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第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に

第24話 虹の根元

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 俺は生まれて初めて、プロテク装着者同士の強姦というものを見た。
 しかもそれは、男同士だった。 

 普通の男性用プロテクは股間ガードが付いている。
 妙な話だが、臀部には衝撃吸収パッドは付いていても「ガード」はない。そこに急所がないからだ。
 この時見た襲撃者の方は、被害者のプロテク機能をあらかた停止させた上で、その臀部を覆うパッドをひんむいていた。
 その上で、襲撃者は自分の股間ガードを解除し、むき出しの自分のもので相手を背後から犯していたのだ。

 もちろん、俺は被害者を救出してやった。
 だが二人は逃げる去るように、その場を去った。
 まるで、それが合意の上の行為だったように。
 なにか後味が悪かった。
 夜の公園では、色々な事が起こるものだ、、。


 ・・・・・・・・・


 思い切り派手な音を立てながら、黒い艶消しのメタリックカラーボディのプロテクが、ハーベスト社のカウ25型にボディブロウを叩き込んでいた。
 その黒い脚と腕に黄色の帯模様が塗装してある。
 全体として、スズメバチをイメージして作ってあるのだろう。
 一方、被害にあっているプロテク装着者のプロテクは、その名の通り「牛」のイメージだ。

「もう止めろよ。あんたの勝ちだ。それに、それ以上やると、その人死ぬぜ。それともあんた蟻なのか?」
 姉の形見であるヘルメットから流れ出る声は、一端、音声出力というフィルターを通過するから、とても自分の声とは思えない。
 黒いプロテクは、あっさり獲物を手放すとこちらに向き直った。
 黒いヘルメットには、視覚窓が大きく取ってあり、その顔はまるで本当の蜂の頭みたいに見えた。

「心配すんな。この牛はお前をおびき寄せる為だけの餌だ。殺す価値もない。」
 そんな俺達の会話を聞き、カウ25は尻餅をつきながら後ずさっていく、量産型にしてはタフだ。
 これが終わって、もし元の生活に戻れたなら、次の自分用の量産型プロテクは、あれにしようと俺は頭の片隅で考えていた。
 、、カウ25は安くて、目立たなくて、しかもタフだ。

「餌?意味が判らないな、どういう積もりだ?」
「こうしてやってればお前が出て来ると思ってな。お前に勝ちゃ、お前に代わって俺がヒーローだ。」
 言いぐさからして、病気の「蟻」じゃない。
 せいぜいが、ひょんな弾みで、カスタムメイドのプロテクを手に入れた街のごろつきだろう。

「俺の代わりに、ここの池の見張り番をしてくれるてのか?、、気をつけろよ、ここの夜は冷えるぜ。」
「うっせーっ!」 
 プロテクの黒い足が、こちらに直接伸びて来たかと思った瞬間、それが背中に入れ替わり、今度はその踵が俺の後頭部を撃ってくる。

 1度目は、フェイントだった。
 嫌になる程、初歩的な戦術だ。
 俺と奴の位置は、入れ替わっている。
 勿論、相手の打撃など俺に届く筈がない。

「やめとけよ。別にこっちは、やりたくて、お山の大将してる訳じゃない。」
 憫笑した俺の表情を相手が見ていれば、相手はその時点で切れていた筈で、決着はもっと早くついたかも知れない。
 高度なプロテク同士の戦いは、長くても数分で終わる。
 しかし、今は、お互いがヘルメットをつけていて、相手には俺の顔の表情は判らない。
 今、相手に見えている俺の顔は「闘いの女神」の顔だ。

「無駄口を、たたくな!」
 相手は加速して、こちらへの間合いを詰めてくる。
 意識して相手の打突を受ける。
 カイルングが設定した「直結」は、そのままのダメージを俺に伝えている訳ではないのは、今までの戦いで判っていた。
 プロテクが受けた衝撃を、リアルタイムでリサイズして伝えてくるのだ。
 従って、今の俺の「受け」のダメージは、高校のクラブで軽い練習試合をしている程度の衝撃だった。

 正直に言って、その衝撃さえも心地よかった。
 俺は相手の隙を狙って、二・三の技をかけてみた。
   相手との距離を詰めるのに、いざり進むような極端な膝行も試してみた。
   タックルに移る場合は、膝行が入り身に入りやすい。このプロテクは股関節の可動域に限界がないのだ。
 もちろん本気ではない。
 この闘いを楽しみたかっただけだ。

