンタを襲った暴徒だって、あんたの帰りを港で待ってる程、暇じゃない。」
「それも考えた。でもここで、時間稼ぎが出来るとも思ったんだ。軍は圧倒的な兵力を持っている。数週間もあれば、暴徒を鎮圧してしまうだろうと。そしてその間は、人が見てはいけない地獄のような期間の筈だ。もう少し、あの街が落ち着いてから帰る方が得策じゃないかとね。で、三日後だったか、少しは自分の記憶に自信が出始めた頃、私は移動し始めた。というより食べ物が欲しかったんだ。水も、草に付く夜露を飲んでいたんだが、そんなので充分な筈がないからね。で一キロも移動しない内に私は倒れた。まさに行き倒れだよ。」
「そこで草原を移動中のイェーガン老に拾われたってわけか。」
「ああ、それからの数年は、正に夢のような時間だった。イェーガン老は凄い人だった。私は毎晩のようにイェーガン老の大テントに呼ばれ、私の世界の話をするようにとせがまれた。そのうち、話すことがなくなって、試しに私の持っている科学知識を披露してみたんだ。それさえ、あの人は理解した。それと、そのお礼だと言って、私は自分用のテントと、私の身の回りの面倒をみる人間を当ててくれた。集落の寡婦だった。彼女の夫は、レプタイルズとの闘いで傷を負い、原因不明の病でこの世をさったそうだ。」
「その女の人ってこんなだったでしょ?」
花紅がボディビルダーのように両腕を曲げて力こぶを作る真似をした。
「あああ、そうだったよ!」
アレグザンダーは花紅の仕草に笑って見せたが、その目には涙がうっすらとにじんでいた。
「あんた、まるでヒモだな。大草原のヒモ野郎。」
柳緑が笑いを取りに行った花紅に、覆い被せるように言った。
「いや、そうでもなかったよ。私には料理の才能があったからね。というか、彼女が出してくれる食べ物は荒々し過ぎた。ちょっと工夫を加えれば凄く美味くなる食材ばかりなのに、それをしない。それをしないのは、彼女だけじゃなかったけどね。だから料理は私がした。それを食べた彼女は目を丸くしたよ。どんな精霊の力を使ったんだ?ってね。しばらくしたら、私の料理の腕を知って、入れ替わり立ち替わり、集落の者が教えを乞いに私の元にやってきたよ。それで私は、すこしあの集落の人々に恩返しが出来たと思ってる。」
「幸せだったんだな。俺達もしばらくだが、あそこで世話になった。だからよく判るよ。で、そのあんたがなんでこの世界に帰ってきたんだ。」
「私は彼らと一緒に、あの大草原を端から端まで2週した。君もコラプスが起こってからも、混ぜ込まれた各世界の時間の流れだけは、ほぼ一緒だって事は知ってるだろ。私は3年彼らと生活を共にした。そして私には、絶対起こらないだろうと思っていたホームシックにかかった。それとコレは、詳しくは言えないが、私にはこっちにやり残した仕事が一つあってね。それがどうしても気がかりだったんだ。そして私はついに、あの見え覚えのある出入り口の前に通りかかる機会を得たんだ。その日の夜、私はこっそりテントから抜け出し、一晩歩き詰めてあの出入り口の元にもどった。誰にも声は掛けなかった。言ったら、自分の決心が揺らぐと思ったからね。、、、後から思えば集落を捨てたのは、大きな間違いだった。私にとってあの場所以上のものはない。だが、あの時はそれが判らなかったんだよ。」
そこまで言ったアレグザンダーは、本当に後悔しているというように、深く瞼を閉じしばらく目を開けなかった。
「ありがとうアレグザンダー・スーパートランプ。これで経緯がよく判った。ますます頼みやすくなったよ。」
柳緑は素直に自分の思い口にした。
「頼む?頼むってなんの事だ。」
アレグザンダーが不安げに言った。
「いや待ってくれ、その話の前に、もう一つ教えてくれないかな?さっきの話で、あんたがERAシステムズの科学者か技術者だって事はハッキリした。何故か、あんたはその詳しい所を口にしたくないようだが、それはそれでいいんだ。でもあんたがERAシステムズに昔からいたんなら、寒舌、いやカーンタンって奴の事を聞いたことはないか?それ、俺にとっちゃとっても重要な事なんだよ。」
