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第5章 旅の道連れ 愚者達の世界
第28話 手料理と重力真空域
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「なあ、君たちに頼みがあるんだがな。」
「なんだ。カブに乗っけたくらいでここに泊めてくれるんだ、出来ることなら聞いてやってもいい。」
一気に数十名が同時に座れそうなコの字に組まれたソファセットにふんぞり返りながら柳緑が言った。
「君たちのカブのサイドカーに乗りながら、ジョイントの部分に乗っかってた荷が凄く気になっていたんだ。もしかして、あの中身はイェーガン老の部族の物なんじゃないか?」
「えっ、なんで判るの?」
長大すぎるソファの上で、転げて遊んでいた花紅が不思議そうに言った。
「匂いだよ。あれはチーズの残り香だ。違うか?それと他にも、干し肉や燻製の類もあった筈だ。」
「凄いね。あれを運んでる僕らは全然気付かなかった。僕らの鼻が鈍感なのかな?」
「そうじゃなくて、私があれに飢えていたから、判ったんだろう。あそこで、お世話になっている時は、ただ美味い食べ物だとしか思ってなかったが、こうやって離れてみると、あれが恋しくて仕方がない。」
「食い物を別けてくれって事か?そういうのなら、お安い御用だ。どうやら消費期限がギリギリのようだしな。早く処理しないと、駄目になるし、数も一日分あるかどうかだ。持たしたって風味が落ちる。俺達だけで消費するには限度があるからな。」
「有り難い!今日の夕食用で、私が料理するよ。その分だけでいい。」
「料理は二人分だけでいいよ。コイツは喰えないから。」
「ああ、判ってるさ。花紅君は君のホログラムなんだろ?」
「あんた、最初から花紅のこと判っていたのか?」
「ERAシステムズでは、軍用ホロも開発していたからね。でもプロテクにホロの投影装置を埋め込んであるのは初めて見た。そのプロテクを製作したのは、相当な技術者か科学者だろうね。ERAのプロテク部門でも、そんな製品は作れなかっただろう。」
「、、、そうか、その言葉、俺の師匠が聞いたら、きっと喜んだだろうぜ。かこう、二人分と言ったが、多めに出してやれ。それに発酵酒があったろう。あれも革袋ごと、おまけでだしてやれ。」
「へいへい、人使いが荒いね。」
そう言いながらも花紅はいそいそと、部屋の壁際に止めてあるカブの方に向かった。
見ていると花紅は、いつもキャンプで使っている自炊用のアルマイトの大皿を取り出して、荷から取り出した食料を器用に切り出しては、せっせとその皿に盛り込んでいる。
「あんた、ホログラムの花紅が、なぜあんな芸当が出来るか判ってるんだろう?」
柳緑は疑問に感じていたことを、思い切ってアレグザンダーに聞いてみた。
「ああ精霊石だろ。花紅君の胸に石がぶら下がっている。そのお陰で、彼は実体があるように見える。動いたり細工されたりしてるのは、対象物の方だ。いや最初は、私も少し混乱してたが、カブの舳先に乗っている時の花紅君を見てて、そのカラクリが腑に落ちた。彼がサイドカーの上で飛び跳ねてもサイドカー自体は揺れもしない。」
「なる程な。さすがに俺も花紅も、サイドカーの沈み込みまで計算してないからな。ところであんたは、精霊石を貰わなかったのか?」
「止してくれ。私はあの原野で行き倒れになってる所をイェーガン老に拾って貰った人間だぞ。そんな人間に、一族の勇者である事を示す精霊石が与えられる筈がないだろう。、、でもそれを、部族でもない、あんたが持ってる。凄いな。」
「その代わりに、俺はあの爺さんに、俺の過去を洗いざらい知られた。、、洗いざらいだぞ。まあだからって気分はそれほど悪くなかったけどな。不思議な爺さんだった。ありゃ仙人か、マリーンだな。」
アレグザンダーが柳緑のその言葉に同意するように頷いた。
「ほーい、お二人さん。話が弾んでいるようだけど、僕は早くご飯が食べたいな!」
花紅が食材を持った大皿をウェイターが片手でやるように手の上に置き、もう一方の手で酒の入った革袋をぶら下げてやって来た。
