辻咄(つじばなし) 異郷の旅/ダラガン

二市アキラ(フタツシ アキラ)

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第5章 旅の道連れ 愚者達の世界

第26話 埠頭と大型ガンショップ

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 柳緑はこの旅に出て初めて、追うか追われるかの状況以外で"急いだ走行"をする事となった。
 しかし、チュンガライが教えてくれた道筋を外れた柳緑らには、未だになんの目処も立っていない。
    ただ気が急くだけだ。

 彼等の進行方向は、いやこの世界に方向という概念が成立すればの話だが、巨大岩山を起点の北として、次にイェーガンの集落を結んだ直線上の南方向だった。
 草原は続いていた。
 まだイェーガンの放牧周回エリアである事は間違いなかった。

「アノせいで、この大草原もちょっとは違ってる筈なんだけどなぁ…、いけども、いけどもって感じだね。」
「かと言ってもう一つ破綻点を作るなんて同じ失敗は出来ない。それに消去法で行けば、俺達にはこの方向しか残っていないだろ?」
   柳緑はバイザーを下ろしたヘルメットの下でふて腐れた声を出した。
    柳緑の記憶の繋がりは完全に回復している。
   その上で今の行動があるのだ。

 ヘルメットにインストールしてある『マルチバースコラプス(破綻)マップ』は半分、ポンコツになりかけていたから、最近は余り着用していなかったのだが、今は近代兵器を保有するエリアを探している状況下であり、柳緑は藁にもすがる気持ちでヘルメットを被っていたのだ。

 そのコプラスマップが一瞬だけ、勝手に再起動してまたシャットダウンした。
「くそ、『マップ』もとうとうご臨終か、、、いや待て!」
 柳緑はその場で、カブを派手にUターンさせた。
 そして先程、通過したコースを逆に走り始めた。

「どうしたの!りゅうり?」
「直ぐに判る、直ぐに判る、ちよっと待ってくれ。」
 ある地点に来たとき『コラプスマップ』が再び起動して又、消えた。

「ここだ!」
 柳緑はその場にカブを止めてヘルメットを被ったまま、あちこちと歩き始めた。
 その後を花紅が面白そうについてくる。
 ある地点で『コラプスマップ』が、ヘルメットのバイザーの中で完全に起動し消える事がなくなった。
 だがそこは、なんの変哲もない見慣れたいつもの草原地帯だった。

「、、ここが隠し扉みたいになってるんだ!かこう、見えるか?」
 柳緑は『コラプスマップ』のデータと花紅をディープリンクしてやる。
『コラプスマップ』自体はカブに搭載されていて、プロテクにインストールしてある訳ではないから、こういう作業が必要になる。

「プロテクのアナライザーで判らなかったのに、こっちで判るなんて『マップ』も意外と侮れないね。でもコラプスは、こんな地面の掘り返し方もするんだね、、、。幅がきっちり2メートル、完全な長方形だ。高さは、、。」
「高さは他と同じように、成層圏当たりで、全ての世界と繋がってるんだろう。どうだ、行って見るか?こんな隠し扉をポンコツの『コラプスマップ』が掴まえたって事は、この先の世界は、俺達がいた世界に近いって事だろう。もしかして前の穴開けが影響したのかも知れない。」
「行くしかないみたいだね。それにこの透明玄関の幅の2メートル、僕らのカブなら通れますよって、誘ってるみたいだ。」
「ちょっと待ってくれ。プロテクの下を付ける。」

 柳緑はそう言うと、背中に背負ったリュックを前に回し、コルセットを取り出し二つに割ると、それを革パンツと素肌の間に差し込んだ。
 コルセットの前をバチンと合わせる。
 一気に下半身のプロテクが柳緑の革ズボンの中で伸展した。
 革の素材は破れる事もなくプロテクの伸展に耐えた。
 どうやらこの使い手は、レ・チャパチャリが考えてくれたようだ。
 そんなレ・チャパチャリの気配りは、長年イェーガンの従者として仕えた事から育まれたものなのだろうと、柳緑は懐かしくレ・チャパチャリの顔を思い出した。

「今度は、最初から慎重なんだね?」
「ああ。カンってやつかな、こうやって入り口が奇妙な世界は大体、中身も変な事が多い。…じゃいくぞ。逆にいや、この向こう側には強力な破壊兵器がある可能性も高いぜ。」
 柳緑はカブのスロットルを開けた。

