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第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に

第22話 姉の残した穴

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「おまえは変わる事を恐れているのか。そうであれば、おまえに神の声は届かない。おまえは地を這う小さな蛇にもなれない。そうであれば、おまえは闇の中で、はぜる小さな小さな火の粉にもなれない。」

 俺は薪の横の地面で、胎児のように丸くなった若いインデアンだった。
 俺の周囲では臆病な俺を囃し立てるかのような踊りが続いていた。
 村のシャーマンが俺の顔をのぞき込んだ。
 目が異様なまでに充血して真っ赤に見える。
 彼は性的不能者でもあり、いつも女の衣装を身につけている。

「お前は変わる事を恐れているのか、おまえの姉は勇敢だったぞ。おまえは、今のままでは姉がいる国にもいけない」 
 シャーマンの顔は、工房のカイルングだった。
 悪夢だった。
 カイルングからあの提案を受けてからこの一週間ずっとだ。
 そのくせ姉自体が夢に現れてくれる事は一度もなかった。
 何処をどう探しても、姉はいなかった。

「姉は、本当に、もうどこにもいない」
 その事を俺に思い知らせる為に、この二ヶ月はあったのだ。
 俺はベッドから抜け出して、棚の上に置いた唯一の姉の遺品であるヘルメットを手に取った。
 姉がこの家に残した日常品はすべて、「姉を思い出したく」ないために処分した。
 しかしそれは根本的な間違いだった。
 姉の欠如は、俺を徐々に狂わせて行くほどの力を秘めていたのだ。
 せめてものよすがが、俺には必要だったのだ。

 ヘルメットの首の穴に鼻を近づけた。
 ヘルメットといっても大振りのアウターシェルタイプではなく、インナーシェルの外側に、少しだけ加工が施してあるのものだ。
 姉の髪の匂いが、微かに感じられた。
 姉の残した汗のにおい、香水のにおい。
 俺の手はしらずのうちに、ヘルメットのジョイントを開け、それを顔に付けた。

 姉は小さな顔をしていたが、俺も大きい方ではない。
 多少は窮屈だったが、ヘルメットの蓋を閉じる事が出来た。
 ヘルメットはプロテクから切り離されているから通電していない。
 通電していれば、このヘルメットは思いも掛けぬ柔軟性をみせ、プロテク側に収納さえ出来る。

 真っ暗だった。
 それは「姉」の闇だった。
 俺の中に不思議な感情が沸き起こった。
 俺はその時、勃起して射精した。
 しかし俺はその事に罪悪感はなかった。


     ・・・・・・・・・・・・・


「来てくれると思っとった。」
 カイルングの褐色の皺だらけの顔が一気に和む。
「決心しまたよ。でも、頼みがある。」
 柳緑は持参したスポーツバッグを工房マスターの前に押し出した。

「姉の形見でもあるし、あなたの作品でもある。これをあれの首とすげ替えてくれないか。」
 老人はバッグをひったくると、急いでそのジッパーを開けて中身を見ようとした。
 、、したが、それを途中で止めた。
 彼には見なくても判るのだ。
 開けるのを止めて、力なく首を振ると、バッグの上からヘルメットの丸みを愛おしそうに撫でた。

「判った。それがいい。そうしてやる。それで虹の無念もはらせる。早速、取りかかる、三日くれんか?三日あれば、ヘッドを取り替えた上で、前の状態より性能を良くして見せる。、、さあこれから、あんたの頭に合わせて、頭部インナーシェルのサイズを再調整しよう。」
「必要ない。ヘルメットのインナーシェルのサイズと、本体の制御機能とは関連がないと聞いている。」
「だが、被るのにきついだろうが、、。」
「、、ずっと姉を感じていたいんだ。」
 老人の瞳に奇妙な表情が走った。
 だが老人は、その事にそれ以上ふれなかった。

「いいだろう、、判った。三日後、来てくれ。こいつの方は弄らずに、完璧な調整をやってやる。二人で追い剥ぎ野郎をブチのめしてやろうじゃないか、、、いや、3人でだな、、。」
 老人はスポーツバックを、ぽんぽんと叩いて笑った。