「もういいって、アレグザンダーにはお前の正体はばれてるんだ。お前、腹は減らないだろ?」
「だからー、何時も言ってるじゃん。柳緑は花紅、花紅は柳緑なんだから、りゅうりが腹を減らすと僕も腹がへるんだよ。」
アレグザンダーの方は、そんな二人の会話を無視して、テーブルの上に置かれた食材の山に目が吸い寄せられてる。
「なんだこれ、極上品じゃないか!私があの集落にいる間に、こんなの食べたのは祭りの時ぐらいだぞ。チーズに干し肉・燻製・木の実に穀類に薬草、みな上物だ。、、まかしておきたまえ、今夜は腕によりをかけるぞ!」
そういうとアレグザンダーは大皿を取り上げ、部屋の中にあるキッチンカウンターの中にとんで行った。
「なんだか、あの人変わってるね?」
「たぶん、物作りだけが好きな社会不適応の科学者か、技術者だったんじゃないか?賭けてもいい、それに料理好きだ。」
もちろん花紅は柳緑のホログラムエコーだから賭は成り立たない。
しかし成り立ったとすれば、賭は完全に柳緑の勝ちだった。
小一時間ほどしてアレグザンダーが仕上げてきた料理は絶品だった。
特にメインのシチューは、柳緑がこの旅に出てから味わう一番の味わいだった。
柳緑は無我夢中で料理を食べた。
「りゅうり、りゅうり!」
柳緑の横に座っている花紅が小声で言った。
「なんだよ、五月蠅いな。今食べてる最中だろが。」
柳緑もつられて小さな声で言う。
「アレグザンダーを見てよ。彼、泣きながら料理を食べてる。」
「うん?」
柳緑は口にスプーンを入れたまま、視線を料理から目の前のアレグザンダーに上げた。
確かにアレグザンダーの顔は涙で、くちゃくちゃになっていた。
人間は食べながらでも、嬉しい時、悲しい時に泣く。
それを見た柳緑は何も言わずに、再び料理を口の中に掻き込み始めた。
テーブルの上は雑多な木の実が載った皿とグラス、酒の入った革袋しかない。
他のものは花紅が気を利かせて、キッチンに片付け終わっている。
「遠慮しないで、続けて飲んでくれ。俺達は飲まない。プロテク着てると、酔いが回ったときにうるさい程に警告が来るんだ。しかもその身体の異常ってのは、闘いの結果で生まれたものじゃないから、プロテクはそれを判断し損ねて、何時までも妙な警告を送り続けるんだよ。な、判るだろう?そういった部分のプロテクのプログラムを組むような人間は、飲酒運転を金輪際認めないような人間なんだ。」
柳緑は酒を勧める為に冗談めいていったが、アレグザンダーは食事中の飲酒で、既にアルコールがかなり回っている。
「そうか、じゃ遠慮なしに戴くとするか。私はこれに目がなくてね。これを初めて飲んだ時には、むっとしたが、それはホント最初だけだった。こっちに帰ってきてからは、ことある毎に、コレが飲みたくなってね。苦労した。」
アレグザンダーは革袋からグラスに並々と酒を注ぐと、その半分を一気に飲み込んだ。
「なあアレグザンダー・スーパートランプ、聞きたいことがあるんだが。」
「おっ、やっとその名前で呼んでくれる気になったのか?」
「ああ、ここまで来て、俺はようやく、あんたという人間を信用する積もりになって来たからな。第一、罠を張った人間が、その得物の前で酔っぱらうって事はないからな、、って言うのは冗談だ。俺はアレグザンダー・スーパートランプ、あんたの事がもっと知りたくなって来た。特に俺達の共通点である、あの世界に、あんたが旅立った詳しい経緯とかだな。もし良ければ、それを話してくれないか。」
「ああいいよ。、、別に人に知れちゃ困る秘密が隠されてるような大した冒険談でもないからな。」
アレグザンダーは小皿の上の木の実を一つ摘んで頬張ると、奥歯でそれをかみ砕き、酒で胃に流し込んだ。