「カーンタン?知ってるよ。会ったこともある。」
その返事に柳緑は思わず身を乗り出し、花紅がその柳緑の腕をやさしく押さえた。
「カンターンは、ERAシステムズのプロテク部門が三顧の礼をもって迎え入れた人物だ。当時、ERAプロテク開発に力を入れていて、プロテクを社の三本柱の一つにしようとしてたんだ。思い切って言うが、当時、生体兵器部門だった私は、ある時、上からそのカンターンに協力するように言われたんだ。後で判ったんだが、どうやら私を指名したのは、そのカンターン自身だったらしい。」
アレグザンダーのいう「思い切って言う」は、彼が生体兵器部門だった事で、カンターンの事ではないようだった。
アレグザンダーは、カンターンについてほとんど思い入れがないらしい。
「奴とは、どんな関係だったんだ?」
「関係と言われてもね。2・3回個人的なセッションをしただけで実務的な事は何もせず、私達は別れた。というよりも社が彼をすぐに解雇した。解雇するにあたって社は彼に多大な契約違反金を払ったと言われているよ。」
「奴は一体、何をしたんだ?」
「さあね、よく判らない。その内容も知らされていないんだ。とくかく社は、カンターンという人物に対して大変な見込み違いをしていたと言うことだ。しかし、プロテクとは部門が違う私でも社がそうしたのはなんとなく判るよ。彼は、大変な神秘主義だったからね。」
「神秘主義者?」
「そうだ、普通ならプロテクを製作する際は、その中に入る人間の事を考えるだろう?所が彼の場合はそれが逆だった。プロテクという器自体に意味があって、人間はその付属品のようだった。つまり彼が、私を呼んだのは人間をいかに効率よくプロテクの付属品として使えるかって事を、私と相談したかったわけだ。」
「言ってる意味が良く判らないんだが、、。」
「私だってよく判らないさ。ただあの時に受けた印象を今喋ってるだけさ。そうだな、感じとはしては、コラプスに良く似てるな。コラプスが起こってから、ある種の人間は、コラプスは人間の進歩、いや地球上の知的生命体の進歩をリセットする為に発生したと考えてる。馬鹿な話だ。コラプスで計り知れないダメージを与えられたのは人間であり、他の世界の知的生命体の方だろ。それなのに何故、コラプスの意志などと言うことを勝手に考え、それに自分たちを捧げるような生き方をしなくちゃならないんだ?カンターンの場合は、そのコラプスに該当するのがプロテクのようだったな。プロテクは、人間を理想の存在に変容させるものだ、そんな風な事を、彼は言葉の端々で匂わせていた。ただ、彼のプロテク開発の技術や発想の凄さは尋常じゃなかったのも確かだ。社はその結果に騙され、そして途中で、彼のヤバさに気がついたって事さ。彼にプロテクの製作を任したら、凄い製品はいくらでも生まれるが、それは、生命軽視の思想から生まれる結果だ。きっとそのまま生産ラインに乗せていたら、ユーザーから大変なクレームの嵐が来ていたに違いない。個人に限らず、大企業だって、欲をかきすぎると普段は見えてるものが見えなくなるって事の見本みたいな話だよ。」
「、、、もしかして、あんたとカンターンとの会話の中で、テロメア解って言葉が使われなかったか?」
柳緑は思い切ったようにそう尋ねた。
「言ってたよ、カンターンがね。」
柳緑の顔が蒼白になる。
「テロメア解ってどういう意味なのかな?」
花紅が柳緑の代わりに質問を続けた。