 はじめ俺が繰り出した技を、この相手はかろうじて避けてくれたのだが、それが換えって、次に出した俺の技のフェイントになってしまったようだ。
 もっと"やる"と思っていた相手だったから、これは意外だった。
 俺に投げ技を掛けられた蜂男は、綺麗に飛んで公園のなかの藪にボスンと落ちた。

 その時だった。
 それが現れたのは。

 藪の中から、男が首を振りながら立ち上がった時、蜂がたてる羽音がどこからか響き夜空に影が走ったかと思うと、この男に襲いかかった。
 その襲撃は空から猛禽類の鳥が、小動物に爪をかける感じに似ていただろう。

 男の首がいとも簡単にもげた。
 その傷口から、信じられないような大量の血しぶきが、垂直にあがった。
 その勢いがいつ衰えるのか、俺は見届ける事が出来なかった。
 なぜなら男のヘルメットが、俺に投げつけられて来たからだ。

 それを投げつけてきたのは、再び夜空から舞い降りてきた怪物だった。
 その怪物はすでに着地し、倒れた男の身体に片足を乗せて、こちらを睨み付けていた。
 背中から生えた羽根は、すでに畳まれていたが、その姿はクラッシックな香りのする女性型ロボットだった、、、、。

 悪魔のマリア、、奴は、とうとう俺の仕掛けた網に引っ掛かったのだ。

 そこから、羽音と共に飛来する者・NutsWasp、つまり悪魔のマリアと俺との長い戦いが始まった。
 俺が、自分のプロテクが隠し持っている最終兵器を全面に押し出す戦法を取らなかったからだ。

 これは復讐戦なのだ。
 相手には苦しんで貰わなければならない。
 体術のレベルは、互角だった。

 そして、何故か、お互いの先の先を読む戦いは消耗線の様相を呈してきた。
 不思議なことに、NutsWaspは俺の技の先を読み、俺は俺でNutsWaspの先が読めたのだ。
 プロテクの性能は、カイルングが言った通りこちらが上回る。
 だが「直結」同士の戦いでは、勝敗はそれのみでは決まらないのだ、、。

     …………………………………………………………………………

 ついに俺はNutsWaspを掴まえた。
 NutsWaspも俺に馬乗りになられた事で抵抗を諦めたようだ。
 それはそうだろう。
 これほど俺との接着面が多ければ、俺の腕に仕込まれた高周波ブレードの振動一回で、奴は灰燼と帰すのだから。
 奴はそれが判っている筈だ。
 だが俺には奴をしとめる前に、やるべき事が一つあった。
 NutsWaspの正体を突き止める事だ。

 俺は「悪魔のマリア」のヘルメットに手をかけた。
 こいつの外部からの強制脱着の方法は、カイルングから聞いて知っている。
 左右への決まった回数の頭部の回転と、首筋に隠されたリセットボタンの押下だ。
 メットが外れると同時に、フシューと空気圧が再調整される音が聞こえた。

「、、、虹、ねぇ、、。」

 ヘルメットの下から、俺が今まで見た事のない姉の顔が現れた。
 ・・・もし姉がアクメの表情をしたら、、、。
 俺は自分の恥ずかしい思いを振り切るようにして、「なんだ?!一体どうして、、。」と喚いた。
 そして自分も、又、ヘルメットを被ったままなのを思い出して、収納さえもどかしく、無我夢中でそれを取った。


「柳緑、、、柳緑、おまえなの、、、。」
 虹姉の手が優しく伸びてきて、俺の首筋から後頭部をなぜた。
 その途端、俺は空中に投げ飛ばされていた。
 プロテクが自動反応していなければ、今頃、俺の首はもぎ取られていただろう。

 虹姉と俺は、素顔をさらしたまま、獣のように姿勢を低くして向かい合った。
 お互いのヘルメットは、4から5メートル先に転がっている。
 互いの手の内を知った今では、先にそれを被った方が勝つと思えたが、ヘルメット装着時は無防備になる。
 チャンスは拾い上げる時と、装着する時の二回。

 虹霓は、戦いの興奮のあまりうれしそうに舌なめずりしている。
 汗で頭にぺったりとくっついたショートカットの髪がたまらなくエロチックだった。
 その髪が少しだけ揺れた。
 風が吹いたのだ。
 恐ろしく甘ったるい臭いが、風下の俺の元に運ばれてきた。
 虹霓の体臭と口臭に違いなかった。