「全ての始まりは例によってコラプスだった。だが最初、我々は何が起こったのか判らなかった。特にERAシステムズ本社は、あらゆる面で自立環境を成立させていたからね。都市の方も同じ思想で環境が整備されていたんだ。つまりコラプスのもつ破壊的な影響力は、我々の都市に関しては、すぐには現れなかったって事だ。しかしコラプスの影響から最後まで逃れるわけもなく、その影響は徐々に出始めていた。一番影響が最初に出たのは通信関係だったよ。しかし我々は、それを自分たちのシステム上の問題だと思ってたんだ。まさか、通信する相手自体が、この世から消えてなくなったなんて誰が考える。、、それでも続けざまに、様々な異変が形を変えて起こり、我々はついに、この世界が、何かの天変地異に見舞われたんだという事を知ったんだよ。その決定打になったのは、あの映像だ。通信網が一時的に、正に奇蹟のように回復し、あれが送られてきた。、、君は、あれを見たかい。」
「ああ、リアルタイムで見た。情報に飢えてて、ノイズしか出ない画面を、ことある毎にチェックしてたからな。」
「あの宇宙衛星からの地球表面の画像は今でも目に焼き付いている。最初見た時は、何処かの惑星表面か、フェィク映像だって思ってた。でも本物だったな。あれには、本物しか持ち得ないリアルがあった。」
「ああ、あの映像には、これからの俺達の為に、意味のない謎解きに無駄な時間を過ごさせまいという上から目線の意志みたいなのを感じたよ。…施しだな。予め正解を与えられたようなもんだった。」
「、、だな。だが、そのお陰でコラプスについては、色々な神話的解釈が始まった。確かに、君の言うように、あの宇宙からの映像は意志的だったからね。神話的解釈が嫌いな人々は、後に衛星搭乗員が地球に起こった異変を地上の人々に知らせようと電波を送ったんだと説明したが、それならそれを何処の基地局が受けて、誰がそれを流す判断をしたのか?って問題が残る。しかも地上では、地球規模の大停電が起こり始めていた。あれを逃れられたのは、この都市のような自立系だけだったはずだ。かと言って巷で言われているような、この地球の表面をコラプスによって耕したコラプスキングの存在なんて信じられる筈もないがね。」
「でもコラプスがうさんくさいのは確かだぜ。他世界とのコミュニケーションを可能にするユニバーサルフォースが突然、俺達の頭の中に沸いて出たり、不完全ながらも、コラプス後の地球をナビする闇ソフトまで出回っている。」
「話はそれるが、私は『マルチバースコラプスマップ』について、ちょっと面白い話を知っている。」
「なんだそれ?」
「昔、探偵の知り合いがいてね、その男が、あのソフトの出所を調べてた。」
「パピルス出版社じゃないのか?」
「それは表面の話だろ?君はパピルス出版社の何を知ってる?WWWにフリー契約してる有名な女性レポーターが、あの頃出回り始めた『コラプスマップ』に目を付けたんだ。あれは誰が見ても、インチキ臭いソフトだったが、その必要性に置いては、群を抜いてた。大航海時代の羅針盤みたいなものだったからね。でもその正体は誰にも判らない。その正体をすっぱ抜いたら大スクープになる。コラプス後の大混乱期に求められてた情報の筆頭だ。で、しばらくこの女性レポーターが、独自に情報収集をやってると、どうやらパピルス出版社ってのは架空会社で、あのソフトを流してるのは、ある秘密結社だって話を聞き込んだんだ。」
「パピルス出版社が架空会社だって事は有名な話だけど、、、秘密結社とか言われると、、ちょっとな。陰謀論めくな。」
「だろう?だからそのレポーターは、そこから先の調査を、その探偵に依頼したって訳だよ。」
「コラプス直後の大混乱期にか?確かにそのレポーターさんにとっては、一発当てられるチャンスだったかも知れないが、普通の人間は、探偵といえども、自分が生き延びるのに精一杯の筈だろ。ましてあんたの話しぶりからすると、それ、この都市が舞台なんだろ。」
「、、そうだよ。実際、そんな事をチンタラやってる暇は、誰にもなかった。探偵に聞いたところによると、結局、彼女はスクープどころか、市民同士の小さな小競り合いの流れ弾に当たって死亡したそうだ。あっけないものさ。人間の野望もなにもかも全てを含めて、暴走した暴力がそれらを押し流していったんだ。」
「でも、その探偵さんは、自分が受けた依頼を完遂させようとしたんでしょ?」