「それも判らないね。彼の造語だったんじゃないか?テロメアは、俗に『命の回数券』とも呼ばれいてるものだけどね。だから普通に考えるなら、テロメア解とは寿命を延ばす方法だとか、不老不死の答えって事になるんだが、彼の場合はそうじゃないようだったな。つまり何故、テロメアみたいなものが生命に存在するのか?生存する為に生まれた生命が、なぜ死に至るタイマーを、元からその身体に埋め込まれているのか?解ってのはそっちの方の答えだと思うよ。そういう感じでカンターンは、テロメア解っていう言い回しをしてたように思う。」
「それ以外の事は、、?」
「知らないよ、最初に言ったけど、確かに私はカンターンと会ってるし、それなりの話はしたが、私自身、彼をうさんくさい人間だと感じてて深くつき合いたくもなかったしね。実際、社が直ぐに彼を首にしてるんだ。私と彼との関係はその程度で、これ以上は他人様に語れるような事はなにも出てこないよ。なんだか君の様子を見てると、それがとても重要な事であるのはよく判るが、残念ながら事実にないことは話せない。」
「、、いや、いいんだ。気にしないでくれ。カンターンって男が実際にテロメア解って言葉を口にした事が判っただけでも、俺にとっちゃ、大収穫なもんでね。」
柳緑が考え込むように言った。
「ねえ柳緑、もう話の方をあっちに進めていいかな?ああいう話って、この際、一気にしちゃった方が良いと思うんだよ。」
花紅が話の方向を変えようとしたのは、柳緑の精神状態が不安定になったのを見て取ったからだった。
「あっちの話ってなんだい?どうも君たちの話は、要領を得ないな。それに私はかなり私の個人的な事情を話した積もりだけど、君たちの方は、全然じゃないのか?いや、イェーガン老の元にいたことや精霊石を授けられた事だけで、君たちは充分信頼に値する人間だとは判ってはいるんだが、、。」
何処までも人の良いアレグザンダーは控えめに不満を口にした。
「だからそれを、これから説明しますよ。」
花紅は沈黙したままの柳緑の代わりにそう答えた。
「いや、ちょっと待ってくれ。そういいながら結局、君たちは私に何か、とてつもない事を押しつけようとしてるんだろ?そんな感じだ。」
アレグザンダーが怯えたように言った。
「半分、当たってるよ。スーパートランプ、、、。確かに俺達のやりくり口はフェアじゃないな。そうだな、、、それじゃ最初に、あんたから、俺達に対する疑問を言ってくれ。それに答える形で、これからの話を進めるよ。」
柳緑はアレグザンダーの空になったグラスに酒を注ぎながら、そうゆっくり言った。
アレグザンダーは自分の中の昔の記憶をまさぐるような表情を見せて言った。
「、、まったくだ、それはその通りだ。」
柳緑が深く頷いた。
「コラプスの後、人々はそれぞれの思惑で、世界の変化を読み取り自分がどう生き延びるのかを必死になって考えた。この都市でも、この問題に一番早く、そして最も正解に近い答えに辿り着いて、しかもそのプランを苛烈に進められる力を持った人間達がいたんだ。」
「皮肉な事にここじゃそれが、ERAシステムズの企業軍だった……て事だな。」
「彼らの動きは速かった。まずは、お膝元のERAシステムズ社自体を武力で制圧した。私はその時、社を逃げ出したんだよ。まずは街に逃れた。でも街の住民達は、既に暴徒化し始めていた。企業軍のように統率がとれておらず、しかも個人的な欲望のままに動くから、彼らの方がタチが悪かったくらいだ。彼らの中には、人殺しをまるで狩りのように楽しむ輩がすくなからずいた。私は都市の闇の中を逃げ回ったよ。一度は自衛の為に、銃を手にしようとしたが止めた。私はそんな事が出来る人間じゃないんだ。それに今度は、暴徒化した市民と企業軍との戦いが始まりかけてた。都市から出来る限り遠くに逃げる必要があったんだ。だから私は港に向かった。海に出れば、なんとかなるかもと考えたんだよ。」
「そこであの出入り口を見つけたんだね。」
花紅が腑に落ちたように言った。
