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第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に
第23話 新戦闘蟻症候群
しおりを挟む俺は握り拳を作って、それを右側に捻ってみた。
俺の筋肉の動きに追随するように、かすかな稼働音を立てながら右腕前肢を覆う120枚のブレードフィンが鳥の肌を覆う羽毛のように浮き上がった。
さらに拳に力を入れるとブレードが振動を起こす。
腰を落として「息吹き」をやる。
いつもなら腹の底から力が沸いてくるのに、今は力が外から流れ込んでくる。
プロテクの賦活力が俺の胆力を上回っている。
まるで生命のシャワーを浴びているようだった。
これがカスタムメイドのプロテクなのか、、、まるきり大量生産のものとはレベルが違った。
虹はきっとこの感覚を愛したのだろう。
俺が知らない「虹霓」と言う名の女の世界、、、。
その知らない女の顔はまだあった。
たとえば寒舌だ。
俺が感じた疑惑を、姉の大学時代の友人でもある梁刑事に話した後、彼は個人的に捜査を進めてくれていたようだ。
その結果、梁刑事は、寒舌と虹霓との間にはある種の関係があったようだと苦い表情で吐き出すように教えてくれた。
ある種の関係?
その言葉の奇妙な言い回しに、腹立った俺は「あなたが姉に恋愛感情を抱いていたのは知っている、だが一人前の男と女なんだ、、誰と誰が惚れ合うことになるのかは人の自由ではないか」と刑事に問うた。
梁刑事は、渋々話し始めた。
『度を超したSM行為と言ったらいいのかな、そういうものだ。 それが二人の間の事だけなら、私も君にこの話を伝える積もりはなかったんだ。』
『ここ数年、何人かのロストの男の子達が行方不明になっているんだが、、寒舌と君の姉さんは、その件に関係があるらしい、、。 つい最近、、寒舌が失踪する直前の事だが、、体を強制的に女性化された後の少年の死体が、、寒舌の作ったプロテクの中から見つかっている、、。プロテクを強制装着された上で、これも又、強制的にギガンテックウォーズに巻き込まされている。』
"強制的にギガンテックウォーズに巻き込まされている"ってどういう状況なんだ?
装着者が自分の意思ではプロテクを操作出来ないという事なのか?
意味が判らなかった。
姉の虹と、そんな猟奇的な犯罪とがどうしても繋がらなかった。
だがSMというのは辛うじて納得出来た。
姉の性が強いのは、容易に想像がついたからだ。
しかし姉には、プロテクに対する強すぎたフェテッシュはあっても、幼い子供への興味も性的倒錯もない筈だった。
『問題はそのプロテクから、君の姉さんの指紋が、ありとあらゆる所から検出されたという事だ、、。』
梁刑事は、もう姉の事を愛称の「虹」とは呼ばなくなっていた。
単なる「君の姉さん」だった。
しかし姉が警察に事情聴取されているのなら、弟である自分には判るはずだ。
男関係ならいざ知らず、我々のような二人きりのロストが、そんな秘密を持ちあった日には、その日から生活がなりたたなくなる。
それを言うと、梁は苦笑した。
君に言った事はすべて自分が、自分の足と伝を使って調べた事であって、警察そのものは何の動きもしていないのだと、、その理由は君にも判るだろう、、と梁刑事は投げたように言った。
今「正義」は、自衛と報復と民間警備会社の利潤にしかない。
警察は自らが、ただのお飾りである事を知っている。
余りにも警察は、国家やこの都市の権力構造の中に飲み込まれ過ぎて、その牙の部分を失ってしまったのだ。
警察がやれる事といえば、ちょっと詳しい「事故・事件」のインデックスづくり程度のものだ、、。
梁刑事がもたらした新たな情報によって、俺の頭はますます混乱した。
寒舌と姉が親しかったとするなら、、一体、だれが姉を殺したのだ。
、、それともNutsWaspに姉が襲われたという前提自体が、間違っているのだろうか、、、。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
俺は忍池公園で、ジョン・カイルング・クリアが完成させたプロテクを完全装着し、その身をさらした。
カイルングは、池の畔の駐車場にこの作戦の為の専用トレーラーを駐め、緊急事態にそなえてくれていた。
俺達はすっかりチームになっていた。
俺もここに至るまでの期間、四六時中、カイルングの工房に入り浸り、彼の仕事を手伝っていた。
そしてつい最近、姉との想い出の詰まった集合住宅を解約しカイルングの元に転がり込んで、彼との奇妙な共同生活を始めていたのだった。
都市には避けようがない危険地帯がある。
忍池公園一帯がそうだった。
此処は、かってはこの都市のなかでの緑のオアシスと言われた場所だった。
都市の大動脈である地下鉄と地上線が交差する場所にあり、それぞれの乗り換え駅まで、この公園の一部を歩くことを、誰もが好んだ場所だった。
(事実は、オアシス作りというより、この付近の地下層の不安定さを、地下鉄設置が迂回し切れなかった事実が大きいのだが。)