花紅が言葉を挟んだ。
「これも後で探偵に聞いた話だが、彼はそのリポーターと深い仲だったらしい。それに私同様、この都市の荒廃に嫌気がさしていた。それに加えて自分が愛した女の死だ。私はこの街を逃げたが、彼は調査に執着した。」
「カッコいい探偵さんだね。」
「ああ。彼は私より多分二つ程上だと思うんだが、丁度、リアルヒーローズと隆盛と没落を見てる世代というか、あの生き様に直撃された若者達の一人だね。」
「ジャスティとかか…、俺はガキだった頃に憧れてた。」
この世界でもジャスティがいたのだと知って柳緑は少し驚いた。
「まあ経緯は判ったけど、こんな世界にいて、パピルス出版社の事が調べられるのか?」
「無理さ。この都市は、重力真空域と海に取り囲まれてる。反乱軍の奴らが、外の世界に打って出ず、この都市に自分達の帝国を築こうと思った主な理由は、それだからね。」
この世界が他の平行世界をレイヤーの様に折り重なって存在するのに対して、重力真空域はミキサーで多元宇宙をグチャグチャに混ぜ込んでしまった状態といえた。
マルチバースインポートテクノロジーを汲み出す為に必要不可欠な場所であると同時に、誰もが恐れる非常に危険で特殊な破綻点だった。
「ねえ、ここの重力真空域って、どんな具合に侵蝕してるの?」
それは柳緑も知りたいところだった。
「私も全部調べたわけじゃないが、感覚で言うと重力真空域はM字型みたいな感じで、この都市を取り囲んでるみたいだね。でその重力真空域が一番この都市に食いこんでるのがERAシステムズ本社の北の外れ。M字のVの先端だな。つまり柳緑君、君が着込んでるプロテクテクノロジーを汲み出した場所でもある。あそこは流石の反乱軍も怯えて、焼き討ちをやってない。」
「、、、残念だな。もし暇があったら、俺のプロテクの補充用に忍び込もうと思ってたけど、その正体が重力真空域じゃ無理だ。で?その探偵は、どうやってその捜査を続行したんだ?」
「その重力真空域だよ。彼は反乱軍から軍用ジープを一台盗んで、重力真空域に飛び込んだんだ。」
柳緑と花紅が驚いたように、お互いの顔を見た。
「なんだ。カブに乗っけたくらいでここに泊めてくれるんだ、出来ることなら聞いてやってもいい。」
一気に数十名が同時に座れそうなコの字に組まれたソファセットにふんぞり返りながら柳緑が言った。
「君たちのカブのサイドカーに乗りながら、ジョイントの部分に乗っかってた荷が凄く気になっていたんだ。もしかして、あの中身はイェーガン老の部族の物なんじゃないか?」
「えっ、なんで判るの?」
長大すぎるソファの上で、転げて遊んでいた花紅が不思議そうに言った。
「匂いだよ。あれはチーズの残り香だ。違うか?それと他にも、干し肉や燻製の類もあった筈だ。」
「凄いね。あれを運んでる僕らは全然気付かなかった。僕らの鼻が鈍感なのかな?」
「そうじゃなくて、私があれに飢えていたから、判ったんだろう。あそこで、お世話になっている時は、ただ美味い食べ物だとしか思ってなかったが、こうやって離れてみると、あれが恋しくて仕方がない。」
「食い物を別けてくれって事か?そういうのなら、お安い御用だ。どうやら消費期限がギリギリのようだしな。早く処理しないと、駄目になるし、数も一日分あるかどうかだ。持たしたって風味が落ちる。俺達だけで消費するには限度があるからな。」
「有り難い!今日の夕食用で、私が料理するよ。その分だけでいい。」
「料理は二人分だけでいいよ。コイツは喰えないから。」
「ああ、判ってるさ。花紅君は君のホログラムなんだろ?」
「あんた、最初から花紅のこと判っていたのか?」
「ERAシステムズでは、軍用ホロも開発していたからね。でもプロテクにホロの投影装置を埋め込んであるのは初めて見た。そのプロテクを製作したのは、相当な技術者か科学者だろうね。ERAのプロテク部門でも、そんな製品は作れなかっただろう。」
「、、、そうか、その言葉、俺の師匠が聞いたら、きっと喜んだだろうぜ。かこう、二人分と言ったが、多めに出してやれ。それに発酵酒があったろう。あれも革袋ごと、おまけでだしてやれ。」
