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第4章 ギガンティック・ウォーズ 旅の始まり虹の彼方に

第21話 老人の誇りとプロテク

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 今の俺は野良犬だ。
 腹が減っているから、ゴミ箱をあさり、四六時中そこいら中をほっつき歩いている。
 今、俺の尻尾は垂れているのか?それとも巻きあがっているのか
?、、、だが少なくとも俺は、何に飢えているのかだけは判る。

 気がつくと、俺は姉が贔屓にしていた工房にいた。
 ずっと昔、姉がしきりにこの工房のプロテクを俺に勧めた事があった。
 その際に、つれて来られた事があったのだ。

「柳緑、ここの店はね。規模は小さいけど、一番腕がいいのよ、、。」
 当時の俺は、プロテク自体に否定的だったので、その店を使うのを断っていた。

 それに経済的な事もあった。
 個人工房で作られるものは、量産型と比べてずっと値がはる。
 経済感覚もしっかりした姉が、ことプロテクに関しては、常軌を逸する事を知っていれば、なおさらだった。
 しかし俺用の新しいプロテク購入が、二人の家計を圧迫しても、姉はそれを許しただろうとは思う。
 その工房に、姉が亡くなってから訪れる事になるとは皮肉なものだった。

「ここの凄いところは、プロテクのハードとソフトが吃驚するほど調和がとれてて、しかも両方ともハイスペックだってことね。皆はプロテクを見る時に、どうしてもその外見や機能に目を奪われるけど、ほんとのプロテクの核になってるのは、人間とプロテクを繋ぐソフトの方なのよね。だから逆に、一流って呼ばれてるカスタムショップにいくと、結構、デザインがおざなりになってる所が多いの。彼等、意地を張ってるのね。たしかにいいソフトが走ってると、高機能なパーツをゴチャゴチャ無秩序に組み上げても、プロテクはそれなりに稼働するもの。でもね、ここのは違うの、ソフトももちろんすごいし、ハードも洗練されてて芸術的って言っていいほどだわ。それって、ここの親父さんが、職人堅気の腕と、コンピュータサイエンスバリバリの科学者脳を兼ね備えてるから出来る事なのよ。ここのプロテクは、私の身体の可能性を、全部引きだして、私を向こう側に連れて行ってくれるの。」

「ああ、例の虹の彼方だね。」と、俺は姉弟の中だけで判る言葉を姉に返した。

 そんな感じで、姉がこの工房製のプロテクに付いて語るときは、いつも上機嫌だった。
 姉はこの工房にベタ惚れだったのだ。 
 そしてその工房マスターは、当然ながら姉の死にかなりのショックを受けていた。

 この手のニュースは、社会的な衝撃度を考えて、極めて「押さえた形」で報道されるのだが、親近者は勿論の事だが、ある意味、当事者でもあるプロテク関係者に与える打撃を、完全に緩和できるわけではない。

「済まなかった、、。」
 俺の顔を見た、工房マスターが最初に言った言葉だった。
 ジョン・カイルング・クリア、それが工房マスターの名前だ。
 大きな手と褐色の干からびた肌を持つアフリカ系の老人、、。
 その身体は始めてみた時の印象よりも、一回り小さく見えた。

「顔を上げて下さい、、。あなたが謝る必要はないんだ。」
 姉の死にも取り乱さず、黙って耐える礼儀正しいまじめな青年の振り、、反吐がでる。

「あんたの姉さんには、いつも最高のものを提供してきたつもりだったんだが、、これでは、何の為のプロテクなのか、、。」
「それに間違いはありませんよ。姉はいつもあなたが作ったプロテクを自慢にしていた。今日はあなたに謝ってもらうために、此処に寄ったんではないんです。」

 工房マスターの顔が、ようやく上がった。
 皺だらけの顔が涙で濡れて光っていた。
 姉に関わった人間は、誰でもいつでもこんな反応をしめす。
 男も女も、みんな姉を好きになるのだ。
 だがその姉はもういない。

「犯人を捜したい、、。警察は元から当てにならないし、大手の民間警備会社の調査部門に持ち込んでも、何故かこの件に関してだけは、乗り気薄なんだ。自分でやるしかない。何か、、何でもいいんです。情報が欲しいんだ。」