「!!!虹ねえ、薬でも打たれてるのかっ!?」
「ふん!!どこまでもアマちゃんだね。」
 虹霓が先に動いた。
 俺は、虹霓のヘルメットに飛んだ視線に誤魔化されていた。
 俺が、右手に転がっている虹霓のヘルメットと、虹霓がいる位置を結ぶ直線に体を開いたとたん、虹霓はまっすぐ俺に突っ込んできた。
 一瞬の事だったが、その差が戦いの帰着を決める筈だった。

 虹霓のプロテクで強化された跳び蹴りが、一直線に俺の無防備な顔を狙ってくる。
 避けられない。
 最後の手段である腕に仕込まれた超振動フィンをMAXに作動させて、虹霓の攻撃を、その脚ごと粉砕するしかなかった。
 素顔を晒した虹霓は、弟であるこの俺が、その反撃をためらうだろうと読んでいるのだ。

 しかし俺のプロテクは、「直結」されていた。
 その直結先は、俺の上部意識ではない。
 それは生理的な部分に、あるいは生命体としての基底部分に繋がってる。
 俺は、遅れてコンマ数秒の後、姉の右脚が霧のように膝小僧まで粉砕されるのを、目の前で見る事になった。

 失速して地面に落ち転げ回る虹霓を見て、俺は奇妙な事実を発見した。
 俺が心ならずも、すり潰してしまった虹の脚の傷口からは、血が一滴も流れ出していなかったのだ。
 さらに虹は苦悶の声さえあげない。

「足りない、、足りない、、駄目だ、、まだ逃げるんじゃない、、いけるぞ、、、そんなことないよ、足りないんだ。足りないんだよ。」
 虹霓が自分の顔を掻きむしり始める。
 虹霓に屈み込んで、それを止めようと出した俺の手が凍り付く。

 虹霓の顔が、まるで作り物のマスクであったかの用に引き剥がされた。
 顔のあるべき部分から飛び出して来たのは、無数の得体の知れない虫達だった。
 蛭のような形をしたもの・ムカデのような多足虫、うねうねと動くミミズのようなもの、硬質で異様な外骨格に覆われた甲虫、それらがなんと、でたらめな身体の部位から透明なトンボのような羽根を生やし、「虹霓の頭部」という巣から飛び出していったのだ。

 俺は吐いた。
 そして、膝をつき、涙を流しながら吐瀉し続ける俺の体をかすめるように「擬態するもの達」は、夜空に逃げ去っていった。
 その様子は、まるで空洞のプロテクから立ち上る煙のようだった。

 「擬態するもの達」は、虹霓の頭部だけではなく、虹霓のすべてを構成していたのだろう。

 「擬態するものたち」を吸い込んだ夜空は、まるでそのお返しだと言わんばかりに、大地に大粒の水滴を落とし始めた。
 それはやがて、土砂降りの雨に変わった。
 俺はずぶ濡れになりながら、姉のプロテクににじり寄った。

 プロテクの首があったあたりに、姉の頭部の皮と髪が裂けて、雨に打たれながら地面に張り付いていた。
 柳緑は姉の人面をつまみ上げて、それを裏返してみた。
 単純に皮をはいだのではないことが判った。

 人間の筋肉組織や脂肪層が残されている部分があった、だがそれらの表面は、奇妙になめされており、小さな穴が無数にあいていた。
 あいつらは、この穴に潜り込んで姉の顔を動かしていたんだ。
 そして注意深く見ると、プロテクの首の部分の穴には、細長い筒状の筋肉組織が残っていた。
 その他に細かな肉や筋肉の残滓、、、声帯だ、、、。
 奴ら、これを使って、しゃべっていたんだ。

 俺は再び吐いた。
 だが胃の中の内容物はすでに空っぽだった。
 NutsWaspは、姉のプロテクのヘルメットを狙った訳じゃないんだ。
 そのヘルメットの下の虹の首を持ち去ったのだ、、、。
 そしてNutsWaspの中身は、人ではなかった、、。
 それで全ての辻褄が合う、、、。

 ・・・・だが誰だ?、、誰があのNutsWasp共に俺の姉を食わせたんだ。
 俺は、虹ねえの顔に頬をすり寄せ「復讐」を誓った。
 そして裂けた姉の顔を自分にかぶせて夜空を仰いだ。
 俺はその顔で、雨の降りしきる天に向かって吠えていた。

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