「へいへい、人使いが荒いね。」
そう言いながらも花紅はいそいそと、部屋の壁際に止めてあるカブの方に向かった。
見ていると花紅は、いつもキャンプで使っている自炊用のアルマイトの大皿を取り出して、荷から取り出した食料を器用に切り出しては、せっせとその皿に盛り込んでいる。
「あんた、ホログラムの花紅が、なぜあんな芸当が出来るか判ってるんだろう?」
柳緑は疑問に感じていたことを、思い切ってアレグザンダーに聞いてみた。
「ああ精霊石だろ。花紅君の胸に石がぶら下がっている。そのお陰で、彼は実体があるように見える。動いたり細工されたりしてるのは、対象物の方だ。いや最初は、私も少し混乱してたが、カブの舳先に乗っている時の花紅君を見てて、そのカラクリが腑に落ちた。彼がサイドカーの上で飛び跳ねてもサイドカー自体は揺れもしない。」
「なる程な。さすがに俺も花紅も、サイドカーの沈み込みまで計算してないからな。ところであんたは、精霊石を貰わなかったのか?」
「止してくれ。私はあの原野で行き倒れになってる所をイェーガン老に拾って貰った人間だぞ。そんな人間に、一族の勇者である事を示す精霊石が与えられる筈がないだろう。、、でもそれを、部族でもない、あんたが持ってる。凄いな。」
「その代わりに、俺はあの爺さんに、俺の過去を洗いざらい知られた。、、洗いざらいだぞ。まあだからって気分はそれほど悪くなかったけどな。不思議な爺さんだった。ありゃ仙人か、マリーンだな。」
アレグザンダーが柳緑のその言葉に同意するように頷いた。
「ほーい、お二人さん。話が弾んでいるようだけど、僕は早くご飯が食べたいな!」
花紅が食材を持った大皿をウェイターが片手でやるように手の上に置き、もう一方の手で酒の入った革袋をぶら下げてやって来た。
「もういいって、アレグザンダーにはお前の正体はばれてるんだ。お前、腹は減らないだろ?」
「だからー、何時も言ってるじゃん。柳緑は花紅、花紅は柳緑なんだから、りゅうりが腹を減らすと僕も腹がへるんだよ。」
アレグザンダーの方は、そんな二人の会話を無視して、テーブルの上に置かれた食材の山に目が吸い寄せられてる。
「なんだこれ、極上品じゃないか!私があの集落にいる間に、こんなの食べたのは祭りの時ぐらいだぞ。チーズに干し肉・燻製・木の実に穀類に薬草、みな上物だ。、、まかしておきたまえ、今夜は腕によりをかけるぞ!」
そういうとアレグザンダーは大皿を取り上げ、部屋の中にあるキッチンカウンターの中にとんで行った。
「なんだか、あの人変わってるね?」
「たぶん、物作りだけが好きな社会不適応の科学者か、技術者だったんじゃないか?賭けてもいい、それに料理好きだ。」
もちろん花紅は柳緑のホログラムエコーだから賭は成り立たない。
しかし成り立ったとすれば、賭は完全に柳緑の勝ちだった。
小一時間ほどしてアレグザンダーが仕上げてきた料理は絶品だった。
特にメインのシチューは、柳緑がこの旅に出てから味わう一番の味わいだった。
柳緑は無我夢中で料理を食べた。
「りゅうり、りゅうり!」
柳緑の横に座っている花紅が小声で言った。
「なんだよ、五月蠅いな。今食べてる最中だろが。」
柳緑もつられて小さな声で言う。
「アレグザンダーを見てよ。彼、泣きながら料理を食べてる。」
「うん?」
柳緑は口にスプーンを入れたまま、視線を料理から目の前のアレグザンダーに上げた。
確かにアレグザンダーの顔は涙で、くちゃくちゃになっていた。
人間は食べながらでも、嬉しい時、悲しい時に泣く。
それを見た柳緑は何も言わずに、再び料理を口の中に掻き込み始めた。
テーブルの上は雑多な木の実が載った皿とグラス、酒の入った革袋しかない。
他のものは花紅が気を利かせて、キッチンに片付け終わっている。
「遠慮しないで、続けて飲んでくれ。俺達は飲まない。プロテク着てると、酔いが回ったときにうるさい程に警告が来るんだ。しかもその身体の異常ってのは、闘いの結果で生まれたものじゃないから、プロテクはそれを判断し損ねて、何時までも妙な警告を送り続けるんだよ。な、判るだろう?そういった部分のプロテクのプログラムを組むような人間は、飲酒運転を金輪際認めないような人間なんだ。」