「見つけたというより、全くの偶然だ。私は港に身を潜めながら、予め目を付けておいた損傷の少ない小型ボートに乗り込む機会を伺っていたんだ。この頃は既に、暴徒の群れは港にまで達していたからね。彼らの目当ては、倉庫の中の荷だったり大型船の積み荷だったが、もちろん、非力な人間を見つけたら目的は直ぐに狩りに変わるんだ。で私は、彼らが眠っている筈の夜明け前に計画を決行する事にした。小型ボートが繋いである艀まで、埠頭を脚がちぎれるんじゃないと思える程走った。でも駄目だった。後ろから銃弾が飛んできた。彼らが楽しもうとせず、本気で撃ってたなら、私はその時、死んでいただろう。でも彼らは射的を楽しむ積もりで私を狙ってた。射撃の腕を競い合うかのように、ワザと私の身体すれすれを狙うんだ。多分、耳とか、服の端とか、そういうのを順番に削り取ろうとしてたんだろう。でもいつかは誰かが、彼らのゲームに終止符をうつ。私は無我夢中で走りに走った。で気がついたら私はあの大草原にいたってわけだ。」
「今の話だと、あんたは着の身着のままに、あの世界に転がり込んだんだろう?相当苦労した筈だよな。」
「ああ、だから私は、元の世界に帰る時の為に、自分が出てきた場所を必死になって頭の中に叩き込んだ。」
「あの草原は、どこもかしこも似たようなもんでしょ。よく憶えられたね?」
「その為に私は転がり出た場所からほとんど動かなかった。まわりの光景が私の頭の中に焼き付くまで、朝も昼も夜もそこにいた。遠くに見える山並みの稜線、星の位置、太陽の位置、手がかりは、少なかったけどね。」
「直ぐに戻るって手もあっただろう?アンタを襲った暴徒だって、あんたの帰りを港で待ってる程、暇じゃない。」
「それも考えた。でもここで、時間稼ぎが出来るとも思ったんだ。軍は圧倒的な兵力を持っている。数週間もあれば、暴徒を鎮圧してしまうだろうと。そしてその間は、人が見てはいけない地獄のような期間の筈だ。もう少し、あの街が落ち着いてから帰る方が得策じゃないかとね。で、三日後だったか、少しは自分の記憶に自信が出始めた頃、私は移動し始めた。というより食べ物が欲しかったんだ。水も、草に付く夜露を飲んでいたんだが、そんなので充分な筈がないからね。で一キロも移動しない内に私は倒れた。まさに行き倒れだよ。」
「そこで草原を移動中のイェーガン老に拾われたってわけか。」
「ああ、それからの数年は、正に夢のような時間だった。イェーガン老は凄い人だった。私は毎晩のようにイェーガン老の大テントに呼ばれ、私の世界の話をするようにとせがまれた。そのうち、話すことがなくなって、試しに私の持っている科学知識を披露してみたんだ。それさえ、あの人は理解した。それと、そのお礼だと言って、私は自分用のテントと、私の身の回りの面倒をみる人間を当ててくれた。集落の寡婦だった。彼女の夫は、レプタイルズとの闘いで傷を負い、原因不明の病でこの世をさったそうだ。」
「その女の人ってこんなだったでしょ?」
花紅がボディビルダーのように両腕を曲げて力こぶを作る真似をした。
「あああ、そうだったよ!」
アレグザンダーは花紅の仕草に笑って見せたが、その目には涙がうっすらとにじんでいた。
「あんた、まるでヒモだな。大草原のヒモ野郎。」
柳緑が笑いを取りに行った花紅に、覆い被せるように言った。
「いや、そうでもなかったよ。私には料理の才能があったからね。というか、彼女が出してくれる食べ物は荒々し過ぎた。ちょっと工夫を加えれば凄く美味くなる食材ばかりなのに、それをしない。それをしないのは、彼女だけじゃなかったけどね。だから料理は私がした。それを食べた彼女は目を丸くしたよ。どんな精霊の力を使ったんだ?ってね。しばらくしたら、私の料理の腕を知って、入れ替わり立ち替わり、集落の者が教えを乞いに私の元にやってきたよ。それで私は、すこしあの集落の人々に恩返しが出来たと思ってる。」
「幸せだったんだな。俺達もしばらくだが、あそこで世話になった。だからよく判るよ。で、そのあんたがなんでこの世界に帰ってきたんだ。」