   …………………………………………

 驚いた事に、花紅が透明玄関と名付けた世界の接合部分を通り抜けると、カブは巨大な埠頭に出現した。

「えー。海だよ?!それにこの倉庫群やコンテナ、、、でも繋がれてる船舶も含めて、みんなボロボロだ。それでもって全然違和感がない。まるで僕らが元いた世界みたいだ…。」
「そうだな、それに、、まるで戦争のあとみたいな感じもする。」
 どの建物も、焼けこげた跡や無数の被弾の痕跡があり半壊しているものも少なくなかった。

「、、これ、あの頃の鍛冶屋市より酷いよね。」
「鍛冶屋は元から犯罪都市だったからな。コラプスとかの異変には、意外と強かった。でもまともな都市だと、コラプスのダメージを直接喰らうと内乱状態に陥って、みんなこんな感じになるのかも知れない、、。とにかく、奥に進んでみよう。」
     柳緑達に元いた世界に戻って来たという感慨は全くないようだった。

 柳緑達はカブを街の中心に進めたが、荒廃の状況は、どこも一緒だった。
 あらゆる所で、銃撃戦の跡があったり、建物の炎上や損壊が例外なく見られた。
 車などの乗り物も、そこら中に、うち捨ててあったが、動く気配のあるものは一台もない。

「残念だけど、やっぱりこの世界は俺達の属してたもののようだな。しかも、未来でも過去でもない、まさに現在のものだ。位相がほんの少しズレてるけどな、、、どおりで『マップ』が反応する筈だ。」
  その  "ズレ"をもって、どこからを異界とするかは個人の価値観のようだ。
    位相が少しズレるだけで、同じ空気の中で、世界の歴史・或いは存在していた筈の人間がいない等というエレメントが変わって来るのだが、柳緑はもうそのあたりを余り気にしていない。
   それらを慣れの問題と処理している。
    …だが、かといって柳緑は今、"ようやく故郷に帰って来た"という大袈裟な感覚もないようだった。

「見てよ、りゅうり。あそこに、馬鹿でかいガンショップがあるよ。行ってみない?」
「そうだな。武器が残っているかは期待薄だが、もしもって事もあるからな。こんな世界を、ほっつき歩くのに、プロテクだけじゃ心許ない。」

 大型ガンショップの大きな平面駐車場には、破損した自動車が錆び付いて何台も放置されていた。
 それらの車には、全て大量の弾の跡があった。
 普通の戦争でも、ここまではならない。
 ゲーム感覚で、実弾を撃ちまくっていたのだろう。
 もちろん実際に行われたのは、ゲームではないから大量の死者がでた筈だ。

 その闘いは数年前に終わったらしく、肉のある死体はどこにもなかった。
 風化したのか、小動物や鳥に食われたのか、少なくとも弔われた後は何処にもなかった。

 柳緑の予想通り、ガンショップの横長のだだっ広い店内の陳列棚やケース、果ては店の奥のロッカーやバックヤードまで調べてみたが、銃器の類は、全て持ち去られていた。
 ただ展示用のディスプレイは残っていたから、そこから類推すると、このガンショップで販売されていたライフルや重火器の類の種類の多さや量が半端なモノではないのは判った。

「酷でぇな。、、って事は、これだけの銃器が、今も誰かの手の中にあって、それが街中に出回ってるって事だよな、、、みんな暴力には、素人さんばっかだろ。ある意味、鍛冶屋より危ないかもな、、。」
 柳緑はそれ以上口には出さなかったが、街に人影が全くないところを見ると、それらの重火器を使った殺し合いは、かなり昔にその山場を終えていたのかもしれない。

 柳緑は大型獣の屍骸を食い漁る鳥や小動物や虫の姿を、このガンショップの惨状に想い重ねてみて慄然とした。
 もちろん大型獣はガンショップで、その屍骸を食い漁る鳥や小動物や虫は、「人間」だった。

「ねえ柳緑。こんなのを見つけたよ。」
 花紅が弓と矢筒を持って柳緑の元に帰ってきた。
「どこから探し出して来たんだ?」
「探し出すって言うより、床に捨ててあった感じかな。一応、そばにあったロッカーはこじ開けられてたし、こいつのパッケージみたいなのも落ちてたから、盗み出したのはいいけど、役に立たなかったって感じなのかも。」