柳緑は酒を勧める為に冗談めいていったが、アレグザンダーは食事中の飲酒で、既にアルコールがかなり回っている。
「そうか、じゃ遠慮なしに戴くとするか。私はこれに目がなくてね。これを初めて飲んだ時には、むっとしたが、それはホント最初だけだった。こっちに帰ってきてからは、ことある毎に、コレが飲みたくなってね。苦労した。」
アレグザンダーは革袋からグラスに並々と酒を注ぐと、その半分を一気に飲み込んだ。
「なあアレグザンダー・スーパートランプ、聞きたいことがあるんだが。」
「おっ、やっとその名前で呼んでくれる気になったのか?」
「ああ、ここまで来て、俺はようやく、あんたという人間を信用する積もりになって来たからな。第一、罠を張った人間が、その得物の前で酔っぱらうって事はないからな、、って言うのは冗談だ。俺はアレグザンダー・スーパートランプ、あんたの事がもっと知りたくなって来た。特に俺達の共通点である、あの世界に、あんたが旅立った詳しい経緯とかだな。もし良ければ、それを話してくれないか。」
「ああいいよ。、、別に人に知れちゃ困る秘密が隠されてるような大した冒険談でもないからな。」
アレグザンダーは小皿の上の木の実を一つ摘んで頬張ると、奥歯でそれをかみ砕き、酒で胃に流し込んだ。
「全ての始まりは例によってコラプスだった。だが最初、我々は何が起こったのか判らなかった。特にERAシステムズ本社は、あらゆる面で自立環境を成立させていたからね。都市の方も同じ思想で環境が整備されていたんだ。つまりコラプスのもつ破壊的な影響力は、我々の都市に関しては、すぐには現れなかったって事だ。しかしコラプスの影響から最後まで逃れるわけもなく、その影響は徐々に出始めていた。一番影響が最初に出たのは通信関係だったよ。しかし我々は、それを自分たちのシステム上の問題だと思ってたんだ。まさか、通信する相手自体が、この世から消えてなくなったなんて誰が考える。、、それでも続けざまに、様々な異変が形を変えて起こり、我々はついに、この世界が、何かの天変地異に見舞われたんだという事を知ったんだよ。その決定打になったのは、あの映像だ。通信網が一時的に、正に奇蹟のように回復し、あれが送られてきた。、、君は、あれを見たかい。」
「ああ、リアルタイムで見た。情報に飢えてて、ノイズしか出ない画面を、ことある毎にチェックしてたからな。」
「あの宇宙衛星からの地球表面の画像は今でも目に焼き付いている。最初見た時は、何処かの惑星表面か、フェィク映像だって思ってた。でも本物だったな。あれには、本物しか持ち得ないリアルがあった。」
「ああ、あの映像には、これからの俺達の為に、意味のない謎解きに無駄な時間を過ごさせまいという上から目線の意志みたいなのを感じたよ。…施しだな。予め正解を与えられたようなもんだった。」
「、、だな。だが、そのお陰でコラプスについては、色々な神話的解釈が始まった。確かに、君の言うように、あの宇宙からの映像は意志的だったからね。神話的解釈が嫌いな人々は、後に衛星搭乗員が地球に起こった異変を地上の人々に知らせようと電波を送ったんだと説明したが、それならそれを何処の基地局が受けて、誰がそれを流す判断をしたのか?って問題が残る。しかも地上では、地球規模の大停電が起こり始めていた。あれを逃れられたのは、この都市のような自立系だけだったはずだ。かと言って巷で言われているような、この地球の表面をコラプスによって耕したコラプスキングの存在なんて信じられる筈もないがね。」
「でもコラプスがうさんくさいのは確かだぜ。他世界とのコミュニケーションを可能にするユニバーサルフォースが突然、俺達の頭の中に沸いて出たり、不完全ながらも、コラプス後の地球をナビする闇ソフトまで出回っている。」
「話はそれるが、私は『マルチバースコラプスマップ』について、ちょっと面白い話を知っている。」
「なんだそれ?」
「昔、探偵の知り合いがいてね、その男が、あのソフトの出所を調べてた。」