「、、、俺は、、姉の、敵を討ちたいんだ、、。」
 俺の口から、とうとう打ちひしがれた言葉が漏れ出た、、。
  自覚はないが涙も流れて出ていたかも知れない。 
 時々、こんな風になる。
 日常的で社会性を求められる会話の際でも、感情が唐突に高まってしまうのだ。
 我ながら悲痛な響きだと思った。

「ついて来たまえ、君に見せたいものがある。」
 カイルングは壊れかけた俺を、いたわるように肩に手を置いて来た。
    その手の重さに俺はついに項垂れた。柳緑という竹は折れたのだ。


 そこには古代の戦いの神がいた。
 あるいは未だ誰も見たことがない新種の生物。
 エロチックでグロテスクでしかも美しい。
 神秘的であり同時に猥雑。
 姉がこの暴力神の前で、我を忘れ見入っている姿が浮かぶ。
 おそらく姉なら、この美しい暴力神と一心同体になることを本気で夢見ただろう。

「これが君の姉さんが本当に欲しがっていたものだ。値段の折り合いがつかなかった。私も道楽で、この商売が出来るほど余裕はないからな。だがこんな事になるのが判っていたなら、損を覚悟で彼女に譲り渡すべきだった。これを君にやるよ。」
「しかし俺に、そんな金は、」
「、、金などいらん。よく考えてみてくれ。儂の工房の作品は、追い剥ぎにあって負けたんだ。カスタムショップとしてはC級の烙印を押されたのと一緒だ。儂に、君の姉さんの敵討ちの手助けと、名誉回復のチャンスを与えてくれ。君が、こいつを装着して君の姉さんの敵を討つんだ。」
 そう言い終わったカイルングの分厚い唇は、一文字に強く結ばれていた。


「すみません、、あなたの仰っている意味が、判り兼ねるんですが、、。」
「実はな、、これからあんたに言う事は、儂自身がやろうと考えていたことなんだ。」
 カイルングは、目の前の鈍い銀色の偶像の分厚い胸筋の部分に手のひらを当てながら、言葉を続けた。

「君はいろいろと調べ回っているようだが、NutsWaspを探し出すのは造作もないことだ。囮を使えばいいんだ。奴は己の欲望を抑えられない。いいプロテクを見つけたら、必ずまたそれを襲おうとするだろう。そして奴に勝てばいい。それで済むことだ。違うかね?」

 俺は衝撃を受けた。
 実に単純な答えがそこにあった。
 そして同時に恥じた。
 小さな子どもでも判るような方法を思いつかなかったのは、いやその考えを論外のものとして扱ってきたのは、自分自身の保身の為だったのだ…。
 俺こそが、俺の姉への愛を立証するために、命をかけなければならない男だった筈なのに。

「プロテクは儂の命だ。たとえ返り討ちにあって死のうとも、構わない。若い女性を守りきれなかったという、この汚名を着たまま生きていても、それは生きた事にならない。というよりも、これを乗り越えなければ、もう儂は、新しいプロテクをつくり出す事が出来なくなってしまう。NutsWaspを倒す。これが虹の死を聞いてから、儂がずっと悩み考え、導き出した結論だよ。それに儂には、このプロテクでなら、奴には負けない自信がある。だがアンタと会えた。アンタがその気なら、アンタにこそ、復讐の権利があるんだ。それに、、、。」
 マスターの狂喜じみた表情が少し曇った。

 そして柳緑は、この老人が、柳緑の姉の事を始め「君のねえさん」と呼び、後になってすぐ虹と呼び捨てになった事に気づいていた。
    それは妙に生々しい感覚だった。

「それになんです?」
「あんたは格闘技の天才だと虹から聞いている。虹が言うんだ、間違いないだろう。だったら、あれを試してみる。あれをやれば、追いはぎサイコ野郎が、どんな化け物でもあんたは勝てる。」

 ・・・あれって何だ?
 それにさっき、儂には自信があると言ったはずだぞ、爺さん、、。なぜ復讐の権利を俺に譲る。
『復讐に命をかけるのを惜しむ気はないが、勝算のない戦いはしたくない、儂にはそのぶん生き延びた命で、別の手段を試みる事が出来る。』って事なのか?