 弓と弦は、見たことのない金属で出来ていた。
 子細に観察すると、弓の裏側にERAシステムズの刻印と、ダビデという文字と共に、シリアルナンバーらしきものが打ってあるのが見えた。

「ダビデか、、ダビデが使ったのは投石器なんだけどな、、。」
 試しに柳緑は、プロテクの通常モードで弦を引っ張って見たが、びくとも動かなかった。
 戦闘モードにしてようやく弦がひけた。

「これは人間用の弓じゃないな。プロテク装着者か、強化兵士、バイオアップ処置者用だ。道理で残っている筈だよ。それにこれ、ERAシステムズ製だぜ。」
「ひょっとしてここ、ERAシステムズの本社がある都市だったりしてね。」
「、、、可能性はあるな。こんな弓、普通の都市じゃ、そう需要はない筈だ。」

 柳緑は続いて矢筒を見る。
 シリンダーのある部分に穴があってそこから矢尻が覗いている。
 試しに引き抜いて見るとボールペンほどの長さの先がやや膨らんだ金属の矢軸が出てきて、それが一瞬にして通常の矢の長さに伸びた。

「なるほど、普段はコンパクトに縮めて、この矢筒に詰め込んである訳か。それにこの伸縮展開構造は俺のプロテクと同じだぞ、いかにもERAシステムズ製って感じだな。それにしても、全部で何本くらいここに入ってるんだろうな。」
 柳緑は矢筒を改めてみる。
 縮めた状態の矢はボールペンほどだから、直径20センチ長さが1メートル程の矢筒には、数百本の矢が収納できるように思えた。

「ねえ りゅうり、それ引き抜いちゃったんだから、試しに撃つてみてよ。」
「ああ。」
 柳緑はその気で矢を弓につがえ、店の通路の奥の壁に向かって矢をはなった。
 矢は微かなヒュンという音を残したかと思うと、ほとんど時差なしに遠くで壁に突き刺さるボンという音が聞こえた。

「ひゅう、すげえな。」
 柳緑はバイザーを下ろして、矢の行方をおった。
 矢は通路の奥の壁に深々と突き刺さっていた。

「すごい軌道精度と威力だ。こんなもの一体、何に使う気でいたんだろうな。」
「隠密の夜襲とか?それにさっきチラッと見えたけど、鏃の部分あたりは、ちょっと膨らみがあって中に何か入れられるみたいだったよ。毒薬とか入れて使うんじゃない?あっ、僕らならファイヤービーンズなんかも詰め込めるかな、」
「、、、うーん。ファイヤービーンズな…。まあ、ないよりは、ましか。」
 そう言うと柳緑は、矢筒を腰にぶら下げ、弓と弦との空間を利用して弓を自分の肩にかけた。

「じゃあ、そろそろ行くか。」
「うん。でも柳緑、さっきから僕ら見張られてるの気がついてた?」
「見張られてる?」
「柳緑の右側のずっと先に窓があるだろ。そこから男の人が、僕らを双眼鏡で覗いてる。」
「なんで俺のプロテクのセンサーが反応しない?この距離なら、捉えられる筈だ。」

「きっと脅威じゃないからじゃない。だから柳緑に警告を送らないんだよ。僕には見えてた。その人、あらゆる点で、その身体からは闘争前に起こる変化が見られない。つまりヘタレ。それに、金属反応する武器とかも何も持ってない。一般人に、プロテクが一々反応してちゃ大変だろ?」
     花紅は単純な精神医療AIプログラムではない。プロテクのアナライザーともリンクしているし、カイルングが旅の柳緑を保護する為に特殊なチューニングを施している。

「一般人な、、、ここじゃ珍しい存在だ。ちょっと、その一般人とヤラに色々とこの世界の話を聞いてみようじゃないか。かこう、この距離なら、お前、あの男の裏に回り込めるだろ?」
「うん。」
「そしたら、しばらくお前がそいつの相手してろ。俺が行って挟み撃ちにする。」

 柳緑はだだっ広いガンショップの店内を見渡した。
 2階と呼べるモノはなく、その代わりに内側にせり出したようなバルコニーがぐるりと一周していてそこに陳列棚等がある。

 その上には明かり取りの為の窓が繋がって設置してあるのだが、もちろん今はガラスなどは壊されていて何もない。
 今、柳緑はプロテクを全身装着しているから、そこまで一気に跳び上がって、再びこの建物の裏にいる筈の人物の目の前に飛び降りるのは造作もない事だった。

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