「私は彼らと一緒に、あの大草原を端から端まで2週した。君もコラプスが起こってからも、混ぜ込まれた各世界の時間の流れだけは、ほぼ一緒だって事は知ってるだろ。私は3年彼らと生活を共にした。そして私には、絶対起こらないだろうと思っていたホームシックにかかった。それとコレは、詳しくは言えないが、私にはこっちにやり残した仕事が一つあってね。それがどうしても気がかりだったんだ。そして私はついに、あの見え覚えのある出入り口の前に通りかかる機会を得たんだ。その日の夜、私はこっそりテントから抜け出し、一晩歩き詰めてあの出入り口の元にもどった。誰にも声は掛けなかった。言ったら、自分の決心が揺らぐと思ったからね。、、、後から思えば集落を捨てたのは、大きな間違いだった。私にとってあの場所以上のものはない。だが、あの時はそれが判らなかったんだよ。」
そこまで言ったアレグザンダーは、本当に後悔しているというように、深く瞼を閉じしばらく目を開けなかった。
「ありがとうアレグザンダー・スーパートランプ。これで経緯がよく判った。ますます頼みやすくなったよ。」
柳緑は素直に自分の思い口にした。
「頼む?頼むってなんの事だ。」
アレグザンダーが不安げに言った。
「いや待ってくれ、その話の前に、もう一つ教えてくれないかな?さっきの話で、あんたがERAシステムズの科学者か技術者だって事はハッキリした。何故か、あんたはその詳しい所を口にしたくないようだが、それはそれでいいんだ。でもあんたがERAシステムズに昔からいたんなら、寒舌、いやカーンタンって奴の事を聞いたことはないか?それ、俺にとっちゃとっても重要な事なんだよ。」
「カーンタン?知ってるよ。会ったこともある。」
その返事に柳緑は思わず身を乗り出し、花紅がその柳緑の腕をやさしく押さえた。
「カンターンは、ERAシステムズのプロテク部門が三顧の礼をもって迎え入れた人物だ。当時、ERAプロテク開発に力を入れていて、プロテクを社の三本柱の一つにしようとしてたんだ。思い切って言うが、当時、生体兵器部門だった私は、ある時、上からそのカンターンに協力するように言われたんだ。後で判ったんだが、どうやら私を指名したのは、そのカンターン自身だったらしい。」
アレグザンダーのいう「思い切って言う」は、彼が生体兵器部門だった事で、カンターンの事ではないようだった。
アレグザンダーは、カンターンについてほとんど思い入れがないらしい。
「奴とは、どんな関係だったんだ?」
「関係と言われてもね。2・3回個人的なセッションをしただけで実務的な事は何もせず、私達は別れた。というよりも社が彼をすぐに解雇した。解雇するにあたって社は彼に多大な契約違反金を払ったと言われているよ。」
「奴は一体、何をしたんだ?」
「さあね、よく判らない。その内容も知らされていないんだ。とくかく社は、カンターンという人物に対して大変な見込み違いをしていたと言うことだ。しかし、プロテクとは部門が違う私でも社がそうしたのはなんとなく判るよ。彼は、大変な神秘主義だったからね。」
「神秘主義者?」
「そうだ、普通ならプロテクを製作する際は、その中に入る人間の事を考えるだろう?所が彼の場合はそれが逆だった。プロテクという器自体に意味があって、人間はその付属品のようだった。つまり彼が、私を呼んだのは人間をいかに効率よくプロテクの付属品として使えるかって事を、私と相談したかったわけだ。」
「言ってる意味が良く判らないんだが、、。」