「ところでこの写真を見てくれませんか。追いはぎ野郎の最後の姿だ。あなたなら、これが何処の製品か判るかも知れない。」
「、、ほう、これを何処で手に入れたんだね?」
 そう反応したカイルングだったが、柳緑が手に取った写真に向けられた彼の視線には熱はなかった。
    写真を殆ど見ていない。
 既に彼の気持ちの全ては、プロテク再調整に持って行かれているのかも知れない。

「写真の元データは姉のヘルメットの中のROMにあった。中を念入りに見たから解った。あれから事件は起こっていない。追いはぎ野郎のプロテクは、今もこのままの姿の可能性が高い筈だ。」
 マスターは依然として自分に差し出された手元の写真も見ようともせず、柳緑の身体のあちこちを観察している。
 何か、これからセットアップしようとするプロテクについての新しいアイデアを思いついて、それを一生懸命、自分の頭の中に定着させようとしてるようだった。

「えっ?今、何と言った。虹だって?・・・そんなもの良く手に入ったな。」
 マスターは姉の名前を聞いて、ようやく現実に引き戻されたようだった。

「ある刑事さんが、俺の為に特別に取りはからってくれたと思うんだ。普通はこんなデータは抜かれてる筈だ。彼は生前、姉とつき合いがあったんだ。」
「そうか、、、。。」
 マスターは自分の手の平の中の写真に、ようやく目をおとした。
 途端に顔色が変わった。

「、、、何かの間違いじゃないのか?」
「何か、知ってる?」
「これは寒舌工房の作品だ。悪魔のマリアだよ。、、だが、このプロテクに儂のが破れる筈がないんだが、、。」
「寒舌工房?」
 奇妙な名前だった。

「カーンタンだ。工房マスターの名前だ、彼はあんたと同じロストだよ。里親の気まぐれでな、そんな名になったんだが、本人が気に入ってるようで、そのまま自分の工房の名にしたようだ。」
「もし犯人がこのプロテク装着者だとすれば、何か問題があるのか?」
「あると言えばある。ないと言えばないな。、、もしかしたらという事もある。」
 マナングは複雑な顔をした。

「カーンタンは、最大手のプロテク企業に招聘される程の実力を持った男だ。だがそこらからも独立した、いや解雇された男だ。ERAシステムズ、知ってるだろう?才能はある。だが、彼はデザインに凝りすぎるんだ。自分の創りたいデザインを優先するために、プロテク機能のレベルダウンをしても構わないと思っている程だ。その彼の創ったものに、儂の作品が、しかも虹がそれを装着していて、、負ける筈がないんだが。、、、例え、直結がしてあったとしてもだ。写真をみろ。」
 マスターは、一旦手にした写真を柳緑に返した。

「背中に蝙蝠の翼みたいな羽根が生えてるだろう。こんなものは、一番プロテクにとって余計なギミックなんだ。実際にこれを使って飛べない限り、戦いに置いてはマイナスの要素しか生み出さない。さっき悪魔のマリアと言ったろう。これの名前なんだが、由来はメトロポリスという大昔の映画から来てる。そこに登場する女性ロボットのデザインが、これの下敷きになっているんだ。」
「女性型、、じゃ犯人は、女性なのか、、。」

「違う、違う。寒舌の作るものはすべて女性型だ。さっきも言ったろう、彼は自分の趣味を押し通すし、ギミックが好きなんだよ。女性のフォルムは凸凹が多い、それがギミックの絶好の収納場所になるんだよ。」
「さっきあなたは、カーンタン自身が、犯人の可能性もあるような仄めかしをしたが、、。」

「カーンタンは、一年前から行方不明だ。だが国内にはいるらしい。やつがどこかの海外に長期旅行して、こっちへ帰って来てから色々な事が起こってる。時期的には、追いはぎ野郎の噂が立ち始めたころと一致しているな。それに、その写真に乗っているマリア・モデルは、まだ市場に出回っていない筈だ。多分、正式に、そのモデルの実物をみたのは、儂が最後だろう。コイツの前で、二人で議論したのを憶えている、、。」

「姉が、その工房に出かけたと言うことは、あり得るだろうか、、?」
「あるだろうね。彼女は、ことプロテクにかけては、どん欲だったからね。それに儂は、ちょうどあの頃、彼女が欲しがっていたあのプロテクを売り渡すのを断っていたからな。」
 カイルングは、悔しさを隠さずに言った。
 そして俺は、俺の知らない姉の姿をまた知ることとなったのだ。






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