「NutsWaspが、際限なく強くなるのは、何故だと思う?」
 柳緑は再び驚かされた、この老人は柳緑と同じ疑問を持っていたのだ。

「奪ったプロテクの装備交換や、ソフトの解析もあるんだろうが、実力が伯仲すれば、そんなものはたかが知れている。、、リミッターだよ。儂は、奴がプロテクのリミッターを取り外しているんだと思う。」
「プロテクのリミッターをはずす、、自殺行為だ、、。」
 つくづく驚かせられる老人だった。
 こんな発想は誰もしないだろう。

 リミッターがプロテクに施される理由はいくつかある。
 プロテクという半ば人型ロボットじみた存在と、その中にいる生身の人間の相互の影響を緩和するために設けられたのがリミッターだ。
 プロテクと人体は、相互フィードバックシステムによって補完されている。
 それがプロテクの核だ。
 リミッターはその中に設けられている。

 プロテクの一番重要な部分は、筋力倍加度数や外骨格強度ではない。
 その人体シンクロ用のフィードバックシステムこそが重要なのだ。
    それは人間の中核的な自己(コアセルフ)にまでかかわると言われている。
 だがその元になる基準値はあくまで人体側にある。

 現在最高水準とされているプロテクは、プロテクに与えられた衝撃、つまり「痛み」を半減させて、中にいる人体に伝える機能を持つ。

 「無痛」では、まともにプロテクは動かない。
 その機能ゆえに、プロテクの戦闘能力は飛躍的に伸びたのだ。
 だがそれは本来の「ダメージと痛みを遮断する」プロテクターの本質からは、逸脱した機能だとも言える。
 ようはそのバランスだった。

「自殺行為?普通の人間ならな。だが戦争蟻症候群にある人間は、自分の肉体の損傷、いや死さえもその本能から欠落させているんだ。もしそいつがリミッターをハズして、プロテクを稼動させる技術を持っているとしたら、、。」
「それはコアセルフへの"直結"のことを言っているのですか?」

 直結、、、痛みがコアセルフに向かって直接的に伝わってくる、その代わりにプロテクのレスポンスは飛躍的にはやくなる。
 もっと早くしようと思えば、更に神経相互交流回路にブースターを付ければよい。
 痛みは実際よりも強く伝えられるが、それに耐える事ができれば、人はスーパーマンになれる。
    痛みを耐えさせる為に、脳内で痛みを別の感覚に置き換える。例えば快感を使う。それが直結の原理だ。

 だが「事実」として、人間は「戦闘ロボット」にはなれない。
 そして何よりも問題なのは、直結をした後、プロテクを脱いで、まともな「人間」に戻れた奴はいないという事だ。
 プロテクに直結した人間が、それを脱いだ時、元の人間に戻れると言うのは虫の良い話だった。
 麻薬被害と同じ事だ。

「そうだ、、、"直結"だよ。表面上はね。」
「あなたは、僕にこのプロテクに直結して装着をしろと、、。」
「いや、儂の技術は、"直結"の可逆を可能にする、、、筈だ、、、。それに表面上と言ったろう。厳密には、"直結"じゃない。」
「筈?つまり戻すとこには、完全な自信がないってこと?」

「儂のカラダで試してみる積もりでいた。ハッキリさせとこう、、。あんたがやるなら、あんたは実験台だ。儂には自信はあるが、確実でない事は、他人には絶対大丈夫だとは言えない。そういう事だ。それに使えるプロテクは、この一体しかない。」
 マスターは、そこで言葉を切って俺の表情を見た。

「、、、まあいい、考えて見てくれ、、。追い剥ぎ野郎は、いずれ又、やるだろう。儂は自分の仕事が今の所、この業界で一番だと思っているが、、もしかしたら、どこかの工房のプロテクが儂を出し抜いて追い剥ぎ野郎を返り討ちにする可能性だってある、、。」
「、、考えさせてください。」

 俺が躊躇したのは、もちろん「死」を怖れたからだ。
 だが俺が怖れるその死は、"現実の死"ではない。
 直結解除に失敗すれば、際限のない強い痛みを忘れる為に、自分の目の前に立っている、このプロテクと融合して生きなければならない。
 そうだとしたら、、それは又、それで新しい形の「死」なのだ。
 俺には、その新しい形の「死」に耐えられるだろうか、、。
 戦いに勝ったら、その後の俺は、もう自死など出来る気力は残っていないだろう。

 「討ち死に」は出来る。
 復讐の為だ、それには自信がある。
 だが目的を成し遂げたあと、自殺出来るほど俺は強くない。
 それは俺自身の今までの生き方から、充分過ぎるほど判っている事だった。

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