「私だってよく判らないさ。ただあの時に受けた印象を今喋ってるだけさ。そうだな、感じとはしては、コラプスに良く似てるな。コラプスが起こってから、ある種の人間は、コラプスは人間の進歩、いや地球上の知的生命体の進歩をリセットする為に発生したと考えてる。馬鹿な話だ。コラプスで計り知れないダメージを与えられたのは人間であり、他の世界の知的生命体の方だろ。それなのに何故、コラプスの意志などと言うことを勝手に考え、それに自分たちを捧げるような生き方をしなくちゃならないんだ?カンターンの場合は、そのコラプスに該当するのがプロテクのようだったな。プロテクは、人間を理想の存在に変容させるものだ、そんな風な事を、彼は言葉の端々で匂わせていた。ただ、彼のプロテク開発の技術や発想の凄さは尋常じゃなかったのも確かだ。社はその結果に騙され、そして途中で、彼のヤバさに気がついたって事さ。彼にプロテクの製作を任したら、凄い製品はいくらでも生まれるが、それは、生命軽視の思想から生まれる結果だ。きっとそのまま生産ラインに乗せていたら、ユーザーから大変なクレームの嵐が来ていたに違いない。個人に限らず、大企業だって、欲をかきすぎると普段は見えてるものが見えなくなるって事の見本みたいな話だよ。」
「、、、もしかして、あんたとカンターンとの会話の中で、テロメア解って言葉が使われなかったか?」
柳緑は思い切ったようにそう尋ねた。
「言ってたよ、カンターンがね。」
柳緑の顔が蒼白になる。
「テロメア解ってどういう意味なのかな?」
花紅が柳緑の代わりに質問を続けた。
「それも判らないね。彼の造語だったんじゃないか?テロメアは、俗に『命の回数券』とも呼ばれいてるものだけどね。だから普通に考えるなら、テロメア解とは寿命を延ばす方法だとか、不老不死の答えって事になるんだが、彼の場合はそうじゃないようだったな。つまり何故、テロメアみたいなものが生命に存在するのか?生存する為に生まれた生命が、なぜ死に至るタイマーを、元からその身体に埋め込まれているのか?解ってのはそっちの方の答えだと思うよ。そういう感じでカンターンは、テロメア解っていう言い回しをしてたように思う。」
「それ以外の事は、、?」
「知らないよ、最初に言ったけど、確かに私はカンターンと会ってるし、それなりの話はしたが、私自身、彼をうさんくさい人間だと感じてて深くつき合いたくもなかったしね。実際、社が直ぐに彼を首にしてるんだ。私と彼との関係はその程度で、これ以上は他人様に語れるような事はなにも出てこないよ。なんだか君の様子を見てると、それがとても重要な事であるのはよく判るが、残念ながら事実にないことは話せない。」
「、、いや、いいんだ。気にしないでくれ。カンターンって男が実際にテロメア解って言葉を口にした事が判っただけでも、俺にとっちゃ、大収穫なもんでね。」
柳緑が考え込むように言った。
「ねえ柳緑、もう話の方をあっちに進めていいかな?ああいう話って、この際、一気にしちゃった方が良いと思うんだよ。」
花紅が話の方向を変えようとしたのは、柳緑の精神状態が不安定になったのを見て取ったからだった。
「あっちの話ってなんだい?どうも君たちの話は、要領を得ないな。それに私はかなり私の個人的な事情を話した積もりだけど、君たちの方は、全然じゃないのか?いや、イェーガン老の元にいたことや精霊石を授けられた事だけで、君たちは充分信頼に値する人間だとは判ってはいるんだが、、。」
何処までも人の良いアレグザンダーは控えめに不満を口にした。
「だからそれを、これから説明しますよ。」
花紅は沈黙したままの柳緑の代わりにそう答えた。
「いや、ちょっと待ってくれ。そういいながら結局、君たちは私に何か、とてつもない事を押しつけようとしてるんだろ?そんな感じだ。」
アレグザンダーが怯えたように言った。
「半分、当たってるよ。スーパートランプ、、、。確かに俺達のやりくり口はフェアじゃないな。そうだな、、、それじゃ最初に、あんたから、俺達に対する疑問を言ってくれ。それに答える形で、これからの話を進めるよ。」
柳緑はアレグザンダーの空になったグラスに酒を注ぎながら、そうゆっくり言った。
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