「パピルス出版社じゃないのか?」
「それは表面の話だろ?君はパピルス出版社の何を知ってる?WWWにフリー契約してる有名な女性レポーターが、あの頃出回り始めた『コラプスマップ』に目を付けたんだ。あれは誰が見ても、インチキ臭いソフトだったが、その必要性に置いては、群を抜いてた。大航海時代の羅針盤みたいなものだったからね。でもその正体は誰にも判らない。その正体をすっぱ抜いたら大スクープになる。コラプス後の大混乱期に求められてた情報の筆頭だ。で、しばらくこの女性レポーターが、独自に情報収集をやってると、どうやらパピルス出版社ってのは架空会社で、あのソフトを流してるのは、ある秘密結社だって話を聞き込んだんだ。」
「パピルス出版社が架空会社だって事は有名な話だけど、、、秘密結社とか言われると、、ちょっとな。陰謀論めくな。」
「だろう?だからそのレポーターは、そこから先の調査を、その探偵に依頼したって訳だよ。」
「コラプス直後の大混乱期にか?確かにそのレポーターさんにとっては、一発当てられるチャンスだったかも知れないが、普通の人間は、探偵といえども、自分が生き延びるのに精一杯の筈だろ。ましてあんたの話しぶりからすると、それ、この都市が舞台なんだろ。」
「、、そうだよ。実際、そんな事をチンタラやってる暇は、誰にもなかった。探偵に聞いたところによると、結局、彼女はスクープどころか、市民同士の小さな小競り合いの流れ弾に当たって死亡したそうだ。あっけないものさ。人間の野望もなにもかも全てを含めて、暴走した暴力がそれらを押し流していったんだ。」
「でも、その探偵さんは、自分が受けた依頼を完遂させようとしたんでしょ?」
花紅が言葉を挟んだ。
「これも後で探偵に聞いた話だが、彼はそのリポーターと深い仲だったらしい。それに私同様、この都市の荒廃に嫌気がさしていた。それに加えて自分が愛した女の死だ。私はこの街を逃げたが、彼は調査に執着した。」
「カッコいい探偵さんだね。」
「ああ。彼は私より多分二つ程上だと思うんだが、丁度、リアルヒーローズと隆盛と没落を見てる世代というか、あの生き様に直撃された若者達の一人だね。」
「ジャスティとかか…、俺はガキだった頃に憧れてた。」
この世界でもジャスティがいたのだと知って柳緑は少し驚いた。
「まあ経緯は判ったけど、こんな世界にいて、パピルス出版社の事が調べられるのか?」
「無理さ。この都市は、重力真空域と海に取り囲まれてる。反乱軍の奴らが、外の世界に打って出ず、この都市に自分達の帝国を築こうと思った主な理由は、それだからね。」
この世界が他の平行世界をレイヤーの様に折り重なって存在するのに対して、重力真空域はミキサーで多元宇宙をグチャグチャに混ぜ込んでしまった状態といえた。
マルチバースインポートテクノロジーを汲み出す為に必要不可欠な場所であると同時に、誰もが恐れる非常に危険で特殊な破綻点だった。
「ねえ、ここの重力真空域って、どんな具合に侵蝕してるの?」
それは柳緑も知りたいところだった。
「私も全部調べたわけじゃないが、感覚で言うと重力真空域はM字型みたいな感じで、この都市を取り囲んでるみたいだね。でその重力真空域が一番この都市に食いこんでるのがERAシステムズ本社の北の外れ。M字のVの先端だな。つまり柳緑君、君が着込んでるプロテクテクノロジーを汲み出した場所でもある。あそこは流石の反乱軍も怯えて、焼き討ちをやってない。」
「、、、残念だな。もし暇があったら、俺のプロテクの補充用に忍び込もうと思ってたけど、その正体が重力真空域じゃ無理だ。で?その探偵は、どうやってその捜査を続行したんだ?」
「その重力真空域だよ。彼は反乱軍から軍用ジープを一台盗んで、重力真空域に飛び込んだんだ。」
柳緑と花紅が驚いたように、お互いの顔を見た。
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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