そういった都市計画の元で、設けられた美観に優れた公園だったのだ。
現在、この危険地帯を迂回する為には2つ手前の駅で乗り換えねばならず、それは通勤経路によれば30分以上の時間のロスを生み出す事になっていた。
人は悲しい習性を持っている。
誰もが「自分は大丈夫だ。」と思うのである。
時間に迫られた時、それはたいていは夜半だが、時に人はそう思って、この公園を突っ切るのだ。
そして被害にあう。
柳緑の姉、虹もここで襲われたのだ。
彼等の活動が始まってから1週間後、その「うわさ話」が広まった。
忍池公園に、全身が銀色の刃で出来た美しい「正義の超人」が登場したと、、、夜遅くここを通過せざるを得なかった男が、プロテク暴漢に襲われたのを、その超人が救ったと。
姿を消したと思われた「ヒーロー」が帰って来た。
仲間内にリンチされ掛かった若者が救出された、、。
パトロール警官チームが、「(プロテク)族」に、襲われているのを助けた、、。
それをやったのはすべて、柳緑だった。
「脱いでみんのか、、。大丈夫だと言っておるだろうが。儂の作品に直結ショックはない。」
「あんたを信用してるさ、だが万が一という事がある。NutsWaspとやり合うまでは、今の状態でいる。それに不思議な事だが、生身でいるより、こいつを着てるほうが体の調子はいいんだ。」
忍池のほとりに止められたトレーラーの中での会話だった。
カイルングと柳緑の二人の間には、少し前の他人行儀な会話はもうない。
彼らはすでに、親子のようでもあり、先輩後輩の兵士のようでもあった。
「しかし着てみて初めて判ったけど、これは防御用なんてもんじゃなく、戦闘兵器だな。こんなもんがよく無許可で民間が作り出せるものだ、、。」
「今の社会に、市民の自衛手段を取り上げられるだけの実力と責任を担える組織が何処にある?」
マスターは面白そうに答えた。
さも"お前も判っているだろうが"といった口振りだった。
「いや、俺が言いたいのは、こんなものを新戦闘蟻症候群の人間が手に入れたらどうなるかって事だよ、」
蟻と人間の相関において、その群れの数と戦争の過激さは比例する。
集団が小さければ戦いから"逃げる"、中規模であれば"代表戦"に、大規模であれば"殲滅する"になる、だ。
理由としては、単純な経済学的な理由が考えられる。
大規模なコミュニティでは1人当たりの生産性が高くなり、労働力の余剰が発生するため、その労働力の余剰が戦争に回わされるのだ。
このように人類と蟻の戦争には共通点があるが、人類と蟻の決定的な違いは頭脳だ。
人間は労働力の余剰を芸術、科学、エンターテイメントなどに割り当てることが可能だし、同盟を結ぶことも出来る。
楽観的に見れば平和を追い求めることこそ、人類と蟻の違いを最も際立たせる印象的な事であるはずだ。
だが現状、この労働力の余剰は時に、"高効率の快楽殺人"や"経済の為の戦争"と云う矛盾螺旋に収束される場合が往々にしてある。
その場合はコミュニティの大小は無視される。
新戦闘蟻症候群とは、そういった状況に陥った社会の歪みを極端に反映した人間達の精神病相の総称とも言える。
「かえってその方がいいんじゃないか?儂らの業界じゃ、それが暗黙の定説になっておる。あまりに逆説的で突拍子もないことだから、誰も表面的には口にはださんがね。」
カイルングは、楽しそうに続けた。
「新戦闘蟻症は、いつ誰に発病するか予測がつかん。そして我々の工房の作品が新戦闘蟻症の潜在患者の手に渡っている可能性もある。危ないよな…、しかし、それであるのにも関わらず、我々のプロテクを使った事故発生件数は、極めて低い。柳緑、これは何を意味してるか、わかるかね?」
「まるでハンドメイドのプロテクが、新戦闘蟻症候群の発病を押さえているような言い方だな。」
柳緑は冗談で言ったにすぎないが、マスターは真顔でそれを受け止めた。
「これを付けた時の全能感や圧倒的な安心感は、あんたも体験済みだと思うがな。超高性能のプロテクをつけるとそうなるんだ。量産型や闇で出回っているようなもの、あるいは改造ものは、攻撃性だけを刺激するからそうはならんが、、。」
「冗談みたいだが、癒し効果か、、、。」
「そういう事だ。」
「でもNutsWaspは、、、。」
「そこがわからんところだ。あんたにあの写真を見せられてから、ずっと考えていた事だ。悪魔のマリアは儂のモデルと比べて劣ると言うことだけで、充分に装着者に精神的な安定を与えられるだけのスペックをもっている筈なんだが、、、。」
「直結でもない。発病者でもないか。いや、発病患者が悪魔のマリアをぶんどったという事もありうる、、。俺もこれに首を突っ込んでから、色々調べたんだ。個人用にチューニングしたプロテクを改造して、他人に売り飛ばす闇業者もいるらしい。、、転売屋の存在だな。それに、今あんたが言った癒し効果説は、推論にしかすぎんだろ。」
「癒し効果説は甘過ぎるか…?そうだな、そう願いたいよ。そうでなければ、あの追い剥ぎ野郎の正体が、ますますわからなくなる。」
カイルングは、悩ましげにそう言った。
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